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~新世界の英雄譚~  作者: 宇良 やすまさ
第1章

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22.計画

 テントの中は、思いの外広かった。

 絨毯が床一面に広げられ、地面に直接敷いているとは思えないほど、ふかふかとした座り心地をしている。

 部屋の真ん中には天井から鍋が吊り下げられ、そのしたにレンガで作られた火床がある。

 キラたちはゆらゆらと揺れる炎を囲うようにして座っていた。


「……」


 誰も、何も言わなかった。ぱちりぱちりと、火の爆ぜる音が響くのみ。

 おしゃべり好きであるはずのエヴァルトですら、ニコラたちを伺っている。

 息子を心配する母親はひどくうなだれるばかりで、父親の方は腕組みをして唸っていた。

 いつまでたっても誰も喋らない沈黙の空間に、キラはリリィと顔を見合わせ……彼女にも頼れないのだと思い至り、重い口を開いた。


「あの……さっきから気になっていたことがあるんですが」

「……なんだね?」

「その……」

 キラは、深く落ち込むミレーヌを気にしつつ、言葉を選んだ。

「ニコラさんって、この村の村長なんですか?」

「そう、ではあるようだ。はっきりと村長と名乗ったことはないが……」

「ここにつくまでに、ニコラさんが人望のある人だと思いました。それで、ニコラさんもこの村が大切なんだともわかりました。――僕たちは、なんでここにいるんでしょう?」


 曖昧な問いかけではあった。ニコラの妻はちらりと顔を上げて当惑し、ニコラ本人も首を傾げていた。

 だが少したって、その意味を汲み取ったらしい。

 礼を言いたげにほほえみ、それから如実に顔をしかめる。厳しい顔つきを更に厳格なものにし、しばらく唸ってから……口を開いた。


「実を言えば、私は嘘をついていた。私は、この村を出たいわけではない。皆を置き去りにして、ここを去りたいわけじゃないんだ」

「やっぱり、そうですよね。じゃあ、なんで? 通行証もない僕たちを通してくれたんですか」

「少しでも、信頼のできる仲間が欲しかったのだ。傭兵の彼の強引な交渉には少々驚いたが……だからこそ、君たちを誘えるのではないかと。実際、君たちは私の頼みなど無視することも出来たはずだ」

「約束しましたからね」

「そう言い切ってくれるだけでも……。だが、状況は変わった。息子が――エリックが、リモンへ向かったんだ。村を出て、傭兵になりに。どうか……!」


 キラは、ちらりと赤いバンダナを額に巻いたエヴァルトを見た。

 ニコラの切羽詰まった様子にもかかわらず、エヴァルトは至極冷静だった。表情をピクリとも動かさず、何かを考え込んでいる。

 しかしそれも一瞬のことで、目があうやいなや、ころりと顔つきを変えた。いつものような快活さが戻りつつ思いっきりしかめっ面になり、不機嫌そうな口調で言う。


「ちょい、ちょい。話が飛躍し過ぎや。状況ってなんやねん。息子が村を出たからって、なんで傭兵になりにリモンに向かったってわかるんや」

「ああ……すまない。少し、取り乱していた。頭の中が、こう、ぐちゃぐちゃなんだ……」

「本当はごまかそうとしたんちゃうやろな?」

「まさか! ちゃんと話さなければ分かってはくれないだろうことは承知している」

「そうか? じゃあ、そうやな……なんで息子が傭兵になるってわかる? 状況が変わったって言ったのも、それに関係してるんやろ」

「ああ……。私達は随分前からある計画を立てていたんだ。食料をためたり、武器を調達したり……君たちのような仲間を募っていた」

「ほう? 大掛かりやな」

「当然だ。このエマール領を転覆しようとしているんだから」


 キラは、思わずリリィと目を合わせた。

 リリィもまた、同じように見つめてきていた。

 その青い瞳は、揺れに揺れている。王都へ向かう――その一心でエマール領を抜けることを決意した彼女の心が、今にも破裂しそうだった。

 何しろ、エマール公爵は母親の仇敵のような存在なのだ。


「転覆? 無理やろ、どう考えても。今、どうなっとるんか知っとるか? 傭兵を集めとんのやで」

「分かっている。しかも、”狂刃”ジャックに”古狼”ヴォルフ……名のある傭兵も集まっている」

「はん、よう知っとんな。こんな閉鎖的な領地に住んどいて」

「こちらにも仲間がいるのだ。傭兵たちの中にな。クロスというんだが、彼から教えてもらったのさ」

「そしたら、余計に転覆なんぞうまくいかんことが分かると思うがな?」

「ああ……。しかし、もう限界なんだ。”流浪の民”が張ってくれた結界で村は隠されているが、いつまでもこうしているわけにはいかない。皆をこの村に閉じ込めておくようなものだし……いつか、絶対にバレる」

「しかしなあ……」


「皆、今かと待ち構えているんだ。タイミングを逃せば士気も下がる――うだうだと先延ばしには出来ない」

「はあ、なるほどな。そういう時に限って、あんたの息子がリモンに向かったんや。その転覆とやらがどんな計画かは知らんが……ある程度の段取りがある以上、一人の勝手が全部を崩すこともある」

 ニコラは苦虫を噛み潰したような顔をして、渋々頷いた。

 その顔を見て、エヴァルトが口を閉ざす。腕を組み、何事か考えているのだろう、目をつむる。


「あいつの……エリックの考えはだいたい読める。大方、傭兵としてエマールに雇われることで、その寝首をかこうとしているんだろう。だが、まだ十五で、剣の才能があるわけではないんだ。無謀すぎる……!」

 厳格で剛直だった男は、子を心配する父親のいち面を見せた。それまで一切ブレのなかった声が震え……ぐっと唇をかみしめて、うつむいてしまう。

 妻のミレーヌは、握りつぶさんばかりに固く膝を掴む夫の手に手を重ね、気丈な態度でエヴァルトに問いかけた。


「あの……。やっぱり、傭兵は危ないんでしょうか?」

「ん? まあ、そらな。とくに今回の場合、報酬がえらい破格やし」

「破格、ですとなにか悪いことでも?」

「傭兵の場合、依頼の危険度っちゅうんは報酬と比例しよる。高い金が支払われれば、その分、命の危険も高まる。ハイリスク、ハイリターンの関係にはあるけど……」

「けど……?」

「リスクだけの場合もある。可能性として、汚いことに関わるかもしらん」

 ミレーヌの瞳から、ぽろりと涙がこぼれ出た。我慢から溢れ出たそのひと粒は大きく、ぽたりと飛沫を上げて、ニコラの手で跳ねる。


 キラは息子を思う両親の姿に、唇を噛んだ。

 ニコラもミレーヌも、もう限界だ。村のために計画を立て、計画のために人を集め、皆のために気丈に振る舞い……。限界の近づく日常を、なんとか繋ぎとめようとしている。

 その上で息子まで失えば、彼らの心が折れてしまう。

 力を貸したかった。なんとかしたかった。出会って間もないが、そんなことに関係なく……二人の辛そうな顔は見ていられなかった。


 だが……。

 ちらりと、リリィを見る。

 揺れていた彼女は、すでに決心をつけたようだった。うつむきがちだった顔をあげ、うなだれるニコラを見つめる。

「あの――」

 葛藤の末のリリィの選択を遮るように、エヴァルトが立ち上がった。

 ニコラもミレーヌも、消え入るリリィの声よりも、エヴァルトの行動に目をやる。

「しゃあないから、俺があんたらの息子を探しに行くわ。エリックやったっけ? 外見とか、なんか特徴ないんか」


 ニコラが呆然としつつも、降って湧いた希望にすがりつくようにボソボソという。

「おそらくエリックは革鎧すら着ていないが……本当に、今からか?」

「どうせ頼むつもりやったやろ」

「それは……」

「けど、説得して留めておくだけや。連れて帰るんは親の役目。せやから、諸々準備を済ませとくことやな」

 そう言って、エヴァルトはテントを出ていった。


 ニコラとミレーヌは思いがけない提案に顔を見合わせて呆然とし……そのうちに、リリィはぼそぼそと声を殺していった。

「今日は馬車で寝ましょう」

 キラはいきなりの出来事にぼうっとしながらもうなずき、立ち上がりながら言った。


「あ、あの。長旅で疲れたので、これで失礼します」

「ん――ああ。よければ、家でゆっくり休むと良い」

「や……なんというか、どこに居ても、馬車で休んだほうが落ち着くと言うか……」

「そうか。君たち夫婦にとっては、行商馬車が家のようなものだったな」

「は! ……い」

 リリィと、夫婦。そういう事になっているのだということを、キラはすっかりと忘れていた。

 いきなり出たおかしな声に、ニコラもミレーヌも思わずと言ったふうに頬を緩める。

 二人の生暖かい視線に耐えきれず、キラはリリィの手を取り、一緒にテントを出た。




「ずっと平気そうな顔をしていましたが、意外と緊張していましたの?」

「う……わ、忘れてただけだよ、そうだってこと」

 くすくすと笑うリリィは、家の裏手に止めた行商馬車でさっさと準備をすすめるエヴァルトを目にして、表情を厳しくした。

「ちょっと。エヴァルト、どういうつもりですの?」

 つかつかと詰め寄り、小さな声で問い詰める。


 エヴァルトは、何事もなかったかのように着々と進めていく。栗毛の馬を馬車から離し、鞍をつけ、麻の袋をぶら下げる。

「あほ言うたらアカンで。情に流されて、あんな反乱まがいの計画に乗っかろうとしたんやないやろうな?」

「あの惨状を見て、あの二人の憔悴しきった姿を見て。それを無視しておけと?」

「あのな。あんたらの目的は王都につくことやろ。それが、あんな計画に乗ってみ――タダではすまんで。ことによれば、公爵を一人消す大事件になりかねん。そこに時間かけとる暇はあるんかいな」

「しかし……!」

「せやから、俺があの二人の息子のエリックを探しに行く。いまできるんは、それくらいや。ふたりとも、なるべく早くリモンに来ぃや」

 馬にまたがるエヴァルトを、リリィは止めることはなかった。


 キラは彼女の手を握りつつ、馬上の赤バンダナを見つめながら聞いた。

「ねえ。なんで、僕たちにここまで良くしてくれるの? これこそ、エヴァルトに関係ないことでしょ?」

「言うたやろ。俺は、この国が好きなんや。ちょっとばかしリアリストなだけでな――理想も綺麗事も、一応は追い求めとるんやで? 多分、誰でもそうやろ」

 そう言い残して、エヴァルトは馬を駆り、小気味よく響く馬蹄とともに去っていった。

 キラはその姿を見送り、握ったリリィの手をそっと引いた。

「リリィ、昨日からずっと寝てないでしょ。横になったほうが良いよ」


 馬車に乗り込み、毛皮の毛布を敷いてスペースを確保したところで、リリィがポツリと呟いた。

「キラも、わたくしが間違っているとお思いですか? 彼らをエマール領という呪縛から救いたいと思ったことを」

「間違ってはいないよ。僕も同じことを思った。だけど……」

「けど?」

「今、リリィを必要としているのは、王都なんだと思う。リンク・イヤリングで連絡を取れても、君を心配する人はいっぱいいる。それこそ、ニコラさんやミレーヌさんみたいに。君も、セレナのことが心配でしょ?」

「ええ」


「君の顔を見るだけで元気になる人がいっぱいいるんだから。王都に行かなきゃ。――そのあとだよ。リリィとセレナとランディさんと……とにかく、みんなと一緒に帝国なんかはねのけて、すぐにこの村に来ればいい」

「……出来るでしょうか? 間に合うでしょうか?」

「貴族や騎士は、理想を追い求めるんでしょ? 僕も、手伝うから」

「ええ……ええ。そうですわね」

 うつむきがちだったリリィは、顎を上げて、じっと見つめてきた。その青い瞳には新たな炎が宿っている。

 と、その体がふらりと傾いた。


「あ……あらあら?」

 キラはリリィの体を受け止め、ゆっくりと横たわらせた。

「やっぱり、リリィも疲れてるんだよ。”転移の魔法”で落ちてから、ずっと治癒の魔法を僕に掛け続けてたでしょ」

「そうでしたわね……。ちょっと、眠くなってきましたわ。キラも、一緒に寝てくれますわよね?」

「え……」


 言われて初めて、キラは意識した。

 これまで色々とあったが、真にリリィと二人きりという状況は、これが初めてだった。

 グエストの村ではランディたちが身近におり、ロットの村でもセレナたちが居た。”転移の魔法”の失敗によりぼろぼろになって以降は、エヴァルトが常にそばにいた。

 今にしても、ニコラとミレーヌが近くにいるにはいるが……。

 誰の干渉もない空間でリリィと二人きりになるのは、存外にも緊張するものだった。


「わ、わたくしも、それなりに清潔を保っていますわよ? けど、まだ旅の途中で、しかも”超恥ずかしがり屋”という状況ですし、少しくらいは……」

「べ、別に、そういうことじゃないよ。うん。普通に、そう、普通に……寝よう」

 寝るのにまごまごとしているうちに、リリィは限界を迎えたらしい。言葉で応える代わりに、すうすうと寝息を立てる。

 なんの警戒もなく寝入る彼女の姿に、キラは肩の力を抜いた。


 彼女の隣に寝転び――馬車の幌がパサリと開いたことで、飛び起きた。

「あ……すみません。寝てましたか」

「僕は、まだ……。どうしたんですか、ミレーヌさん」

「毛布を、と思いまして。今日干したばっかりなので、ふかふかなんです。よろしければ」

「ありがとうございます」

「はい。では、ごゆっくり」


 ミレーヌから毛布を受け取り、彼女が去ってから、キラは気づいた。

 渡された毛布は、一枚だけだった。しかも、一人で使うには大きすぎで、二人でかぶればちょうど良さそうなサイズだ。

 キラはしばらくの間葛藤し……あくびが止まらなくなったところで、考えるのをやめた。


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