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~新世界の英雄譚~  作者: 宇良 やすまさ
2と2分の1章

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194.4-13「普通に」

 結局、竜ノ騎士団本部からエルトリア邸へと戻ったのは、日が暮れてからだった。

 リリィとセレナによる訓練という名の地獄の扱きを見届けて帰ろうとしたところ、すぐさま復活した”西部騎士寮”の騎士たちに引き止められたのである。

 やれ話を聞きたいだの、やれ戦闘術について議論をだの。

 記憶喪失である手前、そういった会話に混ざるには抵抗感があったが……リリィとセレナがフォローを約束してくれたことにより、”西部騎士寮”にお邪魔することになった。


 そうは言っても、戦闘論やトレーニング方法などのお堅い話は最初の方だけで終わり、あとはぐだぐだと単なるおしゃべり大会となっていた。

 王都のどこの店の食べ物が美味いだとか、地方に行った時のお土産の定番だとか。トランプやチェスで遊んでいる時に金をかけているのだとうっかり漏らした騎士もおり、途中でセレナに連れて行かれたりもしていた。

 そんなわけでキラも時間を忘れてしまい……とっぷり日が暮れたところで、エルトリア邸に帰宅したのである。


 ただ、万事がうまく行ったというわけでもなく……。

『リリィ、セレナ。ちょっと私の部屋まで来なさい』

 玄関では、相当な時間を立って過ごしていたらしいシリウスが、メイド長と共に出迎えたのである。

 キラは病み上がりだからという理由で説教を免れたが、リリィもセレナもなすすべもなくメイド長に抱えられて連れて行かれてしまった。どうやら二人とも、幼い頃からメイド長と父親だけには逆らえないらしい。


 そういうこともあって、キラは真っ暗な部屋の中、一人でベッドに潜り込んでいた。鈴のようにコロコロと鳴る虫の音に聞き入りつつ、うとうととしていたところ……。

〈どうだった? 騎士団は?〉

 当たり前のように頭の中で声が響き渡ったため、変な声と共にベッドから転がり落ちてしまった。


「……あのさ。まだ慣れてないんだから、ちょっと控えめに声かけてほしい」

〈あ。そうやってユニィを特別扱いするんだ〉

「馬になに嫉妬してんの……」

 ため息をつくのですら疲れた気がして、キラはよろよろとベッドに戻った。


「で……。どうって?」

〈楽しかった?〉

「まあね。いろんな人からいろんな話を聞けたのって初めてだったし……。もうちょっと話せたら、って思ったよ」

〈ふ〜ん。ローランくんに感謝だね。さすが”平和の味方”〉

「……なんでそこでローラン?」

〈昨日は、まあ話の内容も雰囲気もあれだったからトラウマ突かれちゃったけど……今日は別になんともなかったんでしょ?〉

「なんともってことはないけど……。ただ、まあ、確かにローランにお礼しなきゃとは思う。……っていうか、今どこで何してるんだろ?」

〈さあ? ”隠された村”のみんなと意気投合してたし、復興の手伝いでもしてるんじゃない?〉


「ああ、そっちもあるか……」

〈うん?〉

「いや、ちょっと思ったのが、あのスプーナーって騎士に会いに行ったのかなって。エマール領にいた”イエロウ派騎士”のほとんどは捕らえたって話だし、もしかしたらって……」

〈なんでそう思ったの? 結構険悪だったけど〉

「んー……なんとなく。ローランが気にかけてるって感じだったから」

〈意外とそういうとこ気にかけるんだ〉

「まあ……。自然とね」

〈エリックくんのこと、ちょっと気にしてる?〉

「……それなりには」


 深くは聞いてこないエルトに感謝しつつ、キラは天井の模様を追いかけながら言った。

「今日は……色々知った日だった」

〈っていうと?〉

「普通の騎士が何を思ってるのかとか、実力差のこととか……みんなが何をして楽しんで、どうやって過ごして、どんなこと考えてるのかとか。”普通”を思い知った日だった」

〈思い知ったって……〉

 くすくすとした笑い声が頭の中に響き、キラはむすっとした。


「結構深刻なことだよ。特に間合いのことなんて、指摘されて初めてわかったんだからさ……」

〈ま、確かに、考えものではあるよね。あれって、ほんとなら真っ先にアーロン君のほうを無力化できたってことで……あの判断ミス以降の戦いって、不要だったってわけだもん〉

「随分しっかりグサって言うね……」

〈茶化してほしかった?〉

「別に」

 吐き捨てるように言ってから、キラはため息をついた。何をそれほどカチンときているのか、馬鹿らしくなってきたのである。


「なんて言うか……僕は”普通”を知らなきゃいけない、って思ったんだよ。みんなが知ってることを知らないのが如何に間抜けか……肌で感じたんだ」

〈結構皮肉きいてるよねー。前人未到の域に達してるのに、”知らない”って事実が平等に足引っ掛けてくるんだもん〉

「そういうのを実際に見たり聞いたり感じたりしないと、これから先”上”にはいけない。筋トレのやり方すら、微妙に間違ってたし。……エルトも気づいたら言ってほしかった」

〈仕方ないじゃん! 私だって、キラくんが『腕立て伏せは最終的に逆立ちでやる』って言い出すなんて思わなかったんだもん! そんなの、微妙どころか大間違いよ!〉

「ぬぅ……」


 グゥの音も出ないとは、まさにこのことだった。

 『腹筋の最終形態は鉄棒からぶら下がってやる』やら『スクワットは百キロの加重を目指す』やら、他にもキラの思う”普通”があったのだが……腕立て伏せ論の時点で皆に「冗談を!」と笑われたために、それらが異常だと悟ったのである。

 おかげで恥の上塗りな状態は免れたが……ちょっとしたトラウマを新たに植え付けられたのを感じた瞬間だった。


「じゃあ、これからどうすればいいと思う?」

 キラがそう問いかけると、エルトはほとんど間をおかずに即答した。

〈ずばり、一人暮らしね〉

「一人暮らし?」

〈そ。自分でお金を稼いで生計を立てるの。食事も一人で用意して、部屋の片付けも掃除も自分でして、もちろんトレーニングも並行してこなしていく……そうすれば、自然と”普通”が身についてくるでしょう?〉

「確かに……。でもなんて言うか……ちょっと意外だった。エルトだって公爵家で、そう言う経験はないって思ってたから」

〈ま、実際はないよ。だけど……”魅了”について考えた時に、これしかないって思ったんだよ〉

「”魅了”……」


 キラはエルトに言われて、それもいまだに問題として残り続けているのだと思い出した。

〈キラくんの”魅了”がどんな性質なのかわからない以上、申し訳ないけど、娘たちのそばにそのまま居座り続けるのはやめて欲しいの〉

「まあ……妥当だよね。リリィもセレナも、だんだん僕の言うことを真正面から受け止め始めてる――このままいくと、多分否定もしなくなる」

〈行き着く先は破滅……なんてことには、リリィにもセレナにも、もちろんキラくんにだって迎えてほしくない。――で、考えついたのが、一人暮らし計画!〉

「計画って……。そんな楽しそうに……」

〈死人の言うことは聞かなきゃ。私、実は一回一人暮らししてみたかったの……!〉


 どれだけワクワクしているかが姿がなくともわかり、キラも思わず微笑んだ。一つあくびをかましてから、話を掘り下げる。

「でも、一人暮らしと”魅了”がどう繋がったわけ……?」

〈大前提として、私たちは『私たちが”魅了”としている現象』について何も知らないに等しいの。ただ、これが引き起こす現象が”魅了の魔法”っぽいから、”魅了”って呼んでるだけで〉

「なるほど……?」

〈キラくん、眠いんだね? でも残念。今の私、絶好調だから眠っても夢の中でしゃべっちゃいます!〉

「何が残念なのか……」


 もう一つあくびをかましてから、キラは目を閉じた。

 すると不思議なことに、遠ざかりそうだった意識がだんだんとはっきりとしてきた。ものの数秒で眠ってしまったのだと気付いたのは、目も口も動かなくなってからだった。


「で……。一人暮らしをしながら、”魅了”の正体を探っていくって感じ?」

 声が響くと同時に、真っ黒だった視界が徐々に白んでいく。

 夢の世界が夜明けを迎えたのだ。なんとも奇妙な感覚に陥りながらも、いつの間にやら目の前にいた発光する白い球を見つめた。


〈有り体にいうとそんな感じ。まず何がきっかけとなって”魅了”が発動してるか知りたいんだよね〉

「”魅了”が発動……。それこそ、普通の場合ってどうなの?」

〈さあ? 禁忌とされてる魔法だし、私も生きてるうちに見たことないし。そもそも、そんな魔法使う人が”魅了”だってバレるようなヘマするわけないよ〉

「でも……何かあるんじゃないの? こう、本に書かれてるとか」

〈書かれてるだろうけど、”魅了の魔法”が『一体どれだけ凶悪な効果を持つか』についてしか言及されてないよ。私が知りたいのは、結果じゃなくて過程……キラくんの無自覚の行動の中に、絶対に”魅了”を発動するきっかけがあるんだよ〉

「そう言われると……かなり気が遠くなる」

 キラがげんなりしていうと、目の前にある白球は笑うかのように瞬いた。


〈ま、いずれにしても根気が必要だね〉

「リリィもセレナも、あのままなのかな……?」

〈どうだろ? 魔法……魔法現象って、永久的なものじゃないんだよ。半永久的に持続させることは可能だけど、燃料となる魔素をくべていかなきゃいけないの。そういうことを考えれば、徐々に抜けていくとは思うんだけど――まあ、なんともならなかったら、もらっちゃって?〉

「軽い……さっきの母親っぽさが一瞬でなくなった」

〈だって。私、キラくんが気に入らないから近づかないでって言ったわけじゃないし。というよりも、早く孫の顔みたい〉

「色々と重くなっちゃったよ……」


 キラはため息をつきながらも気持ちが軽くなった気がして。

 夜が更けても全く止まらないエルトの話に付き合っていた。


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