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~新世界の英雄譚~  作者: 宇良 やすまさ
2と2分の1章

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199/957

193.4-12「きっかけ」

 頭の中をガンガンと駆け巡るような騒ぎに目を白黒とさせ――はっ、と息を吸うと、波が引くように途端に鎮まっていく。

 見れば、皆の興奮度に違いはない。それどころか、徐々に盛り上がりを見せていく。

 そこでようやく、キラは自身に何が起こったのかを正確に把握した。


「今のが……」

 紛れもなく、”覇術”だった。

 研ぎ澄まされた感覚は、気のせいではなかった。

 ”深く長い”呼吸で間違い無かったのだと確かな手応えを感じる一方で、困惑もあった。いつ、どのタイミングで”覇術”を使えていたのか、全く解らない。


 感覚を覚えるどころの話ではなく……手がかりすら掴めていないうちに、キラは起き上がったブラッドリーとアーロンに詰め寄られていた。

「マジですげえっす、キラさん……! これで英雄呼びはやめろとか、けっこーな無茶っすよ!」

「差が……実力差が……わからなかった……!」

「マジそれ! 俺らのコンビネーションならって、割と一泡ふかす感じだったのに!」


 ”覇術”どころではなく、キラはしどろもどろとなりながらも二人に対して応えてやった。

「ま、まあ、これは近接戦だけの模擬戦だったし。二人とも、息がぴったりで……特に、ブラッドリーがアーロンのフォローに入ったところなんか、翻弄されたし」

「いやいやいや、それは――」

 ブラッドリーが何故か首を振り出したところで、彼の言葉が埋もれていった。

 なにせ、それまで遠巻きに観ていた騎士たちが、ブラッドリーとアーロンに負けじと取り囲んできたのである。


「あのっ、ぼくも聞きたいことが――」

「警戒範囲が広すぎなんですけど、何かコツが――!」

「サインを、サインをっ――!」

 ありとあらゆる方向から言葉が耳に入り込んできて……くらくらとしてきたところで、ふわりと体が浮いた。

 体をばたつかせる暇もなく、取り囲んでくる騎士たちの輪の中から引っ張り出される。


「まったく。キラ様は病み上がりと言ったはずですが」

 セレナの”風の魔法”だった。一瞬の浮遊感ののち、キラは赤毛のメイドに支えられ、その隣に立っていた。

 恐ろしいほどの練度に恐怖すら感じ……キラは、次なるメイドの言葉にびくりと肩を震わせた。


「しかし、なるほど――それほどに熱意が高まったのならば応えねばなりませんね。リリィ様ののち、私もお相手するといたしましょう」

 それがどれだけ意味が重いのかはわからなかったが。

 みなのげっそりとした反応で、大体を察することができた。




 リリィの”紅の炎”は、あらゆる魔法の中でも別格のようだった。ポニーテールが揺れると同時に撃ち放たれる紅色が、全てを燃やし尽くしていた。

 氷を溶かし、水すら蒸発させ。雷を砕き、炎を飲み込み、風を追い払う。


 持って生まれた資質であると言われればそれまでであるが……キラの目には、その資質を十二分に活かしているように映った。

 強弱や密度、炎の圧縮と拡散。相対する魔法によって柔軟に変化させ、”紅の炎”の威力が最大限に発揮できるように工夫がなされていた。

 しかも、撃ち放つだけでなく、接近戦にも取り入れられている。


 紅色の爆発で一気にトップスピードに乗り、あるいは、一気に制動をかける。そうすることで、緩急をつけながらもテンポの速い展開に相手を巻き込んでしまう。

 一度リリィのペースに飲み込まれてしまったら、苛烈なまでの剣戟と魔法を押し返せばならず――だからこそ、みな一矢報いることもできずに敗れていた。


「僕がリリィに勝ったとか、嘘じゃないかな……」

 ガイアの”青い炎”すら砕いてしまいそうな”紅の炎”が露と消え、晴れゆく視界に膝をつく青年騎士の姿が映る。

 全身を使ってしんどそうに息をしていた彼は、やがてパタリと倒れてしまった。

 そこへリリィが駆け寄り、”治癒の魔法”を施す。最低限の治療しかできないと、彼女は度々卑下していたが、それでも青年は元気に体を起こすことができていた。


「何をおっしゃいますか。魔法なしという条件付きとはいえ、戦いは戦い。互いに剣での戦いに身を投じるしかないという状況において、キラ様は勝ったのです――そこに偽りも何もございません」

「そうはいうけど……。ああいう苛烈なの見せられたらね……」

「……。キラ様がそうではないと、申しますか?」

「え……? うん、だってそうじゃない?」


 セレナは、わざとらしくため息をついた。

「先ほどの模擬戦。おそらくは怪我をしないようにと気をつけながら戦っていたと思うのですが」

「まあ、そうだけど。それが?」

「まず理解していただきたいのは、竜ノ騎士団の上級騎士に対して……しかも二人を相手にしてそういうことを試すには、よほどの実力差がなければ成り立たないということです」

「……あれ。また説教されてる?」


 セレナと並んで座っていることに若干の危機感を覚えたキラは、身じろぎをして距離を取ろうとした。

 が、寸前に彼女に気取られ、ガッと腕をからみ取られてしまう。その巻きつき方といったら、甘える女性のそれではない。


「さらにその上で、あの間合いの広さです」

「間合い?」

「もしや、お気づきでないので? 白肌の……ブラッドリーがキラ様の注意を引きつつ、回り込んだ時です」

「ああ……あれはしてやられたよ。もうちょっとでアーロンの方から視線を剥がされるとこだった」

「……言っておきますが、あれほどの距離の置き方はあり得ません。少なくとも、模擬戦ではあのような光景は滅多に見られません。あったとしても、魔法ありきの戦いの時のみです」

「あー……? どういうこと?」


 セレナは、思いっきりため息をついた。いつもの通り無表情で、いつもの通り反応も平坦だったが、その内心が息の強さとなって現れていた。

「キラ様は、あの距離をどう捉えてましたか?」

「どうって……。アーロンに仕掛けに行ったら、ブラッドリーに詰められるから……厄介だなって」

「なるほど……。確かに、そういう捉え方もありますね」

「……うん?」


「他の騎士たちや私、そしておそらくリリィ様も、こう思ったのです。『アーロンのフォローに入ろうにもキラ様の警戒範囲が広く、挟撃という形を取る他なかった』と」

「へ? 何でそんなに過大評価?」

「……五歩ですよ。キラ様に近づいてはならない最低ラインが、五歩という距離なのですよ。腕を目一杯に伸ばしても剣の届かない五歩という距離が間合いの剣士など、この世界にいるものでしょうか?」

「魔法を使えば、そんなのは数に入らない……」

「そういうことではないのです」

 ピシャリと言われ、キラは思わず黙り込んだ。


「傍観者である私たちですら、この五歩すら危ういと思ってしまったのです。そういう雰囲気を、キラ様は放っていたのです。――どこが苛烈ではないというのでしょうか?」

「……やっぱり怒ってるじゃん」

「自己の過大評価はもちろん、過小評価も重大な過ちを引き起こしかねません。事実、キラ様はブラッドリーの動きにつられ、判断を誤りそうになりましたね?」

 まさしくその通りで、キラは反論することもできずに頷いていた。


「……随分素直ですね?」

「何でそこで気味悪がるの?」

「いえ、少しは反発するものと身構えていましたから」

 なんという誤解だとキラは苦笑いして……とくん、と心臓が響くのを感じた。

 今までにない感覚に少しばかり警戒しながらも、怪しまれないようにセレナへ言葉を向けた。


「まあ、セレナの言うことって、大体正しいからね」

「はあ。そうでしたか?」

「だって……。って、あれ? そういえばセレナには話したっけ? ”雷の神力”がちょっと使えるようになったこと」

「いえ、初耳です……」

 そうやっていうセレナは、少なからず驚いているようだった。

 今日何度目かの貴重な様子を見れるのを幸運に思いつつ、キラは話を続けた。


「あれってさ、レオナルドのところにいて修行をしたからできたことなんだけど……根本的なことを言えば、セレナの発想から着眼したって感じなんだよね」

「私の発想、ですか……。そう言えば、キラ様の”雷の神力”は曇り空からエネルギーを集めているのではないかと仮説を立てましたが……」

「それがドンピシャだったんだよ。それに、”治癒の魔法”のことも……僕みたいなのには”効かない”んじゃなくて、”効きにくい”って見抜いてくれた。レオナルドも褒めてたよ」

 セレナにじっと見つめられているのを感じつつ、さらに言葉をつなげた。


「セレナがいたから、僕のやろうとしたこと全部が間に合ったんだよ。だから――」

 その瞬間。

「ありがとう」

〈って言うの、ちょっと遅れたけどね〉

 内なる声が被った気がして、どきりとした。


 セレナの目が見開き、潤いのある唇が僅かに開く。

 キラはどきどきとしながら彼女の言葉を待ち……、

「その右目は……」

 そう聞いた瞬間、反射的にパッと右手で覆い隠す。

 エルトもそれほどに表面に出ていたのを自覚していなかったのか、頭の中でガンガン鳴り響く悲鳴を上げながら、どこかへ消え去ってしまった。


「あ、あー……何か変だった?」

 セレナはしばらく考えたのちに、無表情だった顔つきをニコリと変えて言った。

「いえ。何も……気のせいでした」

 その顔つきと言ったら。

 キラは思わず視線を正面に向けて、リリィが繰り広げる地獄の訓練の様子を目に収めた。


「キラ様?」

「まあ、あれだね……。今日はセレナがよく笑って、いい日だなって」

「……確かに。今日はいい日です」

 先のセレナの笑顔は、見惚れるくらいに美しく愛らしく……これをちらっと眼にしたリリィが、一瞬追い詰められてしまうほどに破壊力があるものだった。


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