192.4-11「未来」
話し合いの末、騎士たちの中から二人の上級騎士が選出された。
寡黙な男、アーロン。つるりと光るほどに剃りあげた禿頭が特徴の黒人で、立ち姿からでも相当な実力を兼ね備えているのがみてとれた。
そんな彼とは対照的に、にこにことした笑顔が特徴的なブラッドリー。彼はびっくりするほどの白肌で、アーロンと並ぶと、日に当たったこともないような白さが際立った。
二人とも、”精鋭”と呼ばれる立場なだけあって、訓練服の上からでも分かるほどの引き締まった体つきだった。先日のレナードとは違い、必要な筋肉は盛り上がり、そうでない箇所はすらりとしている。
ちなみに、先程の女性騎士はアイラという名前で、集まった騎士たちの中でも相当な実力を有しているらしい。が、どうにも協力戦が苦手らしく、名前が上がったと同時に彼女自身が辞退を申し出ていた。
そんなアイラからの穴の開くような熱心な視線を感じつつ、キラはアーロンとブラッドリーの体つきを交互に見比べた。そうしてから、自分の腕に目を落とす。
「ヒョロガリ……」
認めたくはないが、確かにレナードの言う通りだった。二人の上級騎士と比べると、本当にこの腕で刀を振るってきたのかというくらいに、前腕も上腕も筋肉が細かった。
事実、手に握っている木製の模擬剣は、油断してると手放してしまいそうなくらいに重く感じてしまう。アーロンもブラッドリーも、腕の延長戦の如く軽々と扱っているというのに。
筋肉の必要性を感じたところで、二人との間を取り持つように、セレナが中間地点のそばに立った。
「この模擬戦ですが、少々ルールに手を加えようと思います。キラ様は病み上がりですので」
セレナがそう言って間髪入れずに言葉を続けようとしたところ、ブラッドリーがうまく間隙を縫って口を挟んだ。
「元帥、質問でっす」
「何でしょう」
「まさか、格上相手に手加減しろ、ってことじゃないっすよね」
「もちろん。ただし、魔法はなしです。純粋な近接戦であること――これが、キラ様の実力を最も感じる方法となります。勝敗の決着は、どちらかが降参の意を示すこと。あるいは、私の判断で介入します」
アーロンも何かいいかけようとしていたが、すぐに口を閉じてしまった。顔つきが相変わらず厳格さを保ったままでわかりにくかったが、随分と恥ずかしがり屋らしい。
ブラッドリーが、そんな黒人の背中を慰めるように叩きつつ、代わりに質問した。
「彼……キラさんの場合はそれで良いでしょーけど、俺らの場合はどうなんすか? 一人がダウンしたら? 二人とも?」
「二人ともに、です」
「おぉん……」
セレナの即答に含みを感じたのか、ブラッドリーはもちろん、アーロンもじっと見つめてきた。
彼らの視線を真っ向から受けつつも、さりげなく視線は合わさないでおく。
「何で僕が喧嘩売ったみたいな感じになるの……」
キラがぶつぶつと呟いているうちに、セレナは話を進めていた。魔法を使ってふわりと浮き上がり、数メートル上昇したところで静止する。
「では、これからコインを投げます。地面に落ちたら、試合開始です」
セレナは頷く暇も与えてくれず、ぴん、とコインを弾いた。
キラは模擬剣を構えて、あらゆる感覚を研ぎ澄ませ――きん、と一際甲高い音を耳で拾った。
アーロンもブラッドリーも、その瞬間を待っていたかのように駆けだす。
そんな二人に対して、
「――フゥ」
キラは、意識的に深く息を吐いて、待ちの姿勢をとった。
この模擬戦で試したいことは三つ。
一つは、先にも明言した通りに、仲間との共闘というものを見たいということ。
二つ目が、”怪我を前提とした戦い方”を改めるため。いまだにその考え方が間違っているとは思えないのだが、エルトの説教が意外と尾を引いて響いていた。
そして最後に、”覇術”を一刻も早く会得したいためである。
”覇術”独特の呼吸法……”人形”への最後の居合術の感覚……深く長い呼吸。色々とヒントがあるのだ。これを活かさない手はない。
「はっ、すげえ――隙がねえ!」
「――むん!」
”深く長く”を意識して呼吸を一定に整えつつ、近づく二人をよく視る。
ブラッドリーとアーロンは、確実に互いの存在を意識していた。
目で、耳で、あるいは肌で……常にどの程度の距離感なのかを測っている。相手の挙動を瞬時に把握し、微妙に位置をずらしているのだ。
それほど互いを知り尽くしているということもあるのだろうが――意識しなければ絶対になせないことであった。
「なるほど――共闘」
ブラッドリーが、半歩早く仕掛ける。彼の動きと体を囮にして、アーロンが左隣から右隣へと移動して視界から外れる。
人馬一体な動きだからこそ読めた未来に向けて、キラは動き出しそうになる体を抑え、じっと待った。
二人とも獲物は剣――敵を撃破するには接近戦の他にない――アーロンが狙う死角は限られている。
同時多発的に考えつつ、キラは上から降りかかるブラッドリーの剣をあえて防いだ。
カンッ、と乾いた音が降り注ぐ。
鍛えているだけあって、その一撃は重い。体勢を崩しはしないものの、剣を持った腕が大きく弾かれ流れてしまう。
そこへ、アーロンが滑り込んでくる。同時に、初動の役割を果たしたブラッドリーは、体全体に制動をかけて、次の一手のためにぴたりと制止する。
「むんッ!」
来る、アーロンの突き。
一点を突き抜ける攻撃は、体勢を崩したままならば避けられない一撃だった。
だが未来を読んでいたキラは、事前に対処していた――大きく弾かれた腕の勢いを利用して、大きく一歩、後退する。
「ぬぅ――ッ!」
驚きながらも、アーロンは動きを止めなかった。あらかじめ決めていたかのように、下半身の筋肉をはちきれんばかりに膨れ上がらせて、追随してくる。
その間に、ブラッドリーも再び動き出していた。アーロンの動きを邪魔しないように、その背中側から迂回して来る。
「これなら!」
アーロンが突進しつつ剣を振るう。そのタイミングとあえてずらして、ブラッドリーも薙ぎ払いを打ち込んできた。
「――」
二人の剣の軌道を見切り、キラは模擬剣を置きに行った。
沈み込んだ態勢から放たれる、アーロンの二手目。掬い上げるかのように振るわれる剣の先を、トップスピードに乗る前に叩く。
再び、乾いた音。今度は、アーロンが姿勢を崩した。
しかしキラは彼の方には目もくれず、ブラッドリーの剣筋に注目した。
十分に対処可能――、
「ちっ!」
のはずだったが、ブラッドリーは攻撃を中断した。
勢いに乗る前に腕をたたんで剣を引き戻し、体の正面を向けながらも、数ステップ横へ移動する。
その動きにキラは目がつられ――舌打ちをしそうになった。
ブラッドリーは、ある意味囮だったのだ。仕掛けられる距離を保って移動しつつ、アーロンが姿勢を整える手助けをする。
そうして挟撃を仕掛けられるよう前後で挟みこみ、味方のピンチをチャンスへと持ち替えたのである。
「厄介……!」
呼吸を乱しつつ、逡巡する。
ブラッドリーはアーロンとタイミングを合わせてくる――二つ同時に避けるにはすでに遅い――片方までしか攻撃を受け止められない。
ならば。
ブラッドリーとアーロン、どちらを狙うかという選択だった。
キラは背中を向けて、姿勢を整え始めたアーロンへ突撃した。
「くそっ、アーロン!」
今更ながらに呼吸が乱れているのを感じて、”深く長く”息を吐く。
すると、僅かながらに感覚が鋭くなった気がした。アーロンが対処しようと砂地を踏みしめる音や、ブラッドリーが動き出す音を聴覚で感じとる。
そこでキラは、再び反転した。体の正面を、ブラッドリーに向け直す。
「ッ!」
流石の上級騎士でも、この急な動きにはついていけなかったようだった。ただ、ただ、正直に剣を振り向けてくる。
素直で、単純で、まっすぐ。
動きすら遅く見えて――剣を弾き飛ばし、さらに腹に一撃を見舞って膝をつかせるのも、わけなかった。
アーロンも背後からの奇襲をかけてきたが。
それすらも手にとるようにわかり、するりと斬撃の軌道をくぐり抜けて、足を引っ掛け転倒させた。
その首に模擬刀の切先を突きつけ……そこで、わっと沸き立つ歓声が耳いっぱいに突っ込んできた。




