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~新世界の英雄譚~  作者: 宇良 やすまさ
2と2分の1章

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189.4-8「局長」

「さて、どうしましょうかキラ様。本部まで馬車で乗り入れることもできますが……」

「いや、こっから歩こう。一応、僕もリハビリしたいしね」

「では、そのように」

 こんこん、とセレナが小窓を叩くと、御者のアダムズはすぐさま御者席を降りた。体格の良い中年紳士が、良い姿勢のまま馬車の扉を開けてくれる。

 先にセレナがおり、それにキラが続く……と、アダムズが手を貸してくれた。


「ありがとうございます」

「自分のようなものには、敬語は必要ありませんよ」

 アダムズはそういうと頭を下げて、再び御者席に乗って馬車を走らせて行った。

「なんでセレナより僕の方に手を貸したんだろ?」

「私はあくまでもメイドですからね。アダムズさんも、最初は頑なにでも手を貸してくれましたが……無視してたら諦めてくれました」

「何気にひどい」


 他愛もないやりとりをしつつ、キラはあたりを見回した。

 門の正面には、城とも屋敷とも取れるような石造りの本部がある。御者のアダムズは、この建物の脇を通る道に馬車を走らせている。どうやら、回り込むような形で厩があるらしい。


 本部の建物から視線を外して、九十度横を向けば小走りしているコリーの後ろ姿が見える。

 防壁に沿うようにして砂利道が敷かれ、その道に面する建物が一つある。それがコリーの職場である派出所のようで、青年騎士はその中へ消えて行った。


 派出所はとにかく横に平べったい建物で、四角さの目立つ堅牢な作りをしていた。両端には、おそらくは見張り台の名残りであろう円筒形の塔があり、本館を挟んでいる。

 塔からは渡り廊下が伸び、そのまま別の石レンガの建物に繋がっていた。そこが”西部騎士寮”のうちの一棟らしく、鎧を着ていない普段着な騎士たちが出入りしていた。


「さあ、こちらです」

 キラは騎士たちの様子に気を引かれながらも、セレナの後について歩いた。

 艶のある重厚な扉をくぐり本部へ入ると、そこは円形に窪む天井が特徴的なエントランスだった。一階から三階まで吹き抜けで、仕事に励む職員たちが行き来しているのがよく見える。

 キラがぼうっと見上げている間にも、セレナはエントランスを突っ切っていた。廊下と枝分かれするようにして上階へ上がる階段に向かっている。


「リリィって、今の時間は本部にいることが多いの?」

 セレナはメイド服のポケットから懐中時計を取り出した。針は十一時と十分を示している。

「午前中は騎士たちの面倒を見ることが多いのですが……リリィ様のことですから、今はもう書斎の方にいると思いますよ」

「ん? どういうこと?」

「私たちとしても、訓練は他人事ではありませんからね。体を動かし、魔法を使わねば錆びていきます……ということは、自然と汗もかいてくるわけで」

「ああ、そういうこと。さっぱりしたいよね」

「……微妙に外していくのが、なんとも」

「?」


 セレナのため息に疑問を覚えながらも、踊り場を経由して二階へ上がっていく。

 三階へ向かおうと折り返そうとしたところ、ねっとりとした声が聞こえた。

「おやおや、これはセレナ嬢。お早いご出勤ですなあ?」

 脂っこいブロンドが特徴的な、中年紳士だった。ピカピカの上質な服を着ている割には、当の本人はひどくやつれていた。皮肉を言う口はカサカサで、頬が引き攣り目にクマができている。

 そんな不健康な彼を心配するそぶりもなく、セレナはピシャリと言い返した。


「そうですね。今日は午後一時からの出勤でしたので。二時間も早くついてしまいました」

「元帥殿は気楽で良い……。なにせトップスリー――人の上に立つのだから、そりゃあ気分もいいでしょうなあ」

 キラがムッとして睨むと、男もまたイラッとして睨み返してきた。

 そんな様子にセレナは早くも背中を向け、三階へ上がる階段へ足を伸ばしていた。それを合図に、男も舌打ちをしてから階段を降りていく。


 キラはと言えば、想像とは違う反応の二人に戸惑うばかりで……慌ててセレナを追いかける。

 すると、男がすれ違いざまに肩をぶつけてきた。が、わざとらしさの割には弱々しく、当たり負けして尻餅をついてしまう。

 そこへ、

「良い加減にその癖を直さねば、ついてくる人間がいなくなりますよ」

 意外なことに、セレナが男の手助けをした。床に腰を打つ直前に、”風の魔法”でその体を掬ってやる。

 男は唖然とした様子ですくりと立ち直り、バツの悪そうな顔をしてさっさと階段を降りて行った。


「一体何……?」

「先ほどのは人事局長のアンダーソンです。普段は毒のない方なのですが、忙しい時期になると溜め込む癖がありまして。で、我慢しきれなくなると、ああして周りに発散してしまうんです」

「悪い人じゃないんだね?」

「それを悪くないと思えば。ただ、迷惑で面倒な人間には変わりありません」

「手厳しい」

 キラは苦笑しながら、階段を登るセレナの後を追った。


「でも人事局って……騎士団の人員構成って、セレナとかリリィとか、トップが決めてるのかと思った。事務方もいるって聞いたし」

「私たちでは捌き切れないほどの規模ですからね、騎士団は。部署ごとに対応していかねば、安定した運営などとてもできません。それに、私たち元帥の本来の役目は、外敵の排除にあります――事務で手を離せないなど、本末転倒にもほどがあります」

「ああ、そりゃそうか。ってことは、セレナたちも部署に入ってるの? それとも、元帥はそう言う枠を超えてたり?」

「いえ、意外と”元帥”という役職は、騎士団の中では特別なものではないのです」


「でも、コリーとかは……」

「少し語弊がありましたね……正確には、騎士団本部において、です。騎士団のトップは総帥たるシリウス様なのですが、その次の地位にいるのは私たち元帥というわけでもないのです」

「へえ……?」

「各部署の局長たちが、それぞれ『総帥の次に立場がある』ということになります。先ほどのアンダーソンもその一人となります。他にも、事務局長や魔法局長、流通管理局長など、いわゆるナンバーツーが意外と多く存在するのです」


「じゃあ、セレナたちは……?」

「私とリリィ様、そしてもう一人の元帥であるアランも、”兵士局”の長を務めています」

「三人とも局長ってこと? 他の部署よりも変則的だね」

「規模で言えば、”兵士局”が圧倒的ですからね。――こういうこともあって、私たち元帥も本部に勤める職員にとっては、『局長の一人』にしか過ぎないのです」


 セレナがそう話を締めくくったところで、階段をのぼり切って三階へ到着した。

 階段に対して平行に敷かれた廊下は、右にも左にも長く伸びている。階段と垂直に交わる廊下もあり、これは平行な廊下よりも短い――が、それが同時に部屋の長さであることを考えると、かなりのものではあった。


「向かって左側のほうへ私とリリィ様の書斎部屋がございます」

「右側の方は? それに正面の廊下にも、右側に一つ扉があるよね」

「それぞれ会議室と事務室となっています」

「ふうん……。あれ、シリウスさんの部屋は? それに、アランってもう一人の元帥の部屋もなさそうだけど」

「シリウス様のお部屋は、もう一階上に。アランの書斎は、隣接する派出所の方に」

「ああ、なるほど」


 軽く説明を受けながら、セレナの後をついて歩く。

 真昼間とはいえ、窓を設置しようもない廊下は少しばかり薄暗い。しかしそれでもキラが感動してしまったのは、廊下を照らしてくれる壁掛けのランプに気付いたからだった。


「これ、もしかしてガス灯?」

「お気づきになられましたか。実は、この本部の建物自体にガス管が張り巡らされていまして。一度ランプに火を入れさえすれば、大元の燃料がつきない限りは灯りが消えることはありません」

「でも、エルトリアの家の方じゃ、普通に蝋燭だったよね」

「まだ試験運用段階なので。一般的な家庭に普及するには、まだ何年かかかるかと。――本部に勤務している職員たちならば、爆発程度で狼狽えるものはいませんからね」


「たくましい……。ってことは、ここにいるみんな元騎士?」

「皆がそうではありませんが、多くはあります。現場よりも事務仕事に目覚めた方もいれば、最初から本部職員を目指した方もいます」

「最初から……?」

「騎士団の職員になるにはいくつか方法があります。その際には、大学卒業の認定証だったり、騎士団職員からの推薦状だったりと必要なものがあるのですが……騎士として入団し、そこから職員へ転職するケースはそう言った必須条件がないのです」

「抜け道なんだ。けど、結構難しそう」

「はい。騎士としての実力を兼ね備え、その上で勉学もできねばなりませんので。条件がない分、難易度は高いですね」


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