187.4-6「将来性」
「さっきのキラさんの考え方も、かなり刺激的でした。話聞けて、よかったです……!」
何やら興奮した様子のビリーは、ごそごそとみじろぎした。何やら腰へ手をやって蠢き……やっとの思いで分厚い紙の束を手に取る。そうして、鉛筆で熱心にメモを取り始めた。
「そう? なら、よかったけど……。その手帳というかメモ帳というか、めちゃめちゃ高いんじゃない? 羊皮紙じゃないし、カバーも革製だし」
「あ、気づきました? 初任給で奮発して買っちゃったんですよ。文具の買い足しに行った日に見つけて、一目惚れで。……親孝行を先にして欲しかったって、母に愚痴られましたけど」
楽しそうにいうコリーは、さらさらとなれた手つきで手帳に書きつけていく。
キラはその様子をぼうっと見て、ぽつりと呟いた。
「かっこいい……。字の練習しようかな」
すると、これを耳ざとく聞きつけたセレナが間髪入れずに口を挟んできた。
「では、是非とも私と。上質な紙とペンを用意するので、メキメキ上達するはずです」
「え、悪いよ。っていうか、僕の書いた手紙見たでしょ……紙が勿体無い」
「そんなことはありません。というより、キラ様は終戦による褒賞を受け取っておられないでしょう。このくらいのこと、気にするまでもありませんが……まさか、勉強したくないが故に拒否をされているので?」
「お……あ……んん」
そんなことは考えもしていなかったが、そう言われてしまうと拒絶反応を起こしてしまう。
すると、案の定セレナにジトっと睨みつけられてしまい。コリーに助けを求めようにも、何にツボったのか必死に笑いを堪えて役に立ちそうもない。
どうやら逃げ道は最初からなかったようで、
「……頑張ります」
ついに、自ら投降する羽目になった。
これに対してセレナは満足そうに頷き、さらに腕へと密着してきた。リリィのように、しかし彼女ほどには積極的ではなく、少しばかり控えめだった。
キラは微妙な気持ちに陥りながらも、いまだに笑い続けているコリーをじとりと見つめた。
「笑いすぎだよ」
「ふ、けど、動揺の仕方が……! すみません」
「まあ、別にいいけど。それより、さっきの仕事の話の続きだけど……今のコリーの立ち位置ってどんな感じなの? 商業地区なんて厄介なところ任せられるくらいだから、下級騎士手前とか?」
コリーは幾度かのわざとらしい咳払いで何とか笑いを堰き止め、質問には首を傾げた。
「その辺りは、あいにく自分では判断しきれないというか……。先輩によると、見習い騎士には昇級試験的なものがないらしくって。まあ、同期たちよりかは早めに治安維持の仕事に配置転換したので、多少は評価されているのではないかと」
コリーの青い目はちらちらと元帥たるセレナの方を窺っていたが、彼女はすんと済ました表情でいるだけだった。どうやら、そう言ったことには反応すらしないと決めているらしい。
「じゃあ、見習いが下級騎士に上がるまでどのくらいかかるとか、あんまり見当がつかない感じ?」
「んー……聞いた話では二年で上がれれば早い方らしいです。五年かかったりする人もいるんで、まちまちって感じじゃないですかね」
「五年って、長いよね……。コリーは?」
「自分は一年と半年くらいですね。でも、そんなこと聞くなんてどうしたんですか? まさか、キラさんも見習い騎士から始めるとかいうんじゃ……」
「え? ああ、まあ、それもあるけど」
「マジですか……! 英雄が後輩とか、ちょっとたまったもんじゃないですね」
「……。結構失礼じゃない?」
「だ、だって! 自分達よりも明らか強くてすごい人が下に来るんですよ? 何気に元帥とタメ口で仲良いし。何か失礼でもあったら……!」
「そんなことしないよ」
わざとらしくカタカタと震えていたコリー。
だが、途中から本当に青ざめてしまい……不思議に思ってキラが彼の視線を追うと、セレナに行き当たった。
真っ赤な髪の毛のメイドが、一瞬だけではあるが、今に射抜いてしまうのではと思うくらいに鋭い目つきをしていた。
「セレナ、そういうのはダメだよ」
「私としては、元帥として迎え入れたいのですが……キラ様がそうおっしゃられるのでしたら。しかし、肝に銘じてくださいませ――実力の差を実感しなければ、見下してくる人種もいるということを」
「大丈夫さ。喧嘩売られなければ、多分」
「……そういえば、昨日大学に迷い込んだ上に、レナード殿下と一悶着起こしたそうですね。なんでも、後少しで捻り潰してしまうところだったとか」
ひょっ、とコリンの奇妙な悲鳴を聞きつつ、キラは苦笑しながら返した。
「それ、リリィから聞いた? だとしたら、かなり誇張してるよ。――切り替わったレナードは、多分手強かったと思う」
「あのクロエさんの手解きを耐え切った方ですからね」
「ああ……やっぱ、そんなにきついんだ」
「ええ。しかし、キラ様も無茶をします。クロエさんはサーベラス家のご息女ですからある程度自由に振る舞えるものの、下手をすれば捕まりますよ」
「だって……。王子の器どころか、貴族の格にすらなかったから」
「はあ……全く、今後は気をつけてください。なるべく、敬語も忘れずに――レナード殿下も許しておいでという話でしたが、他の人からすれば不敬罪にも等しいですから」
「頑張ってみるよ」
「まあ、王家に噛み付くくらいですから、見習いとして嫌味を言われても大抵は大丈夫でしょう」
セレナからコリーの方へキラが視線を移すと、青年はカタカタと震えていた。
「やべえよ、素でやべえよ。こええ……!」
「何言ってるの?」
「はっ……! いや、なんでも。ちょっと、身の振り方を」
「……それも気に入らないって言ったらどうなるんだろ」
「死ぬ」
すっと背筋を伸ばして表情をなくしてしまうコリンは、本当に怯えているのかと思うほどに演技派だった。
あまりの迫真っぷりにキラは笑ってしまい……コリンの表情もようやく緩んだところで、本当に聞きたいことをぶつけてみた。
「実はさ。友達が騎士団に入りたいって言ってて……でも、それって安定した職につきたいとか、お金が欲しいっていうものじゃなくって。なんていうか……その……」
「その言い方だと、あんまり言いふらしたらまずい感じなんですね?」
「ん、まあ……。簡単にいえば、強くなりたいってことなんだけど。で、多分、ある程度の階級も必要になって……ってことを考えたら、どれくらいの年数がかかるのかなって、気になっちゃってさ」
「んー……それって、きちっとした目的とか目標とかがあるってことですよね」
「うん……。あんまり長引くと、そううまくいかない気がしてさ」
この問いかけに対しては、コリーだけでなくセレナも一緒に考えてくれていた。
「自分もまだ見習いの身分なんで、そうハッキリとはいえないんですけど……」
先に答えを出したのは、青年騎士の方だった。
「その、やっぱりそれ相応の年数はかかるんじゃないかと。少なくとも、一年や二年でなんとかなるってことにはならないと思います」
「それっていうのは、階級的に考えたら、ってこと?」
「はい。騎士団に所属するってことは、基本的には上の命令に従うってことで……。で、ある程度自由になれるのは、多分上級騎士からなんです。”ポイント”調査みたいな野外任務を中心にするか、それとも地方の支部へ行くかで悩むって人、結構見かけますから。まあ、本当に騎士側に裁量権があるかと問われれば、首を傾げてしまいますが……」
コリンのさりげない問いかけに、セレナは頷いて答えた。
「騎士はどこまで行っても騎士で、王国に忠誠を誓わねばなりません。キラ様のお友達の件はちらりと伺いましたが……正直に言って、騎士団でその願いが叶うとは言い切れません」
「そっか……」
「ただ、強さという観点では、竜ノ騎士団ほど整った環境はないでしょう。魔法についても接近戦についても、誰もが互いに切磋琢磨して高め合う循環が出来上がっています。エマール領での反乱作戦に参加したと言う話ですから、その点に至っては問題ないかと」
「じゃあ……?」
「考えるべきは、強くなった後のことです。その時が来た時の判断として妥当なのが、脱退でしょう。騎士団所属の騎士たちの忠誠は、竜ノ騎士団ではなくエグバート王家に対するものです。培った力も考えも、全ては王家のものと言う教えが根底にありますので」
「そう言われれば、セドリックもドミニクも自分勝手に動くことになるもんね……。ちなみに、脱退してから復帰って……?」
「基本的には、許されていません。国と王家への忠誠から外れた……そう判断してしまいますから」
キラは腕を組み、思わず唸った。
セドリックとドミニクの願いは、エリックを連れ戻すこと。
そのためならば彼らは惜しみなく努力をし……まず間違いなく相応の力をつけるだろう。そうしてエリックを連れ戻すための旅に出るのだ。
仮にことがうまく運び、三人で戻ってきたとしたら?
彼ら三人には、その先の生活が待っていることとなる。順当に考えれば、”隠された村”に戻ったり、リモンの”労働街”で働いたりするのだろうが……。
「それって、ちょっと勿体無いですよねえ」
思っていたことをとられて、キラは思わずコリーを凝視した。
「なんで君がそう思うの?」
「いや、だって。キラさんからもセレナ様からも、『まあ強くなるだろう』ってくらいには思われてる人たちなんでしょう? そう言う人たちがただ目的叶えるために騎士団に入って、そんで出ていくってのは……ちょっと悲しい気がしたんです」
「まあ……。でもそこはセドリックたちの気分次第だし……」
ごとごとと揺れる車内の中、セレナがつぶやくように提案した。
「方法は、なくもないです」




