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~新世界の英雄譚~  作者: 宇良 やすまさ
2と2分の1章

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183.4-2「きらい」

「そういえばさ……。あの、セレナのドレス姿、綺麗だったよ」

「む……。そうくるとは、意外でした」

 セレナは無表情のままにそう言い、ふと顔を背けた。

 何かあるのだろうかと、キラも無意識に彼女の視線を追い……そこで、一切変わらない様子の彼女にも異変があるのをみてとった。

 燃えるような赤毛で少しわかりにくかったが、若干、耳が赤くなっていたのだ。


「セレナも、リリィに劣らず感情的だよね」

 キラがそうからかうと、セレナは一瞬でその意図を察したらしい。凄まじい速さで手櫛で赤毛を整え、耳を隠してしまった。

「セレナって……もしかして、表情を出すの我慢してる?」

「……なぜそう思われたのです?」

「あ……いや、なんとなく……。ふとした拍子に緩むことがあるし、もしかしてって思ってさ」


 セレナは背けていた顔を真っ直ぐに向き直って、やはり表情なく言った。

「これは、おまじないのようなものです。マリア様……お母様を亡くしたあの日、”強くなりたい”と願った上で辿り着いた、まじないです」

 そこでキラは、ドレス姿のセレナを思い出した。

 人目に耐えられずにテラスで一服していた時、彼女もまた人混みから抜け出るようにして姿を表したのだが……彼女の表情のない横顔は、気に食わない感情を必死で噛み殺しているようだった。

 それも”おまじない”なのだとしたら……。


「だから、帝国は嫌い?」

 突拍子もない問いかけに、セレナも不意をつかれたらしい。僅かに目を見開き、その一瞬後にはムッとして眉間に溝が刻まれ、その後咳払いして全ての感情をその淡麗な顔から消し去る。

「これでも。表情を消すことには長けていると自負しているのですが」

「そうかな? 意外と行動に気持ちが出てる気がするけど」

「……気を付けておきましょう」

「別に気にすることないのに」

 セレナは紅茶を飲むことで気持ちを隠しつつ、話を元に戻した。


「それで。パーティーの時、それほど態度に表れていたでしょうか?」

「んー……いや、そんなに。いつもメイド服のセレナが、祝いの席だからってあんなに煌びやかなドレス姿になるかなって、不思議に思ってさ。だから気づいたって感じ」

「となれば、勘の鋭い方ならば気取られているでしょうね」


「きっと、セレナは帝国との和解にあまり納得が行ってないんだろうけど……それって、結構当たり前なことだよね? そんなに気にしなきゃいけないこと?」

「私は、リリィ様専属のメイドです。竜ノ騎士団”元帥”として知られるのと同じくらいに、王都の貴族社会で認知されています。私の一挙手一投足が、公爵家の次期当主でもあるリリィ様の名や進む道に泥を塗ってしまうこともあり得ます」

「ああ……。なるほどね」


 セレナのその言い方で、言葉通りの意図の他にも、気づけたことがあった。

 赤毛なメイドは、全てをリリィに捧げているのだ。

 だからこそ、親友でありながらもメイドであることにこだわり。だからこそ、”おまじない”と称して無表情を貫き。だからこそ、強くなるのだと誓った。

 母マリアを亡くしたその日から……。

 きっと、彼女にとってマリア・エルトリアという人物は、何者にもなることのできない孤児という孤独から掬い上げてくれた存在なのだ。

 すとんと胸に落ちると共に、キラは若干心臓がトクリと唸った気がした。


「でも、セレナ自身はあんまりよく思ってないんだよね? 帝国との和解……っていうか、帝国そのものを」

「……正直に言えば。あまり、よくは思ってません」

「やっぱり、お母さんを亡くした原因だから?」

「それもありますが……。よく思っていない、というよりかは、信用していないと言った方が適切かもしれません」

「けど……」


「帝国側にも事情があるのは聞き及んでいます。元帝国スパイのグリューン……ローラ女王陛下やクロエ様が彼を敵対視していないのを考えれば、様々あるのは間違いないと言っていいでしょう。ただ――」

「ただ?」

「帝国がそういう不安定さを抱えている国である以上、いつまでも味方であるとはかぎりません。内政の状況によっては、裏切りもあるでしょう。となれば、王国の重要人物たるリリィ様にも危険が及びます――それは、絶対にあってはならないことなのです」


 ティーカップをことりと受け皿に戻したセレナは、決して揺るがない決意を無表情に込めていた。

 キラは彼女の本気に息を呑みながらも、口を開くのを止めなかった。

「でも、リリィは……。”誰をも、妥協なく、救済する”……複雑だとは言ってたけど、帝国を除け者にはできないって、そう言ってた」


 すると、セレナに一瞬の変化が訪れた。

 射抜くように真っ直ぐに見つめてきていた青い瞳孔が、動揺を示すかのように揺れたのだ。彼女はそれを押さえつけるようにして一旦瞼を閉じて、しばらくしてから開く。


「わかっています。リリィ様は挫けようとも前向きですから。ですが……私は違います。私は……別の視点を持ってして、リリィ様をお助けするのみです」

「でも、それってあんまり……」

 キラは言いかけた言葉を、口を閉じて殺した。

 セレナの意思は固い。だからこそ、リリィが帝国を許そうと一歩踏み出そうとしているのを、受け入れられなくなりつつある。

 慰めなどはいらないのだ。


「よし」

 キラはトクンとなる心臓に口端を緩め、しかしそれを見せないように前のめりになりながら立ち上がった。

「キラ様……?」

「リリィのとこ、行こう。その感じだと、まだリリィとは帝国についてはそんなに話してないんでしょ?」

「はあ、まあ。デリケートな話ですし。それにここ最近は、キラ様のことで二人ともヤキモキとしていましたから」

「う……。そ、そのお詫びといっちゃなんだけど……。デートとかどう? リリィには内緒で」

「……一考の余地ありですね」




 リリィに内緒とは言いつつも、結局セレナはメイドとしての行動を遵守した。リハビリという名目で竜ノ騎士団本部へ向かうことを、リンク・イヤリングを介して早速伝えてしまったのである。

 ただ、到着時刻は昼ごろとしながらも、午前九時を回った段階で二人で共に馬車に乗り込んでいた。


 セレナ曰く……。

「キラ様も王都のことをもっと知りたいようですから。ですから、これはデートではなく、案内です。道案内」

 ということらしい。

 彼女らしい照れ隠しなのかとも思いもしたのだが。

「アダムズさん、商業地区の方へ。少しばかり、王都にも危険な面があることを知っていただきたいので」

 なかなかの本気具合なのを、キラは動き出す馬車に揺られながら感じていた。


 中年紳士な使用人アダムズが二頭の馬を操り、道路へ合流したのちに徐々に速度を早めていく。

 リーアムにも劣らない腕前に感心しつつ、セレナの方へ向いて問いかけた。

「商業地区が危険って? あんまりそういうイメージわかないけど……」

 赤毛なセレナは、いつものメイド服姿に身を包み、少し距離を置いて座席に座っていた。折り目正しく膝に両手を重ね、指先を見つめるようにして伏せがちに応える。


「王都は、王都という名を冠していなければ、”商業都市”と称していたでしょう。酪農や農業などの産業活動は行っておらず、おもに肉や魚や野菜などといった生産品が一般消費者や商会の間で取引されているのです」

「ん、んんー……。まあ、いろんなとこで買い物できるってことだよね」

「有り体に言えば。なので、今も少し触れた通り、物を売る側である商会も多く集まっているのです。それが、商業地区です」


「へえ。でもさ、竜ノ騎士団が”転移の魔法”を管理してるんだよね? その商会っていうのは、騎士団の傘下だったりするの?」

「騎士団は、あくまでもモノの行き来を円滑に行う、いわば”運び屋”です。個人と個人、商会と商会、あるいは個人と商会……この間を取り持つのが主な役割となります」

「じゃあ、騎士団が商会を持ってるとかいうわけじゃないんだ」

「地方では定期的に騎士団が市場を開くことはありますが、基本的には商業活動に関わることはありません。小麦粉や塩など食生活に必須な幾つかの生産品は、騎士団ではなく国の管轄となります」

「あ……特権商人的な?」

「よくご存知ですね。その通りです。信頼ある商人または商会に、王国各地での販売を委託しているのです。この商人の”転移の魔法”の使用を許可するという形で、騎士団は商業活動に関わっていると言えるでしょう」


「でもさ。今の話の流れの感じ、特権商人以外ってキツくない? 騎士団がいれば行商人なんて必要ないし……っていうか、実際いないっぽいし。商売するにしても、王都限定とか地方限定とか、範囲が限られてくるし」

「ですから、王都では商業地区が悩みの種となりつつあるのです」

「へえ……?」

「私も、商業やら商売やらに特別詳しくはないのですが……。騎士団の所有する”転移の魔法”に不満を持つ商人たちが一定数いるのは事実です。彼らの間では、『”転移の魔法”を独占している』という認識が一般的だそうで」

「んん……? その認識、ちょっと違うような……。だって……」


 キラが瞬時に思い出したのは、”転移の魔法”の失敗だった。

 通常であれば、失敗することはないだろう。成功率が低ければ、モノの流通に活用するという発想は生まれない。

 それでも失敗したのは、帝国の襲撃があったからだった。

 これはつまり、敵勢力からすれば一刻も早く潰しておきたい重要拠点ということ。竜ノ騎士団という軍力が守っているからこそ、”転移の魔法”での物流が実現しているのである。

 これを『独占している』と考えるのは、あまりにも無理があることだった。


「キラ様も体感した通り、危険がないわけではありません。ただ、騎士団が”運び屋”を担っているというのは事実であり、これにより仕事の幅が減っているのもまた事実です」

「まあ、そうなんだろうけど……。それを独占ってするのは間違ってるんじゃ……商人って戦えるのかな?」

 セレナは、ふっ、と一瞬吹き出したのち、咳払いをしてからまたトツトツと続けた。


「いいえ。私も、こう言った不満は、ある種のワガママだと思っていますよ」

「だよね」

「ただ、それでも不満を持つ者はいるのです。そんなわがままな人間を少なからず内包しているのが商業地区……トラブルが起こらないはずもありません」

「……そこにわざわざ行こうって?」

「社会見学と思っていただければ」

「まあ、セレナがいるし大丈夫かな。僕も戦えるし」

「なりません」

 ピシャリと言いつけられ、キラはしゅんとして従うほかなかった。


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