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~新世界の英雄譚~  作者: 宇良 やすまさ
2と2分の1章

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188/956

182.4-1「見直す」

 リリィと一緒にコッテリと絞られたその夜。最終的にはため息をつきながらも外出の許可をしてくれたセレナも混ぜて、一緒のベッドで寝ていたところ、キラは夢を見た。

 真っ白で何もない空間に、ぽつりとひとり立ち尽くしている夢である。

 それは、彼女らの母であるエルトとの対話が始まる証でもあった。


〈二人とも甘いよね〜〉

 上も下も、右も左も見分けのつかない真っ白な空間で、一つだけ異質な存在を放つものがあった。

 それが、ふよふよと漂う光の球体……エルトだった。当てどなく彷徨うたんぽぽのわたの如く、あるいはこの世に偶然止まってしまった人魂の如く、キラの周りをうよついている。


「甘いって?」

 キラが聞き返すと、その声は真っ白な空間で跳ねて回った。自分の声をもねじ込まれるかのような感覚を気味悪く思っていると、綿毛なエルトが気軽な調子で答えた。

〈”魅了”のことだよ。キラくんだって気づかないわけないでしょーに〉

「……まあ。シリウスさんと話してから、違和感が強くなったような気はするよ」


 ひょんなことでシリウスと”魅了”について話した後、キラはそれまで以上にリリィやセレナの態度に注目するようになった。

 そこで、エルトの言う通り、やはり彼女たちが”甘い”ことに気づいてしまった。


 ここ数日間は、特に顕著だった。

 部屋に一人になった隙をついて、スニーキングで庭へ出てみようとしたところ、リリィに見つかってしまった。こっそり筋トレしていたところをメイド長に報告され、看病という名の監視がつくことになった。

 だが、このどれもにおいて、彼女たちは真に否定や拒絶をしなかった。

 たとえば逆の立場でリリィが大怪我からの回復直後だったとすれば、日光浴ですら簡単に許すことはできない。”王都めぐり”と称したデートなどは、尚更だろう。

 だというのに、キラは日光浴も外出も楽しむことができてしまったのだ。


「ちょっと、怖いよね」

〈そういう感覚持てる子で、ほんと良かったと思うよ〉

「いや、当たり前だよ……。真面目に”魅了”への対策考えなきゃ、これから先絶対に良くないことが起きる」

〈それもそうね。ただ――私としては、そっちよりも先に優先しておきたいことがあるんだけど〉

「え、何?」

〈あなたの”普通じゃない”加減についてよ〉


 ふわふわとした綿毛は、エルトの気持ちを表すかのように、大きくなったり小さくなったりを繰り返していた。

〈聞いてたからね。『怪我に怯んでちゃ戦いにならない』とか『急所外れればまだ動ける』とか〉

 憤慨したような言い方に、キラは一瞬にして騎士軍の訓練場でのことを思い出した。身体中に疎外感が張り付いたような気さえして、声を詰まらせる。


〈もう私にとっては息子も同然なんだから、もうちょっとズケズケ言わせてもらうけど。”怪我も前提とした戦い方”なんてのは、騎士としても戦士としても論外なのよ――もうそんな考え方は捨てなさい〉

「ちょっと厳格さが出てきたじゃん……」

〈誤魔化してもダメ。”グエストの村”でのトラウマを思い出しててちょっと可哀想だったけど、あなたの普通じゃないところが人目に晒されたのは不幸中の幸いよ〉

「普通じゃないとか、論外とか言われても……。じゃあ、何をどう考えればいいわけ?」


 キラはぎりりと奥歯を噛み締めて、エルトを見つめた。

 漂う人魂は、くるくると円を描き続けて、やがてぴたりと静止して僅かながらに膨張した。


〈そもそもあなた、なんであんな考え方するの? あなたの”絶対に守る戦い”はとっても格好いいんだけど、何もあんなに自滅的なやり方することないでしょう?〉

「なんでって……。早く決着つけたいじゃん……魔法使えるわけじゃないんだし」

〈んー、それにしても……。”前の僕”っていうのが関係あるのかな〜……?〉

「そう言われると……嫌だ」

〈だったら。私のアドバイス通りにしなさい〉

「アドバイス?」

〈そ。――ずばり、竜ノ騎士団に見学へ行くのよ!〉




 どうやら、リリィは母親たるマリアの血を濃く引き継いでいるらしい。いくら言葉遣いが丁寧で物腰が柔らかくとも、その場の勢いに便乗してしまうこともあるという。

 そういう性格を知り尽くしているのが親友たるセレナであり……彼女は起き抜けに、監視体制の見直しを提案した。


「順番を入れ替えましょう。午前が私で、午後にリリィ様に監視を行っていただくということで」

「な、なんでよ……! 昨日、ちゃんと反省したじゃない!」

「そうは言っても、キラ様には甘々ですから。きちんと仕事をこなしたあとは、リリィ様はゆったりとしていたいでしょうし、ちょうど良いかと」

「うぅ……! 二人っきりでデートなんかしたら、許さないんだから……!」

「そっくりそのまま返しましょう。昨日の状況を踏まえて」


 二人が言い争いをしている間にも、エルトリア家で働くメイドの一人ジェシカが料理を持って入ってきて。良い香りにそそられたキラは、二人の口喧嘩の行方を気にしながらも食事に夢中になり……。

 そうしていつの間にか敗北していたリリィが、涙目になりながらも身支度を整えて出勤していった。


「あれ……。朝ごはんは良かったのかな」

「今日は早番ですので。騎士たちの早朝練を監督して、その後に向こうで朝食を取るのです」

「へえ……。セレナは?」

 丸テーブルの向かい側に座るセレナの手元には、ティーセットのみ。

 キラの目の前には、数種類のサンドウィッチやスープが盛り付けられた皿が並んでおり、比べると笑ってしまうほどの差があった。


「……ダイエット中です。昨日、なぜだか余分な魔力を使い、少々食べ過ぎてしまいましたので」

「あ、はは……」

 キラは何も言い返すことができずに苦笑して……食べようとしていたタマゴサンドから口を離した。


「でも、ちゃんと食べた方がいいと思う。そんなに気にするほど太ってるわけじゃないんだから」

「しかし……」

「どうせ騎士団として動くような事態が起きたら、食べたくても食べられなくなるんだし。その分、蓄えておかないと」

「……。では、ひとつだけ。そのタマゴサンドを頂戴してもよろしいですか」

「いいよ」


 キラが手渡ししようとしたところ、ふわりと手元に風が巻きついた。

 無表情ながらもセレナが目で合図しているのがわかり、サンドウィッチから手を離してみる。

 すると、タマゴサンドは風に巻きつかれ、しかし崩れることなくセレナの手元へと吸い寄せられていく。


「昨日も言ったけど……ほんと、すごいね。風のコントロール」

「リリィ様と共に訓練しましたからね。慣れたものです」

「エルフの目……”魔瞳”って、大気中の魔素を見れるんだよね。そのおかげもあったりするの?」

「良し悪し、と言っておきましょうか……。この”魔瞳”は見る見ないの切り替えはできるものの、濃度ごとに分別するだとか範囲を限定するだとかはできませんから」

「あー……めちゃめちゃ邪魔って話?」

 うまく要領を得ずに問いかけたが、セレナは無表情の中にも笑みを忍ばせて頷いてくれた。


「有り体に言えば。たとえば、私の視線の一メートル先が高濃度の魔素群を見たとして……その場合、二メートル先の濃度はかなりわかりづらくなるのです」

「ああ、なるほど……! 濃度が重なって見えるから」

「はい。――時に、大気中の魔素の濃度により、魔法の強弱が変わるという現象があります。なので、”魔瞳”で魔素濃度の強い場所を見抜けば、高威力の魔法を手軽に扱うことができるのですが……」

「そっか。魔素が重なって見えるんじゃ、数メートル先が濃いかどうかだなんてわかりっこないよね……」


「ただ、これには一つ対処法がありまして。それが”風の魔法”なのです」

「んん……? あ、風なら魔素をなぞることができるから?」

「その通りです。なかなか鋭くて驚きました」

「あはは、それほどでも……」

「教えがいがありそうです。文字はリリィ様から学ばれるとして……やはり、魔法は私でしょう。これ以外にも数学や歴史――中でも医学は外せませんね。これからもたくさん怪我をするでしょうから」

「あは……」

 キラは途端に眩暈がした気がして、目の前の朝食に集中した。が、もうほとんどを平らげていたこともあって、スープを飲み干すにとどまる。


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