181.3-15「友達だから」
少年は、もうエヴァルトの後ろに隠れるようなことはなく、挙動不審ながらもしっかりと目を合わせてきた。
「かなり久しぶりだよね。旅してた時の方が短いくらいじゃない?」
「まあ……。だいたいそんなもんだろ……知らねえけど」
生意気なその言い方に懐かしさすら覚え、キラはにこりと微笑む自分の頬が歪んでいくのに気がついた。鼻が、ツンとする。
作り笑いを重ねて必死に隠しつつ、エヴァルトへ話題を振る。
「それにしても……。二人が一緒にいるとは思わなかった。帝国のスパイだから?」
「直球やな! 合ってるけども!」
「おお……。こっちもなんか久しぶりな感じ」
「こんの……! 手のひらで転がしよる……!」
キラはエヴァルトをからかうことでようやく溢れ出しそうだった感情を押し留め……そこで、視界にグリューンがいないことに気がついた。
「グリューン? 何して……」
側面へ回りこんだり、背後に忍び寄ったり。ちょこまかと体の周りうろつくグリューンに、キラは首を傾げた。
「そこの訛りの強ぇやつから聞いたぞ。お前、馬鹿みたいに無茶したんだろ。……んのわりには怪我が見当たらねえと思ってよ」
「ああ、なんだ、そんなこと。それなら――」
「そんなこと、じゃねえだろ! 相変わらず人の気持ち考えねえ野郎だな!」
ふた回りしたところで理不尽にキレられ、キラはカチンときた。
「それ、どっちかって言えば、君の方じゃん。忘れてないよ――最初、ことごとく鼻で笑ってた」
「んだと……? 俺も忘れてねえぞ――あのクソ暴れ馬でゴブリン潰したこと! 臭ぇのなんのって!」
「ユニィのせいじゃん!」
ぎゃあぎゃあと言い合う中で、キラはそんな他愛もない喧嘩ですら満たされていく気がし、グリューンもまた止めようとはしなかった。
しかし、そばで聞いていたエヴァルトは違ったらしく。
「延々やんけ! 話が前に進まんわ!」
腕を組んでイライラと小刻みにつま先を揺らしていたところ、ついにクワっと口を挟んできた。
グリューンがハッとしたのちに落ち込んだのを見て、キラは眉を顰めて問いかけた。
「話って?」
背高なバンダナ男が小柄な少年の背中をこづいて、口を開かせる。
「あ……。あぁ、それな……」
途端にどもってしまう少年を、キラは急かすことができなかった。
今までに見たことがないくらいに、顔色を悪くしているのだ。よく見れば、唇もカラカラに乾き、小刻みに震えている。
エヴァルトも急かすことなく、むしろ妙に優しい顔つきをしており……キラは思わず、ゲェッ、と口にしてしまった。
その一瞬後にはゲフッと喉を鳴らして誤魔化してみたものの、どうやら耳ざとい彼には無意味なようで、めちゃめちゃに睨まれる。
そんな一連のやりとりを見ていたらしいグリューンは、身体中から緊張を抜いた。そうして、幾分震えの抜けた口で言葉を紡いだ。
「まあ……謝りたくってよ」
ようやく聞くことのできた話の続きは、キラとしては意外なものだた。
「謝るって……? 何かしたっけ……あ、帝国のスパイだったってこと?」
「それもあるけど……。ほら、王都が攻め込まれた時、戦っただろ。魔法バカスカ撃ってよ……お前が簡単に回復できねえって知ってたのに。――すまなかった」
小さな体をさらに縮こまらせて頭を下げる少年を目にして、キラは思わずつぶやいた。
「え……。何が?」
「何がって――だから、今言っただろ!」
パッと顔を上げて思わずといった風に声を荒らげるグリューンに、それまでこらていたらしい笑い声を遠慮なくあげるエヴァルト。
彼らの様子にますます困惑しつつ、キラは少年に対して弁明した。
「しょ、正直、エマール領とか帝都での戦いがぎりぎりすぎて、そんなに覚えてないっていうか……! いや、戦ったのは覚えてるし、君が弱かったって意味じゃなくって……。単純に、なんで謝られてるのかが――」
「はあっ? だから、怪我させて悪かったって話だろ!」
本当に悪びれているのかというくらいに怒鳴るグリューンに、ますますエヴァルトが大笑いする。
赤いバンダナの男の笑い方が煽りに聞こえたのか、少年がギラリと睨みつけ……そのうちにキラはごちゃごちゃとしてくる頭の中を整理した。
グリューンの言いたいことはわかる。ただ、これに対してどう言って返せば、今の気持ちをまっすぐに伝えられるのかが難しかった。
キラはうんうんと考え……エヴァルトに食ってかかるグリューンを見て、ふとエリックのことを思い出した。
すると途端に伝えるべき言葉が見つかった気がして、何も考えることなく口にした。
「エマール領に、エリックっていうのがいてさ」
「……ああ? 何の話だよ」
「今思ったんだけど、グリューンに似て生意気なんだよね」
「喧嘩売ってんのか!」
「まあ、それはあんまり関係ないんだけど」
「ねえなら言うんじゃねぇっての!」
「ただ、そのエリックっていうやつには、セドリックっていう友達がいてさ。エリックが無茶をして村を飛び出した時、ほとんど何にも考えないで追いかけようとしたんだよ」
キラはそこで言葉を切って、首を傾げている少年へ問いかけた。
「”グエストの村”で居場所がないって言ったの、覚えてる?」
「ああ。覚えてる」
エヴァルトが少しばかり意外な顔をしたのが印象に残ったが、特に彼に付け加えて言うことなくキラは続けた。
「エリックもおんなじこと言ってたんだよ。で、ちょっと色々と立て込んでたから、ふざけるなって、カチンてきてさ。――思い返してみると、それ、僕にも言えるんだよね。ブーメラン、的な?」
「けど、それはお前……」
記憶喪失って事情があるから、と聞こえない言葉が耳に届いた気がした。
キラはその優しさに甘えそうになったが、頑として首を振った。
「僕にも、セドリックみたいな強さがあればよかったんだよ。たとえ避けられようとも、自分から一歩踏み出せるような強さが。――だから僕は、もう後悔しないように、君に挑んだんだ」
「”友達だから”ってのは、そういう……」
「自分勝手に君を説得したくて喧嘩売ったようなもんだから、謝られる筋合いはないというか……。と言うより、僕の方こそ謝るべきと言うか……」
ごめんよ、と続けようとした言葉を遮るかのように。グリューンは、ぐっと手を突き出してきた。
少年は、今にも泣き出しそうな顔を必死に引き締めていた。
「じゃあ、おあいこだ。――ありがとよ」
その言葉の裏には隠れたものがたくさんある気がして……少年のまっすぐな目をじっと見つめてから、キラはそっと手を握り返した。
「うん。――ありがと」
その時になって初めて、キラはグリューンの”元冒険者”でも”元スパイ”でも”生意気な少年”でもない、本物の彼の素顔を見た気がした。
「めでたいこっちゃ!」
とエヴァルトが囃し立て、するとグリューンはすぐに”生意気な少年”の面を被ってしまった。握っていた手が、スパンっ、と弾かれる。
変わり身の早さに苦笑していると、グリューンがエヴァルトに対して噛み付いた。
「だから言っただろ。別に着いてくるほどでもねえ、って」
「何生意気いうとるねん。ガクブル震えとったくせに」
「震えてねえし! 武者振るいだし!」
「なんでやねん!」
いがみ合ってはいるものの、帝国出身同士とだけあってか、随分時が合うようだった。
活き活きと口の悪さを発揮するグリューンを微笑ましく思っていると、
「おん……? なんや、風が出てきたな」
エヴァルトがふと口喧嘩をやめて空を仰いだ。
キラもグリューンも、ふと風の強さを感じた。
「ほんとだ。天気いいのに、嵐みたいに……」
「ってか、なんかだんだん強くなってきてねえか?」
三人で顔を見合わせてその不可思議さに首を傾げていると、より一段と強い風が叩きつけてきた。
その激しさと言ったら目を開けることは愚か、呼吸すらも辛くなるほどで……。
「一体、何が――」
キラは息苦しさを堪えつつ目をこじ開け――あ、と声を漏らした。
宙に、セレナが浮いていたのである。その小脇に、ぐったりとしたリリィを抱えている。
「キラ様も、見つけましたよ」
どれほど精密なコントロールなのか、空高く浮いているはずのセレナの声が、風に乗ってすぐ耳元にまで届いた。
あまりのくすぐったさにヒヤリと身を縮めていると、ふわりと体が浮いた。
「あ、おい、メイド! テメエ、何勝手に連れて――」
「ちょー待て、巻き込まれる――」
風という見えない触手に巻き取られて、あっという間に地上が遠ざかり、グリューンもエヴァルトも小さくなっていく。
あっという間の出来事とあまりの恐怖に声も出せないでいると、上昇する体がぴたりと止まった。
「こんにちわ」
ひどく硬い声音に目を向けると、やはり無表情なセレナがじっと見つめてきていた。燃えるような赤毛が風に巻かれてふわふわと浮いているせいで、凄まじく怒っているように感じる。
否。
「さて……。とりあえず、弁明は後で聞きましょう」
めちゃくちゃに怒っていた。
おそらくは逆らってはならないであろうことは、意識のないふりをしてセレナに抱えられているリリィを見れば明らか。
だがキラは、それでも聞かずにはいられなかった。
「ああ……。どうしてここに?」
「無論、キラ様の監視のためです」
無感情な言葉が冷たさを帯びた気がして、キラは慌てて言い直した。
「ごめん、聞き方間違えた。どうしてここがわかったの?」
「リリィ様との監視交代……もとい、看病交代のために帰宅したところ、使用人からお二人の姿が見当たらないと聞きまして。話を聞くと、王家の馬車が遠ざかっていくのを見たというではありませんか。そこから推察したのです――私に相談もなく、もしや王城への招待か何かをお受けしたのではないかと」
「それで、きたんだ……こうやって飛んで。す、すごいね?」
「お褒めに預かり光栄です」
そんなことを露とも思っていないような声音で返すセレナに、キラはなすすべもなく抱えられた。
もはや抵抗は無意味だとしてグデッと力を抜き……そこで、反対側に抱えられているリリィと目があった。
互いに互いの状況を確認しあって、苦笑いをしていると、
「おふたりとも、帰ったら説教ですから」
セレナにそう審判をくだされ、二人で一緒にやるせないため息をついた。




