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~新世界の英雄譚~  作者: 宇良 やすまさ
2と2分の1章

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180.3-14「違う」

「キラ殿は……」

 そこで、クロエがぽつりと始めた。

「キラ殿も、魔法が使えません。しかし、帝都を落としました。一体、どのようにして……?」

 そこで、兵士たちにざわつきが広がっていくのを感じた。”英雄の再来”という言葉が、ちらほらと聞こえてくる。


 キラは変な気持ちになりながらも、唸りながらクロエに答えた。一瞬だけ、リリィの方へも視線をやってしまう。

「帝国の兵士たちは……まあ、有り体に言うと、貧弱だったんだよ。力は弱いし、剣の振りも甘いし。魔法の練度とかでいえば、エマール領で戦った”イエロウ派”騎士よりも劣ってたよ」

 思った通り、リリィがピクリと反応し、しかしグッと堪えていた。


 クロエが、そんな彼女に気を使ってか、話題の方向をそろりと変えていく。

「それでも、魔法もなしに魔法使いに立ち向かうのは、容易ではないと思うのですが」

「これは……”イエロウ派”騎士と戦った時に気づいたことなんだけど」

 キラもクロエの話に乗っかり、その時のことを思い浮かべて話す。

「耳で戦うんだよ」

「……耳?」


 クロエも騎士軍兵士たちも、そしてリリィですら、意味がわからないとばかりに首を傾げていた。

 キラは想定外の彼らの様子に慌てつつ、付け加えて説明していく。


「ほら、詠唱だよ。”ことだま”って、大体言葉の意味通りの魔法が発生するでしょ? それ聞き分けていけば、大体いける」

「……はあ」

「無詠唱で魔法打ってくるのはかなり厄介だけど……みんな一貫して単調だから、結構避けやすいんだよね。だから、どっちかといえば、詠唱してくれた方が楽」

「……なんの話です?」

「え……? ”ことだま”助かるって話?」

「いえ、そういうことではなく。『大体いける』だとか『避けやすい』だとか、戦闘を続けること前提で話していますよね?」

「物真似うまい……!」

「真面目に聞いてるんです」

「はい……」


 キラは怒られたことに萎縮して……ちらと辺りの状況を見て、ぎょっとした。

 自主訓練していた騎士軍兵士の誰もが、盗み聞きという言葉を知らないかのように、一斉に集まって聞き耳を立てていた。

 興味なさそうに腕立て伏せをしていても、ちらちらと伺っていたり。素振りをしながら、じりじりと距離を縮めてきたり。いつの間にか、発声も剣戟の衝突音もなくなっている。


「正直に言って、魔法使い相手に魔法を使わずに戦闘を続けること自体、非常識的と言わざるを得ません」

「なんで?」

「なぜって……。経験をしたならば、なおのこと理解できるはずです。どれだけ注意を払っても、戦場で避け続けられるなどほぼ不可能。まともに攻撃を受けてしまえば……」

「そういう時は急所外れるし、まだ動けるじゃん」

「ええ……?」


 クロエは何かを理解したらしく、信じがたいとばかりに顔を歪めていた。騎士軍兵士たちも、珍しく感情を表に出した彼女を気にしながらも、同じような反応をしている。

 しかしキラには、なぜ彼らがそれほどにわかりやすく引くのかが分からず、リリィに助けを求めた。


「キラ……。普通、あらゆる戦士はケガを嫌うものです」

 リリィがため息をつきながら言った言葉に、キラはますます訳がわからなくなった。

「ええ? だって、そんなんでひるんでちゃ、戦いにならないよ」

 言いながらチラッと兵士たちの様子を見て……愕然とした。

 皆誰もが、ふるふると首を横に振っていたのだ。


「そんな……僕が間違ってるみたいな……」

「みたい、ではなく、普通ではないのです。ここはいくらキラでも譲れませんわよ。そんな考えをするから、戦いのたびに傷を増やすんです。ともすれば、全身を焼かれるなんてこともなかったでしょう」

 リリィのその心配そうな声音は心に突き刺さるほどだったが、それでもキラは反論したかった。


 が……。

 その一方で、ざわざわとゆらめく騎士軍兵士たちの様子を見てしまった。怪我を気にせず戦うということがいかに異常なことか、目にみえるような反応だった。

 受け入れ難いその雰囲気は、どこか〝グエストの村〟の村人たちを彷彿とさせ……。

「僕は、ただ……」

 途端にキラは、反論する勇気も元気もなくなってしまった。


「言い訳は結構」

 リリィのぴしゃりとした物言いに、なぜだか引き付けられた。逃げるようにして泳いでいた視線を、そっと彼女の方へ戻す。

 リリィは、怒るのでも諭すのでもなく、ただただ笑っていた。

「今、それを普通と知ったなら。次は周りを頼ってくださいな。できれば、わたくしに」

 少し前ならば、釈然とはしなかったろう。その理由も分からなかったかもしれない。


 だが、今は――。

 エルトに叱られて。セドリックに言われて。リリィには”甘え上手”だとからかわれた今ならば。

「その時になったら……頼るよ」

 まだ口に出すことはできない〝仲間〟というものを知ったから、そう返すことができた。

 ただ、それでも……。

「でもやっぱり、僕は間違ってない。死ぬことを恐れる臆病者も、死ぬ覚悟なんて決めた邪魔者も、そもそも戦場になんていない方がいい」

 王国騎士軍に所属する兵士たちを見て、そう言わざるを得なかった。




 そこから少しばかり悶着があった。

 意見を変えないと知ったリリィが、プンスカと腹を立てて改め直すように攻め立て。キラはキラで、しどろもどろとしながらも、やはり譲るつもりもなく。

 犬も食わない口喧嘩に発展し、騎士軍兵士たちが本格的に訓練を放棄して野次馬見学に乗り出したところ……クロエの一喝が入った。

 おかげで自主練をしていただけの兵士たちは、強制的に『地獄坂シャトル』へ変更させられ……。キラとリリィも、クロエのこんこんとした説教を喰らうこととなった。


「まったく……。お二人とも子どもではないんですから」

「だって、リリィが……」

「だって、キラが……」


 すでに誰もいなくなってしまった中庭を離れ、キラはリリィと一緒になってクロエの背中をとぼとぼと追いかけていた。

「もういいです。話を変えましょう。――王国騎士軍の訓練場は、まだ他にもあります。下らない喧嘩をしないと約束するならば、案内をいたしますが」


 リリィの方を見ると、彼女はそっぽを向いていた。が、完全に無視を決め込んだわけではなく、青い瞳がちらちらと伺ってきている。

 何度か視線が合うと、リリィは仕方がなさそうに頬を緩め……しかし、ゆるりと首を振った。


「ありがたいお話ですが、今日のところはお暇させていただきますわ。流石に今のキラを騎士軍の訓練に参加させるわけにはいきませんし」

「そうですか。では、帰りの馬車を手配しましょう。――しばし、ここでお待ちください」

 騎士軍兵舎の門に着いたところで、クロエがそう言って駆け足で離れていった。近衛騎士総隊長”補佐”は伊達ではないらしく、最初は小走りだったのが、一気に加速してその後ろ姿が見えなくなってしまう。


「あんなに急がなくても……」

「クロエさんは真面目な方ですから」

 キラはリリィと顔を見合わせて笑い合い……そこで、クロエが爆速に走り出したことでもうもうと巻き上がった砂埃に注目した。

 人らしき大きな影と小さな影が、被害に遭っていたのである。


「ちょ……! どういうこっちゃねん、これ……!」

「んだよ……! 結局あの女剣士もメチャクチャじゃねえか……どーなってんだ、王国!」

 風の流れで微かに届いた二人分の文句に、キラはまたもリリィと顔を見合わせた。その際に、リリィはつまらなさそうに顔つきを歪めていた。

 微妙ではあるが明確な変化にあえて触れることはせず、砂煙がさあっと晴れていく様に視線を移す。

 そうして、二人の人物が近づいてきているのがはっきりとわかった。


「エヴァルトと……グリューン?」

 ボサボサの銀髪を赤いバンダナでまとめて後ろに流しているエヴァルトと、最初は冒険者を名乗っていたグリューン。身長差のある二人が並んで歩いていると、その凸凹さ加減が凄まじかった。

 どうやら、二人の方も気づいたようで……。


「おお、おった、おった!」

 エヴァルトは陽気に声をあげるや、ぶんぶんと右腕全体を振っていた。

 そんな訛りの強い元傭兵な男とは対照的に……。

「どないしたんや、グリューン! 子どもが隠れるなや!」

「ああっ? ガキじゃねえよ、なめんな!」

「十三はまだクソガキや! 十五のクソガキ知っとるからな!」

「意味わかんねえっての!」


 小柄なグリューンは、エヴァルトと口喧嘩をしながらも、その影に隠れるようにして一歩引いた位置にいた。

 やんややんやと近づいてはくるものの、怯えた小動物のように、あるいは威嚇する小動物のように、決してエヴァルトの陰から出てはこない。

 そうして、握手を求めれば握り返せるような距離まで近づいたところで、

「”元”冒険者殿。何をしにいらしたのでしょうか?」

 胸を張りつつ腕を組んだリリィが、全力でグリューンを煽った。


 すると、それまでエヴァルトの陰から出ようとしなかった小柄な少年は、目を怒らせて一歩前に出た。

「んだよ、”竜殺し”……! 喧嘩売ってんのか!」

「何簡単におびきだされとんねん」

 グリューンの思い切った喧嘩腰に真っ先に反応したのは、エヴァルトだった。つい、と言った様子で、ぺしりと少年の後頭部を叩く。

 グリューンもはたと気づいて、ギラリとリリィを睨みつけた。


「あらあら、随分とたやすいこと。それでよくスパイだなんて務まりましたわね?」

「今はテメエに用はねえんだよ……!」

「あら、奇遇ですわね。わたくしもでしてよ」

 本当に煽っているだけなのか、はたまた何か狙いがあったのか。勘の鋭いリリィが無駄なことをするはずがないとわかってはいたが、キラはハラハラせずにはいられなかった。


 つん、とそっぽを向いたリリィは、その勢いのままに離れ、

「先にクロエさんの元へ向かっていますわ」

 後ろ側をわざわざ回ってこっそりと耳打ちしてから、ゆっくりとクロエの後を追いかけた。

 キラはリリィの気遣いに感謝しつつ、グリューンと視線を合わせた。

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