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~新世界の英雄譚~  作者: 宇良 やすまさ
2と2分の1章

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178.3-12「運命の」

「それで、さ。ラザラスさんから手紙をもらったし、王国騎士軍の訓練をちょっと覗いてみたいなってことで来たんだけど……」

「む? では、勧誘を受けてくださると?」

「い、いや、そういうわけじゃなくって……」

 リリィが必死の形相で睨んできたのを感じて、慌てて言葉を付け足していく。

「ほら、僕ってば記憶喪失でさ。その上体調も崩れやすかったから、これまで訓練とか特訓とか、あんまりしてこなかったんだよね」

「ふむ……確かに細身ですね」


 クロエは躊躇なく一歩近づくや、二の腕やら首元やらに触れて来た。

 前髪で片方の目を隠した美貌がすぐ目の前にまできて、リリィとはまた違った美しさや雰囲気にどきどきとし……すると、リリィと目があってしまった。

 むくれっつらの美女は可愛らしくもあったが、同時に恐ろしくもあった。

 思わずするりと視線を逸らして、王城へ続く坂道の方に注目しておく。『地獄坂シャトル』に励む兵士たちは、肩で息をしながら折り返し地点まで登ったところだった。


「しかし、体調も崩れやすかった、とは? 確かに、先の開戦直前、キラ殿は体調の悪さを押してでも王都を出ようとしたみたいですが……」

「あぁ〜……これ、あんまり言いふらさないでくれると助かるんだけど、”雷の神力”の影響でね。今はもうそんなことにはならないと思うんだけど」

「なるほど、そうでしたか。運命的なものを感じますね」

「……何が?」

「かの”不死身の英雄”の弟子もまた”授かりし者”とは……! しかも、今や”英雄の再来”と謳われ、正しく系譜をついでいるのです……興奮せざるを得ません!」


 何やら急に人が変わったように冷静沈着な顔を興奮させ……そんな様子とは対照的に、リリィがそれまでの感情を忘れて思案に耽った表情で問いかけて来た。

「今はもうそんなことには……とは?」

「あれ、言ってなかったっけ……? ランディさんからもらった”お守り”が、”雷の神力”の負担を軽減してくれてるんだよ。だからちょっとは”雷の神力”使えるようになったんだし」

「”雷の神力”を……? あれほど振り回されていたのに、この短期間で? ――そういえば、エマール領でキラの位置が正確にわかったのも……」

「まあ、全部レオナルドのおかげなんだけど……。って、リリィ?」


 俯いたまま何も言わなくなってしまったリリィの様子を不思議に思い、彼女の肩に触れて揺さぶり……声をかけようとしたところ、鋭くはっぱをかける声が鼓膜を貫いた。

 いつの間にか、『地獄坂シャトル』の終着地点で腕を組んで立ちはだかったクロエが、足を止めそうになる兵士たちに向けて鋭く叱責したのだ。

 その容赦のなさと言ったら、部外者であるキラもすくみ上がりそうで……。騎士軍の見学はやめておいた方がいいのでは、とちらっと考えた矢先、手を優しく包むものがあった。

 顔を上げたリリィが、どこか痛みを引きずるような顔つきを残しながらも、頬を緩めていた。


「さ、せっかくの機会ですもの。早く訓練の見学に行きましょう? キラも参考にしたいのでしょう?」

「うん、そうだけど……。リリィ、大丈夫なの? どこか体調が悪かったり……」

「わたくし、キラではありませんもの。隠したりなんかしませんわよ」

「グサっとくる言い方するね……」

「ふふ。クロエさんも、案内をお願いしますわ」


 クロエもリリィの様子の変化に気づきながらも、それを不自然とは思わなかったらしい。こくりと頷くと、喉に手を当てて地獄の坂を駆け上っていく兵士たちの背中に声をかける。

「あと二往復したものから順に休憩を! 私が戻ってくるまでは、鍛錬再開は禁止です!」

 拡張された声により届いた言葉は、へろへろの兵士たちを奮起させた。

 そんな彼らの姿に満足そうに頷くクロエに従い、キラはリリィと共に騎士軍の訓練場へ足を運んだ。

 少しばかり、リリィの異変に引っかかりながらも……。




 王国騎士軍の兵舎は、王城へつながる坂の途中で脇道に逸れることですぐに見ることができた。鉄門の向こう側に、堂々たる姿が聳えている。

 およそ王城と同じ敷地内にあるとは思えないほどに、無骨な作りの建物だった。眩いばかりの白亜の建物は二階建てで、横に広く伸びている。煙突も窓もずらっと均等に配置され、美しささえ感じられる。


 キラは、右隣にリリィ、左隣にクロエを連れ、兵舎の玄関たる鉄門をくぐった。

「訓練を参考にしたい、という話でしたね?」

「え? ああ、うん」

 いつもの通りに隣に並んで歩くリリィに気を取られながらも、キラはクロエに返した。


「体細いのが、ちょっと気になってさ……。”王立都市大学”に立ち寄ったら思いっきりバカにされたから、余計ね」

「もしや、レナード殿下にお会いになられましたか?」

「ん、まあ……。手合わせもしたというか、なんというか……」

「それは大変でしたね。最近は己の力量を鼓舞するかのように振る舞っているという話ですが……キラ殿に喧嘩を売るまでになりましたか。なるほど、なるほど……」

 その言い方は何やら不穏で、キラもリリィも一緒になってびくついた。二人して顔を合わせて、リリィが先に問いかける。


「そういえば、レナード殿下も他の生徒と同様に寮生活をしているのでしょうか?」

「もちろんです。そもそも、”王立都市大学”の勉強の場は寮にありますから」

「寮に……? どういうことでしょう?」

「魔法学校や騎士学校でいう研究室が、そのまま寮になっているのです」

「んー……?」

 珍しく要領を得ることができなかったリリィは、この上なく真剣に考えているようだったが……その愛らしさに、キラだけでなくクロエも笑みをこぼした。


「笑わないでくださいな……! わたくしだって、知らないことの一つや二つはあるのですから」

「ふふ、そうでしたね。といっても、私も学校に通ったことはないので、あまり深いところまでは知らないのですが……」

「そういえばクロエさんは、騎士学校の推薦を蹴って、竜ノ騎士団の雑用係として入隊しましたわよね」


 リリィの言葉にキラは首を傾げ……その真意に気付いて、ぎょっとした。

「学校の推薦ってことは、その時点でもう実力が認められてるってことでしょ? それって、竜ノ騎士団でも結構なことじゃないの?」

「ええ、そうですわよ。騎士学校も、騎士の卵を育てる教育機関とはいえ、おいそれと推薦入学を許してくれませんわ。それほどの実力があれば、竜ノ騎士団でも即登……というのに、クロエさんったら、公爵家出身にもかかわらず最も過酷な道を選んだんですもの。当時はかなり話題に上がりましたわよ」


 クロエは頬を緩めながらも、一貫して淡々と返した。

「あぐらをかいていては、サーベラスの意志は継げません。何より、家事全般を全てこなす父の姿を見て育ったので、雑用係の方が性に合っていたといえます」

「ルベル殿が嘆きますわよ。……それで、研究室が寮になっているとは、どういう意味ですの?」

「そのままです。寮もまた勉強の場……中心地としても過言ではないでしょう。校舎は実験や実践や他の寮との交流を深めるための場、という認識なのです」

「……ちなみに、レナード殿下とリーバイ殿下の寮は?」

「幸いにも、別です。レナード殿下は教育学を、リーバイ殿下は政治学を専攻されていますからね」

「レナード殿下が……教育学?」


 考えていることを顔に出してしまったリリィは、少ししてから自分でも気付いた。ハッとしながらも、前言を撤回することはなく、大人しくクロエの返答を待つ。

「王国騎士軍に入隊するには様々方法があるのですが……レナード殿下は教育学部で指導者としての資格を取ることで、騎士軍の将校となったのです。――が」

「が?」

「最近の噂や、キラ殿からの話を聞く限り……見過ごしてはならない事態に陥っているようです。――正さねばなりません」


 心臓を握られたかのような恐ろしさに、キラはひょっと喉を鳴らし……同じく、ひくりと頬をひくつかせていたリリィに、こっそりと聞いた。

「近衛騎士総隊長って……今は補佐らしいけど……当然、王家と親しいよね。少なくとも、知らない顔じゃないってことで……てことは……?」

「わたくしも詳しくは知りませんが、クロエさんほどの実力と地位と人望ならば、王家の御子息の訓練も任されていたでしょうね」

「クロエとレナードのどっちが……って、聞くまでもないか」

「わたくしだって勝てる保証はないのですから……きっと雲泥の差です」

「……レナードに悪い気がして来た」

「……同感です」


 こそこそとした会話は、しかしどうやらクロエの耳にも入っていたらしく……。

「名誉なことに、ラザラス様からは如何様にも指導をしていいものと許されています。明日にでも久々に稽古をつけましょう」

「わあ……」

「して、キラ殿」

「な、何?」

「キラ殿から見て、レナード殿下はどうでしたか? 王国騎士軍の将校となるには、実力も伴わねばなりません。……キラ殿から見て、相応の力はあったでしょうか?」


 はらはらとするリリィに苦笑しつつ、キラはちゃんと言葉を選んで答えた。

「及第点……的な? 一発かましたら目の色が変わったから……。あの後だったら、僕も勝てるかどうかわからなかった」

「……ところで、レナード殿下はラザラス様に憧れて拳闘術を主体とされていますが。キラ殿はどのようにして対応されたのでしょう?」

「どのようにって……普通に、このまま。刀持って来てないし、いきなり喧嘩ふっかけられたし」

「つまり、拳で戦ったということですね。万全の状態ではなく、さらには魔法を使えない事情があるにもかかわらず」

「? そんなこと言い出したらキリないよ?」

「……わかりました。とりあえず、レナード殿下には泣いてもらいましょう」

「え、物騒」


 何がどうなってそう繋がったのかはわからないが、クロエはどうやら怒っているようだった。容易に声をかけられない雰囲気が漂っている。

 そんな彼女の様子を不思議に思っていると、リリィがこっそりと教えてくれた。

「クロエさんは曲がったことがお嫌いですから。キラが理不尽な状況に追いやられたというのは確かですし。しかもその相手が、教え子のようなレナード殿下ですから……」

「へえ……。そういうものなんだね?」

「……理解してませんわね?」

「いやいや。……や、わかってるからね?」

 疑い深くじっとりと睨みつけてくるリリィと目を合わせ……ふと、バカらしくなって一緒になって笑い合う。

「お楽しみのところ申し訳ありませんが、到着しましたよ」


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