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~新世界の英雄譚~  作者: 宇良 やすまさ
2と2分の1章

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175.3-9「代弁者」


  ◯   ◯   ◯


「――では、三日目。議会を再開いたします」


 ルベル・サーベラスが”石版の番人”であるならば、その妻へーラ・サーベラスは”秩序の番人”であった。王国議会室の真ん中に据えられた円卓についてしまえば、いかに国王といえでも彼女に逆らうことは許されない。

 静粛にと諭されれば即座に黙らねばならず、否と言われれば反論なく認めなければならない。


 ラザラスにとっては取り立てて気にすることでもなかったが……まだ王の座についてひと月とたっていないローラにとっては、議会の席に座ることすら重荷のようだった。

「ほれ、ローラ。もう少し肩の力抜かんか。昨日も一昨日も、それで噛み噛みだったろう」

「うぅ……緊張するものは緊張するんですっ。お父様みたいな図太さを私に求めないでください。何か間違った判断を下そうものなら、議長の裁きが……!」

 小柄な娘はさらに体を縮こまらせ、体格にはおよそ見合わない大きな椅子の中でちんまりとしていた。


「そんなに怖がらずとも良いと思うんだがなあ……」

 へーラ・サーベラスという女性は、仕事中はひどく厳しい。理不尽な否定や判決を出しはしないものの、進行の妨げになる発言や暴言は冷淡な声で切って捨て、反論も反発も無言で圧殺してしまう。

 ただ、それは彼女のほんの一部の側面でしかない。


 現に……ヘーラは大の甘党である。

 サーベラス家当主であるルベル・サーベラスの料理の腕前は、王都でも定期的に噂になるほどであり、特にデザート類は「ほっぺが落ちそう!」ともっぱら評判となっている。

 王都民の誰も食べたことがないにもかかわらず、話題が話題を呼ぶ”幻のスイーツ”となっている。

 その発端となっているのが、彼の妻たるへーラだった。


 職業柄長く王都を離れられない彼女は、甘党で夫のスイーツが大好物だったがために、その寂しさを埋めるようにたびたび商店街通りのスイーツ店を散策しているのである。

 この際に、へーラは癖のように夫のスイーツの良さを触れて周り……それがスイーツ職人たちの魂に火をつけ……ルベル・サーベラスの名がスイーツ界の間で話題に上がる。

 そんなことが繰り返されるうちに、本人の預かりしれないところで、その名前が王都中に広まっていったのである。

 これを知ったときには、ラザラスも腹が捩れるほど大笑いしていた。


 ただ、確かに……。

「いや、怖いか」

 ラザラスはチラリとへーラの顔つきを伺って、納得してしまった。


 かつて彼女は、純然たるお嬢様だった。礼儀正しい姿に、朗らかで愛らしい笑顔、ハキハキとした口調ながらも和やかさを含んだ声音……。

 しかし今となっては、立場上、そのような優しい存在である訳にはいかない。

 きりりとした顔つきは一つとして緩むことがなく、常に冷静で真顔。一重瞼であるがゆえに、低められた声でピシャリと言いつけられたときには、豪胆な貴族でものけぞってしまうことがある。


 ラザラスにとってはどうということもないのだが……漏れた本音を耳ざとく聞かれ、ぎろりと睨まれたとあっては、流石に笑って流すわけにもいかない。

 そろっと視線を外して、円卓の周りについた貴族たちに目を移す。


「もー少し緩んで欲しいもんだが……そうも言ってられんか」

 ローラが萎縮するのは、議会に参加する皆の雰囲気も原因だった。

 なにせ今日『三日目』の議題は、かつての敵国である帝国の”嘘”に関して。

 職業柄、異例や例外を毛嫌いしてしまうへーラでさえも、場が荒れると想定して『いかなる論議になろうとも結論は保留とする』というラザラスの提案をすんなり受け入れたのだ。

 まだ場慣れしていないローラにとって、酷な空気感である。


「さて……。ローラ、事前に話した通りだ。よいな?」

 こっそりと話しかけると、ローラもこっそりと返してきた。

「王の身であるからこそ、議論の成り行きには口を出さず……良きタイミングで保留を決断する。ですよね」

「うむ、その通り」

 ラザラスは次にへーラへ視線を向け、すると彼女はいつも以上に身を引き締めて、通る声でピリピリとする場を制した。

「まずは。現状の確認から参りましょう」




 エグバート王国における議会は、国の舵取りそのものである。

 平民の投票により選出された”代表貴族”が十五人集まり、国の行く末を決める議題について討論する。国家予算についてだったり、国外対策についてだったり……一年を通しての国の動き方を模索していくのである。

 もちろん、議会全体の代表者たるへーラ・サーベラスや、現国王であるローラ三世、国王の補佐という特殊な役職についたラザラスも参加しているのだが……それ以外にも、共に円卓につく者たちがいる。


 それが、大学で特に優秀な成績を収めた平民である。貴族でない立場であっても、”エグバート王立都市大学”に在籍していたならば、議会に出席する資格を得られるのである。

 発言権は与えられないものの、その代わりに、議会であがった話題に関して世間へ公表することが認められている。正しく記録し、議長たるへーラ・サーベラスの許可が降りれば、今後の国の行く末を皆に語ることができるのである。

 もちろん、混乱を招くような虚偽を広めれば、真なる平民たちの代表から犯罪者へと転がり落ちてしまうのだが……。


「おっと、すまん、議長よ。議題に入る前に一つ。毎年のように国民からの圧倒的支持を集めているシリウス・エルトリアなのだが、体調不良により欠席するとのことだ。騎士団からの代理者も出ない。空いた席はそのままに進行を頼む」

「代理人が出席しない理由を求めます」

「総帥以下、元帥三名からの要望でな。とりわけ此度の議論については、意図しない感情が漏れ出てしまうかもしれんゆえ。感情論で場が荒れてしまうかもしれんとのことだ」

「承知しました。しかし、いくら国王補佐といえども、事前の申請を願います。竜ノ騎士団にも追って通達しますので」

「あいわかった。すまんかったな」


「――ミス・ヴィクトリア、ミスター・トール、ミスター・ジョン。記録しましたね?」

 いつもの厳格な口調を少しばかり和らげて、隣に並んで座っている三人の学生へ問いかける。

 彼らが緊張した面持ちで頷くのを、ラザラスは真正面で眺めていた。


「三日目……。一体、どうなるんでしょうか」

「さあな。だが……どうなっても、民の声に自分の考えを混ぜようとするのではない。聞いて、感じて、考えろ――皆が歩むべき道を」

 ぽそぽそとした娘の問いかけに、ラザラスは腕を組んで応えた。


 実を言えば、シリウスが議会に出席しない旨は、前もってへーラに伝えてある。つまりは自作自演であるのだが……意外なことに、これを言い出したのはへーラの方だった。

 元国王であるラザラスが、あえて議長に叱られ謝る。こうすることで帝国に対する感情論を牽制し、議会の進行をスムーズにしようと思惑があるのだ。


 実を言えば、彼女がこれを切り出さずとも、ラザラスの方から提案するつもりだった。

 ただ、すこしだけ、その目的は異なっている。

 ラザラスはへーラとは違い、感情論も歓迎している。”代表貴族”として選出されたものたちは、平民たちの代表者であると同時に、一個人のエグバート王国国民。

 むろん代表者としての役割に徹した方が望ましいのだが、国民としての声も吐露して欲しいというのがラザラスの考えだった。そこには、普段は聞くことのない意見や考えや価値観……そして、それらに隠れる思惑も含まれている。


「さあ……どう出るか」

 ラザラスは三人の学生から目を離して、円卓に混ざる一人の男に目を向けた。

 ブロア・ヒース。そろそろ四十になろうかという男であり、ここ数年通して”代表貴族”として議会に出席している。

 ルックスのみならず、魔法の腕も剣の腕も突出している人気者の常連である。竜ノ騎士団の精鋭部隊にも通用する実力がありながら、これをひけらかすこともない。

 人柄もよく、黒い噂もない。気がかりなことといえば、未だ独身であり結婚歴がないということくらい。

 今も、何か取り立てて反応することなく、議長の言葉に真摯にうなずいている。

 だが……そういうところ自体に、ラザラスは引っ掛かりを感じていた。


「対人関係は、なかなか隠し通せんものよな……」

 ボソリと呟いた言葉がローラに聞こえたらしかったが、娘がこそっと問いかけようとする前に、へーラのよく通る声が議会室に行き渡った。

「本日の議題である『〝帝国の嘘〟への対応』ですが、そもそも”帝国の嘘”とはいったい何を指すのか。これに関して、ことの発端たるラザラス殿に説明していただきます」

 ラザラスはヒース卿から視線を外し、円卓に集まる顔ぶれに目をやった。


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