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~新世界の英雄譚~  作者: 宇良 やすまさ
2と2分の1章

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179/956

173.3-7「レナード」

 他よりも少し広めの通路を歩き、棚と棚の間を人とぶつからないようにも気にしながら、突き当たりまで進む。

 確かに、歴史家の言う通り、壁には矢印のふだがかかっていた。


「こっちって……渡り廊下? こんなとこ通った覚えはないけど……」

 パニックに陥ってる間に別館にでも移っていたのだろうか。キラは首を傾げながら、矢印の案内に従った。

 そうして廊下を渡り切った先には扉があり、その存在感にやはり疑問を覚えつつも、中へ入ってみる。


 扉を開けた先もまた廊下だった。リリィと同じくらいの年齢の男女が、羽織ったローブの裾を翻し、右から左あるいは左から右へと歩いていく。

 そこで、ちょっとした違和感を覚えた。皆、楽しそうにおしゃべりをしながら通り過ぎていくのだ。そのせいで、先ほどまでのシンとした空間が壊れ、代わりに賑やかな雰囲気があたりを漂っている。


 ぽかんとして往来の中へ入るのに躊躇していると、真正面からわっと沸く声が聞こえた。何かの催しに誰もが興奮しているかのように、歓声が重なり合っていた。

 拍手やら口笛やら小さな悲鳴も入り混じり……廊下を行き来していた人たちも、それに惹かれたようだった。ローブを羽織った女性が女友達の手を引き、それに釣られて男性二人が顔を見合わせて歓声のした方へ足を向ける。

 そうして厚くなっていく人だかりで、どうやら中庭を見下ろせる場所があるらしいと、キラも遅ればせながらに気づいた。


 小さな悲鳴が聞こえていたことが気がかりになって、周りに合わせて吸い寄せられてみる。

 すると、後から集ってきた人に背中を押され、あれよあれよという間に最前列へ押し流されてしまう。

 前がどこなのかもわからないほどに目が回ってしまい……そこで、やはりまた違和感を覚えた。皆、一様に黒いローブを着用しているのである。案内をしてくれた歴史家たちと同じように。

 いったいなぜなのか。その答えが頭の中で瞬きそうになった瞬間、先ほどよりも大きな歓声が鼓膜を貫いてきた。

 周りの皆も、何かに呼応するようにしてわきたったのである。


 ようやく方向感覚を取り戻したキラは、目の前にある手すりを掴んで中庭を見下ろした。

 庭といっても、訓練場のような殺風景な砂色のそこには、二人の人物がいた。

 一人は、ガタイのいい青年だった。腕や足だけでなく、腰回りや肩や首周りにも相当量の筋肉がついているのが、服の上からでもわかった。

 彼も皆と同じく黒いローブを身に纏っていたが、鬱陶しかったのか、一緒くたに背中に回してマントのように着こなしている。その下に着ているのは至って普通のシャツとズボンだったが、遠目からでもわかるほど上等なものだった。

 青年は金色の髪をオールバックに撫で付け、それが自慢であるとともに癖になっているようだった。両手で撫で付けながら、野太い声で言う。


「よぉ、センパイ! 最強って聞いて挑んでやったんだぜ。もーちょっと歯応えあってくれよ、なぁ!」

 どうやら、調子良くいう彼の言葉に野次馬根性を晒した皆が湧いているようだった。耳の奥で鼓膜が揺れるほどに、あるいは床がビリビリと震えるほどに、青年の煽りに便乗する。

「いってくれるじゃねえか……!」

 青年の前で膝をつくのも、また青年だった。こちらの方は茶髪であり、友人たちに支えられながらも、堪えきれずにうずくまったままでいる。

 彼の身を心配する者も多いのか、特に中庭を囲んでいる一階の方では、目の前で巻き起こる状況に顔を歪めた紳士淑女も見受けられた。


「これは……一体……?」

 先ほどまで図書館にいたはずなのに、全くの別世界に来てしまったような光景に、キラは困惑して思わず呟いていた。

 すると、声という声を支配する中にあっても、そのつぶやき声を耳ざとく聞き取っていたらしい。隣にいた赤毛の女性が、楽しそうに教えてくれた。


「知らないの? レナード様の”ケンカ祭り”。強い人がいるって聞くと、片っ端から挑んで打ちのめしていくの。先生だって関係ないんだからっ」

「レナード……? 先生……?」

 頭の片隅にあった違和感と疑問が、赤毛の女性の言葉とつながりそうで……しかしその直前に、またも遮る声があった。

 赤毛の女性の隣で、面白くなさそうに青年がぼやいたのだ。


「みる分には面白えけどさ。標的にはなりたくないよな。最近は、なんかこう……前と違ってめちゃめちゃ荒れてんじゃん」

 青年の意見に、赤毛の女性は乗っかった。

「あー、わかるー。強烈だよね。マウントっぷりがハンパないし……。何かあったのかな? もしかしたら、お兄様の……」

 そこで女性は、あっ、とばかりに口をつぐんだ。青年も、周りにいた人たちも、慌てて口を塞いでなぜだか身をかがめる。


 女性も遅れて手すりに隠れるようにしてしゃがみ……キラが不思議に思って中庭の方を見下ろしてみると、ばちりと青年レナードと目があった。

「やば……ごめん……!」

 女性がつぶやいているのを聞いたが、気にならなかった。

 なぜなら、レナードの風貌をどこかでみたような気がしたのである。大柄な体に乗っかる頭部は、太い眉も鋭い目つきも厳しい口元もひっくるめて荒々しいというのに……なぜだか親近感が湧く。

 レナードは鋭い目つきのまま射抜いてきて、ニヤリと口元を釣り上げた。


 その凶暴な笑顔を見て、キラははっとした。

「あ、もしかして……」

 青年レナードに問いかけようとした時、逆に声を被せられた。

「よぉ、ヒョロガリ! テメェ、見た目の割に随分と肝座ってんなぁ!」

 キラは開きかけた口を、ムッとして閉じた。レナードの視線から逃れようとしゃがんでいた人たちはともかく、レナード贔屓の男女たちからは嘲笑の声がちらほらと聞こえてきた。


「ヒョロガリ、って?」

 この数日になって気にし始めたことをずけっといわれては、黙っていることもできなかった。声を低めてレナードに問いかける。

「テメェのことだよ! 筋肉の一つもねえ、テメェだよ!」

「筋肉はあるさ……細いだけで。君の方こそ、なに――その無駄さ加減。もうちょっと絞ったらどう? そんなんじゃ、ろくに動けないでしょ」

 ざわっ、と。嘲笑していた人もそうでない人も、頬の緩みを強張りに変えていた。先ほどまでの天をつくかのような賑やかさが、不気味さを孕んだ気まずい空気となる。


「テメェ……! もっかいいってみろや……!」

「絞れ、っていったんだよ。アドバイス。その顔つき……君、お兄さんと何かあったの?」

「――っ! 降りてこいや! 礼儀教えてやらぁ、一年坊主!」

「礼儀? 野蛮なのは君の方でしょ。少なくとも――”様”なんて呼ばれていい格じゃない」


 キラはそう言い捨てて、がたがたと震えてしまってる女性に階段の場所を聞こうとして――レナードが腕を伸ばしたのを目にした。

 ちかっ、と。その掌の中心が光る。

 それとほぼ同時に手すりが爆発した。


「なるほど――」

 焦げる匂いに肌がピリつき、キラは目を尖らせた。

「そうしてくれた方が、もっとわかりやすかった!」

「ほら、来てみろヒョロガリ!」


 煙が立ち上る中をつっきり、中庭へ飛び降りる。腰も膝も使って衝撃を吸収したものの、身体中を貫く衝撃にうめきそうになった。

 火傷や怪我はもう治ったものの、完璧な状態ではないのだ。

 そう自覚してから、キラは奥歯を噛み締めて、レナード目掛けて駆け出した。勢いそのままに跳びつき、鋭い蹴りを振り向ける。


「はっ、魔法もなしとか舐めてんのか!」

 が、レナードの反応は素早く、半歩引くだけで避けて見せた。馬鹿にしたようにニヤリと笑って、足首を掴んでくる。

 さらには、もう片方の手を向け、無詠唱による魔法を放とうとする。


「あいにく、使えないんでね!」

 キラは、焦ることなく対処した。

 股を目一杯に広げて、掴まれていないもう一方の足で、パンっ、とレナードの手を払う。

 ちっ、と舌打ちをしたのを耳で聞きつつ、地面に両手をつく。


 手も腕も肩も胴体も太ももも、すべてをひねって体に回転を加える。

 すると簡単にレナードの拘束が外れ――逆立ちの姿勢のまま、勢いに任せてレナードの顎に回転蹴りをくらわす。


 キラはすぐさまその場を飛び去り、体勢を立て直す。

 その判断は正しく、一瞬前まで逆立ちをしていたその場目掛けて、レナードが大ぶりに殴りつけているところだった。虚しく空を切った拳が、ぼこりと地面にくぼみをつける。


「君、”身体強化の魔法”使ってる?」

「だったらどうしたってんだ……!」

「だったら、遅すぎ。”凶刃”ジャックも”古狼”ヴォルフも……そんなにノロマじゃなかった。今の蹴りも避けられた」

「テメェ……! さっきから――舐め腐りやがって!」


 正面から、馬鹿正直に突っ込んでくるレナード。

 キラは小さくため息をつき――一歩踏み込んだ。

 大振りの殴りの軌道全てを読み取り――拳をかわして懐へ入り込み――額目掛けてカウンターを食らわす。

 それだけで、レナードは笑ってしまうほど簡単に殴り倒されてくれた。


「クソ……ッ!」

 突っ伏したレナードは、それまでの荒々しい獰猛な言葉ではなく、積もりに積もった悔しさを吐き出していた。

 立ち上がろうとする青年に、キラは無意識のうちに手を貸そうとして……今度は自分の体がくらりとよろけるのを感じた。

 危ういところで持ち直し、そこでレナードが立ち上がる。


「まだだ……! オレぁ、まだ降参だなんぞいってねえ……!」

 向き直るレナードの顔つきからは、荒々しさも凶暴さも恐ろしさも抜けていない。

 しかし、それまでにはなかった執着やら執念やらといった闘争心が加わっていた。ガラリと、雰囲気が変わる。

「なるほど……今度は、ちょっと面倒そうだ」


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