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~新世界の英雄譚~  作者: 宇良 やすまさ
2と2分の1章

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178/956

172.3-6「迷子」

 そうこうしているうちに、馬車は橋を渡りかけていた。多くの馬と車とがガラガラ行き交う中を、御者のリーアムが巧みな操作で混雑から脱していく。

 ”王都時計塔”を横目にして通りへ合流し、さらに奥へ。

 馬車の小窓から、執事の後ろ姿や馬の後頭部だけや王都のレンガ調の街並みに続いて、エグバート城が見えるようになる。

 しかしそれも束の間で、ぐるりと方向転換したことで背高なアパートメントが目に入るようになり……。その景色もまた無くなった頃に、ようやく”学園の顔”が姿を表した。


「あれが……」

「ええ。”学寮地区”……わたくしたち部外者が唯一足を踏み入れることのできる場所、”王立図書館”ですわ」

「もうお城だよ、あのデカさ……!」


 馬車がまっすぐに向かう先には、外観としては城と表現するほかにない”王立図書館”があった。二つの尖塔が特徴的に伸び、これに挟まれるようにして本館がどっしりと構えている。

 ”学園の顔”らしい豪華さと堅牢さを兼ね備えた見た目であり、この建物を起点として境界線が展開されていた。外界との接触を分断するかのように、小高い塀が左右へ伸びている。


「図書館も”王立都市大学”の一部ですもの。これでも控えめなくらいですわよ」

「じゃあ、大学の方はもっとってことか……!」

「ええ。ここからでは見えませんが、この図書館の向こう側に大学の本館がありましてね。わたくしも一度は訪れたいほどに、美しい建物となっていますのよ」

「リリィも大学側には入ったことないんだ? 公爵家で騎士団の元帥なのに」

「無理を承知で頼めば、なんとかなるでしょうが……そういうのはあまり好みではありませんの」

「意外だったけど納得」


「ふふ……。ああ、注意点がいくつか。先ほども言ったように、図書館も大学の一部……気づいた時にふらっと迷い込んでしまうこともあるという話ですから、気をつけておいてくださいな」

「大丈夫だよ、たぶん」

「そうですか? あと、一般の方々もたくさんいらっしゃいますし、学生の方も勉強のために訪れていますから、あまり声は出さないようにお願いしますわ」


 それ以降も告げられるいくつかの注意事項に頷いていると、馬車が停まった。少ししてから、馬車の扉がリーアムによって静かに開けられる。

「到着いたしました。私はこの場で待機しておりますので」

「ありがとうございます」

 リリィがリーアムの手を借りて馬車をおり、キラもリリィにならって地面に足をつけた。


 あたりを見回してみると、そこはどうやら馬車の待機場となっているらしかった。白線などの区切りはないものの、長方形に広がる専用のスペースに御者たちが規則正しく馬車を並べている。

 車の点検をしたり、馬たちの機嫌をとったり……思い思いの時間の過ごし方をしている御者たちに、キラは思わず釘付けになっていた。


「さあ、キラ、いきましょう?」

 紺色のワンピースを着た麗人に手を引かれ、転びそうになりながらもその隣を歩く。手を繋いだ影響で自然と距離が近くなり……王立図書館に吸い込まれるように足を運ぶ人々を目にして、キラはハッとした。

「リリィ、図書館デートっていっても、こうもあからさまだと……目立つんじゃ?」

「あら、いけませんの?」

「いや、じゃなくって……。リリィって有名だからさ、どうしても根も葉もない噂がついてくるんじゃって……」

「そんなこと気にするまでもありませんわよ。それに、普段着ですし、剣も携帯していませんから、ばれることはありませんわよ」


 キラは図書館へ足を運ぶ人々に目を向けた。

 確かに、リリィのいう通り、誰も気づいている様子はない。そもそも、そういったことにはとんと興味がなさそうな人ばかりだった。神経質そうな紳士にしろ、真面目そうな淑女にしろ……図書館に足を運ぶのも当然だという雰囲気を纏っている。

 ただ……。


 キラはチラリと隣を歩くリリィに視線をやった。

 正直に言って、彼女は彼らと別次元にいた。美しく可愛らしいのもそうであるが、歩き方の所作から話し方の一つ一つにまで品があり、そして理知的だった。

 誰も大っぴらに注目しはしない……が、誰もが一度はチラリとみやってしまう。

 そういった意味で彼女は目立っていたのだが、言葉にして説明できる気がしなくて、キラは曖昧に頷くだけにとどまった。


「っていうかさ。さっき迷子になるみたいな話してたけど、僕もリリィの調べ物を一緒に手伝うんじゃないの?」

「ふふ、そうしてくれると助かりはしますが。きっと、一箇所には留まれないと思いますわよ?」

「どういう意味?」

 キラが問いかけても、リリィは笑うばかりで答えてはくれず……。


 そうしているうちに、他の来訪者たちが集う入り口へ合流することになった。門番から軽いチェックを受け、特に問題ないと判断されたのちに、リリィと一緒に門を潜る。

 開け放たれた扉に続く石畳を踏み締めつつ、キラはすでにあたりの雰囲気が変わっていることに気がついた。それが当然であるかのようにシンと静まり、大小さまざまな靴音のみが響いている。


「流石に、門番の兵士は気づいてたね? ぎょっ、てなってた」

 物静かな雰囲気に呑まれてキラがこっそりと耳打ちすると、リリィは苦笑した。

「王国騎士軍の方ですもの。名前を出さないでいてくれたのは、感謝しませんとね」

「竜ノ騎士団じゃないんだ?」

「ええ。ここは”王立”の図書館と大学ですからね。わたくしたち騎士団は、主に市井の治安維持につとめていますわ」

「へえ……」


 キラはついにリリィと一緒に図書館の中に入り、

「へえ!」

 と、思わず同じ言葉を喉から押し出していた。


 高い天井に、ピカピカに磨かれた床、扉からまっすぐに伸びる廊下。どこまでも均等に美しく整えられ、それが廊下の両端に並ぶ本棚にも伝播している。本がぎっしりと詰められているが故に、圧倒的な存在感を放っていた。

 図書館を象徴するかのような本棚もそうだが、キラが何よりも驚いたのは、廊下の先に見える螺旋階段だった。

 幅広な円柱にすら、書物が並んでいるのである。これを階段が螺旋状にぐるりと一周し、中二階にもまた数多くの本棚が見えていた。


「キラ、声。出てますわよ」

「あ……。でも、ほんとすごいね……!」

「この蔵書の多さ……たとえ字を読めずとも、探検してみたくなるでしょう?」

「だね。いろんなとこ回ってみたい」

「ではその間に、わたくしも記憶喪失について記された書物があるか探してきますわ。あの時計、みてくださいな」

 リリィが指し示したのは、突き当たりの螺旋階段だった。その支柱の最上部に、大盤の時計が埋め込まれている。

「今十一時ですから……三十分後に、またこの入り口に集合しましょう。あの時計を見失わない限り、図書館にいるということですから。くれぐれも気をつけてくださいな」

「わかった」


 リリィと約束してから五分。

「あ……迷った」


 キラは、侮っていた過去の自分を思いっきり嫌っていた。

 特に迷うことのない造りと思っていた。廊下はどう考えてもまっすぐにしか伸びておらず、本棚もこの両端にあるのみ。強いていうならば、リリィがどこにいるかを探すならかなり時間がかかる……その程度にしか思っていなかった。

 それが仇となったのである。


 廊下の突き当たりにある螺旋階段を登ると、番号順に振り分けられた棚が、本の見えない横向きの状態でずらっと左右に並んでいた。

 齧り付くようにして調べ物をする人たちの邪魔をしないように、この本棚の波のような場所へと適当に飛び込んでみて……うろうろとしているうちに、元の場所に戻れなくなっていた。

 どこもかしこも同じような背表紙の同じような厚さの本で棚が埋め尽くされ、そうであるが故に「ここはきたのでは?」と目印をつけることもできずに迷ってしまったのである。広さのある場所に出ても、唯一の手がかりである時計がなかったことも拍車をかけていた。


「お、思いっきり叫んだら、リリィに聞こえるだろうけど……」

 どことも知れぬ本棚が並ぶ真ん中で、ぐるりと視線を巡らせる。

 そこは歴史書が多く蔵書されている場所らしく、ローブを着込んだ何人もの紳士淑女が一人で本に没頭していた。あるいは、額を突き合わせてボソボソと話をしている。


 曰く……。

「千年前……正しくないな、”約”千年前は、”失われた時代”だ」

「大した文献は残ってないわね。もっと深いところを調べるには、それこそ所長みたいな権限がないと……」

「ああ、しかし……。世紀の大発見だというのに、この進みようのなさと言ったら……!」

「しっ、声が大きい。けど気持ちわかるわぁ……。まさか、王家の祖先が根本的なところで違ってただなんて……」

「私ら歴史家の存在意義……」


 話の内容はとんとわからなかったが、彼らの口調や話し方は”隠された村”のオーウェンらを彷彿とさせ……キラは勇気を出して聞いてみることにした。

「あ、あの……ちょっと、聞きたいんですけど……」

「ん? ああ、何……って聞かなくても、迷子か」

 柔和な顔つきをした男性にいきなりぴたりと言い当てられ、キラは思わず口をパクパクとさせた。


「大丈夫、ここにいる全員、迷子経験者だから。どこ行ってもおんなじ棚にしか見えないから、初めて来たら全然わけわかんなくなるんだよね」

「あ、あはは……やっぱり、そうなんですね」

「だから安心して。この隣の本棚に面する通り道、ちょっと広いでしょ? そこが列の真ん中。で、前でも後ろでもいいから、突き当たりまで行ったら矢印が見えるから。そっからはもう大丈夫」

「矢印……?」

「そ。にしても、君、ラフだね」

「そうですか? やっぱ、図書館ってドレスコードというか……ローブみたいなのを羽織った方が良かったり?」

「いや、そうでもないけど……。ま、みんなこんなもんだな。ごめんよ」

「いえ……こちらこそ。ありがとうございました」

「いいってことよ」

 歴史家たちは皆微笑み、キラは頭を下げてから言われた通りの道順を辿った。

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