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~新世界の英雄譚~  作者: 宇良 やすまさ
2と2分の1章

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168.3-2「心地よく」

 リリィによる監視が始まって、すでに九時間。

 彼女が親友のセレナと共に帰宅したのは、昨日の午後七時。そこからメイド長から一連の事情を聞きつけ、説教が始まること一時間。

 ”二十四時間監視”は午後八時からはじまったということになるが……セレナと話し合った結果、日をまたいでからのスタートとしたらしい。

 リリィの監視は昼の十二時までとなり……どうやら彼女は、セレナとの交代の時間まで、ぐだぐだとベッドの上で過ごしていたいようだった。


「リリィ?」

「なんですかあ?」

 いまやキラは、リリィに覆い被さられていた。

 彼女がうとうととしているところ、こっそりとトイレに行ったらしこたま怒られ、常時全身で阻止されることになったのだ。


「いや……その。リリィたちのおかげでもう包帯も取れてるじゃん? だから、いつまで続くのかなって」

「一週間くらいと、セレナと話し合いましたわ」

「え……そんな?」

「ええ、もちろん。だって、あれだけの大火傷ですわよ? 慎重に慎重を重ねなければ、到底安心できません」


 そう言われては、キラも彼女たちの厚意を無下にはできなかった。

 エマール領での一件が落ち着き、”隠された村”の皆との別れもそこそこにエルトリア邸に舞い戻り……その風呂場で包帯をとった時の彼女たちの反応と言ったら。リリィは涙ぐみ、セレナも悲痛に顔を歪めていた。

 痛みや違和感を感じなくなっていたためにキラも油断しており……結果、二人と同じように自分の体の状態に引いてしまった。

 様子を確認しに顔を出したシリウスすらも、「手錠で繋ぎ止めてでも安静にすること」と念を押してきたほどだった。


 その時の申し訳なさを思い出し、キラは口をつぐみ……しかし、耐えきれずに再び懇願してみた。

「僕もそれはわかってるんだけど……やっぱり、もうちょっと体を動かしておきたいというか。王都を散歩してみたいなあ……なんて」

「……本当にそれだけで済みますか?」

「……何か起きない限りは」


 全身で覆い被さってくるリリィが、じとっと間近で見つめてくる。

 キラは一瞬だけそっと視線を外したが……ほんの僅かずつ変わっていくリリィの表情が気になり、その青い目と美しい顔立ちを見返した。

 それまでキュッと口をつぐんでいたリリィは、鼻でため息をつくや、ゆるりと頬を緩ませた。


「仕方がありませんわね。また一昨日みたいに脱走されてはたまりませんもの」

「じゃあ……?」

「ええ。では王都の案内を……いえ、デートにいきましょうか」

 善は急げ、とばかりに、リリィは磁石にでも弾かれたかのように飛び起きた。持ち前の身体能力とベッドのスプリングを生かして、ベッドを降りる。

 離れていく体温に若干の寂しさを感じつつ、キラも体を起こし……タンスの引き出しをゴソゴソと探るリリィに首を傾げた。


「あれ、着替えに行かないの?」

 今のリリィは、半袖長ズボンのリネンのパジャマを着ている。

 いつもはもっと薄着という話だが、結婚前の淑女がみだりな格好で紳士を誘惑してはならないということで、あまり着ることのないパジャマに落ち着いたらしい。

 一分の隙もなく密着していてはあまり意味がないのでは、と思いもしたが……リリィの躊躇のなさならば、”いつもの薄着”に着替えられる気がして、口には出せなかった。


「わたくしもあとで着替えますわよ。でも、今はキラが先です」

「いやいや……。自分でできるからいいよ」

「けど、万が一転んでしまったりなんかしたら……!」

「や、それは過保護! 慣れないことした方が危ないって! 大丈夫だから、リリィも着替えてきなって」


 不満げに頬を膨らませるリリィをおいたて、キラはさっさと着替えを済ませた。紺色のシャツに亜麻色のズボン、黒い靴下に上品な革靴。

 夏に近づく暑さに負けないような着心地で、逆に落ち着かなくなった。

「シャツもズボンも靴も……全部高いやつだよね。まあ、部屋からして基準がなんか違うっぽいし……」

 キラは今更ながらに、格式ある内装に肩身が狭くなった。


 ベージュ色の壁紙といい、木目調の腰壁といい、真っ白な天井でうっすらと銀色に輝く幾何学模様といい。全ての色と模様と形とが調和し、品格ある空気を生み出している。

 ベッドもタンスもクローゼットも。マントルピースから丸テーブルのそばに控える椅子まで、全てがピッタリと揃えられたパズルのようにはまっていた。


「場違い感……」

 自分の体がギクシャクとした動きになるのを感じながら、キラはマントルピースの前にたった。

 もう夏になるという季節であることも相まって、いつもなら暖炉の火床で燃え盛っているはずの火は消えている。真新しい薪も真っ黒になった炭も取っ払われ、代わりに可愛らしいピンクな豚の彫像が鎮座している。

 羽虫への対策として蚊取り線香とやらを内蔵しているらしく、これに火をつけることで虫が苦手な煙を出しているのだという。


「試作品って言ってたけど……煙からラベンダーの香りがするなんて。”三人のキサイ”のエマ……ほんと、天才なんだ」

 ピンクの豚を少しばかり見つめたのち、ふと視線を外してマントルピースの上に目をやる。暖炉を囲う大理石には、”センゴの刀”のみが置かれている。

 いつ見ても艶やかな光を放つ真っ黒な鞘と柄を下から支えて、そっと握る。

 わずかに力を入れて引き抜くと、眩いばかりの白銀の刀身がちらりと姿を現す。あまりの鋭い光にキラは目を細め、ボソリと呟いた。


「”グエストの村”に行かなきゃ」

 リリィによれば、第一師団支部の”転移の魔法陣”はすでに復旧しているらしい。物資の往来も活発になり、潰れかけた街も今や以前と変わらぬ活気を見せているという。

 だからこそ、大火傷から回復した今、ランディやユースやエーコのためにも村へ向かわねばならない。

 だが……口にしたほどには、乗り気ではなかった。

 手にした”センゴの刀”がやたらと重く感じ、取り落としそうになる。


 危ないところをなんとか防ぎ、左の腰に納めようとしたところで、剣帯がないことに気づいた。

「あれ? そう言えば……この家についてから見てない気が……」

 首を傾げてクローゼットの方へ歩み寄ろうとした時、扉の外が何やら騒がしくなった。ドタドタっ、という音が床を張って室内にも伝わり、かと思うと部屋のすぐそばでぴたりと止まる。

 軽いノックの音がして、キラが返事をするとリリィが姿を表した。


「おお……。似合ってるね?」

「……! ありがとうございます」


 頬を桃色にするリリィは、紺色のワンピースを着ていた。緩やかで控えめな見た目ながらも、ウエストがベルトでキュッと絞られているからか、女性らしい魅力が強調されている。

 キラは思わず凝視してしまうのを自覚して、慌ててクローゼットの方を見た。くすくすと嬉しそうな笑い声が聞こえるのを無視して、リリィに問いかける。


「あのさ。剣帯ってどこにあるの? 色々と一緒に無茶しちゃったから、修理中とか?」

「……どうして必要ですの?」

「え、だって、刀が差せないから……」

「違います。なぜデートに刀が必要なんですの?」

 ずずい、と一瞬にして距離を詰めてくるリリィに注目し、そこで初めて彼女が剣を携えていないことに気がついた。


「ええ? だって……落ち着かないよ。何かあったら……」

「何があってもわたくしが守りますわよ。いざとなれば”魔剣”でなんとかなりますし」

「ん……魔剣? リリィも使えるんだ? あの熱いやつ」

「……聞くことが増えましたわね、味わったことのあるようなその言い方」

「――さあ、デート行こう」

「おまちなさいな! 刀は持って行かせませんわよ」


 それからしばらくの間、押し問答をしていたが……ふとした拍子に転んでしまって、リリィに覆い被さってしまい……そこで思いっきり心配されたために、色々な申し訳なさもあって、彼女のいう通りにした。




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