167.3-1「タイミング」
昨日、メイド長の名推理で秘密の筋トレが看破され、キラはリリィとセレナによる一つとして隙のない監視体制が開始されてしまった。
とは言っても、彼女たちも仕事がある。
竜ノ騎士団の元帥とはいえ、任務でもない限り、基本的に騎士団本部へ出勤しなければならないのだという。本部務めの騎士たちの訓練の様子を見るのもそうであるが、意外にこなさねばならない雑事が多いらしい。
そもそも竜ノ騎士団とは、王都と十二の地域で展開される師団の集合体のようなもの。それぞれの師団長が師団を指揮する権限を有し、いわば彼らは騎士団長といっても過言ではない。
通常であれば十三の騎士団が各地に点在することになるのだが……王国は”転移の魔法”を所持している。これがあるために、王都を含めた十三の地点の連携がスムーズとなり、一極集中ともいえる運営方法を取れているのである。
こういった特徴を兼ね備えるため、騎士団”本部”のトップとは総帥”代理”たるシリウスのことであり、各”師団”のトップは師団長となる。
シリウスは”本部”にも”師団”にも命令する権限はあるものの、構造上、”師団”においての発言力では師団長たちに劣ってしまう。
今回の王都防衛戦がそうだったように……有事においては、師団長たちはシリウスの命令をまたずともそれぞれの判断で対応するのである。
ただ、緊急事態の時ほど連携力が必要なのも確か。竜ノ騎士団全体での足並みも揃えておかなければない。
この調整役を担うのが、リリィたち”元帥”だった。
あらゆる局面において元帥は師団長たちに命令する権限を持ち、また、彼らの元にいる騎士たちへの指示も可能となっている。
つまるところ……リリィもセレナも、戦争が終わって復興へ向けて前進しているこの時期こそ忙しい。十二の師団とも、ロキの操るゴーレムや魔獣たちの被害があり、バタバタとしているのだ。
復興のための予算だの人材だの資材調達だの、”本部”から応援を出すか否か、そもそもの被害の全体像の把握やら……なかなかに大変らしい。
そういう話を聞いたがために、キラも流石に”二十四時間の監視体制”は何かの比喩かと思っていたのだが……。
「あら、わたくしたち二人ですし、もちろん十二時間でわけますわよ」
「それに、私たちがこなさねばならない仕事はもう終えました。元帥にも事務方の補佐がおりますので」
ということらしく。
まずはリリィが監視役ということで。
朝日が窓から差し込んでしばらく経っても、キラは彼女と一緒にベッドで寝転がっていた。
「あぁ〜……いいものですわね。こうしてゆっくりしていられるのは」
もはや身体全部で抱きつくようにして密着するリリィに、キラはどうも思うことができなくなっていた。
”二十四時間監視”が決定した昨晩から、トイレと風呂以外はずっと同じ状態なのである。食事の時にも、リリィは一切離れることがなかった。
そうはいっても、気にならないというわけでも、嫌というわけでもなく……。
「リリィのそんな気の抜けた声、初めて聞いたかも」
キラも、チラリと窓の外の晴天ぶりに心を躍らせながら、笑っていた。エルトもいる手前、流石に彼女を抱きしめ返すことはできなかったが……。
「だって。ここのところ、ずっと動きっぱなしでしたもの」
「そういえば、この家がパーティ会場になるって聞いて、リリィもセレナも慌てて準備に取り掛かってたっけ」
「ええ。全くラザラス様の突拍子のない思いつきには苦労させられます……」
リリィはため息をつき、しかし息を吸った次の瞬間には、ぴたっとまた一段深く巻きついてきた。
首に手を回す一方で、足に足を絡ませて、腕にその柔らかさをぐりぐり押し付けてくる。さらにはその鼻先が首元へ押し付けられて、なんともいえないゾクゾクとした感覚が背筋を伝う。
「リ、リリィ、くすぐったいからもうちょっと離れて……」
「や」
「一文字……」
彼女の柔らかさといい香りと、さらには窓から突き抜けてくる日差しもあって、なにやら変な汗も出てきて……首元がじとりとしてきたが、リリィの吐息が離れることはなかった。
キラは戸惑いのため息をつきたいのをグッと我慢して……そこで、リリィの吐息になんとなく違和感を覚えた。少しばかり、落ち込んでいるような気がしたのだ。
「……何かあった?」
「ふふ……。すぐに気づいてくれますのね? さすがはわたくしの婚約者」
「う……からかわないでほしいよ……」
リリィはしばらくくすくすと嬉しそうに笑ってから、ぽつりと漏らすように繋いだ。
「エマール領……いえ、旧エマール領の復興に取り掛かっている騎士隊から報告がありましたの」
「どんな?」
「”貴族街”にあった闘技場、覚えていますでしょうか?」
「うん。ユニィが崩壊させたとこだよね」
「あの地下で、ドラゴンの遺骸が発見されましたの」
「え……!」
キラは驚きで飛び起きようとしたが、リリィに抱きつかれているせいでビクンッと上半身が跳ねるだけにとどまった。
その様と言ったら滑稽で、リリィが吹き出すのを我慢するほどだった。
「んんっ……。それで……まさか、そのドラゴンって額に……」
「ええ、ありましたわ。ユニィにつけられた傷が」
「どういうことだろ……?」
とくん、と心臓がひとりでに跳ねるような感覚がして、キラはおしだまった。
リリィも無理に笑うようなことはせず、沈痛な面持ちで聞いてきた。
「キラは……帝都でドラゴンを殺したと、わたくしにいいましたわよね。一体、何が起こりましたの?」
懇願された気がするから。そう答えたかったが、うまく言葉にできなかった。まるでエルトが止めているかのように、口が回らない。
リリィに変に気を遣わせるのも悪い気がして、キラは即座に言い方を変えた。
「ドラゴンを殺すまでは……なんというか、普通だったと思う。だけど、前も言ってように”瞬間移動”の力を持つ人形が急に現れてさ」
「人形……」
「そしたら、ドラゴンをどこかへ消しちゃったんだよ。まさか、エマール領の闘技場とは思わなかった……」
「何か喋りませんでしたの? その人形とやらは」
「いや、何も。なんでエマール領だったんだろ……?」
ひとつだけ、閃くものがあった。
ベルゼである。正しくは、彼が造っていた不気味な”預かり傭兵”。
ユニィによれば、あの不気味な操り人形たちには、微弱ながらも”覇”の気配があったという。
つまりは、ベルゼは竜人族の血を用いて”預かり傭兵”を造ったに違いないということであり……今回見つかったというドラゴンの遺骸と結びつけることもできる。
もしかしたら、あの人形はベルゼと繋がりがあり、だからドラゴンを運んだのではないかと……。
ただ、リリィにはいえなかった。
”覇”が関係しているからというのもあるが……どうにもベルゼと〝人形〟をつなげるのは無理矢理な気がしたのだ。
仮にベルゼが欲していたのだとしたら、手に入れた時点で”預かり傭兵”を作り出しているはずである。だが、リモン”貴族街”へ武装蜂起し侵入を試みた際、”預かり傭兵”は一人たりとも出てこなかった。
これを時間が足りなかったのだと考えたとしても……今度はドラゴンの遺骸を置いて行ってしまったことに疑問が残る。ロキの”操りの神力”を使いさえすれば、あの巨体もなんなく運べるはず。
となれば、すでに竜人族の血液に興味は無くなったか、あるいは”人形”とはなんの関係もないか。
はたまた、ベルゼではなく、ロキとつながりがあるのか。それにしても、ドラゴンの遺骸がエマール領に置き去りにされているのは疑問が残る。
「ああ……考えてたら頭がクラクラしてきた」
「キラってば、意外と秘密主義ですのね」
どうやらリリィはいっときも視線を外すことなく、じっと横顔を観察していたらしい。
恥ずかしさと気まずさと焦りとでごった混ぜになる胸の内を抑え……しかし、どうにも誤魔化せそうにない彼女の顔つきに、キラはぽそぽそと告げた。
「まあ、その……またいつか、全部話すよ。まだタイミングじゃないというか……」
「本当に?」
「うん。だから、あの……黙ってるのも、喋るのも、全部リリィのためだと思っていて欲しい」
リリィの青い瞳を見てそう告げると、彼女はしばらく黙り込んだのち、仕方なさそうにニコリと微笑んだ。
「これほどはっきりと言ってくれるんですもの。黙っている時、うっかり漏らさないように頼みますわよ?」
「変な頼み事」




