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~新世界の英雄譚~  作者: 宇良 やすまさ
2と2分の1章

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165.2-5「誰が為に」

〈どしたの、急に〉

「別に急じゃないよ。前にエルトが言ってた『襲いかかる理不尽にどうすればいいか』……その答えは、何となく察しがついた」


〈へえ? 意外と早かったわね?〉

「セドリックが言ってくれたから。”仲間”になってくれるって。いまいち、まだピンと来てないんだけど――”貴族街”でガイアと戦った時、エヴァルトが一緒にいて、僕は一緒にピンチを切り抜けようって提案をした。……エルトが言いたかったのは、ああいうことでしょ?」

〈ええ。ただ、あれは及第点。――もっと早く、誰かを頼りにするべきだったわ〉

「それがまだよくわからないんだよ……」

〈じゃあ、もっともっと、誰かに寄りかかって行くべきよ。そしたら、いつかわかる日が来る〉

「タイミングがあればね」

〈……頑固め〉


 むすっとしたエルトの声色に苦笑し、キラは続けた。

「けど、ひとり孤立することは絶対にある」

〈むう。やっぱりわかってない。そこで”仲間”なのに〉

「エルトも頑固じゃん。――”隠された村”を守る時、たまたまローランがいたから良かったけど、本当だったら僕はひとりだった。”イエロウ派騎士”たちもガイアもロキも、全部相手にしなきゃいけなかった」

〈意外とネガティブ。楽観的に振り返れってわけじゃないけど、それでもあの時ひとりじゃなかったのは、あなたにとってすごく意味があることだよ?〉

「そうなんだろうけど。でも、あの時、ガイアに負けた――リリィとユニィが来てくれてなかったら、僕もローランもどうなってたかわからない」


 実の所、”敗北した”という事実には、これが単体であったならば特に思うことはない。

 本当だったら死んでいたとも思いはするが、それが遅ればせながらの恐怖につながるかといえば違う。

 あるのは、ただ……。


「あの時、僕は絶対に倒れたらダメだったんだ――”隠された村”のためにも、ローランのためにも」

〈ああ……なるほどね。そういえば、ずっとそうやって守るための戦いをしてたもんね〉

 自分でも言葉に言い表せない本心を言い当てられた気がして、キラは気恥ずかしくなった。

「別に、そんな大層なもんじゃないよ」

〈またまた〉

「……エルト、雰囲気ある厳格な女性目指したいなら、そうやってからかわないことだね」

〈う……〉

 一泡吹かせたことにキラは気分を良くしたが、口からはただただため息が出るばかりだった。


「あの時……ガイアに負ける直前、”覇術”に頼ろうとした。五傑や”人形”と戦った時のことを思い出しながら、見様見真似で。だから負けた」

〈『だから』?〉

「知りもしない力に頼るべきじゃなかった。もっと別に活路を見出すべきだった。だけど、今思い返してもあれが最善だったって思ってしまう。――こんなことにならないためにも、もう負けないためにも。僕の中にあるもの全部、身につけたい」

〈……負けても平気かと思ったら。そういうとこで悔しがるもんね〉




 ユニィがエルトとの会話を聞いているだろうことは、何となく察知していた。ところどころで息を漏らしたり、口を挟もうとして言葉を引っ込めたりと、見えないながらもその存在感を感じ取っていたのだ。

 そうでありながらも、おそらくは”覇術”の達人であろうユニィに相談を持ちかけなかったのは、ひとえに人に物を教えるということが絶望的に下手なためだった。


 あの馬が論理的な説明が可能であることは、これまでのことからも十分に理解している。それこそ、一から十まで順を追って教えられるだろう。

 ただ、ただ。圧倒的なまでに、感情的なのである。

 ”隠された村”で手紙を書くため、白馬に文字から文法から教えてもらった。ミミズのような拙い文字ながらも、二時間で一通り意味のわかる文章を書き上げられたのは、何よりユニィの説明力のおかげである。


 だが、うるさいのだ。

 ああでもない、こうでもない、と羽ペンを動かすごとに口を挟まれたり。渾身の一文字を書き上げたら間髪入れずに馬鹿にされたり。馬の身で書けないくせに、分けてもらった羊皮紙を蹄で汚そうとしてしまったり。

 不思議なくらいの頻度で邪魔をしてくるのだ。


 その点……。

〈いい、キラくん。”覇”を扱うには、何よりも呼吸が大事なの〉

 エルトは、ユニィのように口やかましくがなり立てることがない。時折ポンコツ具合を発揮してしまうが、それでも頭の中に響く美しい声はもはや癒しにもなる。

「ユニィとは段違いだね」

 キラは思わずそう呟き、

〈あ……〉

 とエルトは気まずそうな声を漏らし、

 ――テメエ、あとで覚えてろよ

 という怨嗟の声が頭の中で反響した。


 ぎくりとしたキラは、聞こえないふりをしてエルトへ声をかけた。

「呼吸……ってことは、もしかして常に一定に息をする、みたいな?」

〈そ。ちゃんと感覚は掴んでおいたみたいね〉

「じゃあ、”赤い雷”が暴走しそうになった時、ユニィが息止めろって言ってたのは……」

〈呼吸をわざと乱れさせて、”覇術”をぶれさせたんだよ。それでも”覇”が乱れてることには変わりないんだけど……そこは、さすがはユニィ、って感じ。さすゆに〉

「いつも通り、めちゃくちゃなんだね……」

 憤慨するような鼻息が聞こえた気がしたが、キラは気にせず話を進めた。


「けど、呼吸を一定に、っていうけど……簡単じゃないんでしょ?」

〈まあね。人それぞれ、呼吸の仕方とかタイミングとか変わってくるから。だから、私の呼吸法がキラくんにも適用できるわけじゃないの〉

「ってことは……。しらみつぶしに自分に合う呼吸を見つけなきゃ、ってことだよね」

 キラが思わずため息をつくと、エルトが苦笑した。


〈実を言うと、私も最期まで会得できなかったんだよね。それこそ、キラくんの中で身につけたんだよ〉

「え? いつ?」

〈エマール領の闘技場でね。キラくんが結構危険な状態だったから、無我夢中で……。で、私、今自分の身体がないから、”覇”を割と直感的に掴めるってことに気づいて……〉

「わあ……。全然参考にならない」

〈それを言われると……! で、でも、師匠に教わった方法だし、理論はちゃんと覚えてるから大丈夫だよ!〉

「師匠って……ランディさん?」

〈そ。ま、ちょっと色々とギリギリな状態だったから、師匠とユニィにこの修行方法を編み出してもらったんだよ。理にはかなってる、って竜人族のお墨付き〉

「へえ……。ランディさん、苦労しただろうな……相談相手がユニィで」

〈あ、そっち?〉


 屈託のない笑い声が耳の奥をつき、さらにぶるるんっと震えるような音が鼓膜を刺激する。

 何やらユニィは不満そうではあったが、なぜだかエルトとの会話には一切入ってこようとせず……キラは少しばかり不思議に思いながら続けて質問した。


「っていうか……話聞いてると、この修行方法が成功した人いないね? だって、ランディさんとユニィが考案したんだよね?」

〈……ま、そう言うこともあるよ。魔法の修行も大抵こんなもんだもん〉

「ほんとかな……。疑ってもキリがないからやるしかないけど」

〈その通り! ほら、わかったら呼吸法の訓練の開始!〉

「……何をどうするの?」

〈んー……とりあえず筋トレ?〉

「なんで疑問に疑問?」

〈だ、だって! 私の時は素振りで自分に合う呼吸を模索してたけど、今は雨降っててできないし……。その前にリリィとセレナに怒られちゃうし〉

「止めないんだ?」

〈今までのあなたを見てたら、そりゃね。それに……確かに、あなたにはもっと強くなってもらわなきゃいけないし〉

 含みのある言い方に疑問を感じていると、エルトは間髪入れずに言葉をつなげた。


〈ま、そうはいっても、今のあなたじゃまだ呼吸法を意識するのは先になると思うけど〉

「なんで?」

〈前に言ってるでしょ。筋肉落ちてるって。普通の騎士と比べてもヘニャヘニャよ、ヘニャヘニャ。ヘニャヘニャ筋肉〉

 語感が気に入ったのか、不自然なくらいに連呼するエルトに、キラはむっとした。


「そんなでもないよ。確かに腹筋は割れてないけど……刀を振れるくらいには筋力あるし。”ペンドラゴンの剣”だって、結構な重さあったけど振られることはなかったし」

〈どうかな〜。絶対、キラくんの体が経験を覚えてるだけだよ〉

「じゃあ証明するよ。何すればいい?」

〈とりあえず腕立てかな。その後に腹筋〉


 キラはベッドから降りて、寝巻きを脱いで上半身裸になった。すでに包帯は取れ、火傷後も綺麗さっぱりに取れている。

 そこで、改めて自分の体を観察してみた。

 エルトの見立ては案外間違っていないのでは、と思うほどに際立った体つきではなかった。

 力めばそれなりに筋肉が浮き出てくるものの、ひとたび力を抜けばなんの変哲もない二の腕や腹回りとなってしまう。

 エルトに正面切って噛み付いたものの、勝負は決まったようなものかもしれない……そんなことを考えてしまったが、白馬が鼻を鳴らして笑ったような気がして、がむしゃらに絨毯に両手をついた。


〈じゃあ、私が数えるね〉

「えっ」

〈当たり前でしょ? 浅かったら腕立てじゃないもん。ズルはなし〉

 真面目な口調ではあったが、言葉の端々にニヤケ面が浮かぶようでもあった。

 カチンと来たキラは取り立てて反論することはなく、エルトの指示に従って肘を曲げていく。


〈はい、い〜ち! ……まだもうちょっと! あご、あご!〉

「ぐ……ぬぅ……!」

 深く、長い腕立てを、二回、三回と続けていく。

 五回目に入るときには、すでに腕がプルプルと震え出し……なんとか耐え切って七回目にたどり着くと今度は息も絶え絶えになり……十回目で果てた。


「ぶぇっ」

〈想像以上に酷いんだけど〉

「傷つく……」

 荒くなる呼吸ではエルトに噛みつくこともできず、べたりと全身で絨毯の品の良さを味わう。


〈五十は行くと思ったんだけどなあ。逆に、それだけ非力でなんであんな真似できるの? 刀を振るうのもだけど、相手に致命傷負わせたり剣を叩き切ったりするのだって楽じゃないはずだよ〉

「……それ、力いるの?」

〈あ〜……。なる。――つまり、もう技術が完成しちゃってるから、力に頼らなくていいってわけだ〉

「なんでもいいけど、筋肉が必要って感じたことはないね」

〈超省エネ……っていうとちょっと違うけど。……竜ノ騎士団の騎士たちに会っても、そういうこと言わないでね?〉

「そういうことって?」

〈素振り必要? とか。筋トレ必要? とか。あなたみたいに『もうすでに到達点にいます』みたいな人いないし、いてもあなたの前じゃ霞んじゃうから〉

「はあ」


 キラは生返事を漏らしながら、やっとの思いで絨毯の上で体を起こした。腕や肩だけでなく、腹や腰にも疲労感がのしかかっているような気がして、うんざりと顔を歪める。


「聞きたいんだけどさ、なんで呼吸法を覚えるのに筋トレなの?」

〈ただの呼吸法じゃないからだよ。キラくんが今から挑むのは、呼吸を一定に保つ呼吸法。リラックスするためでもなく、心身を穏やかに保つためでもない〉

「”覇術”のための呼吸法。……だから、一定に保たなきゃいけない」

〈そ。どんなに疲れている状況でも、どんなに焦りの募る窮地でも、あなたにあった呼吸方法でしか”覇術”は応えてくれない。他の誰にも聞いても絶対にわからない”自分独特のリズム”っていうのは、負荷をかける中の方が見つけやすい……っていう理論〉

「なるほどね……」


〈そう考えると、十回しか腕立て伏せができないのは、ある意味ラッキーなのかも〉

「嫌味にしか聞こえないけど。ラッキーって?」

〈極限の疲労は、どんな戦場でも待ち受ける究極のピンチ。そんな状況を短いスパンで味わえるのは中々いいことだよ。自分の呼吸を取り戻すって言うのは、戦いの中においてかなり重要だからね〉

「……やっぱり嫌味にしか聞こえない」

〈卑屈だ〜。ほら、続き行くよ〉


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