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~新世界の英雄譚~  作者: 宇良 やすまさ
第1章

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16.覚醒

 キラはリリィと並んで、剣を構えた。

 足が、手が、心が……震えてやまない。

「……そんな状態のあなたを、ひとり置いて行けと?」

「そ、そうだよ……。君は、王都へ行かなきゃ」

「しかし、どちらにしろ、放っておくわけには参りません」


 暗闇から生まれたドラゴンは、長い首をもたげた。

 翼をバサリと広げ、それだけで両隣の家屋が破壊される。

 崩れるレンガ片が道に散らばり、住民の悲鳴が轟く中――それらすべての音をかき消すように、ドラゴンが吠えた。

 鱗の合間から紅の火の粉が漏れ出て、更には突風が吹き荒れた。


 キラはとっさにリリィを抱き寄せ、グリューンの前に立って風よけとなる。

「……。リリィも、震えてるじゃん」

「ええ。ですから、キラ一人にはしておけません」

「だめだ。アレを相手にしてちゃ、君は王都にむかえない。きっと、魔法陣を壊しに来たんだろうから」

「どうして、そこまで……」


 思い浮かぶことは様々あった。

 これまで助けてくれたことや、彼女の母を追い求めるような態度や仕草、話に聞く七年前の”王都防衛戦”……。

 だが。一番は。


「君の力になりたい」


 それ以外には何もなく。

 そして、これ以上反論を聞くつもりはなかった。

 リリィを押しやり、震える心を奮い立たせ、剣を向ける。


 切っ先の向こう側では、ドラゴンが睨んできていた。荒い呼吸に合わせて、全身から火の粉が飛び散る。

 翼をはためかせて飛び上がり……その姿に、キラは少しの間言葉を失った。


 ――ゴァアアァァッ!


 体をくねらせて巨体を浮かすさまが、どこか苦しんでいるように見えたのだ。雄叫びも、悲鳴のように聞こえる。

「なんで、君は……ここに居るの」

 思わず口をついて出た問いかけに、ドラゴンが答えてくれるはずもなく。

 口いっぱいに炎を溜め込んだ。

 

 そして。

 ――居たァ! テメエだな、この野郎!

 神速の勢いで戻ってきたユニィが、

 ――青二才が……!

 高々と跳躍し、 

 ――不良してんじゃねェよ! 生意気な!

 ドラゴンの額を踏み抜いた。

 鱗が弾け飛び、それだけにとどまらず、宙に浮いていた巨体が地面に突き落とされる。


「……え?」

「……うそ?」


 すたっ、と着地する白馬が、さも当たり前のように歩み寄ってくる。

 ぶるぶると頭をふるい、なおも苛立っているのか、しっぽもまた荒々しく揺れている。

 キラの頭に響く幻聴も、何を言っているのかわからないほど、小言にあふれていた。


 キラは寄ってくる白馬の頭をなでつつ、動揺をなんとか隠しながら声をかけた。

「や、やあ、ユニィ? 元気そうだね?」

 ――あァ? 俺はいつでも元気だ

「良かったよ。グリューンを運んでほしいんだけど

 ――ン? 毒程度で軟弱な……とっとと乗せろ。青二才だが、根性はあるみてえだ


 馬の広い視野は、ふらりふらりと立ち上がるドラゴンの姿を捉えたらしかった。

 もうもうと立ち込める土煙の中、影だけが不気味に動き――なにかが、煙を突き抜け空中に飛び出した。


「キラ、アレは――!」

「リリィ、グリューンを!」


 打ち上げられたのは、炎の塊だった。

 勢いよく放たれたそれは、空中で弾け――町を襲った。無数の火の玉が、まるで雨のように降り注ぐ。


「――わかりました、ご武運を!」

「う……”竜殺し”、落ちる、ずれる……!」


 轟く轟音と、燃え盛る炎。

 あっという間に地獄へと変わり果てる中、煙に包まれた巨体だけを睨む。

 徐々に土埃が晴れていき――その黒い影が、実体となった。紅の鱗に包まれたしっぽが飛び出て、家屋をなぎ倒しつつ迫りくる。


 キラは目を見開き、剣を前に振るった。

 直後、衝撃。

 ふっとばされそうなところを、這いつくばるようにして圧倒的な力から逃れる。獲物を逃したしっぽは、そのまま頭上を通り過ぎ、反対側の家々をなぎ倒した。


「当たったら終わり……!」

 キラはその威力に歯を食いしばり――はっとして前を向いた。

 煙を翼で振り払ったドラゴンが、睨んできていた。長い首をそらして見下ろし、その黄色い眼光で貫いてくる。


 息もできなくなる迫力。一瞬にして、身動きが取れなくなる。

「――しまっ」

 隙をつくられた。そう理解したのは、ドラゴンの容赦のないブレスを見てからだった。


 間一髪で後退し、直撃を免れる。

 炎はどろりと地面を溶かし――暴発した。天をも焦がす火柱が立ち上る。

 想像以上の火力に、範囲に、追撃。伸び来る炎の触手が、頬を、腕を、腹を、足を、焼く。


「あ――ッ」


 悲鳴を上げる間もない。あまりの痛みと熱さに、膝をつく。

 吸い込む空気さえ焦がすようで――霞む視界に凶悪な手が映り込んだ。

「くそ……ッ!」

 なおも反応できたのは、退くことのない固い意志か、はたまた身体の頑丈さ故か……。


 キラは剣を振り上げ、正確かつ的確に対処した。

 切り込み、受け止め、流す。だがそれだけだった。

 体格差と力の差に敵うわけがなく、肩と脇腹がえぐられる。


「ふ……んんっ」


 耐えて、耐えて、耐える。

 だが、膝をつくことで、気持ちが揺らいだ。

 痛い、熱い。倒れていたい。どこかへ隠れたい。

 頭の中がいろいろな言葉で埋め尽くされ……ブルリと震えた。


「……逃げない」

 キラは目いっぱいに呼吸して立ち上がり、駆けた。

「ここで逃げたら何も出来ない……!」

 焼かれた身体に、吹き出る血。

 それでも動けることを、幸運に思った。

「一歩も退いてやるものか――そんな”臆病者”なんかじゃない!」

 自分で自分を鼓舞する。言葉を体に染み込ませる。


 そうやって火柱につっこみ、走り抜けた。

 しっかりと柄を握りしめ、唯一鱗の覆われていない腹めがけて、腕を振り抜いた。

 まとわりついていた炎とともに、ドラゴンの鮮血と悲鳴がパッと散る。


「こんなんじゃ、まだ……!」

 だが、キラの身体もそれまでだった。

 衝撃に、痛みと熱さ。晴れ渡る夜空にも関係なく、心臓が蠢き出す。

 キラは剣を突き立て膝を付き、荒く呼吸を繰り返した。

 無論、ドラゴンの怒りは向けられ。

 動くこともままならないままでは、迫りくる尻尾に対処など出来るはずもなかった。


「……?」

 衝撃も痛みも、何も来なかった。

 キラは、思わず閉じていた目をそっと開けた。


「よぉ、少年。よく踏ん張ってくれた」

「ヴァン……さん」

 しっかりとした足腰と大剣でドラゴンの尻尾を受け止めたのは、第一師団支部師団長その人だった。

 強力な一撃にも、まるで地面に根ざしているかのように、全く動じることがない。


「テメエら、俺に見せ場もってこい! 第一波――やれ!」


 野太く響く声は、町中に届いた。

 見れば、火の海に飲み込まれた家々の屋根に、騎士たちが立っていた。誰も彼も、眼下に広がる光景に一切気を取られることなく、杖を突き出す。

 それぞれ繰り出される魔法は、ドラゴンの目の前でパッと弾けた。

 目くらましだとキラが気づいたのは、その眩しさに目を細めてからだった。


「ま、戦争中だからな。こういうことは想定済みだ。相手がドラゴンなのは予想以上だったが。――で、動けるか」

「まだ、もう少し……」

「悪ィが、ここで休ませてる暇はねえんだ。だから――ゼロ!」


 屋根の上で魔法を放った一人が、軽やかにヴァンのそばに降り立った。

 ゼロと呼ばれた人物は、まるで旅人のような格好をしていた。外套ですっぽり身を隠し、フードで顔も見せないようにしている。


「はい、ここに」

「少年を元帥たちと合流させろ。いち早く――いいな」

「……」

「おいおい、不満か? けど、今度こそアイツは俺がいただくぞ。前んときは、お嬢様に取られちまったからな」

「戦闘狂もほどほどに」

「カッ! てめえにゃ言われたくねえよ。そら、さっさと連れてけ」




 ゼロに担がれたキラは、改めて町中の惨状を思い知った。

 騎士団の魔法使いたちが消火活動に当たっているものの、ドラゴンの傍若無人な攻撃により、徐々に被害が広がっている。

 家々は崩れ、道が塞がれ、至るところで黒煙が空に上っていく。

 町とは言えない町を、ゼロは瓦礫の少ない場所を選びながら走っていた。


「町の人達は……」

「……」

「あ、あれ?」

「しゃべるの、嫌い」

「そう……」


 キラはやりにくさを感じつつ、動かない身体でなんとか前を見る。

 不幸中の幸いか、火の海となった町中は明るく、第一師団支部がはっきり確認できた。その裏手にある洞穴も、よくよく見れば捉えることが出来る。


「あ、あの。気を使ってもらえるのはありがたいけど、もうちょっと早く……」

「……落とす?」

「や、や! ごめんなさい!」

「冗談。――ん」


 ゼロが何を気にしたのか、キラも分かった。

 ゴシック調の騎士団支部の裏手のほう。高く高くそびえる岩壁の一部分が、何やらうごめいていた。

 ぱらぱらと細かな瓦礫を振りまきながら、胎動を続け、徐々に膨らむ。ぼこりと生えた岩塊は、さながら岩に産み付けられた卵だった。

 なおも岩壁は蠢き続け、卵に変化が訪れる。


 ぴきり、ぴきり、ぴきり。三本の割れ目が入ったかと思うと、

 ァアアアアア!

 あくびをした。口を大きく開けて。

 岩の卵が、のっぺりとした顔を生んだのだ。


「い、い……? なん……!」

「ゴーレム――だけど、あんなの、見たことない……!」

「ゴー……って?」

「見れば分かる」


 キラも、すぐにその正体を掴んだ。

 みるみるうちに、岩壁には人の上半身が出来上がっていた。顔が伸びたかと思えば胴体が生え、そうして二本の腕が突き出る。

 空を覆い尽くす岩の巨人が誕生したのだった。


「あんなの、どうやって戦えば……」

「――来る」


 ゼロに言われずとも、キラも分かっていた。

 岩の巨人が、腕を向けていたのだ。

 そして――”岩の指”が、飛来する。

「動く! 我慢して!」

「わかり――っん」

 ゼロは、それまで小走りだった歩幅を一気に変えた。


 地面スレスレを、まるで飛ぶように。大股で駆け抜ける。

 瓦礫を飛び越え、一直線に――それでも、ギリギリだった。

 背後に、”岩の指”が着弾。まるで家が飛んできたのかと思うほどの、巨大さと轟音と振動だった。


「あ――また!」

「分かってる!」

 巨人は、次々と”指”を飛ばしてきた。

 ゼロはそれらの軌道を全て読み切り、一直線に、あるいは大きく回り込んで、全てを回避する。

 絶えず地面が揺れ、にもかかわらず、ゼロの足が鈍ることはなかった。


「すごいですね……!」

「しゃべったら舌噛む。――ンッ、さすがに、あれは……!」


 小さな獲物を捉えられないと悟るや、ゴーレムは”腕”をとばした。

 町を分断するほどの巨岩が、放たれる。

「まずい……後ろ、ヴァンさんたちが!」

「うん。――だけど、大丈夫みたい」

「え?」

 降り掛かってくる、巨大な岩の柱。

 それに合わせるようにして、宙を跳ぶ人物が居た。


 リリィだ。人間離れの跳躍力でポニーテールをはためかせ、”岩の腕”の側面を走る。

 剣に”紅の炎”を纏わせ、細かく輪切りにしていく。そして、その下を駆けるユニィに向かって跳躍しつつ、炎を放った。

 強烈に、かつ、広範囲に。細切れになった岩塊を、焼き尽くしてしまった。


「リリィ様!」

 それまで比較的おとなしめだったゼロが、声を荒立てた。

 ユニィに着地したリリィは、すぐさまその声に反応し、白馬に合図を出す。

「ゼロ……キラ!」


 リリィは白馬を降りるや、一目散に駆け寄ってきた。

 まるでゼロから奪うように。キラは、抵抗もできずに抱きかかえられた。

「い、痛い……リリィ」

「言いたいことは山程ありますが、無事で何より……! ゼロ、ありがとう。ヴァンにも礼を伝えておいてくださいな」


 役目は終わったというようにゼロはうなずき、一言もしゃべることなく、その場を去ってしまった。

 跳ぶようにして、ヴァンのもとへ向かう。

「あ……お礼、言えなかった」

「あの子は人の気持ちを汲むのが得意ですから。さあ、立てますか」

「う、うん、なんとかね」


 キラはふらつく足取りながらも、自力で白馬に乗った。

 続けて、背後にリリィがとんと乗る。

「傷に火傷が重なって……。こんなになってまで……」

「平気さ……。逃げるより、ずっと楽だ。――ユニィ、さあ、頼むよ」

 ――一丁前に格好つけやがって。おら、しっかりしがみつけ


 キラはユニィの言うとおりにその首に抱きつき……気づいたときには、周りの景色がぐんぐんが変わっていた。

 白馬は速いだけではなく、一切揺れなかった。手綱を握るリリィも、思わずといったふうに感嘆の息を漏らす。


 そうして、あっという間に第一師団支部まで到着し――そこで巨人が立ちふさがった。

 月明かりを遮るゴーレムは、腕を再生しつつ、片足をはやしていた。もう少しで自立してしまう。

「本当に規格外ですわね……!」

「飛び出す必要はないかも、リリィ」

「――みたいですわね」


 独り立ちしようとする岩石の巨人に、一つの小さな影が迫っていた。

 岩壁を猛烈な勢いで駆け上がるは、刀を手にする”不死身の英雄”。


 ――おいこら、クソジジイ! なまってんじゃねえだろうな!

「無論!」

 喝を入れる幻聴と、応える老人の声。

 それらが重なり、消え入ったとき……岩石の巨人は、真っ二つに斬られた。

 ずるりと、袈裟斬りにされた上半身がずれ落ちる。生まれたばかりのゴーレムは、たった一太刀により、亡きものにされてしまった。


「す……っご!」

「さすが……! 規格外の上を行きますわね」

 ――はっ、当たり前だろ! 半端者をこの俺が認めるわきゃねえ!


 白馬は機嫌良さそうに嘶き、より一層スピードを上げた。

 騎士団支部の塀をひとっ飛びで越え、洞穴へ。

 すると、瓦礫と一緒になってランディが着地――そのまま猛スピードで駆ける白馬と並走する。

 蹄と人の足音とが、洞窟内に混じり合って響いていた。


「魔法もないのに――なんでついてこれますのっ?」

「前を見なさい、リリィくん! 洞窟が崩れそうだ――今、セレナくんが最終準備に入っている!」

「こんな状況で、一人でですか!」

「うむ!」

「また無茶を……!」


 ぐらぐらと不気味に洞窟全体が揺れる中、ユニィとランディはともに疾走し、”転移の間”に突き抜けた。

 ヒビの入ったドーム状の部屋の中心で、セレナが祈るように両手を握っている。

 そんな彼女を、グリューンが援護していた。ふらふらしつつも、天井からこぼれ落ちる瓦礫を弾き飛ばしている。


「もう……持たねえ!」

「リリィ様、少々お力添えを!」


 それから、一気にいろんな事が起こった。

 白馬がスピードに耐えきれずに倒れ。

 キラもリリィもともに魔法陣に滑り込み。

 カッと魔法陣が光ると同時に、天井が崩れ。

 そうして、目の前が暗転した。




 なにか小さな粒が、頬を叩いていた。

 そのむずがゆさにキラは眉をひそめ……重いまぶたを開いた。

 美女が、ボロボロと泣いていた。きれいな青い瞳から溢れる涙が、とどまることを知らず垂れ落ちる。


「リリィ……? どうしたの……?」

「しゃべっては……喋ってはいけません」


 震える彼女の声にキョトンとし――何か、胸からせり上がるものがあった。

 口の中をまたたく間に満たし、我慢できずに横へ向いて吐き出す。

 血、だった。やわからな草が、赤く塗れる。


「動かないで……じっとしていてくださいな。すぐ、すぐに、戻ってきますから」

 そう言い残してどこかへ行ってしまうリリィ。

 涙をこぼしながら遠ざかっていく彼女と入れ替わりに、ユニィが近づいてきた。


 ――おいおい、こりゃあひでえな

「一体、なにが……うっ」

 突き上げるような気持ち悪さに再び吐き出し、キラはかすれる声で聞いた。

 ――みんなバラバラに飛ばされちまったんだよ。ここにゃ、俺とお前とあの嬢ちゃんしかいねえ

「バラバラに……」


 言葉を続けたかったが、キラはまた吐き出した。今度は血ではなかった。

 ――発動そのものは成功だが、結局は失敗だ。ここは王都じゃねえ

「じゃあ、どこ?」

 ――さあな。今は自分の心配をしておけ


 キラは起き上がろうとして、自分の体の惨状を目にした。

 左肩と左脇腹の抉るような傷跡に、それに覆いかぶさるような火傷。何かに引き裂かれたような切り傷が、体のいたる所に跡を残している。

 腕も胴体も足も、無事なところが一つとしてない。

 上半身が裸なことも相まって、自分でも気味が悪くなった。


 ――失敗した代償だな

「何かがなくなる……」

 ――この具合だと、本来なら胴体がなくなってたみたいだな。お前の底知れねえ強靭さもあるんだろうが……あのクォーターだからその程度で済んだんだ。あったら感謝しとけよ


「ユニィは……リリィは? 平気なの?」

 ――怪我はねえが、嬢ちゃんは胸当てと足の甲冑が吹っ飛んだな。俺も殆どの荷物が鞍ごとな

「はあ……よかった……」

 ――まあ、俺ァ転移ごときで千切れるようなやわな鍛え方してねえからな

 白馬のいつもの口調にホッとし……気が抜けたのか、吐き気が一層ひどくなった。


 ドラゴンとの戦いに加えて、初めての転移……。身体の中までぐちゃぐちゃになったようで、何もかもを草原に吐き出す。

 リリィが戻ってくる頃には、話すのは愚か、目を開けることすら億劫になっていた。


「キラ、キラ。どうか目を開けていてくださいな。すぐに、済みますから」

 彼女は水に濡れた剣に、”紅の炎”を宿した。蒸発して出る煙すら焼き尽くす炎は、徐々に小さくなり、剣の中に収まる。

 炎を内包した剣は赤みを帯び……それが、身体に押し付けられる。

 じゅっ、と。ドラゴンのブレスに焼かれたときと同じ音が耳につく。

 熱くて、熱くて……キラはうめいた。体を抑えるリリィを振りほどきたかったが、彼女の青い瞳に溜まる涙を見て、我慢した。

「もう少し、もう少しですから……!」

 その声が、徐々に、徐々に……遠のいていった。


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