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~新世界の英雄譚~  作者: 宇良 やすまさ
2と2分の1章

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163.2-3「解釈」

「さて……どこまで話したかな?」

「”エマール家の処遇”についてです」

 首を傾げるラザラスに、すかさずクロエがフォローを入れる。

「今回の戦争を扇動したのは明らかであり、かの者の罪は非常に重くなります。何しろ国家反逆罪……議会では、エマール家の取りつぶしが濃厚です」

「ふむ……。クロエよ、これをどう思う?」

「シーザー・J・エマールは反旗を翻した重罪人……どれだけ罪と罰を与えても、なんら問題はないかと思います。しかし――エマール家を無くそうという流れとなれば、また話は違ってきます」

「ああ。ワシも同意見だ……」


 そこでローラが話について行けていないのが、その難しい顔でよくわかった。

 クロエがくすりと笑い、しかし誤魔化すように咳払いをしたのちに、小さな女王へ向けてつらつらと話し始める。


「リリィさんとセレナさんのエルトリア家、私のところのサーベラス家、そしてエマール家……御三家とも呼ばれるこの三つの家系は、エグバート王家との血のつながりがございます。このことは、ご存知ですね?」

「そこは、もちろん。けどわからないのが、なぜエマール家の取り潰しを渋るのでしょうか? たとえば、レナードお兄様やリーバイお兄様に公爵の地位について貰えば……」

 これに応えたのは、ラザラスだった。


「できんこともないし、それが一番現実的で手っ取り早い。が、面倒なことに……人間関係とやらがついて回る」

「はあ。エマール家を擁護する者が現れる、ということでしょうか?」

「いいや。厄介なのは、議会に参加する貴族達よ。悪くすれば、敵に回る者も出てくる」

「どういうことでしょう?」


「帝国との終戦を、”勝敗がついた”と考えるものもおる……というより、大半がそう言った考えであろう」

「でも……帝国とはあくまでも同盟関係。対等な立場なのでしょう?」

「連中も我が娘ほどに素直であれば良いんだがなあ。七年前の恐怖が、今となって歪んだ偏見となって現れてくるのだ。困ったことにな」

「そんな……」

「さあ――そこで、公爵の席が一つ空いた。となれば、大なり小なり、その席へ座りたいという欲望が湧く。誰も彼もが手柄を求める。すると、欲望の矛先は”元敵国”たる帝国へ向く。ワシの知る限り、いまだに金が眠る唯一の国……これまで戦争をしながらも他国に付け入られなかった最大の武器だ。欲に目のない連中は、真っ先に飛びつくだろうよ」


 ラザラスがため息をつく合間に、シスはボソリと呟いた。

「手柄が欲しいなら、エマール追跡に手を貸して欲しいものですがね……」

「欲深い連中は手軽さも重視するからなあ。それに、傭兵以外にはろくに戦力をもたんのだ。期待はできん」

「あ……。ラザラス様好みの突拍子のない案でしたら、一つありますよ」

 ピッと人差し指を立てると、部屋にある目が同時に向いた。


「ズバリ、キラさんを公爵家に祭り上げることです」

 ローラは純粋に称賛し、反対にクロエは何やら複雑そうな顔つきをしている。そしてラザラスは、笑いながらも首を横に振っていた。


「良い案だが、これを採用してしまうとあのエヴァルトとやらに訛りの強い口調で貶されてしまう。ちょいと約束を交わした手前、反故にするわけにはいかん」

「ほう? 気にはなりますが……まあいいでしょう。しかし、そうとなればやはりレナード第一王子かリーバイ第二王子か、どちらかを公爵として立てるかしかありませんが」

「ふうむ……。いっそのこと二人ともという手立てもあるが……最近になってますます仲が悪くなっておるし……。というわけで、ローラよ――む、どうした?」


 ラザラスの言葉で、シスもようやく小さな女王の様子の変化に気がついた。何か考え事をしているのか俯きがちになり、話に入ってきていなかったのだ。

「ローラ様、いかがされましたか?」

 隣に座っているクロエが、おずおずと肩を揺さぶって声をかける。

 するとローラはハッとして顔を上げて、少しばかり頬を赤らめてからいった。


「すみません……! ちょっと、思い出したことがあって」

「なんでしょうか?」

「その……。エマール領での反乱の報告を伺った時、ふと思ったのですが……。エマール夫人は何年も前に亡くなられたということは知っているのですけど、ご長男は……? 報告には、シーザー・J・エマールとマーカス・エマールの二人の行方しか記されていませんでしたよね」


 ローラの疑問に、シスは真っ先にラザラスを伺ったが、ラザラスもまた問いかけるように目を向けてきていた。

 ローラにもクロエにも注目されていることに気づいて、シスは首を横に振った。


「少なくとも、僕の潜入捜査中には姿を表しませんでした。ただ、どうやらシーザー・J・エマールは長男のことをよく思っていなかったようで……」

「ということは、存命中かすらもわからないということですね?」

 シスが頷くと、ローラはすでに腹づもりが決まったようだった。

 娘の決心をラザラスも汲み取ったようで、ニヤリと口端を釣り上げて笑った。


「では、ここは一つ、ローラ三世にお任せしよう! ――して、次に『三日目』の議題である『”帝国の嘘”への対応』なのだが」

 しっかりと朝日がのぼるころには、それまでどこか萎縮気味だった少女ローラは、女王の名に恥じない自信をつけていた。


   ◯   ◯   ◯


 庭での日光浴を楽しんでも良いと許可を得たのが、昨日のこと。許しを得た直後、キラはリリィと日が暮れるまで庭の草原で外の空気を堪能することができた。

 そのまま夜もと思いもしたのだが……。途中で帰ってきたセレナが、リリィにも劣らない過保護さを見せ、さらには雲行きも悪くなったということで、あえなく寝室に戻ることとなった。


 そして翌日である今日。

 ぽたりぽたりと窓ガラスに雨粒が張り付くのを見て、キラは思わずため息をついてしまった。

「朝なのに暗い……」

「天気とはそういうものですわよ。では、わたくしたちは行ってまいりますので」


 ドアの向こうに行ってしまうリリィとセレナに手を振り、キラは再度息をついた。ベッドで起こした上半身を捻って、サイドテーブルの方へ手を伸ばす。

 なんとか手に取ったのは小ぶりなポーチ。今やランディの形見の一つとなった”お守り”をぎゅっと握って、ぼそぼそと小さくつぶやく。


「”グエストの村”に行かなきゃな……」

 元国王ラザラスによれば、”不死身の英雄”ランディの葬儀は約一ヶ月以後に執り行われる。

 国王の座からは降りたものの、ラザラスも想像以上の多忙さが待ち受けていたらしく、極秘ながらも正式な葬儀を執り行うのにそれだけの期間が必要なのだという。

 ラザラスからはそれとなく『”グエストの村”へ報告に行くように』と言われているのだが……なかなかに気が重かった。


「トラウマ……っていわれたら、そうだなあ」

 ”隠された村”でリリィにちくりと言われたことを思い出し……そっとため息をついたところ、扉をノックする音が聞こえた。

 何の気なしに「どうぞ」と返し、ハッとして現れた人物を見つめた。


「あ……! すみません、シリウスさん」

 リリィとセレナの父にして、エルトリア家当主”代理”のシリウスがにこりとして部屋へ入ってきた。

 以前顔を合わせた時と同じく、真っ黒なバスローブを羽織っていた。ゆったりと余裕のある姿が優雅さを際立たせ……しかしながら、ブロンドをオールバックにきちんと整えているところを見れば紛れもない紳士なのだとわかる。

 一歩を踏み出すその様は、誰が一眼で見ても貴族であり……そこでキラは、眉を顰めた。


「あの、具合が悪いなら、こっちの椅子の方に……」

 上手に隠してはいたが、シリウスは自身の体を支えるようにして歩いていた。そのせいで幾分緩慢になり、歩幅も身長にしては若干狭いものとなっている。

 そんな危なっかしい姿にキラは慌て、リリィやセレナ達が看病のために使ってくれる椅子を移動させようとした。


 だが……。

「ああ、まいったな、君は鋭い。だが大丈夫……いまいち体調が戻らないというだけでね。元気がないわけではないんだ」

「でも……」

「いいから、君はベッドに戻りたまえ。でないと、私が娘達に怒られる」

 冗談めかして笑うシリウスの表情がどこか引き攣ったように見えて、キラはモヤモヤとするものを抱えながらも言う通りにしておいた。


「しかし……本当に参ったものだ。こうも好青年では、君に対してネチネチと嫌味を言えないではないか」

「言うつもりだったんですか……」

「ふふ、人となりを見極めてね」

 シリウスはゆったりとした動作で椅子に腰掛け、一息ついた。


「君と話したいことがいっぱいあったんだが。こうしてきちんと顔を合わせてみると、何を話せば良いやらわからなくなってしまう。私も、メイドたちには安静にしているように言われてる身なんで、悩んでる暇はないんだがね……」

「じゃあ……ランディさんのこと、とか?」

 キラはおずおずと提案し、これに対してシリウスは困ったように笑って首を振った。

「良い案だが、それはまた今度だ。最近、妙に涙もろくて……。リリィとセレナが無事に王都を取り戻してくれた時などはもう……! というわけで、勘弁して欲しい――師匠も、そんなしみったれた会話は望まない」

「そうですか……」


 シリウスの言葉には少しばかりの疑問を覚えたが、ランディとの時間をふと思い出した。

 かの優しく偉大な老人は、常に笑顔をたやさなかった。ランディといて不快に思ったり楽しくなかったりした時などなかった。

 確かに、染み入るような話はランディの得意とするものではなかったかもしれない。

 そう思い至って、キラはシリウスに頷いて見せた。


「ああ、だが……。どんな話をするよりも、何より君にはお礼を言わなければならないね」

「お礼?」

「リリィとセレナから全ての経緯を聞いたよ。君の身の上の話や、”転移の魔法”の失敗の直前にドラゴンと対峙して時間を稼いでくれたこと。”転移の失敗”でそれどころではないと言うのに、身を挺して戦い続けてくれたこと」

「そんな大したことじゃ……」

「たとえ君にとって普通で当たり前なことであっても。私は一人の親として、そして国を支える公爵家の人間として……君に最大の敬意と感謝を送らねばならない。そして同時に――謝罪も」

「謝罪って……何を、です?」


「我々騎士団が迅速に対処しなければならない事態を、君がことごとく解決してくれた。第一師団支部の襲撃時にしろ、王都奪還にしろ、エマール領の武装蜂起にしろ……巻き込んだ上に、命の危険にまで晒した」

「それは事実かもしれないですけど……僕も自分から首を突っ込んだので。怪我は弱さの証明みたいなものですし……」

「これは君の問題ではなく、我々の問題なのだよ。我々の、解釈の問題だ。”全てを、妥協なく、救ける”――この理想には、助けたい相手はもちろん、自分も味方も含まれている。もちろん君も例外ではない」

「……そうですか」

「だから。すまなかった。そして、ありがとう――この恩は、一生忘れない」


 深々と頭を下げるシリウスを目にして。

 キラは、理想への道のりを知った気がした。


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