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~新世界の英雄譚~  作者: 宇良 やすまさ
2と2分の1章

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160.1-6「潜む」

 こくりと頷くアンは深くため息をつくと、それ以降はガラリと表情を改めた。

 いつものように、せっせと部屋の掃除に入る。

 いつの間にやら手にしていた魔法の杖を、ピュンっ、と振るう。すると、彼女のメイド服の内側から、するすると色とりどりの毛糸が飛び出ていく。

 キラも何度見ても見惚れてしまう、”毛糸の使い魔”の魔法である。

 空中へ飛び出た毛糸は丸まりながら形を整えていき、鳥や猫や犬など、さまざまな動物へ変身する。

 そうして部屋の至る所へ散っていった。


 真っ黒な毛糸のカラスは、ばさばさと翼を広げてベージュの壁と木目調の腰壁をはたき、埃を落としていく。茶色の毛糸な大型犬は、絨毯に全身を押し付けながら歩き、その奇妙な体勢のまま埃を取っていく。

 クローゼットや棚や丸テーブルやサイドテーブルには、それぞれ毛糸の猫がぴょんと飛び乗って、ゴロゴロと転がって遊んでいる。

 今は使われていない暖炉の火床、壁掛けの燭台、時計や絵画や花瓶の置き場所となっているマントルピースなど、狭い場所や動きに制限のかかる場所は、にょろにょろとした蛇が動き回る。

 天井では大きなナマケモノがのっそりと這いまわり、ガラス窓には猿が飛びついて器用に磨く。


 そんな毛糸の動物が跋扈する中で、アンはクローゼットの中身をチェックしていた。

 どうやら、またも新しい服を用意してくれたらしく、ハンガーにかけたり引き戸に収めたりしていく。


「二日に一回くらいは服を持ってくるけど……多すぎない?」

「リリィさまとセレナさまのご命令です。何着持っていても、次の日にはボロボロになっているかもしれないからと。……どうやら勝手に外出していないようで、安心しました」

「で、でもさ、そろそろ庭で散歩くらいは……」

「いけません。何があっても外には出してはならないと、言いつけられていますからね。……くれぐれも、次のメイドを困らせないようお願いしますよ」

「う……。先手打たれた」


 キラはこっそりとため息をつき……そこで、上階から何やら怒号が聞こえた。それと同時に、アンが青ざめた顔つきになって”使い魔”達を回収し始める。

「シリウスさまもまだ体調が完全じゃないのに……! すみません、私、ちょっと様子見てきます!」

 アンがピュッと杖を振るうと、部屋中に散らばっていた毛糸の動物達が文字通り一直線に彼女の元へ飛び込んでいった。

 カラフルな模様の毛玉を手に、挨拶もそこそこにバタバタと部屋を出ていく。


「――チャンスかな?」


 少しの間ぽかんとしていたキラだったが、部屋を見回してはたと呟いた。

 エルトリア邸には、住み込みのメイドが五人、同じく住み込みの執事が一人。そのほかにも、都内から通っている使用人が三十人ほど。

 だが、実際には全員が邸内で働いているわけではない。

 日によって非番の人もいれば、庭園や森の管理に向かう人もいる。むしろ、掃除や食事の当番を除いたら、ほとんどが領地の管理維持に駆り出されることとなる。

 昼も過ぎたこの時間帯、エルトリア邸内にはそれほど残っていない……。


「よし……」

 キラは衣摺れの音も漏らさないように慎重に起き上がり、ベッドから抜け出た。

 リリィやセレナが毎晩一緒に寝てくれているということもあって、包帯もほとんど必要がなくなっている。せいぜい、いまだに塞がらない切り傷に当てている程度だ。

 寝たきりの生活を続けていたからか、ゆらゆらと体が揺れている感覚がした。一歩ずつ、慎重に扉の方まで歩いていく。


 ――おいおい、また説教喰らうぞ

 どこか楽しげな口調が頭の中で響き、キラはぼそぼそと応えた。

「ちょっと……ちょっとだけだから。いつも見下ろしてるあの庭で寝転んでみたいんだよ……!」

 ――ふん、面白そうだから手伝ってやろう

 キラは扉の近くに膝をつき、ユニィの言葉に頷いた。ただ、声に出して返事をすることはできず、長細い呼吸を繰り返す。

「あぁ……体力が」

 ――無茶をした代償だな。これに懲りたら、あんな真似はやめるこった

 ちくりと刺す言葉にキラは苦笑して、そっと扉に耳をつけた。


 ――屋敷内にゃ、七人いんぞ

「メイドとか執事とか?」

 ――いや、シリウス達を合わせてだ。お前のいる二階に一人と、一階に三人

「それなら……! 庭に出るにはどうやっていったほうが早いかな?」

 ――さあな。ただ、庭園は玄関じゃなく応接間に面してっからな

「じゃあ、応接間が……いや……」


 キラはすぐに出そうとした答えを引っ込め、エルトリア邸の屋敷図を思い浮かべた。

 エルトリア邸の玄関は南を向き、庭園は西に面している。

 キラの借りている二階の部屋は、この美しい庭を眺められるように西側に向いており、極端なことをいえばテラスに出て飛び降りさえすれば出ることはできる。

 が、ひどく目立つ上に、今の状態で何事もなく着地する自信はない。

 そのために、邸内をこそこそと移動しなければならないのだが……。


 一階へ降りる階段へ向かうには、伸びる廊下を南に行かねばならない。その廊下の途中からは中二階のような形になり、吹き抜けから一階のロビーを見下ろすことができる。

 庭に面しているという一階の応接間へは、吹き抜けのロビーを横切り、さらに廊下を北に歩かねばならない。

 これはつまり、折り返す形となり……。

「玄関を出たほうが早い、はず」

 ――ほう?

 何やら楽しげな白馬の声が気になったが、キラは構わず扉をほんの少し開けてみた。


「――!」

 思わず息を止めて、パタンと閉める。

 ほとんど同時に、目の前を執事が通過したのだ。

「ん? 今の音は……?」

 ベッドへ戻るか、それとも扉の側に止まっておくか。

 コツ、コツ、コツ、と硬質な音が響く間に逡巡し――物音ひとつ立てないように、息を殺してじっとしていた。

 再び歩き出す足音に危うく声を出しそうになったが、執事は「気のせいか」と呟きながら遠ざかっていく。


 ――ビビりすぎだろ

「そりゃそうだよ……! っていうか、気づいてたなら教えて欲しいんだけど……!」

 ――おお、そりゃ悪かったな

「絶対わざとだ……!」

 ――拗ねるなよ。さっきのやつももう通り過ぎたし、今なら一気に行っても一階の連中に気付かれねえはずだ

「ほんとに……?」


 キラは疑いながらも、再び扉をそっと開けていた。

 わずかな隙間から誰もいないのを確認して、赤い絨毯に這いつくばりながら一歩外へ踏み出してみる。先程の執事が廊下の奥で角を曲がっていくところだった。

 ばくばくと唸る心臓がいつ暴れ出すかヒヤヒヤしながらも、キラは廊下を渡った。中腰になって、膝をつきながら、一階を見下ろせる吹き抜けまで到達する。


 息を潜めていろんな角度から一階を覗き見たが、ユニィの言う通り、誰もいなかった。しばらく待ってみても、近づく足音はおろか、物音の一つもしない。

 そこでキラは確信を得て、慎重に階段を降りていった。姿勢を低めて、カーブする階段そのものに隠れながら下りきる。


「よし、これなら誰にも……」

 キラがホッと息をついて玄関に手をかけたところで、

「――何をしているのでしょうか?」

 扉を開けた先に現れたリリィと、対面することとなった。




 当然ではあるが。

 首根っこを掴まれるようにして、リリィに小脇に抱えられて部屋へ連れ戻され。ベッドに寝かされた後に、一通り怪我がないか触診で確認され……。

 ――外の様子を聞かねえのが悪りぃんだ

 頭の中で響く幻聴にむっとした恨みを持ちながらも、キラはリリィの説教を受けていた。


「まったく! 何度言えばわかりますのっ? 絶対安静と申したはずです!」

「で、でもさ……」

「でも?」


 おうむ返しに問いかけてくるリリィが、全く別の何かに見えた。ポニーテールの先っぽにわずかに”紅の炎”がともり、そのせいで顔に影が入って……鬼のようにも感じる。

 キラはその様子に言葉を引っ込めそうになったが、しかしおずおずと言い出さずにはいられなかった。


「やっぱり、外に出たいというか……。庭で寝っ転がってみたいっていうか……。だめかな?」

 おそろしい雰囲気を纏うリリィを、真正面からじっと見つめる。

 彼女の”紅の炎”による黒い影は、しばらくの間、美しい顔つきを恐ろしさで歪めていた。しかし、ふと”紅の炎”がひとつ消えると、なし崩し的に逆立っていた黄金のポニーテールが元に戻っていく。

 そして、こわばっていた顔つきも、いつの間にやらひくりひくりと引くつきだし……ついには、我慢できなくなったようにゆるりと緩む。

 胸の下で組んでいた腕も解いて腰に当て、仕方がなさそうにため息をつく。


「……全く。わかりましたわよ」

「じゃあ……!」

「確かに、部屋にこもっていてばかりでは身体に良くありませんもの。ですから、わたくしかセレナが一緒の場合にのみ、庭で過ごすことを許しましょう」

「やった! ありがとう!」

「でも。これからは、絶対に許可なく部屋を出ないこと。わかりましたわね?」

「……はい」

「よろしい。――せっかくですから、今日は本部には戻らず、一緒にお外で過ごしましょうか」

「え? でもいいの?」

「ええ。どのみち、皆に『早く休んでください』だなんて言われてたくらいですもの。言伝はリンク・イヤリングですみますし」

 そういうとリリィはゆっくりとベッドに覆い被さり……。

「……自分で歩けるよ?」

「ちょっとした罰と思ってくださいな」

 抗うこと叶わず。

 お姫様抱っこという、なんとも言い切れない抱えられ方で、キラはリリィと一緒に庭へ向かうこととなった。


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