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~新世界の英雄譚~  作者: 宇良 やすまさ
2と2分の1章

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159.1-5「急」

「――トレーズ! 一体どう言うことか、説明してもらっても?」

「元帥! 今、救世主様のご看病をと……!」

「それはわたくし達の役目ですので、あなたの手はいりません! それよりも——」

「先ほど総帥”代理”にお伝えしたことが全てですよ。自分はエルフであり、里とは浅からぬ因縁のある身……”新大陸”での調査も難しくなってきましょう」

「それは承知していますが……。わたくしがいいたいのはそういうわけではなく……」


 何やら戸惑っている様子のリリィが、思わずと言った風に言葉を切った。

 その様子の変化が気になり、キラが耳を澄ませると……遠くの方で、激しく扉が閉まる音がした。

「ほら、アランが」

「あ……えへへ」

「笑って誤魔化しても無駄! それぞれにそれぞれの事情があることなど、誰でもわかることです――が、何も前もってアランに伝えておくことはなかったでしょうっ?」

「で、でも! いきなり伝えられるよりかは、こちらの方が被害は少ないかと……!」


 ノアの言い分を聞いて、リリィは少しばかり考えたのち、

「……同意はしますが」

 呟いたのを聞いて、キラは吹き出しそうになった。話の内容も流れも一切意味不明ではあったが、その渋々さ加減がツボに入ってしまう。

 キラが必死に笑い声の波に耐えていると、どうやら話が進みきったらしく、ドアノブががちゃりと回り出す。


「――では、私も看病を!」

「ダメです!」

 開こうとしていた扉が急激に引き戻され……ノアの悲痛な叫び声が遠ざかっていく。

 しばらくすると、ばたばたと足音が聞こえて、扉のすぐそばで立ち止まる。一つ咳払いが聞こえたのちに、コンコンコン、と軽いノックの音が響いた。


「キラ、入ってもよろしいでしょうか?」

「うん、いいよ」

 キラは布団をかぶって緩む頬を隠そうとしたが、窓から差す日差しの暑さに耐えきれなくなって、ぱっと捲り捨てて……。

「なに笑ってますのよ」

 リリィにジトっとした目で責められてしまった。


 面白くなさそうに唇を尖らせる彼女は、常の軽鎧姿ではなかった。かなり薄手で涼しげな深紅のコートに、すらりと長い脚を強調するかのような白いパンツ。

 腰に巻きつく革のベルトには、いつものように剣帯に収まった剣がぶら下がっている。

 いかに”紅の炎”を操るリリィとしても、暑さには敵わないらしい。金色の髪の毛がいくつか頬に張り付き、ポニーテールにしてあらわになった首元では汗が流れている。


 キラの視線に気づいたらしいリリィは、慌ててポケットからハンカチを取って、品よく丁寧に拭い取っていく。

「いっそのこと、コートも脱いじゃえば?」

「肌が日に負けてしまいますからね。極力さらしたくはないのです。……で?」

「うん?」

「一体何を笑ってましたの?」

「え? ああ、いや……さっき、リリィとノアが話してたの、聞こえちゃっててさ。それで、まあ……」

「……みっともないところを聞かれてしまいましたわね」

「そう? ちょっと楽しそうだったけど」

「頭を抱えてるだけですわよ……」


 もうこれ以上は話したくないとばかりに大きなため息をつき、ツカツカと近寄ってくる。ベッドのそばに立って、片膝をマットレスに沈ませ、上半身で覆い被さってくる。

「お、おぉ……? 何を――」

「黙っててくださいな」

 視界いっぱいに整った顔が迫ってくるや。

 ぴと、と額がくっつき。

 つん、と鼻同士がふれあい。

 そうして危うく、唇同士がくっつきそうになった。


「どうやら、熱はないみたいですわね……」

「そりゃ……病気じゃなくて怪我だし」

「……もっと別に言うことは?」

「ち、近い……」

「ばか」

 超至近距離でリリィはむくれっつらになって見せて、しばらくぐりぐりと額を押し付けてから、ようやく離れた。


「何がしたかったの……?」

「だって、わたくしたち婚約していますのよ? もっと踏み込んでも良いと思っていますが……。キラは違ったみたいですわね」

 胸の下で腕を組み、つんと顔を逸らし……しかしながらも、決してその場から動こうとはしない。

 声をかけて欲しいのだとわかりはしたが、キラにはどう言ったものかわからなかった。

 そのために……。


「リ、リリィの職場に行ってみたい……」

 混乱して頭が真っ白になった結果、自分でも意味不明なことを口走っていた。

 案の定、リリィもぽかんとしていた。ただそれは数秒のことで、愛らしく半開きになっていた口を閉じるや、目を閉じて何事かを考える。

 すると、だんだんと頬が緩み、口元もにやけてきて……といったところで、パッと目を開けて表情を引き締めた。恥ずかしそうにわざとらしい咳払いをして言う。


「ま、まあ? 考えなくもありませんわね。ただ……ただ。いきなりというのは、わたくしもアレなので……。また後日、機会を考えておきましょう」

「ん、うん。ありがとう?」

「どういたしまして? ――では、わたくしはこれで。くれぐれも外に出たりなどはしないように、絶対安静でお願いいたしますわ」

 リリィは確認を重ねるかのように忠告してから、ぎくしゃくと部屋を出て行った。


 ――ヘタレめ

 頭の中で響くユニィの声に、キラもようやく金縛りが解けた気がした。

「や、だって……! 婚約者って! まだその話忘れてなかったんだっていうか……やっぱり本気だったんだっていうか……」

 ――逆にまだ疑ってたのかって話だろ、今のは

「だってさ……こういうのは順序があるんじゃないの? もっと、こう……話をして、一緒にどっか行って、それ繰り返して……手を繋いで、みたいな」

 ――ウブか。やるなら一回で距離詰めろよ

「戦いじゃないんだから……。それに、記憶がないんだからしょうがないじゃん。あれだよ? 僕、生まれてからまだ一ヶ月の赤ちゃんと同じだよ?」

 ――馬鹿言ってねえでちゃんと考えてやれ

「そんなことわかってるさ……」


 思ってもみない問題に大きくため息をついていると、控えめなノックののちにアンが現れた。

 短めの淡いブロンドなメイドは、いつもならば部屋に入るなりにこりと微笑んでくれるのだが……今回ばかりは、その笑顔がひきつって見えた。


「何かあったの?」

「あ……。それが、おそらくは今日をもちましてキラさまの看病ができなくなりまして……」

「へえ……。あ……そういえば、さっき、君のお父さんがこの家に来たっぽいんだけど、もしかして……?」

「あ、はは……。ビンゴなんですよねー……」


 肩を落とすアンに、キラは少し不安になって聞いた。

「まさか、看病の相手が僕だから……?」

 思い出すのは、唐突に部屋に訪れた大男アランとのやり取りだった。

 寡黙そうな見た目とは裏腹に、ずいぶんと熱のこもった声で『夫でも家族でもない男の看病とは……!』と嘆いていたのだ。

 声を荒げるでもなく、何か乱暴を働くということもないのだが、”元帥”が持つその迫力はすさまじいものがあった。

 アンが恥ずかしそうに父を追いやり、事なきを得たが……。

 

「あ、それはまた別なお話です。お父さま、私に彼氏作れとやたらうるさいんです」

「あれ? でも昨日は……」

「それがとてもややこしいところでして。簡単にいえば、『結婚は反対だ!』って言いたいみたいなんです」

「あー……」


 なんとなく、キラは理解した気がした。

 瞬間的に、エルトのことを思い出してしまったのだ。

 彼女も、威厳のある女性に憧れてたからという理由で、それらしい雰囲気で語りかけていた。結局は、噛んでしまったり、彼女の天然な部分が邪魔したりと、思うようにならなかったが。

 アランも、エルトと同類なのだ。


「挙句、私にもそういう雰囲気作りを強要してきて……昨日は仕方なく。巻き込んでしまって、すみませんでした」

「いや、まあ、似た人知ってるから。でも……じゃあ、なんで今日までってことに?」

「なんというか……私も、騎士団でちょっとした任務を預かることがあるんです。その関係で、もう準備をしておかないといけなくなりまして」

「”新大陸”への調査、ってやつ?」

「……リリィさまがお話に?」

「いや、扉の外で言い合ってるのが聞こえただけ」

「まあ、隠す必要もないことですし……。トレーズさんという方が行く予定だったところ、急遽変更して私が赴くことになったんです」

「じゃあ、お父さんが来てたのは……?」

「それはー……私の着任に抗議をしにきたという、たったそれだけでして。たぶん、シリウス様が今諌めてくれてるとは思うのですが……」

「た、大変だね」


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