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~新世界の英雄譚~  作者: 宇良 やすまさ
2と2分の1章

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163/961

157.1-3「同士」

 思い立ったかのように、ラザラスにつれられて。真紅の絨毯を早足に歩き、幾度か階段を上り下りして。訳を聞くことも許されない早さで、エヴァルトは扉の前に立たされていた。

「では、あとは頼んだぞ!」

「おいこら、何を――って、もうおらんやんけ!」

 長い廊下の端にまで到達しようとしているラザラスの小さな背中にびっくりしつつも、エヴァルトはため息をつきつつ正面を向いた。


 目につくのは、質素ながらも品のいい扉……よりも、その脇に控えている一人の騎士だった。

 王城の中でも油断なく鎧を着込み、メットもちゃんとかぶっている。だれることなくピシリと立ち、どんな状況にも対応できるように気を抜かないでいる。

 一見堅物そうな騎士ではあったが……立ち去るラザラスを目で追って、思わずといった風にため息を漏らしたのを、エヴァルトはしっかりと見ていた。


「……王国の城勤めも大変なんやな」

「……それほどでも」

 ワンテンポ遅れて答える騎士に、エヴァルトは苦笑してしまった。絶えない苦労を労いつつ、扉を一回ノックしたところ、

「よぉ、入っていいぞ」

 と甲高い声が部屋の中から聞こえた。


 エヴァルトは、その声の持ち主の言葉通りに遠慮なく扉を開け放ち……。

「子守て……ほんまに子供やんけ」

「あぁ? 子供じゃねえよ」

「しかも態度わる」

 へらへらと笑いつつも、暖炉前の丸テーブルに態度悪く居座る少年を素早く観察する。


 子どもにしては演技がうまかった。椅子の座り方にしろ、態度の悪さにしろ、口の聞き方にしろ……一瞬で悪ガキの皮を被り、警戒していたことを上手く隠してしまった。

 ただの子どもではないことは、王城の一室を陣取っていることやら、部屋の前に騎士がいることからも明白だったが……。温室育ちなんかではないことも、垣間見えた警戒心の高さから伺うことができた。


 そしておそらくは少年も、目の前に現れた銀髪男が単なる子守に訪れたわけでもないことを悟っている。

 エヴァルトは頭の中で駆け巡る情報を捌きつつ、さりげなさを装って少年の対面に腰を落ち着けた。


「誰だよ。ってか、なんで勝手に座るんだよ」

「文句なら元王様にいって欲しいなあ。俺もさっぱりわけわからんねん……君の名前も知らされんとここに連れてこられたんよ」

 少しばかり、言葉で突いてみる。

 少年は一とつたりとも表情を動かさなかったが……意外にも素直に答えてくれた。


「グリューン」

 エヴァルトは、一瞬、躊躇した。

 ラザラスの思惑は計りかねるが、状況的に考えて、少年は帝国人である可能性が高いと踏んでいた。

 だが……。

 グリューンという名前は、帝国風ではない。


「俺、エヴァルトっていうねんけどな」

 内心を隠しつつ、ぺらぺらと口を動かしていく。

「いっつも初対面の人に突っ込まれるから先手打っとくけど、この西部訛り抜けへんねん。いや、普通に喋れ言われたら喋れるけど。でもほら、イントネーションに引っ張られて、結局元に戻ってしまうわけよ。訛り抜けたからなんやいうわけでもあらへんやん?」

「……何が言いてえんだよ」

「子守や、子守。世間話よ。今日は天気ええですねー……とか、そんな会話にならへんやん。せやからこうして自己紹介しよるわけよ」

「あっそ……」

「冷たいなあ。――せや、好きな食べもんは? こないなところにおって、まさか乾パン一つやらスープ一杯やらいうわけでもないやろ? お城やし、見たこともないもん食うたんちゃうか」


 グリューンは鬱陶しそうに片方の眉を釣り上げながらも、考え込むように俯きがちになった。

 意外なほど素直な態度に目を奪われていると、返ってきた短い答えを聞き逃しそうになった。

「紅茶」

「おお?」

「……ちっ」


 なんでやねん、といきなりの舌打ちに突っ込みたい気分だったが、エヴァルトはグッと耐えた。あえて聞こえなかった風を装って、続きを待つ。

「腹が太りゃ変わんねえだろ。馬鹿馬鹿しい」

「せやけど、紅茶じゃ腹は太らんやろ」

「……くそが」

「マジな罵倒やめてや」

「俺のダチ……っぽいやつが、気に入ってた。俺も悪いとは思わなかったし——そんだけの理由だ」

「ほお……?」


 グリューンは”軍部”側の人間だ、とエヴァルトは読んでいた。

 ”グリューン”という帝国っぽくない名前なのだが……実は、特定の環境下にいる者たちは、こういった名前の付け方をされている。

 ”軍部”がどこからともなく拾ってきた”なもなき子どもたち”である。

 彼ら”名もなき子どもたち”は、『生き延びること』を条件に”魔獣湧出ポイント”に置き去りにされ……選別される。より強い兵士を得るために。


 皇帝の権限によって長らく禁止されていた人畜非道な制度であったが、七年前の”王都襲撃事件”で増長した”軍部”が、誰も知らぬところで復活させていたのである。

 エヴァルトは噂程度にしか聞いていなかったが……実際にその修羅場を生き抜いた少年を目にして、噂は本当だったとすぐに悟ってしまった。


 腹の中が煮え繰り返るような感覚がして……しかし、先のグリューンの答えにつゆと消えてしまった。

 グリューンには、友達がいるのだ。

 最近できたばかりなのか、まだまだ素直になりきれていないが……友達がいるのだ。


「友達、なあ」

「んだよ」

「いやあ、別に。ちょいと『ぽい』ってのが気になってな? どういうことなんやろうなあ、と気になっただけや」

「ち……。どうでもいいだろ、んなこと」

「俺はな。せやけど、君はちゃうやろ。はっきり言い切れんのを見る限り、なんや歯痒い思いしとるんちゃうか?」

「別にそんなことは――」

「せやったら、目合わせてくれるか」

「馬鹿らしい……。そんな手には乗らねえよ」


 腕を組んでそっぽ向いてしまうわかりやすい少年に、エヴァルトは吹き出すのをなんとか堪えた。

 笑い声が喉の奥をついて出てしまう前に、持ち前の減らず口を叩く。


「またそんなこと言うて。どんなやつかくらいは教えてな。そしたらもっと仲良うできるようアドバイスできるかもやし。きっとすごいやつなんやろ?」

「だから、そんな手には乗らねえって……」

「ならしょぼくれた奴かいな」

 少しばかり煽ってみると、ムッとしたグリューンが面白いように釣れてしまった。


「――そんなわけねえだろ」

 エヴァルトはニヤニヤする頬をなんとか抑えつつ、さらに問い詰めていく。

「ならどんな奴やねん。んな否定するくらいなら、なんかエピソードくらいありそうなもんやけどな」

「あいつは……田舎者で、世間知らずで、病弱で……」

「あかんとこばっかやん」

「けどお節介っつーか……面倒ごとに突っ込んでいって……」

「ほう、それで?」

「辛いくせに、余裕ねえくせに……。結局一人でドラゴンにまで突っ込んでいきやがって……」

「ああん……? なんか聞き覚えがあるよーな……」

「いかれてんだよ、あいつは。だから、きっと……戦争を止めるだなんて無茶もやってのけたんだ」

「キラやんけ!」


 もはや。考えもせずに飛び出てきた言葉を、エヴァルトは我慢しなかった。

 意外な事実を真正面から受け止めたグリューンは、しばらくの間ぽかんとしていた。一度、二度、瞬きをしてから、ようやく少年は甲高い声で素っ頓狂に言う。

「お、お前! あいつの知り合いかよ!」

「そらこっちのセリフや。まさか、”軍部”の飼い犬と馬が合うとは思わんかったわ。犬やのに馬とはな」


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