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~新世界の英雄譚~  作者: 宇良 やすまさ
2と2分の1章

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162/961

156.1-2「原因」


  ○   ○   ○


 その日の朝、目覚めたらエグバート王城にいた。

 とはいっても、誰かに勝手に連れ込まれただとか、ましてや自分から勝手に入って記憶がないというわけではない。

 エヴァルトは、セレナとの交渉の末に、王城で軟禁生活を送っていた。


「ひっさびさに……よう寝たわ」

 久々にフカフカのベッドで寝たとだけあって、エヴァルトはいつもは感じられなかった爽快感を噛み締めていた。

 ぼけっとした顔つきのまま、もう一度寝つきたかった……が、癖のように着替えに動く体と、窓から燦々と降り注ぐ陽光には勝てなかった。


「我ながら貧乏性なこっちゃ……。三食寝室付きの軟禁なんざ、何もせんで暇を持て余しとく贅沢な時間やのに……もう着替えてしまうとはなあ。何するっちゅう話や」

 最後に頭に赤いバンダナをくくったエヴァルトは、何ともなしにテーブルについた。組んだ足をぷらぷらさせながら、部屋全体を見渡す。


 地味といえば地味な内装ではあった。

 絵画もなければ花もなく、至ってシンプルに調度品が取り揃えてある。暖炉にソファ、一つのテーブルの二脚の椅子、ちょっと余裕のあるシングルサイズのベッド。時計はマントルピースにちょこんと乗ってあるものだけで、他にめぼしい飾りなどはない。


 ただ、エヴァルトはどこに目をやっても感心していた。

 ベージュの壁紙に濃い木目調の腰壁、ベッドや椅子やテーブルの足、窓の枠……細部にわたって職人の腕が光っている。

 金やルビーといった装飾品などではなく、素材の魅力をそのままに引き出す。地味ではあるが、だからこそ目につけば存在感が際立っていた。


「この上品さ加減……”軍部”のクソらも見習って欲しいもんや。キラッキラしたもんだけが高級なんちゃうぞ。……数年帰ってないから、何ともいえんが」

 エヴァルトがそうやって王城にある一室でぶつぶつとつぶやけるのも、セレナとの交渉に成果を得たためだった。


 エマール領リモン”貴族街”にて。

 今一歩ロキを追い詰められないブラックを補佐しようとしたところ、”貴族街”を脱出しようとする二コラたち反乱軍に危機が迫っていた。

 ブラックが巨岩の怪鳥を容赦なく破壊し続けるせいで、その破片が雨霰のように降り注いだのである。

 おかげでエヴァルトは彼らの援護に手一杯で……怪鳥そのものが突っ込んできた時には、肝が冷えた。

 終わりだ。そう思った瞬間に”風の魔法”で間一髪救われた――それが、竜ノ騎士団”元帥”セレナ・エルトリアとの出会いだった。


「キラめ……なんちゅう奴らと関係持ってんねん。動きにくいったらないやろ!」

 エヴァルトはぼやいたが、内心、うまくことが運んでホッとしていた。


 帝国にとって、”七年前の王都侵略作戦”は事件だった。今ですら語り草となっているほどに。

 それくらいに、衝撃的だったのである。

 戦争をしている相手は、エグバート王国。この国がどれほどの軍事力を有しているか、子どもでも知っているほどである。


 中でも王都は”難攻不落の鉄壁都市”とされ、当時の帝国の軍力では、風穴どころか傷一つもつけられないとされていた。

 ところが、王都に侵略するどころか、”王国一の剣士”の排除にも成功した。

 そう――”穏健派”にとっては、大事件だったのだ。決して後には引けない状況に踏み込んだこと然り、”軍部”がそれほどの力を持ったこと然り。


 これ以降、”穏健派”皇帝ペトログラードは後塵を拝することとなった……のだが、ようやくその状況を脱することができるようになる。

 あとは、帝国を渦巻く状況をより改善するのみ。それも、もう一歩というところまで迫った。


 この七年間。

 エヴァルトは情報という情報をかき集め、緻密に組み立て、あるいは解体して……一つの仮説を立てることができたのである。

 なぜ王都が落ちることとなったのか。”原因がある”ことが判明したのだ。

 これをもとに、王国と対等に話すことができる。


「しっかし……ほんま、ベルゼんとこから”血液”盗んどいてよかった」

 セレナとの交渉には、まず何よりも彼女の信頼度が重要だった。

 ”七年前の大事件”について情報を取り揃えているものの、これを提供する人間自身が胡散臭ければ、それだけで頓挫してしまう。


 そういう思惑もあって、闘技場の崩落時にベルゼの研究室から”竜人族の血液”を盗んだのであるが……これが思った以上の力を発揮してくれた。

 相手は、クォーター・エルフなのである。

 その”魔瞳”は空気中の魔素すら見ることができ、もちろん、血液中に含まれる魔素や魔力もお見通し。

 ”竜人族の血液”は、普通とは違い一切魔力も魔素もなかった。


 これを見抜いたために、セレナは交渉を受け入れ、城まで案内してくれたのである。とは言っても、帝国人に対する印象はいまだに抜けきれないのか、道中はこれでもかというくらいに警戒されていたが。

 何はともあれ、王城につくまではさしたる苦労もなかったのだが……。


「っちゅうか……シスめ。あのメイドにがっつりバラしよって」

 実は、セレナに連れられてエグバート城に到着した時、シスとばったり再会した。

 ”隠された村”ですでに”竜人族の血液”について話したということもあって、一足早く帰還したらしい彼は、ラザラスとローラに一通りの報告を終えていた。

 そのこともあって、エヴァルトも意外に思うほどすんなりと受け入れられたのだが……。

 最後に、ぽろりとシスが漏らしたのだ。


『しかし……リリィ様から聞きましたが、キラさんには悪いことをしました。まさか、”イエロウ派騎士”たちの進軍を止めていてくれたとは』

 なんだそれは初耳だ、と驚くよりも先にヒェッと喉を鳴らした。

 帝国人を王城へ導かねばならないというストレスがセレナを苛立たせているのは、到着に近づくたびに感じ取っていた。

 そこへさらに、セレナが心配してやまないキラの話を、シスが最悪の形で持ち込んだのである。


 当然、遅れて失言に気づいたシスが「エヴァルトさんもそうおっしゃっていましたし……」などと巻き込み。どうやっても逃げ道を確保することもできず、シスと一緒に怒られる羽目になったのである。


「あのトラブルメーカーが……! だいたい、キラもキラやんけ。どないな教育されたら、あんな自滅的な行動できるねん」

 シスの話から察するに、もう一人共に戦ったというが、エヴァルトとしては大差はなかった。

 万が一のことを思うと……。無事だから良かったと笑い飛ばすこともできない。

 キラは、エヴァルトにとっては何よりも重要な”鍵”なのである。


「まあともかく……第一関門突破、って感じか」

 エヴァルトはボソボソと呟いた言葉を切って、組んでいた足を元に戻した。

 王城の廊下は、使用人たちの手入れの行き届いた深紅の絨毯が敷かれている。これを無遠慮に踏み締める音が、扉の外から聞こえてきたのである。

 癖のように、今までに接してきた人物の中から、その足音の持ち主を推測する。


「――入ってきてええで、元王様」

 部屋のすぐそばで立ち止まったのを感じ取って、エヴァルトは即座に声をかけた。

 すると、ガツガツとした足音の持ち主……ラザラスが、全くの遠慮なしに扉を開け放った。

「わっはっは! さすがに本業相手にはかなわんな!」

「なにいうとんねん……。隠す気なかったやろ」

「確かにな!」


 ぱたりとしまった扉の前に立つラザラスは、その豪快さに似合わない格好をしていた。

 頭の先から爪先まで、グレーの礼服に身を包んでいる。太い首を一周するネクタイも一分の緩みもなくきっちりと締め、靴の紐も均等な輪を描いて蝶々結びにされている。

 そうして隙なく着込んでいるからか、年老いてなお主張してやまない筋肉が至る所でぱつぱつに盛り上がっている。肩周りに、二の腕に、太ももに……。

 一切衰えのない体つきに、”帝国人スパイ”ということを警戒しての距離の取り方……これらにラザラスの実力を垣間見たエヴァルトは、悟られないように息を呑んだ。


「そいで? その正装……この後議会に参加しようっちゅうくらいに気合い入っとんのに、顔見にきました、だけやないんやろ?」

「うむ、流石に鋭い!」

「で、何の用やねん。っちゅうか、俺、いつまで軟禁させられるん?」

「不自由を強いて悪いとは思ってるんだが。如何せん、今回の議会は長引きそうでなあ……今日一日ではおそらく終わらんだろう」

「その言い方やと、これから開かれる議会っちゅうのが俺にも関わってきそうやな?」

「まっこと、その通り。帝国出身であり、さらに国の中枢にも関わりがある貴殿に……そう、少しばかりの手伝いをして欲しくてなあ」

「手伝い?」

「貴殿の願いは、リューリク帝国という国の改革……で間違いはないな?」

「正しくは、帝国改革についての議論、や――間違っても、あんたらの手を借りるつもりはないねん」


 王国と帝国の二百年にもわたる戦争に、ついに決着がついた――こんなにも大きすぎるニュースを、キラがさらっと持ってきた時には心臓が跳ね上がった。

 この終戦が意味するところは、帝国”軍部”が王国侵略を諦めたということ。ブラックとロキという二枚看板を掲げながら、『戦いをやめましょう』という言葉に頷くことしかできなかったのだ。

 この事実に至った瞬間に、エヴァルトは決心していた。

 帝国の現状を……”軍部”が事実上のトップとして君臨している帝国の実情を打破するためには、終戦をきっかけに行動するしかないと。


「ほいで、手伝いっちゅうのはなんやねん? 俺も議会に参加するとか?」

「当たらずといえでも遠からず……といったとこよ。その様子では、まだ”嘘”については知らんようだな?」

「”嘘”?」

 エヴァルトはおうむ返しに聞いたが、答えがかえってくるものではないと、ラザラスの態度でわかっていた。


「――まあ、ともかく。全ては議会が終わってから……さすれば、貴殿の話もまるっと聞いてやることができる。しばし待たれよ」

「随分含みがあるこっちゃ」

「まっこと! 隠し事はしない性分なんだが……慎重にいかねばならんのでな。――そういうわけで」

「うん?」

「子守を頼む!」


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