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~新世界の英雄譚~  作者: 宇良 やすまさ
第2章

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エピローグ:エピソード・セドリック

 反乱軍戦士として参加した者にとっても、”隠された村”に残っていた者にとっても、長い長い一日となっていた。

 エマール領リモンへの襲撃から始まり、逃走に次ぐ逃走、そして最後の激戦。先の作戦の失敗と被害がよぎりつつも、未来のためにとただただ願い続けた一日だった。


 誰も彼もが心身ともに疲弊していたが……それだけに、エマール領解放という事実は、皆を歓喜させた。

 反乱軍リーダーであるニコラが、いくら「今日は前夜祭、ハメを外しすぎないように」と注意して回っても、興奮が収まることはない。

 それだけ鬱屈とした環境を長い年月強いられていたということであり、次第に注意をする声もしかたなさそうなため息に変わっていた。


 宴の主役は”隠された村”に集った一人一人であり、みな、隣人を讃えた。

 そんな中でも一際注目を浴びていたのが、キラだった。ありとあらゆる賛辞を受けるべきと、ローランだけでなくニコラやセドリックも力説して回った結果だった。

 そうでなくとも目立ってはいたのだが……当の本人はついに宴の席に参加することはなく、”重傷者テント”でリリィ・エルトリアと共に寝入っていた。その代わりに、世にも美しい毛並みを誇る白馬が持ち上げられることとなった。


 反乱計画の立役者であるエヴァルトとシスの姿を求めるものもいたが、リリィが事前に「残念ながら先に王都へ戻ってしまいました」と手を打っていたため、無理に探すようなことはしなかった。

 が、どうやら複数人がこそこそと固まって相談していたところによると、どうも”労働街”復興の証に銅像を立てることをシェイク市長に打診するらしい。

 セドリックもドミニクも、オーウェンたちと一緒になってどんちゃん騒ぎに便乗し。歌って踊って、飲んで食って、褒めては喧嘩して。


 そうして夜が更けていき……。

「あぁ〜……楽しかったぁ……」

「ん……。キラさんもリリィさんも来てたら、もっと……」

「仕方ねえって。本番は明日なんだし、俺らでもみくちゃにしてやろうぜ〜」

 フラつく足で互いに支えながら帰路についていると、そこにかかる声があった。


「セドリックくん、ドミニクちゃん……。ちょっと、いい?」

「んあ! ミレーヌさん、ちっす!」

「ども」


 ふわふわとした心地の良い気持ちのまま勢いよく返事をしたが……ミレーヌの表情を見て、二人とも酔いが一気に吹っ飛んだ。

 エリックの母親であるミレーヌが、精一杯の笑顔を浮かべながらも、顔色を悪くしていたのだ。

 その顔つきが、何を意味するのかは分からなかった。

 だがセドリックもドミニクも、真っ先に幼馴染の少年のことを思い浮かべていた。


「二人とも。疲れてるところ悪いんだが、ウチに寄っていってくれないか? 少しばかり、話しておかねばならないことがあるんだ」

 セドリックは思わずドミニクに視線をやっていたが、返答は既に決まっていた。小さな恋人も同じようで、迷わずに頷いている。

「俺らなら大丈夫っすよ」

「ありがとう。オーウェンとベルに煽られて随分飲んでただろう? 水でも飲んでさっぱりしていくと良い」


 ぎくっ、と、再び恋人と目を合わせる。

 酔った際に何か奇行でもやらかしたのではないかと確認し……しかし、ドミニクも微妙な顔つきをしているために安心感を得られることはなく、妙なドキドキと共にニコラとミレーヌの後に続いてテントに入った。

 ドミニクと並んで夫妻の前に座り、注がれたコップに手を伸ばす。


 口をつけて冷たさを喉へ流し込み、ホッとしつつニコラとミレーヌを見比べる。

 どうやらニコラからの話ではないようで、腕を組んでじっと妻が口を開くのを待っている。

 何かあったのかと問いかけたかったが、ドミニクに寸前で諌められ、居住まいを正す。

 そうして、テントの外で続いていた喧騒も波を引いた時、ミレーヌが不健康に青くなった唇を動かした。


「ふ、二人には、誰よりも先に……話さないとと思っててね」

「はい。……エリックのことっすか?」

 ミレーヌはこくりと頷き、顔を上げて、真っ直ぐにブレることのない視線と共に告げた。


「あの子を、エマールの元に向かわせたのは私なの」


 はっ、と息を呑むこともできなかった。途端に辺りが静かになり、時間が止まったかのようにも感じる。

 じっとミレーヌを見つめる。

 エリックの母親は、整った顔立ちを悲しそうに歪めている。

 ただ、それることなく見つめてくる瞳は、どこかで見たことがあるような気がした。


 遅れて呼吸をしてから、すぐに思い出すことができた。親子なのだから当然だった――その目つきは、エリックに酷似していたのだ。

 リモン”貴族街”の地下通路で対峙した時の、あの幼馴染の頑なな目つきと。

 それに気づいただけで、胸に溜まりそうだった嫌な何かが吹っ飛んでいった。どころか、頬が緩んで今にも笑い出しそうになる。


「セドリック……」

 鈴のような控えめな声に目を向ける。

 小さな恋人は……エリックの幼馴染な小柄な少女も、僅かながらに喜んでいた。

「それ聞いて、安心しました」

 一瞬後、ミレーヌがキョトンと目を丸くし、ニコラが遅れて悟ったように苦笑する。


「だって、ミレーヌさん、エリックのこと大好きじゃないっすか。叱るより前に絶対に心配するし……。そんなミレーヌさんが、エリックを見送ったんでしょ?」

「あの子、言い出したら聞かないし……今回ばかりは、今までのどんなワガママとも違ったから……」

「それこそが、エリックが正しいことのために勝手やった、ってことじゃないっすか。……俺たちになんの相談もしないのはちょっと腹立ちますけど」

「ごめんなさいね。エリックも――」


 続けようとするミレーヌの言葉を、セドリックはあえて遮った。

「そっから先は――何を思って、なんで勝手なことしたってことは――エリック自身から聞きだすんで」

「え……?」

「俺ら、決めたんすよ。エリックを追いかけるって。だから、大丈夫」


 その瞬間に、ミレーヌの肩の力が抜けた気がした。顔色も元の通りの美しい生気を帯び、全身を覆うようだった震えもなくなっている。

 ただ、よほど安堵したのか、首を垂れると同時にふらりと倒れそうになり……そこを、夫であるニコラが優しく支えた。


「二人とも、ありがとう。ミレーヌを……そしてあの子を、信じ続けていてくれて」

「あいつの勝手は今に始まったことじゃないっすからね。俺もドミニクも、そんなこと昔っから知ってますよ。な?」

 コクリとうなずくドミニクを見て、セドリックははっと思いついたことを口にした。


「そうだ。キラとリリィさんには、このことはあんま言わない方が……」

「ああ、そのことなんだが。実は、ミレーヌがこうして話してくれたのは、キラ殿のお陰のようなものなんだ。どうやら、村に襲撃の危機が迫ったとき、タイミングをはかった方がいいと忠告してくれたみたいでな」

「うわ……マジ完璧。でも、リリィさんの方は?」

「いや、まだ何も伝えていないが……」

「じゃ、じゃあ、あんまり言わない方がいいかもっすよ。だいぶキラに入れ込んでる感じで……多分、キラが大怪我のまま戦いに出たことに、納得いってないと思うんで」

「しかし義理を欠いてしまっては……」

「い、今は、ってことっすよ。俺とドミニク、竜ノ騎士団の採用試験を受けようと思ってるんで、その時にでも……」

 ニコラの中ではまだ引っ掛かるところがあるらしいが、それでも一応は頷いてくれた。


「しかし、竜ノ騎士団か……思い切った決断だな?」

「俺も、後悔するのは懲り懲りなんで。どんなに無謀でもどんなに失敗しても、前に進んでみせますよ」

「ふむ……。その試験はどのくらいののちに行われる? 言ってはなんだが、戦士としては未熟な君たちが受けるというんだ……それなりに時間があるんだろう?」

「百日後って言ってましたけど――もしかして……」

「実際に教えられることは少ないだろうが……それでも、最初のうちは色々と指導できることもあると思う」


 ニコラの言葉の意味は明らかであり、セドリックはドミニクと顔を見合わせ喜んだ。

「俺ら、どうやって強くなろうかって考えてて!」

「ありがとう……道が見えた感じがする!」

 ニコラも交えて、今後どんな修行をするかとワイワイ騒いでいると……それまで黙って話を聞いていたミレーヌが、じっとニコラを見ていった。


「セドリックもドミニクも、もう私たちの子どもも同然なのですから……くれぐれも、無茶だけはさせないように」

「む。しかしそれでは修行にはならな――」

「ね?」

「いや、戦士というものはだな――」

「ね?」

「う……だが……」

「ね?」

「……うむ」


 ミレーヌの圧力に屈するニコラの姿に、ドミニクが珍しくくすくすと声を出して笑い……。

 セドリックは、そんな光景を見てふと思った。

 ここにエリックがいたらどうなったのだろうか、と。

 そうしたら、セドリックもドミニクも強くなる目的を失うが……代わりに、キラやエヴァルトやシスやレーヴァといった、本物の強者たちに焚き付けられたエリックを目の当たりにすることになる。

 エリックならば「騎士団に入ってやる!」と息巻き、そうなるとセドリックもいてもたってもいられなくなってしまう。

 そう――エリックがいたなら、きっと三人で竜ノ騎士団の採用試験を受ける未来があったのだ。


「やってやるさ……」

 そのあり得た未来こそ、掴み取るべきなのだと。

 セドリックは、そっと硬く拳を握って、決意した。




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