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~新世界の英雄譚~  作者: 宇良 やすまさ
第1章

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15.王都へ

 ”鉱山の町”アリエス。竜ノ騎士団第一師団支部を構えられたその町は、山の中腹に構えられたとだけあって、まるで鳥かごの中にあるかのようだった。上空は吹き抜けなものの、周りを岩壁に囲まれているのである。


 鳥かごに収められたアリエスは、中央で交差する二つの大通りから成り立っていた。大通りから道が等間隔に伸び、規則正しく家屋が並んでいる。どんな建物も、グエストの村でもロットの村でも見たことのない、頑丈なレンガ造りだった。

 そんな町の中心に、どこからでもその姿を確認することが出来る館がそびえていた。

 それこそが、竜ノ騎士第一師団支部だった。


「――まあ、今は夜だから見えねえんだけどな」

「セレナの魔法みたいな、でっかい明かりで街中を照らすことは出来ない……ですか? そうすれば、もっと安全のような……」

「そりゃ名案だが、手間がかかる。どうしたってな。魔力は無限じゃねえし、ある意味人力だ。人手もいるし、労力もいるし、疲れるし……んなことして消耗してたら、帝国軍にゃ勝てねえんだ」

「そういうもの、ですか……」

「まあな。あと、俺に敬語はいらないぜ、少年」

「はあ……」

「しかし、まあ……」


 ヴァンがそこで言葉を止め、じろじろと観察してきた。

 キラは、一瞬はその青い瞳による視線を受け止めたが、すぐに目をそらした。

 なぜなら。


「ちょっと、セレナ! くっつきすぎ!」

「こうしていないと私が落ちてしまいます!」

 白馬に相乗りしているセレナが、背後でピタッとひっついているのだ。先程までとは真逆で、彼女のじんわりとした体温を背中に感じる。

「そうは言っても……!」

「それに、やはりほんの僅かに治癒魔法の効果があるようです。何やらぐったりしていますし、気休めにはなるでしょう」


 リリィたちが馬から降りた一方で、キラがセレナとともに未だに白馬に乗っているのは、足腰が立たなくなってしまったせいだった。なぜだか、身体に力が入らなくなってしまったのだ。

 とはいっても、すでに歩ける程度には感覚が戻っている。

 セレナには何度か伝えているのだが、「念の為」と離してくれず、挙句の果てには……。


「見慣れねえ光景だ。……似合いのカップルってところか?」

 ニヤニヤブツブツと、ヴァンのからかい口調が止まらない。

 セレナに向けて言えば良いものの、口喧嘩では勝てないと悟っているのか、事あるごとにキラの方を見て言うのだ。

 しかも、ばれないように、小さな声で。

「ヴァンさん……小物すぎですよ。オーガも倒せるのに」

「敬語はいらねえって――って、俺ァ大物だよ! 一番背負ってんだぞ!」

「いや、だって……。あ」


 セレナが、脇の下からぐいと顔をのぞかせた。

 ヴァンの顔つきで、彼女と目があったのが分かる。口を閉じ、見るからに汗が吹き出ている。

「キラ様。三十後半にしてモテない男の悲しき戯言です。あまり気になさらぬよう」

「ああ……残念だね」

「――てめえら、言いすぎだ!」


 以降、傷心によりいじけてしまったヴァンに代わり、リリィが先導してくれた。

 自慢するかのような説明が続く中、騎士団支部に到着したが、彼女の話がなくともその荘厳さが見て取れた。左右対称のゴシック建築に、白く耀くその姿……象徴という言葉を詰め込んだような存在感があった。

 支部の敷地に入り、右手へ回って厩へ。

 そこでキラたちは白馬たちを一旦待機させた。


「ほら、いつまでしょげてますの。事実は事実として受け止めて、今すべきことをしなさい」

「良いこと言ってるふうだが、お嬢様元帥、あんた俺に死体蹴りしたようなもんだぞ」

「冗談みたいにタフなくせに、なに馬鹿なことを。ほら、人を集めてきてくださいな」

「あいよ〜」


 ヴァンはやる気のない返事で支部の方へ歩いていく。

 キラはその大きな後ろ姿から視線を外し、右手にそびえる岩壁のほうへ目をやった。

「”転移の魔法陣”は支部の裏手にあるって言ってたけど……もしかして、あの洞穴の奥に?」

「ええ、そうですわよ。通称”転移の間”。きっと驚くと思いますわ。――準備に時間がかかりますから、一足先に覗いてみましょうか?」

「うん、見てみたい……!」

「ところで、体調はどうです? ぐったりとしていましたが」

「なんかよくわからないけど、もう平気だよ。発作も大丈夫」


 空は見たこともないほど澄みきり、紺色一色の中に星々が散りばめられている。

 そんな星空を目にしたからか、キラはいつになく絶好調だった。体が軽く、何の違和感もない。

 羽がついたような浮ついた気持ちで、先導するリリィのポニーテールを追う。


「一応聞いておきますけど、キラは”転移の魔法”は初めてですわよね?」

「もちろん!」

「ふふ、本当に体調がよろしいみたいですね。――でしたら、わたくしと手をつないでいただきますわ」

「手を? ……なんで?」

「一瞬の出来事とはいえ、転移の際には平衡感覚がなくなってしまいます。わたくしはもう慣れてしまいましたが、キラのように初めての人は、悪くすれば何日も寝込むような頭痛や吐き気と言った症状が現れますのよ」

「へ……!」

 浮ついた気持ちが、サアッと一気に沈んだ。地に足がつき、足取りが重くなる。

 そんなキラを振り返り、リリィはくすくすと笑い声をこらえながら続けた。

「安心してくださいな。そうならないために手をつなぐのです。その一瞬を超えれば、なんともありませんから。――さあ、こちらへ」


 洞穴は真っ暗だった。光さえ闇に飲み込まれたかのように、何も見えない。

 すると、ボッ、という音が響いた。リリィが指先に”紅の炎”をともしたのだ。

 彼女はそれをこともなげに放り、火の玉は点々と跡を残しながら、奥の方へと転がっていく。

 地面から生えた篝火が、”転移の間”までの道のりを照らしてくれる。


「ふむ。君のお母さんも炎の扱いにはたけていたが……リリィくんはそれ以上だね」

「本当ですか? 嬉しい限りです」

「私がリリィ様と出会った頃は、すぐに火傷をしていましたけど……それから猛特訓を続けていましたからね。当然といえば、当然です」

 リリィとセレナは、英雄の言葉に舞い上がっていた。リリィの声は弾み、セレナは常と変わらないものの、足取りが軽いように見える。


 そうしてたどり着いた”転移の間”は、広々としていた。〝紅の炎〟が、その縁をなぞるように転々と転がっている。

「このドーム状の部屋! 山の中とは思えないほど美しい作りとは思えませんか?」

「ホントだね……。つるつるしてて、岩じゃないみたいだ」


 ”転移の間”の主役である魔法陣は、ドーム状の岩肌以上に特異だった。

 床全面に円形と四角形の組み合わさった陣が刻まれ、各図形の内側に見たこともない文字が羅列されている。

「これが魔法陣……」

「支部の中でもトップクラスの規模を誇っていますのよ。五十人までならば、王都までひとっ飛びですわ」

「五十……グエストの村の人たちみんなが、一緒に王都にいけちゃうんだ。――んん? これは……」


 キラは膝を付き、魔法陣を観察した。

 床に刻まれた溝には、砂のようなものが敷き詰められていた。

「魔鉱石を細かく砕いたものですわ。純度の高いものだけを敷き詰めることで、発動する手助けとしているのです」


 わかりやすく教えてくれるリリィの声を聞きながら、キラは違和感を覚えた。

 一言二言は口を挟む甲高い声が、ひとつもしない。

「あれ……グリューンは?」

「ついてきているのでは……あら? いませんわね」

 ”転移の間”に、小柄な少年の姿はなかった。

 だからだろうか。先程までは軽やかだった胸が、一気につまったような気がした。腹の底に、なにか重たい塊が乗っかる。

 嫌な予感が押し寄せ、キラは焦りとともに立っていた。


「ちょっと、探してくるよ」

「ではわたくしも。セレナは一緒に待機していてくださいな。ランディ殿は……」

「私もここに残っているよ。――なにかがあってはいけないから」




 いくつか空中に浮かぶ”紅の炎”を頼りに、リリィとともに来た道を戻る。洞穴を出て、騎士団支部横手の厩へ。

「外にいない……どこ行ったんだろ?」

「あの冒険者、こんな時にどこへ――あっ! キラ、ユニィが!」

 馬小屋を覗くと、青毛も栗毛も鹿毛の馬たちは居たというのに、白馬のみが忽然と姿を消していた。


「まさか、盗んだのでは……」

「リリィ」

「う……だって……。偏見でもなんでもなく、冒険者がそういうことに手を染めるというのはよくある話ですもの。ユニィは見たこともないほど美しい白馬ですから」

「中身はゲスだけどね」

「え?」

「ああ、いやっ! そうじゃなくって、ほら、見てよ。ユニィは一人……一匹? で出ていったんだよ。扉が内から外に向かって壊されてる」

「ほんと……。ロットの村のときと同じですわね」

「きっと、あのときと同じで何か察知したんだよ。グリューンも、きっと――」


 その時だった。

 肌を撫でるような感覚に、鳥肌が立つ。

 キラは喉を鳴らし、リリィと顔を見合わせた。


「今の……」

「わたくしも感じましたわ……いい感じはしませんわね。キラのときと同じような感覚でした」

「僕と同じ……? ”授かりし者”が、どこか近くに?」

「まさか――ッ」


 何かに思い至ったのか、リリィはさっと顔色を変えた。

 踵を返し走り出す彼女が、刹那の間に見せた顔つき――それを目の当たりにして、キラは立ち尽くした。

 どんどんとその姿が炎とともに遠ざかっていくのを見て、慌てて追いかける。


「そうだよ、帝国だよ!」


 一瞬にして、リリィたちとの会話が脳裏に駆け巡る。

 騎士団支部を次々と襲撃する帝国軍。その手法は、『転移の魔法のように』突如として姿を表すというもの。

 それが”神力”によるものだとしたら……。


「リリィ、待って!」

 置いていかれないように、必死に彼女の”紅の炎”を追いかける。彼女の足は僅かに緩まったが、振り払うようにして町中に姿を消してしまった。


 キラも騎士団支部を飛び出して、しゃにむに走り出す。

「グリューン……リリィ!」


 嫌な予感が胸を満たし、背筋を悪寒がひた走る。肌を這う感覚は未だに消えない。

 グリューンも気になるが、リリィも放っておけなかった。

 恨み、憎しみ、憎悪、憤怒……ありとあらゆる帝国への怒りが、一瞬の表情に詰め込まれていた。

 皺の寄る眉間と鼻梁に、食いしばった唇、鋭く引き絞られた瞳。

 今ある全てを何もかも忘れ――リリィは怒りと憎しみに突き動かされていた。


「あんな顔見せられたら……!」

 肌の泡立つ感覚に向かって、ただひたすらに駆ける。

 大通りを走り、脇道にそれて、家々の隙間を縫っていく。月明かりしか頼りのない中、何かに躓きながらも、徐々に慣れゆく視界で必死に二人の姿を探す。

 そして――。


「うぅ……!」

 少年のくぐもるような声――グリューンだ。


 キラは自然と剣の柄に手を添え、家の角を飛び出した。

 路地裏の暗がりで、小柄な背中が誰かと対峙している。少年は機敏な動きで幾度か切り結び……しかし力及ばず、敵にふっとばされた。

「そこ動かないで!」

「……! おまえっ!」


 キラは剣を引き抜きつつ、少年の隣を走り抜け――暗闇めがけて振り抜いた。

 確かな手応えが、柄を伝って手に感じる。

「君、誰!」

 月明かりすら恐れるように。敵は応えることなく、ただ舌打ちして大きく退いた。


 一度目をそらせば見失ってしまうほど、真っ黒にそまっていた。黒マントで頭まですっぽりと覆い隠し、構えるナイフすら黒くて見づらい。

 キラは油断なく剣を構え、再び聞いた。

「何してたの。こんなところで――こんな時間に」

「応える義理はない」

 男の声が黒マントから響き――同時に迫りくる。

 一切の躊躇もなく、仕掛けてきた。


 速い。だが、遅い。

 リリィの動きに比べれば、遥かに鈍重だった。

 キラは相手の動きに合わせて半歩引き、襲いくるナイフを受け、流した。


 これまで目にしてきたリリィやランディの動きを思い起こし、一歩、踏み込む。

「何……ッ!」


 横、一閃。確実に仕留められる間合いだった。

 だが――。自然と斬りかかる体に反して、キラは躊躇した。

 体と意識の矛盾は、太刀筋のブレと鈍さを生み――黒マントに反撃する隙を与えた。


「そんな腕を持ちながら――人殺しが怖いか」

「ン……ッ!」


 あざ笑うかのような言葉と一緒になって、黒尽くめの敵が襲いかかる。

 キラは目を細め、首元を狙うナイフを避けた。その勢いで体が後ろへと倒れていき――しかし、構うことなく剣を振りぬく。


 確かな手応えとともに、パッと血が散り、うめき声が響く。

 どさっ、とキラが尻餅をつくと、黒マントも一歩退いた。


「倒れながら……! ――その才能、潰させてもらう!」

 黒マントが前のめりになり――ぐっと踏み出そうとしたタイミングで、”紅の炎”が飛び込んだ。既のところで、男は横へ転がって回避する。

「帝国……! 母だけではなく、キラまでも……!」

 キラは、静かに隣に立つその騎士が、一瞬誰だか分からなかった。

 それほどまでに、リリィの声は低く響いていた。


「チッ、”竜殺し”か……ッ!」

「その呼び名……! あのときもあなた達の仕業でしょう。それを罪人のように……何たる不名誉!」


 リリィの憎悪は、空気を焦がす”紅の炎”となった。

 黒マントの男でさえも歪む空間に恐怖を感じたようで、小さく悲鳴を上げて暗がりへ逃げ込んだ。

 その後を追って一歩踏み出すリリィ――キラは、その足に必死にしがみついた。


「リリィ、だめだ! それ以上、そっちに行っちゃ……!」

「キラ……! このままみすみす帝国を逃すわけには――」

「それ以上行けば、戻ってこれなくなる! ――気がする!」

 なおも彼女は、足を踏み出そうとした。

 だが、振り払おうとはせず、憎悪と抑制の間で揺れ動いている。


 じりじりとした熱さに焼かれても、キラは決してリリィの足元から離れず――ふと、”神力”の感覚が消えた。

 黒マントの男がどこかへ消え、するとリリィも落ち着きを取り戻し……。


 ――くぉらぁぁ! どこだあああ!


 そこへ突如として、幻聴が頭の中で響いた。

 暗がりの向こう側からその真っ白な身体が現れ、キラもリリィもグリューンも無視して走り抜ける。

「え……え?」

「あれ、ユニィ! どこ行くの!」

 呼びかけも届かず。ユニィは真っ暗闇の中に消えてしまった。


 しばらくの間唖然としていたが、キラははっとして体を起こした。

「リリィ、大丈夫?」

「え、ええ。どこも、なにも。キラこそ、平気ですか? お怪我は?」

「大丈夫。なんともないよ」

 キラはいつものリリィに戻ったことに安心し、グリューンのそばに膝をついた。

 少年は道端で座り込んだまま、気だるそうに頭を垂れている。その顔をのぞくと、端正な顔つきは明らかに歪み、青白くなっていた。


「グリューン、グリューン! 大丈夫?」

 どこか怪我をしたのかもしれない。

 そう思うと迂闊に少年に触れられず――そこで、キラははたと顔を上げた。

 黒マントの男の消えた暗がりの方へ目を向ける。

 リリィも、異変に気づいたらしい。


「この感じ……」

「ええ。こちらの方が、もっと恐ろしいもののように感じます――キラは、その冒険者と早くこの場を離れてくださいな」

 暗がりから伝わってくる圧力が、徐々に肌を突き刺す針へと変貌していく。

 何かが来る。それは、キラも分かっていた。


「……おいていけ」

 その時、かすれるような少年の声が聞こえた。

 いつもの甲高い声ではなく、絞り出すようなかすれた声。

「情けねえが……毒をもられた。少量だが、厄介な神経毒だ」

 少年は、股の間に挟んでいた右手を見せた。赤くめくれ上がった傷跡が、醜く膨れ上がっている。


 キラは、まるで自分も同じような痛みを負ったかのような感覚に、顔を歪めた。

「じゃあ」

 うつむくグリューンの顔を覗いて言う。

「なおさら放っておけない。――リリィ、君も」

 少年の反論を無視して、キラはリリィを睨んだ。


 振り向いた彼女は、意外そうに目を見開いていた。

 そのあまりの可憐さと可愛さに、キラは思わず頬を緩めてしまいそうだったが、表情を引き締めて強く言う。


「君は……君こそは、王都に向かわなきゃ」

「しかし……!」


 言い争っている暇はなかった。圧力が最高潮に達し、ビリビリと空気が震える。

 それが、出てきたのだ。

 鋭い爪と鱗に覆われた、凶悪な手が。

 牙の合間から漏れ出る炎とともに、面長な顔が。

 長く太い首が、大空を羽ばたく巨大な翼が、細く伸びるしっぽが。

 ”災厄の魔獣”ドラゴンが、暗闇という出口をこじ開け、姿を表した。


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