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~新世界の英雄譚~  作者: 宇良 やすまさ
第2章

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150.魅力

「”イエロウ派”……って? そういえば、エマールの直属の騎士たちって肩に黄色のマントをかけてたけど……」

「少しばかり複雑な話になりますから、ざっくりと言いますと――かつては”聖母教”の信者だった者たちですわ」

「”聖母教”……。ってことは、”イエロウ派”って”聖母教”内部にできた派閥ってこと?」


 リリィは神妙に頷きながらも、わずかに頬を緩めて髪をなぜてきた。そうするうちに、首元からのぞく包帯を指で撫で……グッと抱き寄せてくる。

 キラは眠りそうになるのを堪えつつ、リリィの口が開くのを待った。


「思想的に過激な方達の集まりでしてね。悪とみなせば迫害も辞さないと聞き及んでいますわ」

「悪……なるほど、それで”悪魔”」

「わたくしも――先の帝国との戦争を通じて、ようやく理解しましたわ。ラザラス様とお父様が、どれほどエマールを警戒していたか」

 キラはよくその言葉が理解できなくて、首を傾げた。


「警戒……?」

「エマールの妙なタイミングでの進軍提言。マーカス・エマールを私の婚約者”候補”と認めたこと。これらは最近の出来事ですが――エマールが領地に限っては独自の権限を有していたことも、もしかしたら公爵家であること自体が、絶対に取り逃さないための罠だったのですわ」

「としたら、なんでそこまで……」

「”きっかけ”はわたくしにもわかりません。昔からエマール家は公爵家だったわけですから。――ただ、シスがエマール領に侵入し、情報を得るごとに『エマールは危険である』と判断したのでしょう」


「危険って? ベルゼとロキのこと? でも二人は偶然エマールに与したわけで……」

「ええ、あの二人は関係がありません。ただ――では、なぜ二人はエマールに協力をしたのでしょうか? 特にベルゼ。”忌才”と呼ばれる人間が、帝国を蹴ってエマールを選んでいるのですよ」

「だったら……帝国よりもエマールが魅力的ってことで……。じゃあ……エマールは何者なんだろ?」

「そこですわよ。ずっと不思議に思っていました――シスのエマール領潜入の理由。エマールが本性を表す瞬間――すなわち、帝国と手を結び王都を侵略しようと目論んだこの時こそが、あの裏切り者が正体を表すとラザラス様たちは踏んでいたのです」


 チリ、と。少しばかり空気がひりついた気がした。

 キラは、視界の端でリリィの美しい髪色が紅色に染まっていくのを見て……彼女の頬へ手を伸ばした。

 ぴと、と指の腹が柔らかな肌にくっつくと、途端に燃え上がりそうな髪の毛が大人しくなる。

 リリィは、ほう、と熱っぽく息をついて、気を取り直したようにぷるぷると頭を振った。


「わたくしも、シスからの報告書を読みましたが――ラザラス様たちの狙いは見事命中。エマール家が保有する戦力、彼の家を支持するものたち……これら全てが、”イエロウ派”であることが判明したのですから」

「ってことは……」

 キラは疲れてきた腕を戻して、瞬間的にエマール領”貴族街”の闘技場での出来事を思い出した。

 あの異様な熱気。それらは全て、エマールの一言一句、一挙手一投足によって引き起こされていた。


「エマールは、”イエロウ派”のトップ?」

「ええ。ベルゼの”鞍替え”を考慮する限り、アベジャネーダ国の国王ということも考えられますわ」

「帝国はただでさえ食糧難で、そのうえ内部分裂もしかけてて……だからベルゼは乗り換えた、って感じか……」

「――全くもって可笑しな話ですわよ」

「……?」

「シスからの報告では、エマールは『約千年前の宿願を果たす時』としたそうですわ。エマールがエグバート王国の公爵家として名を連ねたのは、八百年ほど前。――此度の戦争を”国盗り”と称したことといい……初めから、そのつもりだったということですわね」


 唇を噛み締める姿から、また怒りに取り憑かれるのではないかとキラは思った。

 だがその危惧に反して、リリィはやるせなさをため息に変えるだけだった。そうして強張っていた顔つきを緩めて……ことさら強く抱きしめてきた。


「ヲウ……?」

「すぐにでも追いかけて潰したいところですが、今はキラから目を離すことができませんからね」

「ぐ……何も言い返せないよ」

「そこは『もう離れない』だとか言って欲しかったのですが」

 くすくすと微笑むリリィは、それはもう美しく。一瞬だけピクリとも動くことができなかったが、キラは目を逸らして見惚れていたと言うことを何とか隠した。

 すると、リリィはますます笑みを深め……そこで、ふと顔を上げた。


「エマールを取り逃しもしましたし、結果としては何とも中途半端でやりきれないものがありますが……」

 キラもリリィと同じ方向へ視線をやり、ホッと息をついた。

「確かに守り抜いたものもあるのですから、素直に喜んでおきましょう」




 顔を合わすや否や、その人物はぐっと顔を近づけてこう言った。

「フツメンだが、強いヤツの匂いがする。――アタシと結婚するか?」

「何言ってますのよ、レーヴァ!」

 ニコラやセドリックたちを率いて現れた修道女――褐色肌のレーヴァが、ニヤリとしながら爆弾発言を投下したのである。


 あまりの唐突な出来事に、キラはリリィに膝枕をされながら目をパチクリとさせ……瞼が開いて閉じてを繰り返すたびに、背筋に悪寒が走った。

 レーヴァは誰が何と言おうと、絶世の美女だった。快活な印象のある肌が、整った顔つきを引き立て、より美しく魅せている。

 堀の深さによりくっきりとした目元は、それだけで数多の目を惹く魅力があり……それだけに、迫力があった。

 冗談っぽく言ってのけたものの、その目つきは本気のそれ。獲物に狙いを定めた狩人特有の、鋭く引き絞った瞳をしていた。


「あなた、仮にも修道女でしょう? 何を勝手に結婚などと――」

「アタシの勘がピンっと張ったんだ。逃すな、ってな!」

「ダメ! キラはわたくしの婚約者なのですから!」

 仰天その二に、キラはもはや開いた口が塞がらなくなっていた。


 膝枕で寝転ぶ周りには、セドリックもオーウェンもベルもいる。彼らが一様にポカンとしているのを見て思い出してしまった――”隠された村”には、最初は行商人夫婦として訪れたのだ。

 セドリックたちと再会してから、今のいままでそのことには触れておらず……つまるところ、”行商人夫婦”に”婚約者”という単語が重なることになる。


 そんなもんだから……。

「うわあ……」

 と、ドミニクと一緒にセドリックが言葉をこぼし。

「い、意外となんだな……」

 と、オーウェンが顔を引き攣らせ。

「二股か……ゲスだなあ!」

 とベルが叫ぶ。

 しまいには、

「二股……? わたくしの知らないところで……?」

 と何故だかリリィから怒りが漏れ始めた。


 これには、皆をどう説得したものかと考える余裕も消え失せ、キラは膝枕から飛び起きて必死になって弁明した。

「二股とか、そういうんじゃなくって……!」

「では何だと申しますの! ことと次第によっては……!」

「みんなが言ってるのは、前に来た時のことだよ! ホラ、”超恥ずかしがり屋”!」

「……あぁ! そういえばそんなことがありましたわね」


 怒りで空間を歪めんばかりだったリリィは、数秒間おしだまったのち、恥ずかしそうに微笑んだ。

「みなさん、その節はお世話になりましたわ」

 溢れんばかりの笑顔が可愛らしくて美しいのもあって、皆、ポカンと口を開けたまま呆然としていた。


 その間にリリィはキラとの距離を詰め、なおかつレーヴァとの間に割って入った。

「ほぉ? 元帥様が男にそう躍起になるなんてなァ。うわついた話なんか一つとして聞きゃしなかったのに」

「まだなかった、というだけですわ」

「っつっても、諦める理由になりゃしないがな」

 リリィがむっと目つきを尖らせると、レーヴァはニタニタとしていた顔つきにさらにニヤつき加えた。


「じゃ、アタシは捕虜を連れて戻っから。後始末は任せた」

 レーヴァは返事も聞かずに背中を向け、女性らしい足取りで遠ざかっていった。反乱軍に監視されワアワアと騒いでいた”イエロウ派騎士”たちを、ピシャリと叱って黙らせる。


「何というか……濃い人だね」

「あれでも師団長クラスですのよ。……ダメですからね?」

「へ?」

「レーヴァは修道女で、結婚はしないものと神様に誓いを立ててますの。だから、手を出されてもきっぱりと断ってくださいね?」

「うん……。でも……手を出される?」

「だって、どう考えても出す側ではないでしょう?」

 何となく納得はいかなかったが、どちらにしても不毛であるのは変わらないために、曖昧なままに頷いておいた。


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