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~新世界の英雄譚~  作者: 宇良 やすまさ
第2章

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149.贋作

 ローランの様子をしげしげと観察していたユニィが、ゆっくりと近寄ってくる。首を下げて、鼻先を体の至る所にくっつけ、ぶんぶんと耳を振る。


「ああ……疲れた」

 ――だろうな

「正直……きてくれて助かったよ。危なかった」

 ――けっ。”覇術”を無理に使おうとするからああなる


 キラはちらりとリリィの様子を伺いつつ、彼女には聞こえないように掠れた声で聞いた。

「やっぱ、危なかった?」

 ――ッたりまえだろ。あんな無謀な真似は二度とやらねえこったな

「ってことは偶然だったんだ……。あれで一回はガイアと互角に持ち込んだし、感覚はつかめたと思ったんだけど……」

 ――そういや、”貴族街”でやり合った時も紛い物使ってたな……

「紛い物って……」


 ――事実だろ。だが……それにしちゃあ、妙だな

「妙って? 雷が赤かったこと?」

 ――いや、それはお前の中に住むエルトのとは違うもう一種類の”覇”の影響だ。……そう、てめえは二種類の”覇”を持つんだ

「うん……。それが? 前にユニィが言ってたじゃん……リリィ由来のものだって」

 ――ああ。だがそれにしちゃあ、馴染んでた

「馴染んでた?」


 その言葉がどんな意味を持つのか。

 聞いておきたかったキラだったが、リリィがリンク・イヤリングから手を離したのを見て口をつぐんだ。

 ユニィも、さりげなさを装って再びローランの元へ歩み寄る。


「セレナからだったの?」

 キラが聞くと、リリィはワンテンポ遅れて頷いた。どうやら、すうすうと寝息を立てているローランに近寄る白馬が気になっているらしい。

「ええ。もうすぐ戦闘が終わりそうとのことでしたので」

「そういえば……”貴族街”はどうなってるの? セドリックとかニコラさんとか、反乱軍は?」


 リリィは白馬から視線を外し、キラへ目を向け――再び、ボッと顔を赤らめた。

 その様子にキラも気恥ずかしくなってしまい……互いに目を合わせることなくボソボソと話し合う。


「その……一応、シスからは一通りの報告を受けていまして。何があってこのような運びになったのか。で……セレナから話を聞く限り、エマールは取り逃したようですわね」

「そっか……。でも……ガイアもロキもこっちにきてたし、逆に”貴族街”にはシスもエヴァルトも攻め込んでたのに。手遅れだった、ってことかな?」

「おそらくそれもあるでしょうが……一番の理由は、”授かりし者”のロキですわね」

「やっぱ、ゴーレム?」

「いいえ。――ロキ本人、とセレナは言っていましたわ」


 その言葉を受けて、キラはパッとリリィの方へ顔を向けた。彼女も、まだわずかながらに頬が桃色に染まっていたが、目も顔つきも真剣そのもので……いつもの格好良さが戻っていた。

 キラがその顔つきに見惚れていると、リリィが鋭く問いかけてきた。


「少し確認してもよろしいですか――キラは、確かに帝都でロキと戦ったのですわよね?」

「うん。ただ、倒しはしたけど命までは奪ってなかったから……ロキが現れるのは別におかしくないんだけど。でも、帝都から王都までって、かなり遠いよね? ロジャー……ミテリア・カンパニーのボスはそんな感じのこと言ってたし」

「ええ。普通ならば、一週間以上は船旅を強いられるはず。帝都はどうか知りませんが、王都は大陸の中心部分に位置しますから、その関係もあって、実際には一ヶ月ほどはかかるのではないかと……」


「で――さっきの話に戻るけどさ。ロキ本人が、”貴族街”にいるって言ったよね? 僕とリリィがあったのとは別に居たってこと?」

「どうやら、そのようですわね。――セレナはエヴァルトを間一髪のところで救出したのち、”貴族街”の戦況を見守っていましたの。そこで分かったのは――」

「待って、見守ってたって? セレナがエヴァルトと協力して、もう一人のロキと戦ってたんじゃないの?」

「いいえ。ブラックがロキと戦っていましたのよ」


 ブラック。ランディを死に追いやった人物の名前を思い浮かべ……怒りや恨みが湧くよりも先に、頭の中がこんがらがり始めた。

「え? ……え? なんでブラックが? 帝都に……って、”闇の神力”があるか……。いやでも、それこそ――ブラックとロキは味方同士じゃないの? なんで同士討ちみたいなことが始まって……?」

「わたくしも、シスから『ロキがエマール領に現れた』という情報を受け取った時は、てっきり帝国が絡んでいるものと思っていましたが……。どうやら帝国側がゴタゴタしているようですの」

「戦争が終わったから……なんて簡単な話じゃないよね」

「ええ。順を追って説明しますと……」


 そこまで聞いてキラは、ふらりと身体が揺れるのを感じた。その感覚は今までに何度か覚えのあるものであり、限界を迎えている証拠でもあった。

 ただ、不思議と眠くはなく……地面に寝そべるところを、リリィが受け止めてくれた。


「大丈夫ですか? もう戦いは終わったのですし、一旦”隠された村”に戻るべきでは……」

「もうちょっと……。ローランも、まだ動かしちゃ危ないだろうから。できればセレナに、安全な形で運んでもらいたいんだ」

「そういうことなら……。しかしこのローランという殿方、一体何者ですの?」

「……さあ?」

「あらあら、おかしな答え方ですわね?」

「僕もよくわからないんだよ。でも、”平和の味方”って言ってたし、実際誰かに攻撃したりしなかったし……きっと、死なせたらダメな人なんだと思う」

「なんとなくキラに似てますわよね。あんな大火傷、最初は亡骸かと思いましたもの」

「ローラン曰く、”世界一頑丈”なんだって。で……で? なんだっけ?」


 そうつぶやいてキラはリリィの顔を見上げ、彼女も僅かながらに首をかしげて見つめてきていた。

 その必死さに思わず笑いそうになり……なんとか堪え切ったところで、リリィが思い出したように口を開いた。


「そう。いま帝国で起こっていること、ですわね」

「ああ! ……帝国の事情なんて、よく分かったね? まだ一週間も経ってないでしょ?」

「ラザラス陛下……違いますわね、ラザラス様が書簡を飛ばしたのですわ」

「書簡?」

「これはキラにも関係があることですから、軽く触れますが……なんでも、ラザラス様は竜人族と会わねばならないそうで。しかし、ドラゴンがヒト同士の戦争に巻き込まれた上、死んでしまったとあっては何かしら納得のいく説明が必要なのです」

「ドラゴン……。そうか、元々は竜人族だから……」


 ちくりと刺すような胸の痛みに、キラは目を細めた。

 すると、その様子が気になったのか、リリィは悲しげに顔を歪め……そこで、はて、と首をかしげた。

 彼女は何か疑問を持ったようだったが、特に言及することはなく話を進めた。


「ですから、ラザラス様は帝国に書簡を飛ばして、『なぜドラゴンが帝国にいたのか』という説明を求めたのです。”授かりし者”ロキと直接話をしたい、とも」

「で……返答は?」

「帝国”軍部”は、『ロキには事情聴取をしている』と。拘束中、とも手紙にはあったようですわ」

「拘束中……? ロキはエマール領にいたのに。――ってことは」

「嘘をつかれたのですわ。帝国に」


 声を低くして棘のある言い方をするリリィを、キラはたしなめた。

「たぶん、”軍部”の仕業じゃないかな。帝国が、ってことになると、皇帝がそういう指示をしたってことになって……でも実際会った感じ、そういう嫌な人には見えなかった」

「……キラがいうのなら、そうなのでしょう」


 むすっとしたまま言うリリィに苦笑いしつつ、キラはぶつぶつと自分なりに考えをまとめた。

「それで……? ロキは帝国を去って、なんでだかエマール領にいて、分裂して……」

「……ふふ、分裂」

 思わずと言った風に笑い声を漏らすリリィに微妙な気分になりつつ、キラは続けた。


「ロキはなんで帝国を出たんだろ? ”軍部”が嘘をついたってことは、ロキがエマール領にいたのは独断ってことでしょ?」

「理由はわかりません。ただ、ラザラス様が考えるに――『ロキが”授かりし者”であること』が”軍部”にとって問題だったのではないか、と。つまり、強大すぎる力を持つ人物を、ある種コントロールできなかったという事実が、”軍部”が嘘をつくに至った大きな要因なのではないか……そう推察されてましたわ」

「そっか。そういえば、ロキって――」


 ”やばいやつ”。そう口にしようとして、しかし寸前のところでレオナルドから釘を刺されていたのを思い出して、言葉を呑み込む。

 すると当然、リリィには疑問の目を向けられ……そこでキラは、咄嗟に芋づる式に思い出した事実を告げた。


「あー……レオナルドから聞いたんだけど。ロキとブラックって、ほとんど同時期に帝国”軍部”に入ったんだって。正確には、ブラックが先で、ロキが後」

「……絶対、今言いかけたことと違うでしょう。話の流れを完全に無視してますわ」

「ぐ……。で、で!」


 キラは勢いで誤魔化そうとして、脳裏に光るものを見つけた。

「じゃあ、なんでブラックがいたのかな〜……って思ってさ。帝国”軍部”の返答だと、ブラックについては触れてないんでしょ?」

「いえ、それが……。ラザラス様が書簡を送る際に、『ロキに話を聞きたい』という旨とともに、『それがダメならばブラックに』と添えていたのです。すると”軍部”は、『ブラックは、現在要人殺害の容疑により行方を追っているところ』と……」

「つまり……? ロキは勝手に帝国を出たし、ブラックはその”要人”を殺してやっぱり帝国を出たってこと?」

「そうなりますわね」

「レオナルドの話じゃ、あんまり”軍部”には肩入れしてないっぽいし、一応筋は通る……」


 掠れたようなつぶやき声だったが、リリィの耳は聡かった。

「何か言いましたか?」

「あ……っと。さっき僕が言おうとしたのって、ブラックにはいわゆる”仇”みたいなひとがいるってことなんだよ。これもレオナルドから聞いたんだけど」

「はあ。”仇”ですか。ブラックには、仕留める相手……追いかけている人物がいる、と?」

「うん。で、その”仇”ってのが、ロキが”軍部”に入ったのとほぼ同じ時期に帝国に現れたんだって。だから――もしかしたらロキが”仇”と繋がっていて、だからブラックも後を追う感じでエマール領にきたのかな、って。”仇”を討ち取るために」


「なるほど……! それならば辻褄が合いますわね。まず何らかの理由で、ロキが”仇”とともに帝国を抜け出し、時を同じくしてラザラス様が書簡を飛ばし……」

「”授かりし者”の失踪に焦ってた帝国”軍部”が、体裁を取り繕うために虚偽の手紙を返した。で、実際は、ロキは多分”仇”と一緒に王国のエマール領にいて、ブラックが追いかけてきた……」

「その”仇”とやらに、わたくしも覚えがありますわ」

「ほんと?」

「ええ。”忌才”ベルゼ。シスによれば、今回のロキの介入の仕方は、さながらベルゼを守るかのようだったそうですわ」


「じゃあ、決まりだね。……ってことは、エマールが逃げられたのは、実質そのベルゼがいたからってことになるよね」

「悪運の強いことです。……逃げたとしても、徹底的に追い詰めますが」

「でも……どこに向かったんだろうね? 王国にはリリィたち竜ノ騎士団がいるから嫌なはずで、かといって帝国にも向かえない。”貴族街”は空っぽだったし、あれだけの人数を移動させるだなんて……ロキの力があっても、場所がなきゃ意味がない」

「一つ……アテがあります」

「どこ?」

「アベジャネーダ国。”イエロウ派”が建国した国ですわ」


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