表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
~新世界の英雄譚~  作者: 宇良 やすまさ
第2章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

149/960

146.のぞみ


  ○   ○   ○


「セドリック! セドリック!」

 上下に揺さぶられる感覚と、耳の奥をついてやまない必死の呼び声。それらに、セドリックの意識が引っ張られた。


「うん……? あ……?」

 セドリックの視界には、真っ先にドミニクが映りこんだ。いつもの弱さを見せない屹然とした表情はどこへやら、淡麗な顔立ちをグシャグシャに歪めて名前を呼び続けている。

 次に、自身がニコラに背負われていることに気づいた。反乱軍の仲間たちと、もはや瓦礫の街と化した”貴族街”を猛然と走っていることも。


「ニコラ! 遅れてんぞ――悪いが、そこまで介護できへん!」

 そして背後では、見たこともない光景が繰り広げられていた。


 どこまでも晴れ渡っていそうな青空は、”貴族街”の上空だけぽっかり穴が空いたかのように、真っ黒に塗りつぶされている。

 その黒い空の下には、巨人がいた。それだけではなく、巨岩を集めて作られた不細工な”怪鳥”が二羽飛んでいる。


「あれは……?」

「”授かりし者”たちが戦っているんだ。一刻も早く逃げなければ――セドリック、起きがけで悪いが、自分の足で走ってくれ」

 何が何だか。ふわふわとした感覚のまま、言われた通りに並走する。

「逃げるって……。なんでっすか。俺ら、エマールを追ってて――」

「端的にいえば、逃げられた。シス殿がそう判断し、俺も同意した――だから、我々は足手まといにならぬようにこの街を離れなければ」

 セドリックはほとんど意識せずにドミニクの手を引っ張り、再度背後を振り返った。


 たった今、巨人が黒い空が撃ち放った一条の矢に肩をえぐられたところだった。巨岩の怪鳥がその傷をふさごうと近寄るも、空から滴り落ちる黒い雨に阻まれる。

 抵抗していた怪鳥だったが、容赦なく降りかかる雨に屈した。

 粉々に砕かれ、爆散する。その際に飛び散った鳥の体の瓦礫が、家屋も”境界壁”も何もかもを打ち壊す。

 余波だけでもとんでもない被害をもたらす戦いに、首を突っ込もうと考えることすらおこがましく思えた。


「じゃあ、シスさんはあそこに?」

「いや彼は――あの向こう側で戦っている。我々も一緒にいたんだが――それどころではなく――引き返す途中で、君達を拾った。瓦礫がうまいこと地下への道を作っていたからな」

「あ、じゃあ――」


 エリックは? と聞こうとして、はたと全てを思い出した。

 幼馴染の背中を見つけて追いかけたこと。その隣にはマーカス・エマールがいたこと。引き止めようと戦ったが、なすすべもなく敗れたこと。

 その時の全てが感覚とともに甦り、セドリックは思わず言葉を喉に詰まらせた。


「全部、聞いた」

「そう、すか……。けど……!」

「それも、聞いたさ。――その上で、息子を叱らねばならない」

 その言葉が何を指し示すのか。問いかけなくとも全てを分かった気がして、セドリックはほっとした。


 それでも胸の中にたまるもやもやは晴れなかったが……ドミニクを横抱きに抱えその体温を感じることで、無理矢理にでも飲み込んだ。

「泣き虫なドミニクは久しぶりだな」

「……バカ」

 かつて幼馴染がしてくれたように、にかっと笑ってみせる。するとドミニクも、涙に濡れた頬で笑みを描いた。

「強いな」

 ぼそりとつぶやくニコラの声が耳に入り、セドリックはあえて彼の方を見なかった。


 聞こえないふりをして、ざっと周囲の状況を見渡す。

 すでに反乱軍の大半が、”境界門”から”労働街”へと突入していた。

 ちらと背後を振り返ると、斜めに傾いた家屋の上でエヴァルトが魔法を放っている。反乱軍の殿として、戦いの余波が届かないよう奮闘している。


 だが、激化する一方の”授かりし者”たちの対立に、徐々に手がおえなくなっていた。

 砂利混じりの土塊に、いくつかに重なるレンガ、拳大の岩。エヴァルトも、それらすべてをはじくことはできず、あられの如く地面を叩いて跳ねる。

 とてもではないが、エヴァルトに声をかける余裕などはなく。セドリックは前へ向き直って必死に走った。ドミニクを自らの身体で覆い隠しつつ、自分も手で頭を抱えて何とか瓦礫の雨をやり過ごす。


「――危ないっ」

 すると、どんっ、と一際強烈な地響きが足元を揺らした。そのおぼつかなさに思わず立ち止まり、小柄な恋人を内側に入れて、一緒になってうずくまる。

 ガンガンと背中を叩く瓦礫にうめきながらも耐え――ひと段落ついたところで、よろりと体を起こした。


「何が……。――!」

 ドミニクが必死に”治癒の魔法”を施してくれる中、セドリックは礼もいえずに絶句した。

 エヴァルトが居たまさにその場所に、”怪鳥”が突っ込んでいたのだ。

 土煙が立ち込め、どうなったのか定かではないが……巨大な塔が落ちてきたも同然な光景に、セドリックは心臓が気味悪く高鳴るのを感じた。


「まさか……そんな……!」

「セドリック! ここは危ない、逃げるぞ!」

 腕を引っ張るニコラに逆らいたかったが、今まで以上に大きな瓦礫が飛び込んでくるのを見れば、従わざるを得なかった。

 ドミニクを抱えて、寸前のところで走り逃げる。


 またも揺れる地面に、今度はなんとか足を止めることなく、”労働街”をひた走る。

「大丈夫だよな。エヴァルトさんも、シスさんも……!」

「きっと、平気。きっと」

 祈るように呟くドミニクの言葉に、セドリックも半ば無理矢理にうなづき――ふと空を見上げた。

「どうしたの?」

「いや、今、人が飛んでいったような……」

「セドリック! 足を緩めるな!」


 ニコラに急かされるセドリック。

 その背後で。巨塔のような”怪鳥”の残骸が、不自然に渦巻く風にまきつかれ、がらりと浮かび始めていた。




 リモンから少し離れたところで、ようやく腰を落ち着けることができた。

「ハァ、ハァ……ったく、この距離を全力疾走とか、なめてんだろ」

「舐めるの意味違うけど……わかる。クソきつ」

 手足を投げて「もうダメだ」とばかりに寝転がるオーウェンとベル。

「ほんと……。一生分走った感じするわね……」

 オーウェンのそばにへたりと座り込み、恋人の髪の毛を癖のようになぜるメアリ。


「きつー……。飲み物いる、エミリー」

「先に飲みなよ、ルイーズ……」

 もはや喧嘩をする気力も失ったルイーズとエミリは、背中を合わせて互いに互いを支えている。


 セドリックもドミニクももはや座ってさえいられず、二人してゴロリと草原に横になる。

 皆が息を切らしながらへたる中でも、反乱軍を引っ張ってきたニコラはその責任感からか、休むことなく皆の様子を見て回っていた。

「欠けた者はいないな……。よかった」


 反乱軍が駆け込んだのは、先の作戦の敗北の際に築いたキャンプ地だった。

 エマール領リモンから程近く、それでいて”隠された村”とのつなぎ目ともなる場所だったために、『万が一のために』と水や食料をそのままにしておいたのである。

 人心地つけたのもこの準備があったおかげであり、しかしこれは裏を返せば……。


「煮え切らねえなぁ……」

 起こってほしくなかった緊急事態……すなわち”敗走”が再び現実となったということだった。

 オーウェンの呟いた言葉は、不思議と空気を漂って耳に入り、沈黙となってのしかかった。


「だが、もうエマールはいない。今後、金輪際、関わることはないだろう」

 強く響くニコラの言葉。皆の耳にも届いたはずだが、誰も彼もが少し顔を上げるばかりで、やるせなさの方が上回っていたようだった。

 待ち望んだ、エマールの影響力のない生活。

 たとえ敗北続きで思うような結末にならずとも、まずはこれを何よりも喜ぶべきだと――どんな形でも、生き残りさえすれば勝ちなのだと――セドリックは、その光景を見て思った。


 誰もが地面にへたり込んでいる中に、きたのだ。

「んー、気に入らなーい……たくさん逃してるー」

 歩くかのように空中に浮かぶ小柄なマント姿の人物が、小さな島を引き連れて現れたのである。

 その人物と同じようにぷかぷか浮かぶ小島には、騎士たちがぎゅうぎゅうになって乗っていた。


「なに、アレ……」

 誰も彼もが腰を浮かすこともなく凝視する中、ドミニクの掠れた呟きがセドリックの耳に届いた。

「ドミニク……?」

「どう考えても魔法じゃない……なのになんで……」

「じゃあ、あれが……!」

 セドリックは無意識のうちに立ち上がり、剣を引き抜いていた。

 同じようにして、ニコラもオーウェンもベルも臨戦態勢に入っていた。


「イエロウ派騎士を引き連れているということは……十中八九、ロキなんだろうな」

 ニコラがそういうと、オーウェンとベルがげんなりする。

「勘弁してくれよ……さっき散々逃げたじゃんよ」

「ッとに……何人いりゃ気がすむんだよ」


 セドリックも胸の内側を何かが浸していくのを感じていた。

 何事もなく過ぎ去ってくれればと思いはしたが、決してそんな甘くはなく……。浮かんでいた小島がどんっと着陸するや否や、イエロウ派騎士たちがぞろぞろと降りてくる。


「四人だよー」

「答えた……」

 あっけらかんとしていうロキにセドリックが唖然としていると、オーウェンが割り込んだ。

「おいおい、三人じゃねえのか。”貴族街”の二人と、お前とで。……もう一人、どこいんだよ、なぁ」


 そこでセドリックは、自らの胸を浸すものの正体に気がついた。

 それは、絶望ともいうべき塊だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=811559661&size=88
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ