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~新世界の英雄譚~  作者: 宇良 やすまさ
第2章

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138.遮光

「あんなの、どうやって……」

 揺れが徐々に収まっていくと同時に、皆の士気もしぼんでいく。


 セドリックもドミニクも、互いに身を寄せながら腰を落とし。オーウェンとベルは立ち上がったものの、剣も構えず呆然とし。

 メアリやルイーズやエミリーは怯えていた。

「神はどこまでも我々をお試しになるようだ。あれを、越えねばならんというのか……!」

 気丈なニコラでさえも、唇を歪めて今にも折れそうになっていた。


 ただ、シスだけは。

「ええ、越えねばなりません。作戦通りに行きますよ」

 一ミリたりとも、動じた様子はなかった。

 その姿に遅れをとった気がして、エヴァルトは負けじとシスに続いた。

「越える言うても、あれを倒すって意味やないで! あの”城”の向こう側に、エマールらが背を向けて逃げとるはずや」


 それ以上言葉を添えるのは、野暮というものだった。

 皆の魂についた火は、そう簡単に消えはしないのだ。恐れても、怯えても、怖くても……前に突き進むことを忘れはしない。

 セドリックたちが最後に立ち上がり、すると、シスが見計ったように変化した。黒いマントを真っ白に染め上げ、いつもとは全く異なる口調で言い放つ。


「訛りバンダナ。威力の小さい雷ヲ連発しろ――俺がつないでヤル」

「せやからその呼び方、字数が――っておい!」


 白シスは話も聞かず、一直線に飛び出していった。軽くジャンプしたと思いきや、そのまま空中を泳ぐように駆ける。

 エヴァルトは悪態をつきつつ走り出し、事前に練り上げていた雷をその背中目掛けて放つ。


 するとシスは機敏に反応して反転、白マントの中から腕を突き出した。迫る雷に手のひらを差し向け、ぐっと指を曲げる。

 シスが腕を振るうと同時に、一直線に突き進むはずだった雷がその軌道を曲げた。


 ”不可視の魔法”で、空気中の魔素を介し、雷を操っているのである。

 それだけではなく、火をくべるかの如く魔素を雷へと補填し――シスが”城ゴーレム”へ向けて腕を振り切った時には、何倍もの威力を持った雷となっていた。


 増強された魔法は、瞬く間に着弾。

 地面を揺るがすほどの轟音と共に、”城ゴーレム”の脇腹をえぐった。


「おぉ……! これなら……!」

「感心しとる暇ないで! たかが土塊、されど土塊――すぐ再生される! できるだけ距離を置いてあいつの脇を通れ、ええな!」

「うむ、わかった! ――皆、こっちだ!」


 背後でニコラが反乱軍を率いて別行動を開始するのを感じつつ、走りながらも次々と小規模な雷を放っていく。

 シスが一つ一つに”魔素コーティング”を施し、”動く城”へと放つ。

 巨人の肩を穿ち、胸を貫き、頭も吹っ飛ばす。


 だが……。

「再生速すぎや……! 噂に聞く”再生の神力”とおんなじやんけ!」

 何重にも連なる攻撃の数々に、いかに再生可能なゴーレムといえども、ボロボロの姿を見せてもいいはず。


 だと言うのに、”城ゴーレム”はピンピンしていた。

 穴は空き、体は削れ、頭もなくなる。だが、次の一手を打つ時には、すでに土や破片や瓦礫が蠢きながら欠損部を補っているのである。

 沼に杭、どころの話ではなかった。


「消耗すんのはこっちだけて、何の悪夢や……!」

「訛りバンダナ!」

「その呼び方って――って!」

 数歩前で空中をかけるシスが、ぴっと左腕を差し伸ばした。

 何の合図もなく。”不可視の魔法”で胸ぐらを捕まれ――エヴァルトはなすすべもなくぶん投げられた。


「――はっ?」

 シスに文句を言うまでもなく、あるいは言う暇もなく――エヴァルトはその意図を察してしまった。

 空中へ放り出されたエヴァルトの視界には、数々の瓦礫の砲弾が飛んできていた。

 ”城ゴーレム”が、その巨体に身につけた城壁や土塊や塔を丸めて固めて、うち飛ばしたのである。


 その強大さといったら、一瞬距離感が掴めなくなるほど。遠目に見るだけでも家一つ分ほどの大きさがある。

 そんな代物が、数えるだけでも五つ、飛来してきていた。


「ほんま、何やねん!」

 悪態をつかずにはいられなかった。

 普通ならば避けるところだが、瓦礫の塊を見逃すわけにはいかない――とりわけ、目の前にあるものは。

 この対処に失敗してしまえば、背後にいる反乱軍へと直撃する。みな、今に降りかかる脅威にまたも硬直し、足を止めてしまっている。


「お前がこっち守れや、アホ!」

「コノ大きさでコノ数――貴様こそ捌いて見セロ!」

 すでに、シスも別の瓦礫の対処へ動いている。”不可視の魔法”で一つの瓦礫砲をつかみ、手近にある砲弾へぶつけようと試みる。


 エヴァルトも、負けじと目の前をキッと睨んで、両腕を突き出した。

 体の中の魔力を溜められるだけ溜めて――雷として撃ち放つ。

 ギュンッ、と一直線に駆け抜ける雷は、しかし瓦礫の塊と比べれば蜘蛛の糸も同然。


 だが、エヴァルトの”雷の魔法”はそれでは終わらなかった。

「”雷爆破”」

 魔法現象を引き起こしたその直後に、”ことだま”を重ねる加重詠唱。

 新たに紡がれた魔法が両の手のひらを伝い、蜘蛛の糸のごとく伸びる雷を渡りきり――瓦礫の内部へ侵入する。

 そうして。

 ”ことだま”は、急激に膨れ上がる雷と成った。


「チィッ――流石に全部はつぶせんな!」

 強力な爆発は、確かに瓦礫の塊を破壊した。

 それだけではなく、爆発の中心から伸びる雷が、さらに細かく砕いていく。

 しかし、せいぜい家一個分ほどにまで小さくしただけであり、大きな破片の雨が”貴族街”に立ち並ぶ家をうち潰していく。


「反乱軍、気をつけろ! そっちにも一ついった!」

 エヴァルトは空中で身をひねってなんとか家屋の屋根に飛び乗り、降り注ぐ破片を魔法と剣で壊しながら、背後を振り向いた。


 降りかかる脅威が分解されたことで、反乱軍も対処にはギリギリで間に合っていた。

 ニコラが声を張り上げながら皆を逃がし、オーウェンがその補佐をする。

 小柄なベルは、魔法も使えないというのにとんでもない跳躍力で空中へ飛び出し、大剣で破片を潰す。


 他の皆もそれぞれに対応し――しかし、尖塔の一部らしき尖った瓦礫には、逃げ惑う他なかった。

 幸いにして誰も巻き込まれることはなかった。


 が――。

「危ない!」

 誰かが叫ぶ前に、尖塔の落下に耐えかねた地面が陥没した。それだけにとどまらず、必死に走る反乱軍を追うようにして、陥没した穴から新たなヒビが伝う。

 そして。

「セドリック! ドミニク!」

 広がる陥没に、凸凹な恋人たちが飲み込まれた。


 皮肉なことに、そこで穴の広がりは止まり、慌てて駆け寄るニコラやオーウェンがその端にしがみつくようにして膝をついても、崩れることはなかった。

「どうや、二人は無事かっ?」

 エヴァルトは声をかけつつ、屋根から飛び降りようとした。

 が、ニコラがさっと振り向き、押し留めるように掌を向けた。


「大丈夫だ! 地下に通路があって、そこに落ちただけだ!」

「そらよかった! 引っ張り出せそうか?」

「いいや! 意外と深い!」

「なら二人にはそのまま先へ進むよう言ってくれ! 地下に通路があるんなら、地上への階段がどこかにあるはずやからな! 反乱軍は、そのまま作戦通りに!」

「わかった! セドリック、ドミニク、聞こえたか――」

 

 ニコラが地下通路へ叫んでいるうちにも、どうやら戦況は変わりつつあるようだった。

「訛りバンダナ! サボるナ……!」

 二つの瓦礫砲を処理し終えたシスが、残りの対処に取り掛かっていた。


 空中に浮いたまま両腕を突き出し、”不可視の魔法”で二つの瓦礫をガッチリと掴んでいる。

 おかげで”労働街”へ飛んでいくことはなかったが、今”貴族街”に落ちでもしたら、地下にいるセドリックとドミニクに被害が及ぶのは確実である。

 それほどの巨大な塊を、シスは一人で捕まえていた。


「言われんでも――」

 エヴァルトは腕を振り向けたが。

 どうやら、”授かりし者”たるロキは手を休めることを知らないようだった。


 ”城ゴーレム”が、またも瓦礫を丸めて固めて、砲撃してきた。

 しかも、その数は先の比ではない。万の兵士が放つ矢の如く、あるいは降り頻る大粒の雨の如く。

 瓦礫の塊が、飛んできていた。


「どないせいっちゅうねん……!」

 唇を噛み締めながらも、エヴァルトは少しでも対処すべく、腕を向ける方向を変え……そこで、上空で起こる異変に気がついた。

「黒……?」


 視界に映るのは、いつまでも晴れていそうな上機嫌の空。

 それが、どこからともなく現れた”黒色”に塗りつぶされていく。

 輝く太陽をも半分消したところで、エヴァルトは夜が訪れたのではないかと錯覚した。


「おいおい、まさか……」

 ”黒色”の侵食が、ぴたりと止まる。

 そのまま立ち止まっていれば夜。一歩踏み出せば真っ昼間。世にも奇妙な光景に、しかしエヴァルトは気を取られている余裕はなかった。


 黒色の空から、漆黒の塊が落ちてきたのだ。

 地面に近づくたびに、それは人の姿をかたどっていき……。

「ブラック……!」

 透き通るような白い長髪の”授かりし者”が、姿を表した。


「そこにいるな、ロキ……」

 風に乗って、ブラックの呟きが耳に届く。

「仲間だったかどうかはどうでもいい――ベルゼを渡してもらおう」

 そうして。

 彼が放った一撃は。

 全ての瓦礫を消し去った。


  ○   ○   ○

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