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~新世界の英雄譚~  作者: 宇良 やすまさ
第2章

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131.理由

「そうやいうても、そっちにも疑問はあるやろ。先に答えたるわ。その方が、俺の話も理解しやすいやろうし」

「おや、そうですか。では遠慮なく――あなたの立場を聞かせてもらいましょうか」

「いきなり微妙な話やな」

「微妙、ですか? ご自身の立ち位置が?」

「俺は帝国出身ではあるが、”軍部”の犬やない。それなりに訓練はしたが……肩書きはない」


「なるほど……? つまり、あなたが王国でスパイ容疑をかけられようと、帝国はしらを切るつもりでいる、と?」

「ま、その通りや。”軍部”の犬な”黒影”とかいうクソの役にも立たんのと一緒くたにされたら、こっちとしてもはらわた煮え繰り返るわけよ」

「ふん……? なにやら因縁があるようですね? となると……肩書きはないとはいえ、あなたは”軍部”と意を異にする者の配下にある、と」


「……鋭い奴や。お察しの通り、俺は”穏健派”――皇帝ペトログラードの傘下に入っとるっちゅうことやな」

「なんとなく読めてきました。あなたは、あくまでも”穏健派”の意思に沿って動いている。これはつまり、”軍部”と敵対することも視野に入っているわけで……エマール領に潜り込み、その上でさらに『傭兵として』改めて訪れたのも、そのあたりが関係しているということでしょうか?」

「ま、国の方針としては、戦争に向かってたわけやけどな」

 エヴァルトは肩をすくめて続けた。


「俺が王国に潜ることになったのは七年前。当時、王国内でもえらい話題になったやろ――エマールの”売国奴説”」

「ここでそれを口にすると言うことは……」

「大方、この説は当たりや。なんせ、俺がエマールと通じとったわけやからな」

 そこで、エヴァルトは少しばかりシスの能力の高さを認めた。

 彼はむっと口をつぐんで機嫌を悪くしたのだが……ふと、唇が緩んだのである。その表情は、引っ掛かる何かに気づいたそれだった。

「大方、とは? なぜそのような曖昧な言い方を?」


 エヴァルトは鼻を鳴らして、答えてはやらなかった。

 そこまで明かしては、せっかくのこの駆け引きが台無しになってしまう――そんな打算的な気持ちもあるにはあった。


 だが、そんなことよりも……。

 七年前を思い出すだけで、はらわたが煮えくり返りそうだったのである。

 その腹立たしさがつい顔に出てしまったのか、シスは続けて問いかけようと開きかけていた口を閉じた。


 エヴァルトは口から息を抜いて体を冷やし、これ幸いとばかりに話を変える。

「ちったぁ感謝して欲しいもんや。今度こそは、って俺も奮闘したんやで。また王都に向かって進軍する話が持ち上がって、俺も一枚噛むようになって」

「ほう? ということは、”スピア”とはあなたでしたか」

「……誰や、それ?」

「おや。……おやおや?」


 シスは、胸に引っかかる気色の悪さを露骨にあらわした。

 しかし、そのわけを明かすことなく……飲み込むように頷いてから、話を戻した。

「で、奮闘というのは?」

「それ話す前にひとつ。俺としては、俺が帝国のスパイやと明かした意図を汲み取って欲しいんやが?」

「つまり……王国と手を組みたい、と?」

「せや。悪い話やないと思うで?」

「……いいでしょう。あなたの奮闘話とやらが筋の通るものであれば、僕の力の及ぶ限り協力します」


 エヴァルトはホッとする内心を隠しつつ、飄々として話を進めた。

「リモン”貴族街”の闘技場で、あのわけわからん馬が崩落させた時……。俺も地面が崩れるのに紛れて地下へ向かったんや」

「なるほど。その話ですか」

 やはり気づいていたかと、鼻を鳴らす。

 この”隠された村”で、シスと再会した時はなんの冗談かとドギマギしたものだが……。


「まあええわ。――で。エマール領はいわば帝国”軍部”の縄張りやったから、”穏健派”の俺としたら訳のわからん場所もままあるわけよ。その一つが、闘技場の地下――重要な場所やと聞かされてはいたが、意地悪な”軍部”はそれだけしか言わんかってん」

「ほう……。闘技場の地下」

 きらりと輝くシスの黒目を見れば、どれだけその情報を欲していたか容易にわかった。


「お前もある程度予想しとるやろ。”預かり傭兵”の……こういうたらあれやが……”製造施設”があった。薄気味悪いし、わけわからんもんばっか並んどったから、あんまり詳しくは言わんがな?」

「ふむ。それで?」

「で、偶然ベルゼの研究室を見つけたんや。そこで手に入れたもん……なんやと思う?」

「さあ。土産物でしょうか?」


 冗談めかしていても、エヴァルトにはシスの気持ちが手にとるようにわかった。

 やはり興味があるのだ。エマールに取り入ったベルゼが、この隠れ蓑で何をしていたのか。


「”竜人族の血液”――レポートにはそう書かれてあったな」

「竜人族……! なるほど、”預かり傭兵”はそういう……!」

「思い当たる節があるらしいな。どうも”預かり傭兵”には”覇”いうもんが埋め込まれたらしくてな。そんために”竜人族の血液”が必須らしいんやが……」

「やが?」


「俺もちょうど研究員ぽく扮装しとったもんでな。緊急事態にかこつけて、色々聞いてみたところ……『ただでさえガイアから返還される”預かり傭兵”の廃棄率が高いところに、ここで大量に失ってしまったら……!』ちゅうことらしい」

「なるほど、まさに目から鱗……! あの”硬い肌”、あれが”覇術”であるならば説明がつきます。つまり――」

「ガイアが”預かり傭兵”から”覇”を抜き取ってた、であってるな?」

「ええ、まさに。それも聞き出したのですか?」

「ふん、有能やろ?」

「前から思ってましたが――」

「お?」

「腹立ちますね、顔」

「シンプルに悪口か!」


 ギッと睨みつけると、シスは満足したかのようにくすくすと笑った。

 その笑い方にまた腹が立ち……付き合ってられないと、エヴァルトはことさら無視して続けた。


「で、地下の研究室から脱出しようとした時に、そのガイアと鉢合わせになってなあ。こっそり”預かり傭兵”が集まる日時を教えたったんや。つまり、王都襲撃直前やな。あの野獣みたいな喜びよう……絶対、一波乱起こしたはずやで」

「また大胆なことを……。それこそ、そういった詳細な情報は王国側に渡すべきだったのでは?」

「それも手ではあったがなあ。せやけど……」

 エヴァルトは、またも底冷えのするような怒りがわいてきたのを覚えた。

「まあ、こっちとしても懸念事項があってな。警告しようもんなら……ちょいとばかし面倒なことになっとった」

「ふむ……。なるほど」


 シスも先ほどと同様に、あえて深くは踏み込んでこなかった。

 エヴァルトはどこまでも聡明なシスに、感謝どころかむしろ警戒すらして……しかしそんな心の内を露とも見せず、顎をしゃくった。


「で?」

「……で、とは?」

「俺の情報と”手土産”、役に立ちそうか?」

「ええ。十二分に役立てさせてもらいます。期待しててください」

「そらよかったわ。一応まだ”血液”は俺が預かっとくで。ええな?」

「構いませんよ」


 ひと段落ついたところで、エヴァルトは肩の力を抜いた。

「そいで……。騎士団に連絡したといっとったが、どんな手筈になった?」

「ああ……。そこが、少しばかり問題なんですよね。なにせ、相手は”操りの神力”を有するロキ。ベルゼに加えてガイアまで相手取るとなると、騎士団にも相応の準備が必要となります」

「まあ、いきなり言われてパッと対処できるようなら、俺らでも何とかできるわな。実際、俺もガイアの”硬い肌”だけなら何とかなる思うとったし」


「王国としても、もうエマールを見逃すことはないでしょうし……相当な力を入れたいはず。となると……」

「より確実性を求めて、きっちり作戦を立て。……で、取り逃すと」

「皮肉なものです。おそらく、エマール側としてもロキが味方についたのは想定外だったのでしょう。ロキの”力”があれば、逃げるなんて手段を取らずに攻勢へ傾くはずですから」


「そこ、引っかかるんよなあ……。”貴族街”が住民の一人もおらんもぬけの殻やったんは、事前に避難を済ましたからで……けんど、そんな暇なかったはずやろ。こっちの動きを把握しとったとしても、あれだけの人数を普通はいっぺんに何ともできん。ちょこちょこ脱出させるとかせんと」

「では、ロキがいたからこそ、空の”貴族街”ができたと? 戦いもせずに、逃げを選択したと? ……なぜ?」

 二人して首を傾げるも、それだけで答えがわかるわけもなく。エヴァルトは肩をすくめて、早々に謎の解決を諦めた。


「問題は、や。騎士団の到着前に、エマール側が動き出しそうなことやな。何はともあれ、あっち側としたら反乱軍を追い返せたんや……絶対、近いうちに追い討ちをかけてくる」

「そう考えるのが妥当でしょうね。ただ、僕たちが先手を取ることさえできたなら、まだ芽はあります」

「せやな。エマールらも、竜ノ騎士団やら王国騎士軍の存在はちらついとるはずや。いかに”授かりし者”が二人おる言うても、元帥やら師団長やら、噂に聞く近衛騎士総隊長やら、まとめて相手にはできんはずや」

「となれば、エマール側としては亡命の一手。僕たち反乱軍に追撃をかけるといっても、それは逃げの一手を打つために過ぎないでしょう。なにせ、僕たちだけが手の届く場所にいますから」


 エヴァルトはうなずき……ふと思い立ったように話題を変えた。

「せや。さっきの話の続きやけどな。ロキがおるから、エマールらは反乱軍を潰そうとはせずに、逃げようとしたんやないか?」

「ならば尚更ですよ。身近に迫る危機である反乱軍を先に潰しておいて、ゆっくりと身支度を整える時間を作りたくはありませんか?」

「ああ……そう言う考えもあるか」

「まあ、なににせよ、僕たちは一刻も早く動かねばなりません。遅くとも、僕たち二人だけでも今日中にはリモンへ向かった方が良いでしょう」

「したら、反乱軍の主要メンバーには伝えといた方がええやろ。凹んでる暇ないって」


「ええ、そうですね。――ところで。ほんと、一緒に怒られてくださいね」

「あん? エリックのことかいな?」

「いえ……。実は、王都で少しばかり騒ぎが起こっているようでして」

「それが俺らと何の関係があんねん」

「……キラさんが行方不明だと、てんやわんやらしいです」

「おっと?」

「で……一緒にいると伝えちゃいました」

「もうちょい隠す努力をやな――」

「おそらく、いの一番にリリィ様がくるでしょう。――連絡相手でしたからね」

「伝える相手を考えろや! せやからトラブルメーカーなんやぞ!」

「む、失礼ですね。だいたい……」

 この言い争いが無駄だと気づくまでに、意外と時間を要した。


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