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~新世界の英雄譚~  作者: 宇良 やすまさ
第2章

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129.彼にこそ

「あぁ、終わった……! キラ、もう大丈夫なんすよね?」

「ええ。幸い、内臓に至るような傷は見当たりませんでしたし、あとは食事療法でなんとかしていけるでしょう。キラさん自身、かなりの生命力ですし。おそらく、あの大火傷で放置していても、大丈夫だったかと」

「じょ、冗談でもそういうのやめてほしいっす」

「おや、これは失敬」


 ゾッとしない冗談にも、セドリックは笑っていられた。疲労のあまり、膝を枕にして寝込んでしまったドミニクの髪をなぜる。

 周囲からも、安堵のため息や笑い声がちらほらと出ていた。

 敗走といってもいい撤退に皆落ち込んでいたものの、今や、キラの無事を祝って拍手も巻き起こっている。


 それもこれも、”尻丸出しケツアゴ紳士”ことローランが原因だった。

 最初は、反乱軍の敵であるエマールの傭兵だったと明かしたことで、敵意と顰蹙を買っていた。

 が、そんなものは気にもせず……。

「吾輩はローラン! ”平和の味方”のローラン! 世に常なる平和をもたらす者――だが、今日ばかりは『彼こそが』と讃えねばなるまい……!」

と、唐突に大演説が始まったのである。


 曰く、キラは勇敢だった。

 曰く、逃げるそぶりもなかった。

 曰く、敵に立ち向かうその背中は偉大だった。


 自称救世主なローランの口から飛び出る言葉の数々は、到底信じられないようなものばかりで、しかしエヴァルトがぽつぽつと肯定したために、徐々に盛り上がりを見せることとなった。

 しまいには、ローランと一緒になってキラの活躍を褒め称え……長時間に及ぶ治療が終わった時には、嵐のような拍手喝采となった。

 大きく燃え盛る焚き火を背にしているのも、熱狂を呼ぶ一因となったようだった。終始尻丸出しのローランにどこか親近感を覚えたからかもしれない。


「一応、周辺見てきたで」

 焚き火の灯の届かない暗がりからヌッと現れたエヴァルトが、気だるそうにあくびをしながら現れた。

 眠っているキラのそばに腰を下ろし、ほっと一息ついてから続ける。


「エマールらの追撃はないと見てええやろ。ま、あちらさんもそれどころやないやろからな」

「それどころじゃないって?」

 エヴァルトと交代で見張りに向かうシスの背中を見送り、セドリックは聞いた。


「細かい話は省くが……キラが暴れてくれたおかげで、あっちもまあまあな数がダウンしたんや。ま、ホンマの強敵とは痛み分けやったが」

「そうっすか……。それで、エヴァルトさんは大丈夫なんすか。怪我」

「片腕上がらんようなったんは厳しいが、あてはある」

「あて?」

「ニコラの話やと、クロス一派……戦場に現れた第三勢力の中には、”治癒の魔法”を使えるもんもおるらしい。聞いたか?」

「俺も見ました」

「どうせなら、”労働街”で捕らえた奴らに本来の役目を果たしてもらおうっちゅうことで、ニコラとオーウェンがシェイク市長のとこに向かったんや」


「ってことは……」

「ここにおる怪我人も、みんな治せるはずや」

「キラ以外は、っすよね……?」

 首から下を全て包帯で巻いた状態というのにもかかわらず、キラは心地良さそうにすうすうと寝息を立てている。

 自分たちの必死さはなんだったのかと思うくらいに安らかなものだったが……時折、苦しそうに眉を顰めて、うめき出す。


 先程までは、キラが異変を見せるたびにドミニクが慌てていたものだが……今は、疲労ですっかり寝入ってしまった彼女に代わり、白馬のユニィが都度様子を見ていた。

 頭を深く垂れ下げて、鼻先をキラの額に近づける。

 戦場で目にした荒々しい様子が嘘だったかのように、どこか神秘的な光景だった。しかもなんの偶然か、その度にキラがホッとしたように苦しみから抜け出すのである。 


「……気づいとったんかいな。あんま言いふらすなよ」

「わかってるっすよ、それくらい。けど、”治癒の魔法”を使える人が来たら、すぐにバレるんじゃ?」

「そこはチョチョイと誤魔化せばええ。いきなり強めの魔法使うんはよくないとか。実際、あんま推奨されとらんはずや。体から急に傷を消してしまえば、今度は脳みそに負担がかかるってな。”錯覚系統”と同じ原理だとかなんとかで」

「へー……?」


 セドリックは相槌を打ちながらも、何が何だか分からなくて、首を傾げていた。

 これにたいしてエヴァルトは苦笑し、全く同じタイミングで白馬がぶるるっと鼻を鳴らした。

 目の剥き方といい、ちらりと歯茎が出ているところといい、鼻の鳴らし方といい……あまりにも完璧な嘲笑で、セドリックは逆に感動してしまった。

 じっと見つめると、白馬は不気味そうに顔を上げてそっぽを向いた。


「まあ、どのみちあんだけの怪我やったら、もうゆっくり治療していくほかないっちゅうことや」

「じゃあ、こっからは……」

 ユニィからキラへ視線を移して、セドリックは口の中でつぶやく。

「当たり前のことやが、キラの力には頼れん。……無理させすぎた代償や」

「あの……」

 前のめりに問いかけようとして、一旦口を閉じた。


 ちらりとあたりを伺う。皆、赤々と燃える焚き火を背にして大演説を始めるローランに、拍手を送ったり囃し立てたりしている。

 その楽しそうな雰囲気を壊すまいと、セドリックはなるべく声を殺して問いかけた。


「エマールは? 作戦は、どうなったんです?」

 分かりきった答えではあった。が、何か光がないかと、その答えから探さずにはいられなかった。

「俺もシスのやつも、馬鹿やっとる余裕ない時点でわかっとるやろ。厳しいもんと言わざるを得んな。――せやからって、ここで折れる気はないけどな」

「……っていうと?」

「どうも、シスのほうでもまあまあな緊急事態が起きたらしいからな」

「緊急……って?」

「まあ、そらあとや。――それよか、ええんかいな」

「? 何がっすか?」

「エリックや、エリック。あのクソみたいな合図のせいで何もかもめちゃくちゃになったんや。そうやなくとも、ダチなんやろ――たたき起こして何があったか聞くくらいはせな」

「そうかもっすけど……」


 セドリックは、自分でもわかるほどに臆病になっていた。

 今、エリックという人物がわからない。

 昔から無茶するやつではあった。猪突猛進で、恐れ知らずで、止めてやらないと死の底にさえ突っ込んでいきそうで、目が離せなかった。

 それでも、その思いは痛いほどにわかった。

 皆のために――その一心なのだと、言葉なくともはっきり伝わった。


 だが、最近の一連の行動はまるでわけが違う。一時は反乱計画そのものが頓挫しかけたのである。

 今回の第三段階の作戦にしても、皆のためを思うならば、和を乱すべきではなかった。

 むしろ、一人でも戦力が欲しかったのは”支援組”なのだ。あのイレギュラーのような混乱がなくとも、戦闘経験を積んだエリックの力は、絶対に作戦をいい方向に変えたはずだ……。


 セドリックがぐるぐると考え込んでいると、エヴァルトのため息が聞こえた。

「面倒なこっちゃなあ。いいから話せっちゅうのに」

「別に、後でもいいじゃないっすか。……それで、エリックは? まだ寝てるんすか?」

「気になるなら今からでも叩き起こせ、アホ!」

「じゃあそれがもう答えじゃないっすか!」


 語気が強くなり、言い合いになりかけた時、白馬の鼻息が遮った。

 見れば、白馬は不愉快そうにまんまるな黒目を細めていた。もう一度、ぶるるっ、と鼻を震わせるさまは、「うるせえ、静かにしろ!」と叱責しているかのようだった。

 セドリックは思わず口をつぐみ、エヴァルトも露骨に口数を減らした。

「何はともあれ、村に帰ってからや。お前も、ごちゃごちゃならんうちに精算しとけよ」

「……なんで俺ばっかり」

「アホ。喧嘩両成敗や」

 結構な大声を出したというのに、キラは気持ちよさそうに眠り込んだままで。

 セドリックも、そのうち何も考えずに横になった。


  ○   ○   ○


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