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~新世界の英雄譚~  作者: 宇良 やすまさ
第2章

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127.悪魔

 見惚れるほどの美しい白毛を日の光で煌めかせ、青空を駆けている。たてがみと尻尾を揺らめかせ、徐々に、徐々に……降下していく。

 そうして。

 ただ、ただ、ゆっくりと。

 それが当然であるかのように、白馬は地面に着地した。ぶるぶると首を振り、まんまるな黒目でぎょろぎょろとあたりを見回して、不機嫌そうに尻尾を揺さぶっている。


 ぶるるんっ、と鼻息を鳴らし……その姿に、セドリックは足を止めた。

「セドリック、何をしてるんだ。早く、でなければユニィが――」

「おじさんが危ないって思ってんのは、あの馬っすよね。……なんにもしてないっすよ」

「うん? 本当だ……」

 ニコラが唖然として首を傾げているのを、セドリックは到底笑う気にはなれなかった。


 なぜなら、つい今しがた空を飛んで着地した白馬は、何か妙な迫力を身に纏っていたのだ。堂々とした立ち姿然り、高く上げた頭でヨーク・ランカスターを見下ろす姿然り。


 傭兵ヨークも、白馬に脅威を感じたらしかった。

 万全の状態で剣を構え、片方の手に魔力をためている。

 あっ、と息を呑む暇もなく、ヨークは白馬に対して仕掛けた。練り上げた炎を放ち、空気を歪めるその熱気の影に隠れつつ、斬りかかる。


 が、しかし。

 白馬の白毛には焦げひとつつかず。

 またその肌に刃が通ることもなかった。

 それどころか――不用意に接近したがために、ヨーク・ランカスターは後ろ足に思いっきり蹴り飛ばされる羽目になった。

 ビュンッ、と。反応することすら許されず。”境界門”の向こう側の”貴族街”まで、一気に吹き飛ばされてしまった。


「マジかよ……」

 ヨーク・ランカスター。七人と言う人数で襲いかかっても、不意をついたり同時に攻撃を仕掛けたりしても、全てに反応し対処し、人数差をも覆した。

 それほど、全ての能力が突き抜けた戦士だというのに。

 突如として現れた白馬が、ただの一蹴りで戦場から退場させてしまった。


 セドリックもドミニクも、ぽかんとして白馬の方に顔を向けるだけしかなく……しかし、そうではない者たちもいた。

 エマール直属の騎士たちが、危機感に突き動かされたように、白馬へ仕掛けたのだ。

「魔獣だ!」

「いや、悪魔の使いだ!」

「ともかく――全員でかかれ! 魔法隊!」


 数々の罵詈雑言を全て理解したかのように。

 白馬はまん丸だった黒目をまぶたで半分にまで細め、忌々しそうに鼻を鳴らす。

 そして、大きく首を逸らして、甲高くいなないた。


「ん……っ」

「これ……!」

 耳の奥の鼓膜がビリビリと刺激され、セドリックもドミニクもニコラも、そしてベルまでもが呻いていた。

 だが、それだけならばまだマシのようだった。


「うぅ……!」

「か、はっ……」

 次々と。周辺で戦っていたものたちが、ばたばた倒れていったのだ。口元から泡を吹いて、白目を剥き……しかし、かろうじて息は繋がっている。

 不思議な現象は、それだけではなかった。


「俺らは無事、なんだよな……」

「私も、なんとも。ニコラおじさんは?」

「私も平気だ。ベルも。だけでなく――オーウェンたちも平気みたいだな」

 倒れたのは、エマール直属の騎士たちや荒くれの傭兵、第三勢力の戦士たちのみ。

 反乱軍は、みな呆然として立ち尽くしている。

 それまであった雑然とした戦場は消え、ただ静かに風がないでいた。


「これは――きっとお前のおかげなんだろうな」

 セドリックがぱっからぱっから近寄ってきた白馬に声をかけると、そのまん丸とした黒目でじっと見つめてきた。

 やがて興味を失ったように、ふいっ、と顔を逸らし、今度はじっとニコラを見つめる。それだけでなく、人間っぽく鼻先でその肩をつつく。


「――総員、撤退! 無事な者は各戦場へ伝達! それと、動けない者に手を貸してやれ!」

 ニコラの声は、耳をそば立てずとも、静かな”境界門通り”によく響いた。




 最悪の結果、ということもできた。

 もはや、エマールの確保という当初の目的を気にしている余裕はなかった。

 それほどに、クロスの声に続くように現れた第三勢力がもたらした混乱は、大きかった。

 ”境界門通り”やその付近で戦っていたはずの反乱軍は、混沌とする戦場に追われて散り散りになっていたのだ。


 セドリックたちが”労働街”を抜け出るまでに合流できた者はそう多くはなく……一面平野な安全地帯にたどり着いたのは、半分もいなかった。

 しかも……。

「おい、大丈夫かっ」

「しっかりしろよ——」

「手当を……! すぐ……!」


 あたりを見回したセドリックは、まだあの混沌とした地獄にいるのではないかと錯覚してしまった。

 傷を抱えてうめく男もいれば、絶えずその痛みを口にする女性もいる。しかし、彼らに構ってやる暇もないほどに、地面に横たわる者も多くいた。

 脇腹から多量の血を流していたり、片腕がなくなっていたり。そして……。


「兄貴……!」

 セドリックは、雑然とした中、不思議と耳に入る声に振り向いた。

 そこには、横たわる男に縋り付く青年がいた。

 彼らを、セドリックも知っていた――”隠された村”ができたと聞いて、いの一番に「一緒に住みたい!」と手を挙げた兄弟だった。自分たちの村を想って、真っ先に行動を起こしたのである。


 先の戦場においても、絶えず動き続けていたであろう兄と弟……今まさに、彼らが惜別の時を迎えようとしているのを目にして、セドリックは身じろぎすらできなかった。

 するとそこへ、ニコラがそっと寄り添った。


「ああ……ニコラ、さん……っ」

 兄が、息も絶え絶えに言葉をつなぐ。

「死……死ぬ……のか、俺? そしたら、どこへ……みんな、いないんだろ……? 真っ暗闇に――そう、したら……みんなを、見ててやれない……!」


 ニコラは膝をつき、伸ばされた手をしっかりと握った。

「心配することはない。みな天国に行く――君も例外なんかではない。神様がそう定めてくださっているんだ」

「ほ、んと……に?」

「君は、神様に恥じない生き方をした。君は、善く生き、善く戦い、そして皆のため命を張った。だから、恐れることはない――神様も、きっと褒めてくださる」


 それから、兄が何と答えたのかはわからなかった。

 セドリックは、その様から目を背けてしまったのだ。耳には、弟の悲痛な鳴き声だけが残り……胸には、果てのない悔しさと後悔とやるせなさが一緒くたに混ざり、居座っていた。


「何もできなかった……」

 ちゃんと戦うことはできたし、救護班の代わりとして動くこともできた。

 だが。敵にも命があると知り、敵にも失う命があるのだと真に悟った瞬間に――体が動かなくなった。

 敵を排除できなければ、味方をも失うことになる。

 それができなければ、あらゆる戦いに意味はなく、救護活動も自己満足となる。全部が、その一点で無に帰するのである。


 それどころか、

「何もできない……!」

 今もなお、身動きひとつ取ることができなかった。

 ヨーク・ランカスターに傷を負わされたベルとオーウェンは、静止も振り切って、治療のサポートへ回っている。メアリにルイーズにエミリーも、二人の心配をよそにやって、できることをしている。


 そして小柄な恋人のドミニクも、いまだ完璧ではない”治癒の魔法”を目一杯に活用して、小さな擦り傷もなおさんと走り回っている。

 そんな中にいてセドリックは、呆然と立ち尽くすのみだった。


「俺は……!」

 頭の中がもやもやとして、俯く視界が黒くなっていく……そんな時、周りが一際ざわついた。

 はたとして顔を上げる。

 みな、一様に”労働街”のほうへ顔を向けていた。彼らが後にした戦場を気にしているのではないことは、すぐにわかった。


 なぜなら――。

「炎と、雷……?」

 高く聳える”境界門”の向こう側に、強大な力の衝突がみえた。

 ぶわりと膨れて立ち上る青い炎に、これに逆らうかのように立ち上る黄金色の雷。二つの力は、喰らい合うように激突し――天を二分する。

 みな、遠くに見える光景に引きずり込まれたかのように恐怖し、怯え、震えている。


 しかし、セドリックだけは、ふとキラのことを思い出していた。

 第二段階目の作戦の最終仕上げのとき。やっとの思いで”古狼”ヴォルフという実力のある傭兵を捕らえ……しかし、すんでのところでピンチに陥ったとき。

 白馬とともに颯爽と現れたキラは、全てを背負い込んで逃がしてくれた。


 手負いのオーウェンたちを”隠された村”に連れ帰り、エヴァルトとともに戦場に戻ろうとして……夕闇を切り裂くような雷を見たのである。

 その光景を不思議に思っていると、白馬の背中でぐったりとするキラを目にして……”雷”は、魔法を使えないと口にした黒髪の少年が放ったものだと悟った。


 これが意味するところは。

「”授かりし者”……」

 詩人な”流浪の民”から教えてもらった、”神の如き力”操る者たち――その一人に、キラが数えられるということだった。


 だからこそ、セドリックは”雷”が現れた意味を理解できた。

 水汲みの手伝いをしてもらった時、キラは褐色肌の傭兵に追い詰められながらも、”神力”を使うことはなかった。全身に包帯を巻くほどに体をボロボロにしたときも、事情はわからないが、なんとかなったはず。

 だというのに、”力”を使わなかったのは。

 単純に扱えなかったのか――あるいは、何かリスクが伴うのか。


 どちらにしろ、”雷”と炎の衝突は、あのキラが想像以上に追い詰められていると言う証でもあった。

「行かなきゃ……」

 一歩、足を踏み出す。


 すると、途端に、降って沸いたようにさまざまなことを思い出した。

 ”追い立て組”として”貴族街”に潜入したエヴァルトはどうなったんだろうか――”先回り組”のシスはエマールを狙いに行ったのだろうか――クロスとともにいたエリックは――。


 いてもたってもいられず駆け出そうとして……背中を誰かに引っ張られた。

 振り返ったセドリックの目に映ったのは、白馬のユニィだった。ガジリと服をかみ、まんまるとした黒目でじろりと睨みつけてきている。

 その迫力にすくんでしまい、その間にユニィは噛んでいた服を離して、隣を通り過ぎる。


 リモンへ戻る気なのだ。セドリックは白馬の向かう方向に気付いて、無意識にその鞍をつかんでいた。

「なあ、俺も連れて行ってくれ。キラ達のもとに――助けたいんだ」

 馬に何を喋ってもわかるわけがない。そう思っていたが、白馬のユニィは、人がそうするように思慮深く伏せ目になった。

 そうして、否、と首をゆっくりと横に振った。


 馬と会話しているという衝撃的な事実と一緒に、その否定が心にずしりときて……少ししてから、白馬の目線に気がついた。

 ユニィは、体をリモンに向けながらも、反乱軍の皆の方を見ていた。

 セドリックもその視線を追う。オーウェン、メアリ、ベル、ルイーズ、エミリー、ニコラ、そしてドミニク……仲のいい皆は、自分のことも気にかけず、人のために奔走している。

 ぶるるんっ、という鼻息に、背中を叩かれたような気がした。


「……わかった。キラと、エヴァルトさんと、シスさんと……それから、エリックのやつも、頼むよ」

 馬鹿にするな、とでもいうように。ふんっ、と鼻を鳴らした白馬は、地面を大きく削って飛び出していった。


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