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~新世界の英雄譚~  作者: 宇良 やすまさ
第1章

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12.雷の神力

  〇   〇   ○


 瞼を突き抜けるような日差しに、キラはうめいた。

 ジリジリと焦がすような暑さに目を開けると、

 ――面倒かけやがって!

 真っ黒な目をひん剥いた馬面が、視界を支配していた。


「……!」

 キラは驚きのあまり、身動きすら出来なかった。目を見開いたまま、眼前で開閉を繰り返す馬の鼻を見つめる。


 ――昨日俺が運んでやったんだ。礼ぐらい言えっての!

「昨日って何の話……んん?」

 幻聴と普通に話せていることに加え、キラは自分の記憶の曖昧さに首を傾げた。


 これまで何があったのか、徐々に脳裏から浮き出てくる。リリィたちが雨の中飛び出していったのを見送り、それから鐘の音を聞き、そして……。


「何があったんだろ? グリューンを追いかけて、それから……?」

 ――俺が厩ぶち壊して駆けつけたときには、気絶してたぞ

「ぶち壊し……?」

 ――なにはともあれ、礼を言え

「ん、うん。ありがとう……。なんで喋ってるの?」

 ――俺が知りてえんだよ! なんで喋れてんだ!


 ぶるるん、ぶるるん、と。白馬は興奮して地響きのような唸り声をあげ、そしてついに我慢できなくなったのか、大きく嘶いた。

 すると、ちょうど部屋に入ってきた老人が、

「ユニィ! また君は! キラくんを無理やり起こしたな!」

 それが当然であるかのように、白馬をしかりつけた。


 ――このクソジジィ! 平然と罪をかぶせてきやがる!

 もはや、老人と白馬の口げんかが恒例となりつつある。

 だからこそキラはふと思った。

 老人が白馬と喋れていたのなら……。それはおそらく、一人と一匹の関係は、対等な友人関係なのだろう。

 人語と馬語で喧嘩する両者をぼんやりと見ながら、キラはその関係が羨ましくなった。





 コンコンとユニィを説教する老人を置いて部屋を出ると、居間でも似たような光景が繰り広げられていた。

「たかだかゴブリン。冒険者ならば、手間取る相手でもないでしょう」

「”竜殺し”らしいセリフだな、おい。あいつらが群れたときのしつこさも、お前の炎の前じゃ消し炭も同然だもんな? そりゃ苦労もしない弱っちい相手だよな?」

「今はあなたの実力を問うているのです。あれしき一人でどうにか出来ないようでは……冒険者として生きていくのは辛いですよ」

「ンだと、”竜殺し”」

「その呼び方……あなたが口にすると特に癪に障りますわね」


 リリィとグリューンが、テーブル越しにぴりぴりとしてぶつかっていた。

 呆然と立ち尽くしていると、なにやら料理を並べていたセレナと目があった。彼女は相変わらずの無表情でニコリともしなかったが、その行動は素早かった。


「おはようございます、キラ様。お加減はいかがでしょうか」

 赤毛のメイドは、リリィに尽くすかのごとく、献身的に気遣ってきた。

 お盆をテーブルに置き、しずしずとよってきたかと思うと、触診を始める。何も異常がないことが分かるや、身体をささえつつ椅子へ座るよう誘導する。

「そ、そこまでされなくても、大丈夫だから」

「そうですか。しかし病や怪我は、傍目からは判断がつかないことも多いです。油断はできません。――お腹が減ったでしょう。こちら、コーンスープです。パンも軽めのものがございます。とれたてのレタスとトマトのサラダも用意しておりますから、どうぞ」


 左隣に座り、あれやこれやと世話を焼くセレナ。近づこうともしなかった昨日の態度とは、雲泥の差だった。

 戸惑いつつ彼女の世話になっていると、右隣のリリィがそっと囁いてきた。

「事後承諾になってしまいますが。セレナには全部お話しました。事情は心得ておりますから、なにひとつ遠慮することありませんわ。――この通り、おせっかいですから」

「何か良からぬことでも吹き込んでおりますか、リリィ様」

「別に〜」

「そのエマみたいな口調、おやめください」


 どうやら、何かが劇的に彼女たちを変えたらしかった。

 あれほど距離をおいていたセレナが親身になり。リリィは何やらグリューンと明確なわだかまりを持ち。

 そしてそのグリューンは、昨日のように少しだけ仮面の剥がれた顔つきを見せていた。


「頑丈なやつだな。あんだけのことがあったのに、もうピンピンしてんのか」

「あんだけのことって言われても……何があったの?」

「覚えてねえのかよ?」

 少年はテーブルに手をついてがたっと立ち上がる。その瞬間には、垣間見えていた表情が隠れ、生意気な仮面をかぶっていた。


「えらい目にあったんだぞ、こっちは!」

「落ち着きなさいな、冒険者。そう喚くと、耳がキンキンいたします」

「あ? こいつの引き寄せた雷に、あやうく飲み込まれるとこだったんだぞ。なのに何も覚えてないとか――何の冗談だよ!」

「覚えてないものは覚えていませんの。なにをどう責めても致し方ないでしょう」


 唸るグリューンに、睨むリリィ。それを無視して世話を焼き続けるセレナ。

 特異な空気が出来上がりつつある室内に、また別の波紋を投じたのは、寝室から現れたランディだった。


「あの厩壊しの常習犯め……。一度として馬らしいことをしたことがあったか?」

「馬は馬だろ、爺さん」

「いや、あれは不思議生物さ。――で、なにやら賑わっていたようだね?」

「こいつが昨日のこと何も覚えてねえっつってんだ。どういうことだよ。あんた、なんか知ったふうな口ぶりしてたけど」

「ふむ……どう言うべきかな……」


 老人はじっとグリューンの顔を見た後、ふと笑みを浮かべた。

 それは、表情の変化にしてはとても微妙なものだった。黒目がほんの僅かに見開かれ、口端が緩む程度。

 キラもようやく気づくほどの薄い微笑みを一瞬にして隠し、老人はグリューンの隣の椅子に腰掛けた。


「間違いなく、”神力”だろうね。昨日の雷は」

「ランディ殿! そんな重要な話を、こんな冒険者の前で……!」

「まあ、まあ、リリィくん。まだ”授かりし者”たちに対して風当たりが強いのは確かだが、昔よりは随分マシだ。事実、君はキラくんを差別したり遠ざけなかった」

「当たり前ですわ」

「だろう? グリューンくんは冒険者で、見聞も広い。何より、彼はあの”神力”を目の前にして、逃げるどころか最後まで介抱していたんだ。信じてやってもいいと思うが」

「……状況が状況ですもの。致し方ありませんわね」


 キラは、老人が話している間のグリューンの様子に見入っていた。

 小柄な少年は腕を組み、イライラとしている様子だった。組んだ腕を掴む指が、繰り返し二の腕を叩いている。

 その様子が、キラにはなぜだか恥ずかしがっているように見えた。

 イライラしている割には、きょろきょろと目が泳いでいるのだ。


「まあ、こんなふうに偉そうに言っても、私は自分の”再生の神力”しか解っていないんだがね。人の世話をできるほど、知識を持ってるわけではないんだ」

「アレほど強大な雷、見たことがありませんもの――”神力”として扱えれば強力でしょうが……。今は振り回されるだけ、ということですわね?」

「うむ。”神力”をノーリスクで扱うには、手順が必要でね。現状、どうしようもない」

「しかし、またあのようなことになれば、どうなるか……。時折起こる発作にしても”神力”に身体が耐えられていない証拠にしか思えません。そう何度も乗り越えられるとは……」

「ああ、急がねばなるまい。前にもちょっとだけ話したが、レオナルドという古馴染みがいてね。彼は”授かりし者”にも詳しい研究者だ。きっと、今キラくんに起こっている問題を全て解決してくれるはずだ」

「けど、その方はランディ殿にも居場所がわからぬと……」

「うむ。だが、手紙を送るとその返信が来たんだ。拠点を転々とするやつではあるが、私と連絡を取れる範囲にはいるということだ。ただ、まあ、その場所が――」


 キラは次々と進んでいく会話に集中したかったが、セレナがそうさせてくれなかった。食事の手を止めると、不安そうに顔を覗いてくるのだ。

 そうして。しまいには。

「キラ様、あ〜んしてください」

 じれったくなったセレナが、パンを押し付けてきた。


「……セレナ。少しは空気を読みなさいな」

 リリィは呆れ、ランディも話を止めて苦笑いしていた。

 しかし、セレナの行動は止まらない。キラもその強引さに降参し、唇にグリグリと押し付けられていたパンを口に入れた。


「出来ないことより、今出来ること。一時間後にでもそのレオナルドという方が見つかれよいですが、そうでない以上、地道にできることを重ねていくほかありません。今は、なによりキラ様の空腹と疲労を癒やすことが最優先です」

「や、でも、疲れてないし、そんなにお腹も――」

「では、わたくしも! ほら、キラ!」


 両方向から押し付けられるパンに、キラは目を白黒とさせ……思わず吹き出すランディと、逆に面白くなさそうにそっぽを向くグリューンが、ひどく対象的に映った。


   ○   ○   ○


 にぎやかさを取り戻した室内から、ランディは一足先に抜け出した。

 村長の厚意によって貸してくれた一軒家。その隣には厩があり、それぞれに愛馬が寝泊まりしている。

 リリィの青毛、ランディの栗毛、セレナの鹿毛。そして白馬のユニィも一緒に泊まっているのだが……その小部屋の扉だけが壊されていた。


「まったく……。君の破天荒さには毎度呆れるよ」

 扉が壊れてもなお、驚くほど律儀に小部屋にとどまる白馬に向けてぼやく。

 すると、

 ――おいこら、クソジジィ

 そんな幻聴が、老いた耳に届いた。

 ハッとして白馬を見つめる。そのまんまるな黒目が、昔と変わらないほどの眼力で語りかけていた。


 ――やっと届いたか

「君に声をかけてもらうのは、随分久しぶりだね。喉になにか詰まっていたのかな?」

 震える声を抑え、ランディはつまらない皮肉交じりに言葉をかけた。

 そっと、皺くちゃな指を白馬に近づける。すると、いつもするように、ふいとそっぽを向いた。

 ――触んな。いつもカサカサ乾燥しやがって。痒くならあ

 昔と変わらない物言いに、ランディは口元の緩みを抑えられなかった。


 ――ケッ。気づいてんだろ

「キラくんのことかい? それなら――」

 ――てめえのことだ、クソジジィ

「ああ……。私の方かい」

 老人は口をつぐみ、自らのしわがれた手に目を落とした。

 ギュッと握ったり、パッと開いたり。老いてもなお、その動きは若い頃と何ら遜色はなかった。


 ――俺も、ついこの間思い至った

「……奇遇だね。古馴染みにも、手紙で忠告されたよ。で、私も、森を出る時にオーガと戦って実感した――昔は、あの程度じゃ傷一つつくことなかった。それに、昨日も本来ならばゴブリンの群れにも気づくべきだった」

 ――てめえ、”覇”がなくなりゃあ……

「わかってる。だけど、今、重要なのは……なぜか、キラくんにも”覇”が取り憑いているということだ」

 ――てめえが渡したんじゃねえだろうな

「そんなことはしないさ。まだ早すぎる。彼が目を覚ます以前に持っていたとしか考えられないが……」

 ――いいや、それは断じて違う。拾ったとき、あのガキの中には何もなかった

「目覚めたあとで”竜の血”に接触したと? そんなバカな。この私もずっと一緒にいたんだ……ありえない」

 ――俺に愚痴んじゃねえよ


 話は平行線だった。ユニィでさえわからないことに、一時期その弟子であったランディに解決できるはずもなかった。

「……まあ、いい。いずれ分かる。だけど、ユニィ、君と話せたら返事を聞こうと思っていたことがある」

 ――あん?

「近い将来……。君に、キラくんを任せたい」


 ランディの予想通り、ユニィははぐらかすことも茶化すこともなく、しっかりとその意図を真正面から受け止めた。

 白馬はその行動こそ突拍子がないが、根は真面目なのだ。

 ――てめえが放置するようだったら、蹴飛ばしてやるとこだった

「私も、出来ることは全てやるさ」

 ――そうか


 そこで、パタリと白馬の幻聴が聞こえなくなった。

 目の前の馬面が鼻を鳴らしたり嘶いたりしているが、何を言っているか、意図を汲むことさえ出来ない。

 ランディが首を振ると、ユニィはシュンとして目を伏せた。

「こうして黙っていれば美しい白馬なのにと、昔は何度も思ったが。今ほど、君に喋って欲しいと思ったことはない」

 老人がそっと手を差し出すと、白馬は頬をこすりつけてきた。

「ふふ。さあ……楽しく行こう。最後の旅になるんだ。――勘違いしてもらっちゃ困るんだが、十年もの間、この瞬間を心待ちにしていたんだよ」


   ○   ○   ○

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