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~新世界の英雄譚~  作者: 宇良 やすまさ
第2章

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126.強き者


  ○   ○   ○


「追い詰めろ! 囲い込め! 奴を地獄の底へ叩き込むのだ!」

 クロスの雄叫びは、当然のように”境界門通り”にも響き渡った。


 そこからは、混沌に次ぐ混沌だった。

 どこからともなく、狂気じみた第三の集団が現れたと思ったら。オーウェンやベルにも、ヨーク・ランカスターにも、エマール直属騎士たちにも食ってかかり。戦場を引っ掻き回したのである。


「メアリ、降りてこい!」

「ルイーズ、エミリーもだ! これはヤベェ!」

 屋根の上に向かって必死に声をかけるオーウェンとベルが、混沌の戦場の合間を駆け抜け、ヨーク・ランカスターへ躍りかかる。

 第三勢力への対処にまぎれての連携攻撃には、化け物じみた強さを見せた傭兵ヨークも、さすがに防戦一方にならざるを得ないようだった。


 セドリックは三人の動きを目で追いつつ、ドミニクと共にメアリたちのフォローへ向かおうとした。しかし……。

「くそっ、こんなんじゃろくに……!」

「みんなに合流できない――分断された……!」


 敵の見分けはおろか、味方がどこにいるのかも、一秒ごとに分からなくなっていく。

 それほどに、視界は人と人と人で溢れていた。”ことだま”も剣戟の音も叫び声も、幾多の戦場の喧騒で埋もれていく。

 せめてドミニクはと、セドリックはその小柄な体に身を寄せ――煙幕から姿を現すかの如く、一人の男が突如として目の前から襲いかかってきた。


「ドミニク!」

 恋人へ合図をしながら、剣を振りかざす。

 体格でも背丈でも優ってはいる。が、それでも押された。

 いきなり降ってかかる戦いへの準備、それに付随する反射神経、そして気迫と執念。

 相対する男に比べて、様々劣っていたが故に、攻撃を防ぎながらも一歩下がらざるを得なかった。


 だがそれでも押し返そうと奥歯をかみしめたところ……逆に、ふと緩めてしまった。

「あんた……!」

 剣を押し込んでくる男に、見覚えがあったのである。

 ここに至るまでの道中、息も絶え絶えになって地面に突っ伏していた男――ザビエルと呼ばれていた男だった。

 重傷を負い、セドリックもドミニクも、その手の施しようのなさに諦めていたのだが……。


「あの治癒の光、見間違いじゃなかったのかよ……!」

 背後で詠唱を完成させようとしていたドミニクも、ザビエルに気づいたようだった。”ことだま”が途切れて、魔力が霧散していくのを感じる。


 そして、

「あの時の子供……!」

 剣に力を込めていた男も、噛み締めていた奥歯を緩めていた。


 セドリックははたとして柄を握り直し、不利な体勢を持ち直した。ザビエルへ向けて、一歩押し返す。

「どう言うことだよ……! なんでッ――仲間じゃないのかよ!」

「悪いとは思う、間違いだとも――だが、我らとてもう我慢ならないのだ」


 言葉を絞り出し、しかしザビエルの力は抜けていく一方だった。

 その表情が、苦しそうに歪んでいく。何かに葛藤しているのは明らかで、それに加えて、体調も万全ではないようだった。


 セドリックは、男の様子に思わず全身から力を抜き――、

「セド、そっちいった!」

 ザビエルの背後に、ヨーク・ランカスターが迫ったのを見た。


 その刹那的な瞬間に、なぜだか視界のあらゆる情報を整理できた。

 オーウェンが長剣を手放して、膝をついている。ベルが油断なく大剣を構えながら、彼のもとへ向かいつつ、傭兵の後ろ姿を目で追っている。

 メアリやルイーズやエミリーは、戦士たちに埋もれながらも、必死に二人に合流しようとしている。

 背後のドミニクは、息を呑んで、完全に魔法を中断していた。


 そしてザビエルは――。

「チッ――!」

 どんっ、と突き飛ばしてくる。

 間抜けにも、セドリックは反応もできずにドミニクへもたれかかり――その瞬間を、目の当たりにした。

 何かに苦悩していた男が、その体を剣で貫かれるところを。


「ザビエル!」

 喉を潰すほどに絶叫したのは、おそらくは彼に”治癒の魔法”を施した男だった。およそ人とは思えない雄叫びを上げながら、一直線に突っ込んでいく。


 対する傭兵ヨークは、動かぬザビエルを足蹴にして剣を引き抜き、無造作に手を向けた。

 たったそれだけで。敵を無力化してしまった。

 地面に倒れ込んだ男へ目をやると、その頭が水の塊にすっぽりと覆われていた。ごぼごぼと塊の中が泡立ち……やがて、ぱたりと消えてしまう。


 あっという間に二人の人間が命を落とし――セドリックは、体がすくんでしまった。

 すぐに動かなければ。剣を構えて、食ってかからねば。

 でなければ、ドミニクを失ってしまう。

 頭ではわかっていた。

 というのに、一つとして体が言うことを聞いてくれなかった。


 ヨーク・ランカスターが、獣の如き髭面を向けてきてもなお、危機感に突き動かされることもなかった。

 やっとの思いでできたのは、

「何なんだよ、お前……!」

 そんな、なんの意味も持たない罵倒だった。


「殺しが怖いか」

 それまで一言たりとも声を発さなかった傭兵ヨークが、初めてその低い声を晒した。

 獣の乗り移ったような顔つきと同じく、地を這い回る恐ろしい声色だった。

「世の常を知らぬ弱き者よ……。ここで逃げようが退こうが――戦いは常にここにある。目を瞑っても太陽の光が貫くように、戦場は依然としてここに在る」

「だから……なんだってんだよ……!」

「己が逃げれば、己以外の人間が死ぬのみ。強き者は、それを許しはしない」


 傭兵ヨークは、ぼそぼそと耳障りな声で呟き……それがある種の執行猶予だったのを、セドリックは目の前にまで瞬時に接近されて、ようやく悟った。

 ただ、ピクリともできず、傭兵を睨む。


 ――と。

「だったら、もうちっとオレと遊んでくれるよなぁっ?」

 周囲の敵を切り飛ばしつつ、ベルがヨークの背中へ襲いかかった。

 見れば、オーウェンはメアリに助け起こされ、ルイーズとエミリーがその援護をしている。


「”ユニークヒューマン”……!」

「ああっ? そりゃオレはユニークだが――敵に言われたかねぇな!」

 ベルの戦い方は、もの凄まじかった。

 小さく身軽な体つきを利用して、”身体強化の魔法”も使わずに、背丈よりも大きな大剣に振り回されながら操っている。

 重さを感じさせない一振りを打ち込んでは、その勢いで小柄な体を浮かせ、体当たりをかます。


 そうして周りの敵を一掃し、続け様にヨーク・ランカスター目掛けて仕掛けた。

 見事な二連撃は、しかし、敵の動きを封じるだけにとどまっていた。

 横なぎの一振りはステップを踏んでかわされ、続けて大砲のような体当たりはクロスした両腕で防がれる。


 だが、

「はっ、もらった!」

 ベルは、両足でうまいこと傭兵ヨークに組みついた。そうして、二の腕をパンパンに膨らませて大剣を引き寄せ、叩きつけようと振りかぶる。

 しかし――その直前、狙いを大きく外してしまった。


「くそっ、目が……!」

 ヨーク・ランカスターの魔法の光だった。

 あらぬ方向へ大剣が振り切られ、その反動で組みついた足を離してしまう。

 うまく着地したものの、目眩しが直撃してしまったがために、ベルはヨークの動きに反応できず――蹴り飛ばされてしまう。


「うまくやるものだ……しかし、それも無駄なこと」

 セドリックは、ヨークがそう言いながらもよろりとするのを見逃さなかった。先ほどの目くらましは、ある種の自滅行為だったのだ。

 ベルを助けるチャンスでもあり、ヨーク・ランカスターとの戦いに決着をつける絶好の機会でもあった。


 が……。

 足が、まるで杭で打ち付けられたかのように、地面から離れなかった。

「動けよ、俺……! このままじゃ……!」

 背後にいるドミニクも、同じようにして動けないようだった。


 そこで、ようやく悟ることができた。

 二人とも、知らなかったのだと。

 戦いへの恐怖も、傷つく恐怖も、もう乗り越えた。

 ただ、一つ――敵の命を奪い、その業を背負っていく覚悟だけは、この瞬間まで知らなかったのである。


 ベルが腹を抱えたままうずくまり――ヨークが頭を振って何とか剣を掲げ――ルイーズやエミリーの叫び声が聞こえる。

 そんな時に、一つの影が飛び込んだ。


「その子はうちの要なんだ――手出し無用で願いたい!」

 ニコラだった。

 肩で息をしながらも、戦いの合間を駆け抜け、一目散にヨーク・ランカスターへ突撃する。

 傭兵はまだ目が治っていないのか、反応が鈍かった。

 音で大体の位置と攻撃を把握したらしいが、その一撃を食い止めるので精一杯で、すぐさまベルのそばから退いた。


「ニコラおじさん……!」

 セドリックはホッとして……しかしすぐに眉を顰めた。

 ニコラは大きな隙の残る傭兵へ追撃をかけるどころか、すぐさま逃げの一手を打ったのだ。倒れ込むベルに駆け寄るや、小柄な体と大剣を素早く背負う。


 そして、焦りを含んだ声を戦場に轟かせた。

「反乱軍! この場をすぐに離れろ! 退避だ、退避!」

 セドリックがドミニクと一緒になってぽかんとしていると、ニコラが駆け寄ってきて叱責する。

「二人とも、ほら! セドリック、ドミニクを抱えて!」


 普段は見ない必死さに、セドリックも反射的に動いた。

 訳もわからずドミニクを掻き抱いて、先導するニコラの背中を追う。すぐそばで巻き起こっている戦いには一切関与せず、脱兎の如く足を動かす。


 何が起こっているのか、さっぱりわからずに追いかけていると、

「馬」

 と、抱っこしていたドミニクが、ぽつりと呟いた。


「馬?」

「飛んでる」

「何言ってんだよ、こんな時に」


 ベルにも劣らない寒いギャグだぞ――そう呟きながら背後を確認したところで、口の中から言葉がぽろぽろと漏れ出ていった。

 確かに、馬が空にいた。


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