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~新世界の英雄譚~  作者: 宇良 やすまさ
第2章

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125.執念

 なぜそう思ったのか、あまりにも刹那的なひらめきで、口にした時には忘れていた。

 ただ。

 帝都までの道中での出来事や、決死のバザロフの表情、ゲオルグとサガノフの葛藤……それらを思い出せれば、憶測でしかない考えにも確信が持てた。

 エヴァルトも、彼らと同じ顔をしていたのだ。


「……気付いとったんなら、もっと早く言ってぇな。ひとが悪い」

「今なんとなく、そう思ったんだよ……」

「そうかい。――なら、つけくわえると、俺は帝国のスパイや。七年前から、帝国のために王国に潜り込んどった」


「帝国のため……? 勝つためとか、”軍部”のためとかじゃなくって?」

「いやに鋭いやんけ。俺は帝国や言うても、”穏健派”の人間……。帝国を思うなら、戦争よりむしろ王国と手を結んだ方がいい、っちゅう考えの側やねん」

「ああ……。そういえば、この国が好きだって何回か言ってたね。じゃあ、僕たちと会ったのは……?」

「それはほんまに偶然や。長い話になってまうから、端折って話すと……あん時、俺は”傭兵エヴァルト”としてエマール領に潜り込むつもりやってん。そん矢先にあのリリィ・エルトリアと遭遇した時はえらいビックリしたで」


 つまるところ。

 エヴァルトは、やはり味方なのだ。

 彼は、ずっと『王都へ目指すべきだ』と、厳しい口調ながらも背中を押してくれていた。”隠された村”でエリックのわがままに直面した際には、自ら率先して行動を起こしてくれた。


 エヴァルトがいなければ、キラもリリィもギリギリのところで王都に辿り着くことなど、出来はしなかった。

 だからこそ……。


「君は、王国の恩人だ。だからこのまま一人で立ち向かわせることなんて、できない」

「恩人……。そらええな」

 いつものヘラヘラとした笑顔でも、頬を釣り上げた皮肉な笑みでもなく……ただ、純粋に、嬉しそうにチラリと歯を見せて笑っていた。

 エヴァルトは、やがて嬉しさを呑み込むようにして口をつぐみ、顔を伏せた。


「もう一度言うが、俺は帝国のために動いとる」

「わかってるけど……それが?」

「お前さんが、もし本当に俺に恩を感じとんのなら。このピンチを二人で切り抜けて、俺の頼みを聞いて欲しい――」

「うん、わかった。じゃあ、やろう」

「その頼みっちゅうのがやな――って、まだ内容話とらんやんけ! なに無視して立ち上がってんねん! もうちょい休憩しとけよ、ボケ!」

「何……。エヴァルトも情緒不安定?」

「ぬぁぁっ……! セドリックの坊主が嘆いとったのが、よーわかる……!」


 キラは呻くエヴァルトに首を傾げながら、立ち上がった自分の体を再確認した。

 ”治癒の魔法”はおろか、ろくな休憩もとっていない体では、伸びをするのさえ辛かった。

 至る所でビリビリと痛みが走るせいで、もはやどこをどう怪我したのかもわからなくなる。

 だが、それでもキラは構わずに柔軟を繰り返した。


「エヴァルトも言ってたじゃん。休んでたら、多分もう動けなくなる。それに……このところ晴天続きだから、調子がいい方なんだよ。痛いけど、まだまだ動ける」

「どういうことやねん?」

 含みのある言い方が気になったのか、エヴァルトは片眉を上げて聞いてきた。


「わかってると思うけど、僕の”力”は”雷の神力”。体内に”神力のエネルギー”を溜め込んで、それを”雷”として放出する……みたい。ため込んでばっかりで暴走したことあるし」

「ふん……。そのエネルギーとやらの補給はどないすんねん」

「大体は、雲から。でも、今は見ての通り晴天で……だから体は動くんだけど、今は”雷”がからっきし。帝都で戦ってほとんど出し切ったし、さっきもガイアに対して使っちゃったし」

「っちゅうか、いつの間に帝都に行って帰ってきたんや? シスのやつが行方不明やとかなんとか言うとったが」


 キラは口を開こうとして、言い淀んだ。

 トクン、とひとりでに心臓が跳ねたのだ。それは、内側にいるエルトが引き止めているようで……無意識に、彼女に従った。


「まあ……話せば長くなるというか。こう、説明し難いことが色々起こったと言うか……」

「ほお……まあ、なんかのタイミングで聞かせてくれや。そんなことよりも、今は”雷”や――これが鍵なんやろ」

「うん。っていっても、これ以上ないくらいに単純な話だけど」

 



 作戦など、あってないようなものだった。

 エヴァルトに魔法で”雷”を補充してもらい、対敵したガイアに向けて撃ち放つ。

 そのまま”貴族街”から退避するという案もあったが、

「ハッ、見つけたぜェ、キラァ!」

 そう離れていない路地から、ガイアから逃げおおせるのは到底不可能のようだった。


 そうでなくとも、キラには退くつもりはなかった。

 ”ハイデンの村”と闘技場近く出会った時とは、ガイアの様子は明らかに違っていた。執着心を全面に出し、おそらくは絶対に逃してはくれない。

 そんな状態で混沌としているであろう”労働街”へ向かえばどうなるか、火を見るよりも明らかだった。


「アイツだけやなく、”イエロウ派”騎士もおるんかいな」

「イエロウ……?」

 意味はわからなかったが、エヴァルトの言いたいことは想像がついた。

 路地に姿を表したガイアを援護するように、黄色いマントを羽織った騎士たちが囲っている。

 クロス一派を根絶やしにしたことに気が良くなっているのか、たった二人の敵を見つけただけで、あらんばかりの雄叫びをあげて突っ込んでくる。


「援護したるから、ちゃちゃっとな!」

「わかった――ガイアと接敵したら、すぐに離れて!」


 訛りの強い返事を耳にしつつ、キラは駆け出した。

 そして、それよりも早く、赤いバンダナをゆらめかせ、エヴァルトが敵へと突っ込む。

 ほとんどの魔力を使って”雷”を補給したために、すでに彼に魔法を使う余裕がない。だというのに、一つとして怯むことなく、ガイアまでの道を拓こうとしていた。

 剣だけでなく、拳も肘も頭も膝も足も使って、多数を相手に大立ち回りをやってのける。時には敵を掴んで盾にして、魔法を防いでいた。


 キラはその後ろ姿に、少しばかり気を取られて足を緩め――、

「何しとるんや、はよ行け!」

 ハッとして駆け出した。

 敵に囲まれ埋もれていくその背中に、必死になって追いつく。

 少しでもその負担が減るように、”イエロウ派”騎士たちをすれ違いざまに切り込んでいく。


「この――」

「――っ、邪魔!」

 首元、脇、肘、腰、膝、足首。隙を瞬時に見つけては、”センゴの刀”を滑り込ませて、一太刀ごとに無力化する。

 そうしてエヴァルトの隣を通り過ぎ、斬撃と魔法の波を掻い潜り――ガイアの目の前へ躍り出た。


「よォ、教えてくれよ!」

「何を!」

 言いながら、斬りかかる。

 予想通りに褐色の硬い肌に阻まれ、想像通りに行かなかったことに舌打ちをする。


 エヴァルトと立てた作戦は単純明快――ガイアに”雷”をぶちあてること。

 まだ一度に”力”の一割も出せない現状では、到底戦闘不能には持ち込めない。なんと言っても、ガイアには”覇術”があり、不意打ちのエヴァルトの雷にもびくともしなかった。

 だが、少なくとも、無事では済まないくらいのダメージは与えられる。


 問題は”青い炎”だ。

 ”覇術”も入り混じる”神力”に阻まれれば、ガイアに膝をつかせるどころか、返り討ちに遭ってしまう。

 そうさせないためには、”青い炎”を封じるか、あるいは、先手を打たせて隙を突くか。

 その鍵となるのが、キラ自身の”覇術”だった。


「あの馬はどこ行ったんだ、なァ!」

「馬……?」


 ”覇術”を使ったのは、帝都での”五傑”やブラックとの戦いの時のこと。

 しかし、それもエルトを介してのことであり、彼女が言ってくれなければ気づかなかった。


 ただ、一瞬だけ。己の中に”覇術”を意識した瞬間がある。

 ”瞬間移動”の力を持つ”人形”に、神速の居合術を放つ直前だ。

 さっきもそれを再現しようとして失敗したが――確かにあの時、全ての音が消え去ったような静寂が訪れていたである。


「ユニィが――なんだって?」

 キラは刃で褐色の拳を受け流しつつ、徐々に焦りが募っていた。

 ”覇術”の静寂を感じ取ろうにも、それどころではないほど、ガイアが攻勢にでてくる。

 でかい図体に似合わない軽やかな足取りで距離を詰め、爆発音すら伴う剛速の拳を繰り出す。


 ”覇術”を試すどころか、打って出ることさえもできず、防戦一方となっていた。

「あの馬にリベンジしねェとよォ! 腹の虫がおさまんねェんだ! だから――」

「しまっ……!」

 踏み込んだ一撃を、”センゴの刀”で受け止めてしまった。

 ぐらっ、と。その力と勢いによろよろの体が耐え切れるわけがなく。


「居場所教えろやァ!」

 追撃の拳を、避けられる訳もなかった。


 ――そこへ。

「この一回だけやぞ!」

 いつの間にやら、”イエロウ派”騎士の集団から抜けでたエヴァルトが、背後にいた。崩れた体勢を、背中を押して戻してくれる。


 そして、魔法が放たれた――カッ、と背後から光が突き抜け、一瞬にして目の前が白く明るくなる。

 ガイアは反射的に目を瞑り、さらに攻撃を中断して、後退しようと体を傾けた。

 エヴァルトが残りわずかな魔力で大きな隙を作ってくれたのだ――キラはそう理解する前に、前のめりに足を踏み出した。


 体の内側で感じる”雷”を捻り上げ、ガイアの懐へ右腕を差し込む。

「ゔ、ぅ……!」

 ドンッ、と破裂音のような心音と一緒に、”力”を放つ。

 吐き出された”雷”は、瞬く間にガイアを飲み込み――。


「よし――」

「――アァ、粋なことすンじゃねェか!」

 褐色の大男は、”雷”の奔流に飲み込まれたのにもかかかわらず、耐えていた。

 ぎりりと歯を食いしばり、目を細め、ニヤリとする頬は引き攣っていたが……膝をつくことなく、抗い、正気を保っている。


 キラは、ひやりと心臓を握られた気がした。

 ここで、もしガイアに負けるようなことがあれば。

 ユニィを探しに”労働街”へ向かう。

 あの白馬がやられることは万に一つもない。もしかしたら、ここでガイアと戦う意味さえないのかもしれない。


 だが、ガイアの馬鹿みたいな執着心を、見逃すわけにはいかなかった。

 ”青い炎”が”労働街”で猛威を振るうようなことがあれば――ニコラやセドリックやドミニクたちに、その脅威が襲いかかることになる。

 そんなことは、決してあってはならない。他人を思いやる彼らに、利己的な暴力が降りかかってはならないのだ。


「前まで貧弱だった”波動”が――今はこれか! やっぱテメェも――ッ!」

「く、ぅゥァああッ!」


 ”雷”を全身に浴びながら、ガイアが一歩、迫る。

 その褐色肌の内側から”波動”が流れ出ようとしているのを感じ――キラはがむしゃらになった。

 体が悲鳴を上げるのも構わず、”雷”を捻り出す。


 ブシュッ、と。腕の至る所が裂け、内側から何かが噴き出ていく。

 痛みも、辛さも、呼吸すら忘れて。今ある全てを曝け出した。

 目の前も頭の中も、真っ白になった時。

 キラは、瞬く光を視た気がした。


 そうして――。

 ”雷”は、かすかに赤色を帯び始めた。


  ○   ○   ○


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