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~新世界の英雄譚~  作者: 宇良 やすまさ
第2章

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124.否定

 エグバート王国に誕生した新女王ローラに設けられた執務室は、豪華さはないものの、しっとりと落ち着いたしつらえとなっていた。

 ベージュ色の壁紙にはうっすらと幾何学模様が張り巡らされ、濃い木目調の腰壁がその下半分を覆っている。壁に埋め込まれた暖炉はぴかぴかな大理石製であり、これをナチュラルな木製のマントルピースが飾り立てている。


 数々の書籍の並ぶ本棚が壁に設置されている以外にも、ローラお気に入りのおしゃれな振り子時計や、クローゼットも良き塩梅で設置されている。

 濃厚な赤色の絨毯の上には、ソファやローテーブルや書斎机など、これもまた考え抜かれて設置されていた。暖炉の前には長いソファ、書斎机の前には来客用のテーブルとソファのセット。


 どれもこれもが調達したてのピカピカで……しかし、部屋の主人であるローラは、内装の素晴らしさにも関わらずぐったりと椅子の背もたれにもたれかかっていた。


「うぅ……。こんな……こんなことになるだなんて……」

 口から魂が抜けていきそうなほどにゲッソリしている原因は、机の上にあった。

 真ん中には、封蝋のされた十二通の封筒。そのそばにインク壺と羽ペン。机の端の方には、何十枚と無駄にした下書き用の羊皮紙が、何本かの折れた鉛筆と一緒くたにまとめられていた。


「確かに……確かに……! 今現在、騎士団の”転移の魔法陣”はほとんどが機能しなくって……! 即位の通例となってる”演説周遊”ができないのも、文面での通達でしかできないのもわかりますが! 何も全ての文章を、全部別々に考えなくてもいいじゃないですかっ」

 ダンッ、と苛立ち混じりに小さな拳が机を叩き、チャプリとインクの揺れる音がする。


 エグバート王国が新たな国王を迎える時、半ば通例化している行事がある。

 それが、〝演説周遊〟である。

 ”転移の魔法”を使って竜ノ騎士団の各支部へ飛び、地方の街で新国王として演説をするのだ。自己紹介をしたり、これからの展望を語ったり、地方民との交流を図ったり。


 しかし、今回は戦争の影響により”転移の魔法陣”が使えない状態となり、急遽文面での演説をすることとなった。

 十二ヶ所、全ての地域で、それぞれ別な内容で。

 しかも……。

「通常通りの”演説周遊”も、二週間後に控えてるだなんて! 演説の内容もそれぞれ考えなきゃならないなんて! 二度手間! 一つにキュッとまとめればいいじゃないですかっ」


 尚も愚痴は止まらない。

 なんとか十二の書簡はしたためたものの、次は演説の内容とその進行を考えねばならない。

 それだけにとどまらず、”聖母教”教皇への即位の報告の手紙や、世界各国の首脳へ向けた書簡など。これらは補佐がつくが、基本的には自らの言葉で綴らねばならないために、結果的にやることは同じである。


 もはや笑い声が喉をついて出そうになり……そんなところへ、ノック音が軽く響いた。

「どうぞ、クロエさん」

 悲しい話、”女王の間”とも呼べる執務室にノックをして入るのは、クロエしかいない。

 元国王にして父のラザラスは、娘のことなどお構いなく、バンッと勢いよく開けてくる。

 今のところ、王城勤めの使用人たちは、エマールに荒らされた場内の清掃と、体制の変化に伴う異動などでしばらく顔を見ることもできない。


 そういうわけで、パレードが終わって数日、ローラはピンと背筋を伸ばして目の前で立つクロエと話すのが唯一の癒しとなっていた。

「お疲れのようですね、ローラ様」

「はい……。まさか、これほど自分に文才がないとは思いもよりませんでした……」

「謙遜は良くありませんよ。私も目を通しましたが、良き御言葉でした。将来……そうですね、十年後くらいに”周遊文集”を出版しましょう。売れます」

「そ、そのような冗談をそれほど真面目な顔で言われたら……。笑うのを通り越して、怖くなってしまいます」


 ローラが頬をひくつかせて愛想笑いをすると、クロエは「失礼しました」と陳謝した。

 しかし、顔を上げる直前に、

「……真面目ではあるのですが」

 と聞こえ……単なる気のせいだとして、特に聞き返すことなくローラは続けた。


「それで、クロエさん。何か御用ですか――お昼はもうちょっと先ですよ?」

「いくつか、急ぎ伝えたいご報告が」

 ローラが気を引き締めたのを見計らって、クロエは溜めることなくとつとつと進めた。


「まず、レナード第一王子、リーバイ第二王子ですが、お二方とも何事もなく帰還を始めるようです」

「お兄様たちが……。よかったです」

「追って手紙を出されるようなので、ぜひお目通しをと……お二人共から仰せつかっております」


 それをきいて、ホッとしていたローラは、またもヒクリと頬をひくつかせた。

 長男レナードと次男リーバイ。二人とも、自分にはもったいないくらいにできた兄なのだが……昔から、何かと互いを毛嫌いしている。

 一方が誕生日に花を贈ろうとすれば、もう一方は競ってその倍の花束を手にし。お返しに同じものを贈っても、やれ形がいいだの、やれ思いがこもってるだの、恒例のように口喧嘩となり……。


 今回のように、二人同時に手紙を送ってこようものなら、『俺の方が愛と思いやりに溢れてたよなっ?』と確認してくるのである。

 どちらを選んでも喧嘩となり、言葉を濁せばまた喧嘩となり、嘘泣きして見せても喧嘩となる。

 しまいには父ラザラスが二人にゲンコツを見舞う……そんな光景が飽きもせず繰り広げられ、パターン化してしまっているのだった。


「もう、最初からお父様に丸投げしてしまいましょうか」

「どうかそれだけは許してあげてください」

「はあ……。他にも、何か?」

 苦笑しながらそういうクロエに、ローラは鼻を鳴らして別の話題を促した。

「こちらが本題でして。例の話について進展がありました」

「例の……?」

「ラザラス様の問題視していた、ドラゴンの死についてです」


 クロエの簡潔な説明に、ローラもすぐにことの次第を思い出した。

 帝国との戦争が終結する直前、”英雄の再来”キラにより、一匹のドラゴンが葬られた。

 運悪く遭遇し、退治したというのならばもっと簡単だった。事実、数年前の”竜殺し事件”の際には、ラザラスも慌てはしなかった――リリィ本人は、帝国の仕業と強く信じているようだが。


 しかし今回は、『王国と帝国の戦争中』に、『帝国に協力する形』で、『王国を救おうとする人物によって』ドラゴンが殺されてしまった。

 経緯はどうあれ、帝国がドラゴンの力を利用していたのは事実であり……これが竜人族側に知られでもしたら、彼らの強大な力が振り向けられることになる。

 これを防ぐには、ドラゴンが”授かりし者”のロキに操られることとなった経緯を詳細に把握し、竜人族へ少しでも誠意を見せなければならないのだが……。


「帝国”軍部”からの返答なのですが――」

 元々敵対していた国同士が足並みを揃えるのは、なかなか難しいのか……。

「竜人族との友好関係に翳りが生じるのは、帝国としても看過できず……現在、”軍部”がその威信をかけて、”五傑”のロキに事情を聞いている最中ゆえ、今しばらく待っていただきたい。とのことです」


 帝国が示したのは、当たり障りのない拒絶だった。


   〇   〇   〇


「ぜぇ……はぁ……。おい、おい! 平気か、意識はあるんかっ?」

「エヴァ、ルト……。まあ、大丈夫だよ……こう見えても、頑丈だし」


 ガイアの”青い炎”は強力だった。

 真正面から衝突した”雷”を突き破り、肩を掠めるだけでキラは食いちぎられたかのような痛みと熱さに叫び声を上げた。


 しかし、それが功を奏した。

 ガイアは自らの”炎”で視界が塞がれつつも、キラの叫び声で勝利を確信したらしく。一瞬ではあるが確実に隙が生まれ――そこを、エヴァルトが的確について、戦場を離脱したのである。


「待ってな、いま”治癒の魔法”を……って、そうか、お前さん”授かりし者”やったな」

「うん、まあ……。って、あれ……言ったっけ?」

「あのお嬢さんが魔力を切らさんように治癒しよったし。それに、”炎”と互角の”雷”の力……聞かんでも分かりきったことやろ」

「ああ……。一応、秘密だったんだけどな……」


 キラはレンガの壁を背に、息も絶え絶えにつぶやいた。だらりと地面に放り投げた体を目にして、思わず笑ってしまう。

 ひどい状態だった。脇腹や太ももあたりの服は、魔法によって焦がされ、あるいは破かれ。除く肌は火傷とアザで、それぞれ醜く傷ついている。


 左腕に至っては、”青い炎”により袖がなくなってしまっている。肘から肩にかけて赤く腫れ上がり、魔法で貫かれていた左肩の穴が血で固まっている。

 ドラゴンやら”転移”の失敗で色々とぐちゃぐちゃになった時よりかはマシだが……ふと、リリィやセレナに知られる時のことを思い、少しばかりげんなりとした。


「キラ、お前さん、ちょいとそこで待っとき」

「え……?」

「俺があのバケモンを引きつけたる。そのすきに、とっとと”貴族街”から離れ。ふらふらやいうても、まだ動けはするやろ」

 訳も何も言わずに腰を上げようとするエヴァルトを、キラはすぐさま引き止めた。


「だめだ……。行かせない」

「はあ? んなボロボロで何を――」

「”魔剣”……あれ、かなり、魔力使うでしょ……。どれくらいか残ってるかなんてわからないけど……そんな状態で、行かせるわけがない」

 キラはエヴァルトを離そうとせず、エヴァルトもまた視線を逸らすことはなかった。

 やがて、赤いバンダナで押さえつけたボサボサの銀髪をがりがりとかき、エヴァルトは大きなため息をついて腰を下ろした。


「――ええか。俺は、お前さんに生きてもらにゃならんのや」

 猫背気味に胡坐をかくその姿に、キラはいつもとの違いを敏感に察知した。目つきも口調も鋭くなり、いつものへらへらとした顔つきも恐ろしいほどに引き締まっている。

 別人を相手にしているかのような気分に陥りつつ、キラは聞いた。


「わりと……。会った最初から、そうだったよね。リリィが”リリィ・エルトリア”だってことにも、ほんとは出会った瞬間にわかってたんじゃない?」

「……なんでそう思うねん」

「あの時も僕はぼろぼろで、リリィもきっと動揺してて……でも、エヴァルトは『大変だったな』っていっただけで、何も聞かなかった」

「……」

「馬車の中で……僕たちがこそこそ話してたのも、聞こえてたんでしょ? くしゃみ、わざとらしかった」


 キラは、何も言えなくなるエヴァルトの顔を見つめた。

 その表情を目にすると、脳裏で一瞬にして駆け巡るものがあり……考えもなしに、その言葉を紡いでいた。


「君は、帝国の出身でしょ」

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