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~新世界の英雄譚~  作者: 宇良 やすまさ
第2章

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121.環

 顎割れ紳士の堂々とした姿たるや。

 悲鳴と怒号と破裂音が散らばる空気感にあっては、もはや滑稽だった。

 だというのに、キラは馬鹿馬鹿しいと一蹴することすら出来なかった。地面に縫い付けられたかのように、足が動かない。


「君は……」

 声をかけると、紳士が「おっ?」と顔色を良くする。

 しかし、キラが口を開いて問いかける前に、闖入者が現れた。

 頭の天辺からつま先まで鎧で覆った騎士が、黄色いマントを翻し、ずかずかとローランに詰め寄った。


「ローラン、貴様! 傭兵としてならばと拒みはせなんだが、こんなところで何遊んでおる! 前へ出ろ、前へ――前線を上げて、彼奴らめを”労働街”へ押し返せ!」

「おおっ、我が友よ! 紹介しよう、たった今しがた、我が心の友となった少年だ」

「誰が友だッ。貴様、私よりも二十も年下だろう! というより、つい先日会ったばかりだ! ――どうせ、そこな黒髪の名前も知らんのだろっ」

「うん!」

「馬鹿者が!」

「ついでに言えば、貴殿の名前も知らん!」

「スプーナーと何度か告げたぞ、礼儀知らずかっ」


 騎士も騎士で、自由奔放なローランに随分と手を焼いているようだった。

 戦場とは到底思えないやり取りに、キラは半ば呆れつつ、ちらりと視線を動かした。エリックが戦いから逃れるために飛び込んだ脇道が、ローランと騎士の近くにある。

 そろりそろりと足を運び、やんややんやと口喧嘩を始める二人のそばを通り抜け――脱兎のごとく駆け出す。


 脇道に漏れた戦火は、鎮静化しつつはあった。

 統制も連携も取れていないクロス一派の戦士たちが、狭い道で次々と討たれている。

 そんな中でエリックも戦いを迫られ、キラは焦りを走る力に変えた。


 ――そこへ。

「ときに、少年よ」

 這い寄るような低い声が、背中を貫いた。

 短い言葉に込められた敵意を敏感に察知したキラは、ぱっと振り向き抜刀した。

 直感通り、黄色いマントを右肩で揺らめかせるスプーナーが、長剣による刺突を放つところだった。


「――フ、んッ」

 肺から息を吐きだしつつ、間一髪のところで”センゴの刀”で受け流す。

 後ろ向きに倒れていきそうな身体を、ビキビキと悲鳴を上げる左足で何とか持ちこたえる。


「貴様から忌々しい波動を感じる――邪悪な”悪魔”の波動を」

 ささやくような声とは裏腹に。スプーナーの握る剣が、猛々しく荒れる炎を纏う。

「今こそ滅してくれよう。この炎は、悪を喰らう浄化の炎だッ!」

 術者の意思を汲み取るかのように、炎は一層燃え上がった。


 一瞬にして膨張する灼熱の触手が脇腹に食らいつき、

「ぅ、あア……ッ!」

 キラはうめいた。

 噛み付く熱さから逃れたいが、ぐっと押し込まれる剣に阻まれ。

 剣をはねのけようにも、一瞬ごとに食い込む炎が邪魔をする。


 フルフェイスの奥で憎たらしく笑っているであろうスプーナーをにらみ――、

「負けて――」

 ガヂリと奥歯を噛み締めた。

 脇腹から太ももにまで侵食し始めた熱さをことさら無視して、腕を振り切る。

「――たまる、かァッ」

 ”センゴの刀”は、キラの技量と思いに応えた。

 きらめく刃が剣の半分を削り。更には炎をも斬り裂き。スプーナーのフルフェイスヘルメットを強襲した。


「グっ……!」

 反り返る切っ先は、鉄の兜にたやすく食い込み、更には鮮血を散らせた。

 鋭い痛みが襲ったはずなのに、スプーナーは軽くのけぞるにとどめ……右目をえぐられたフルフェイスを即座に向けてきた。亀裂から、ドクドクと血が流れ出ている。


「未だ”力”を見せんとは、忌々しいことよ……!」

 スプーナーは、今まで以上に低い怨嗟の声を垂れ流した。

「この程度で、神の加護を受けたるこの私が、退くとでも……? 巫山戯るなよ――貴様の”力”ごとき、我が炎で喰らいつくしてくれるわ!」

 黄色いマントをはためかせ、揺らめかせ、そして燃え上がらせ。恨みつらみを羽織るようにして、全身に炎をまとった。

 その凄まじさと言ったら。石畳も近くの家屋も消し炭に変えてしまう勢いで、リリィの”紅の炎”の暴走にも劣らなかった。


「クッ……!」

 立ち上る火柱にキラは息を呑み、納刀して右腕を突き出した。

 体の中を這い回る違和感を見つけて掬い上げ、ドグリと心臓を揺さぶる。

 左手で抑えた腕へと”力”を収束させ――いざ放とうとしたとき。


「あぶなぁぁぁぁい!」

 邪魔が入った。

 顎の割れた紳士が、思いっきりタックルをかましてきたのだ。

 せっかく拾い上げた集中が切れ、エネルギーが分散してしまう。

「ばッ……!」

 全身を使って覆いかぶさった来るローランの、その意外なまでの勢いと力に、キラはなすすべもなく体勢を崩す。


 倒れていく視界の中で、スプーナーが火柱の中で両腕を突き出し、轟々と渦巻く火炎放射を放つのが見えた。

 避けることも叶わず、キラはなすすべもなく飲み込まれる――、

「ぬぅ、熱い、あっつぅーーーいッ!」

「はっ……?」

 その前に、炎の濁流は覆いかぶさるローランへ襲いかかった。


 キラが驚いたのは、彼の異常な頑丈さだった。

 歯を食いしばる姿は、まさに悲痛。せっかくの紳士服が焼かれ、苦悶の表情を浮かべ……というのに、それだけで済んでいる。

 スプーナーの放った炎は、骨をも溶かさんばかりの威力なのだ。


 キラはローランに守られながら、ともに地面に倒れ込み……、

「流石に今回ばかりは! 吾輩も死ぬかと思ったぞ、スプーン!」

 無事を確認しようと起き上がる前に、ローランはすくっと立ち上がり、スプーナーの方へ向いた。

「スプーナーだ、礼儀知らず!」


 キラは尻餅をついたまま、ぽかんとして割れ顎紳士の後ろ姿を見上げた。

 確かに猛烈な業火に焼かれたはずの背中は、少しばかり火傷が残る程度で、大事に至った様子はなかった。背中と一緒にケツも丸出しになってるだけで……。


 かといって、”治癒の魔法”を自らに施しているわけでも、ましてや”再生の神力”により回復しているわけでもない。

 その証拠に、炎から受けたダメージで足が震えている。

 理由はわからないが、とにもかくにも、ローランは痛みと熱さにめっぽう強いらしかった。


「いや、そんなことより貴様――なんのつもりだ。我等の配下に入りたいと言いながら、今更歯向かうつもりかッ」

「否! 我輩は平和の象徴となる男! この理想をともに叶えないかと提案したのである――貴殿らの手下になりたいと頼んだ覚えはない!」

「ならば手を切るということでいいのだな!」

「……。それは嫌だ!」


 思い切りの良い我儘に、スプーナーはもちろん、

「どっちだよ!」

 キラもまた、突っ込まずにはいられなかった。

 すると、ケツ丸出しケツアゴ紳士は「おっ?」という顔で振り返り、ニンマリと笑った。

「実に良き反応っ」

「……どうも」


 キラは渋々返事をしながら立ち上がった。

「君は何。敵? それとも味方?」

「ふっふ――我輩は、平和の味方!」

 馬鹿馬鹿しい回答だった。

 そんな事を聞きたいんじゃない、と。

 つい口に出してしまいそうになったが。

 背中も尻も丸出しにして言い切るその背中に。

 なぜだか無性に協力したくなってしまったのだった。


「じゃあ、”平和の味方”、この場は協力しよう――どう見ても、相手は正気の沙汰じゃない」

「うむ! では、逃げるぞ!」

「うん――え?」

 一も二もなく。ローランはスプーナーに背中を向けて、走り出した。


 キラはあっけにとられ、その行く手を阻もうとして、逡巡した。

 スプーナー相手には”雷の神力”を出さざるを得ない――そうなれば真っ向から全力でぶつかることになる――ギリギリで戦い続けているエリックのフォローができない。

 ケツ丸出しで逃げ出す紳士を追い、その背中に声をかける。


「”平和の味方”! この先でエリックを保護したいんだ――で、”労働街”までの護衛を頼みたい!」

「ほう! この窮地にピンチの友を思うとは!」

「そんなんじゃないさ! 気に入らないけど、死なれたら目覚めが悪いんだよ!」

「はっは、それは良きこと! 平和の中でしか後味の悪さは生まれない――うむ、任されたぞ、少年!」


 背中もケツも丸出しで、言うこともなすこともハチャメチャではあったが。

 ”平和の味方”を自称するだけの度胸と胆力と思慮深さを、ローランは備えていた。

 棒のような姿勢のまま凄まじい勢いでダダダッと走り、窮地に陥るエリックの元へ突っ込む。


「あぶなぁぁぁぁい!」

 さっきも聞いたような情けない叫び声とともに、剣を振り向けられ息を呑む少年に覆いかぶさる。

 ざばっ、と。ローランは背中を切りつけられ、エリックとともに倒れ込んだ。

 が、次の瞬間には立ち上がり、少年を抱えあげていた。足はガクガクに震えていたが、切りつけられたはずの背中はちょっと血が滴る程度の傷しか残っていない。


「”神力”の波動はないのに……ホント、あの体どうなってんの」

 キラは呆れてつぶやき――背後で石畳を踏み込む音がしたのを、敏感に察知した。

「敵を前に背中を向けるとは――」

「そりゃ逃げたら追いたくなるよね!」


 スプーナーのしつこさをある程度予想していたキラは、ぱっと向き直った。

 走り込んでくるスプーナーの手元から、炎をまとう剣が突き放たれる。

 今度は万全の体勢で相対し――軽くステップを踏んで横に移動しつつ、両手で握った刀を振り上げた。

 ”センゴの刀”で、先程削った箇所へ過たず斬り込む。

 ギランッ、と。炎と一緒に剣の先端が宙へまい、キラはニッとして笑った。


「ヌゥ……!」

 スプーナーは呻き、しかしすぐさま次の手を打った。

 剣を捨てるかと思いきや、逆にその柄を強く握りしめる。

 その瞬間に、キラは緩んでいた口を引き締めた。物凄まじい魔力の波動が、どれほど鈍感でもわかるくらいにビリビリと空気を震わせていたのだ。


 そして——。

「それはマズイでしょ……!」

 ヴンっ、と。炎が剣の形状を模した。

「これこそ魔法の境地の一つ――”魔剣術”!」


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