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~新世界の英雄譚~  作者: 宇良 やすまさ
第2章

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119.交差

 いくつかモロに直撃した魔法はあった。火炎放射が脇腹を焼き、突風が左の肩を貫き、石塊が太ももを強打した。

 しかし、どれも直撃を覚悟して受け止めたからか、動きに支障をきたすことはなかった。


「ホントは無傷で切り抜けたかったけど……まあ、及第点かな……」


 ただ、痛いものは痛い。

 どれほど身体が頑丈でもその事実は変わらず……脈打つ左肩を右手で圧迫しつつ、ヨロヨロとあるき出す。

 かちゃりかちゃりと”センゴの刀”が腰で緩やかに揺れ動き、キラは顔だけちらりと振り返った。

 三十人いた騎士たちは、すでに全員が草原に伏している。


「エマールの直属騎士……だっけ。同士討ちに助けられはしたけど……」

 彼ら一人ひとりが実力を持ち、魔法も近接戦闘もかなりのレベルにあった。

 ただ、全員が全員、敵の排除に異様なまでのこだわりを持っていたのが仇となった。

 手柄を独り占めしようというのではない。獲物の血と悲鳴を求めているのでもない。彼らの執着には、そういった自己中心的なものは感じられなかった。

 まるで神へ生贄を捧げるかのような、そんな狂信的な想いが彼らを突き動かし、だからこそ互いに干渉してしまっていた。


「”悪魔”、か……。宗教の思想だったりするのかな?」

 キラは血染めになった草原から視線を外し、正面に向き直った。

 小高い丘に、さながら玉座のようにそびえるエマール城。その近くには崩れかけた円形闘技場が寄り添っている。

 闘技場での狂気に満ちた出来事が、脳裏に昨日のことのように浮かび上がる。


「あのとき……間違いなく、エマールが観客を支配してた。王冠かぶってたし。……ってことは、エマールが司祭だったり? 司祭の王的な?」

 ブツブツとつぶやいた言葉に合わせるようにして、ふと別のものを思い出す。

「でも確か、”労働街”の教会はボロボロだった……。”聖母教”だっけ……。エマールがその司祭で、観客たちが信仰者なら、あれを『”労働街”のことだから』って放っておくかな?」


 何度ひねった考え方をしても、結局答えを得ることは出来ず。

 キラは首を振って考えることをやめた。

「いや……。今はそんなことよりも、これからどうするか……だね」

 よろつく足取りでたどり着いたのは、”北門”だった。


 シスがよほど派手にぶちかましたのか、門があるべき場所に門がなく、”正門通り”を守っていた両側の壁もなくなっていた。

 一帯が更地になった地面には、ぽっかりと大きな穴が空き、明らかに人工的な道が地下に敷かれているのが見えていた。


「反乱軍のことはユニィに任せたし、なら僕はシスと協力してエマールを捕まえないと。”モルドレッドの槍”を使うエマールの息子もいるだろうし、加勢しないと……」

 何かが起こっているのか、穴の奥から不気味な音が漏れ出てくる。

 キラは穴の縁に立ちながらも、飛び降りようとはしなかった。すべきことは分かっているというのに、なぜだか足が動かないのだ。

 それどころか、穴から目を離して、”貴族街”のほうを気にしてしまう。


「さっきのクロスの声……」

 無意識につぶやいたことで、ようやくキラも何が気がかりなのかを自覚した。

「エマールを狙ってるっぽかったけど、それってつまりは反乱軍の作戦を最初から利用するつもりってことで……。じゃあ……」

 たとえどれだけ気に入らなくとも。

「一緒にいたエリックは……?」

 その安否を確認せずにはいられなかった。


   ○   ○   ○


 時刻は、クロスの巻き起こした混乱より少し前に遡る。

 その時、エリックは”追い立て組”として、クロスとともに行動していた。

「――え! じゃあ……!」

「うむ。そういった次第で協力をすることになったのである」

 クロスが協力者を得た経緯に驚きを隠せず、エリックは少しの間棒立ちになった。


「ちょっと待てよ。だったら、俺達は……!」

「うむ。間接的に、奴らの援助をしていたことになる」

「クソがよ……! だったら、なおのこと――」

「憤るのもわかるが、少年よ、まずは手順を踏まねば。今なさねばならないのは彼らへの救済……淘汰はその先だ」

「……けっ」


 エリックは舌打ちをしつつも、取り立てて反論はしなかった。

 カンテラを持って先導するクロスの背中から、いやに圧迫感を感じたのである。


「んで? 救済ってのは、具体的には何をするんだよ」

「今、エマール領はかつてない混乱のさなかにある。金も食糧もむしり取っていた領民から、思いがけず攻撃を受けているのだ……これを利用せぬ手はあるまい」

「はっ、むしり取るね……。そう思ってんのはユルイ”貴族街”連中だけだろ」

「なれば、今回はそのゆるさに救われたということ。感謝せねばな?」

「皮肉が過ぎんだろ……」

 クロスの低い笑い声が、地下通路の岩壁で反響する。

 その奇妙な響きにエリックは背筋をゾクリとさせた。


「ともあれ、この戦時下に一人や二人行方知れずとなったところで誰も気に留めまい。教会で合流した後、”労働街”へ連れていき、我らもお役御免となる」

「たったそんだけかよ」

「それだけエマール支持者共の結束は固く、そして監視が厳しいということだ……。我々としても、反乱というこの状況を差し置いて、戦場から遠ざかるわけにもいくまい」

「まあ、そりゃそうだけどよ……」

 筋は通っているはずだが、なぜだか釈然とせず、エリックは不満げに返す。

 その心中を知ってか知らずか、クロスは歩く足を早めた。


「さて、そろそろ教会に着くはずだ」

 地下通路をぼんやりと照らすカンテラの明かりが、急に心細くなった気がした。

 それもそのはず。通路の幅が倍ほど広くなり、岩壁まで遠のいたのである。

 行き着いたのは、もはや通路ではなく、一つの部屋だった。

 両の岩壁には等間隔にいくつもの穴が掘られ、その中へ”聖母教”の象徴たる”聖母像”が祀られている。


 どこか不気味なものを感じながらその奇妙な部屋を突っ切り、すると階段に行き当たる。

 段差のまばらな石段を上りきり、蓋をするかのような扉をクロスとともに押し開け……ようやく、”貴族街”の教会にたどり着いた。

 扉が通じていたのは、祭壇の裏側だった。黄色い垂れ布でうまい具合に隠しており、一度抜け出るとどこから出てきたのかわからなくなるほどだった。


「たっけえ天井……」

 エリックは、見たことも聞いたこともない内装に、おもわずあんぐりと口を開けた。

 造りとしては、一直線に伸びる廊下のように単純なものだった。

 しかし、何もかもが桁違いなスケールだった。ずらりと並ぶ椅子の多さ然り、敷かれた赤い絨毯の幅や長さ然り、柱や壁や天井に伝う模様の複雑さ然り。


 くらりとするような広さに、エリックが顔をしかめていると、

「クロス殿……? よかった……!」

 今にも消え入りそうな男の声がした。

 クロスと顔を見合わせ、きょろきょろとあたりを見回す。

 流れる視界の中で、エリックはすぐ近くの石柱の陰に亡霊のようにして隠れる男を見つけ、びくっと肩を震わせた。


「へ、変な声のかけ方すんじゃねえよ……! 場所が場所だぞ、びっくりするだろ」

「あはは……すいません。誰かがいると隠れてしまうのが癖になって……。しかし、少年、君は一体……?」

「うん? こっちの状況を把握してるわけじゃねえのな?」


 ひょろりとした男と一緒になって首を傾げていると、クロスが話に割って入った。野太い声で、とつとつと強引に勧めていく。

「そのあたりは追って話すとしよう。セシル殿、ご家族はどちらにおられる? 予定では、この教会で合流後、”労働街”へともに向かうはずだったが」

「妻と娘は、聖具室で待たせております。もはや、この街そのものが敵ですからね……万が一にも、見つかりたくないのです」


 そこで、エリックは眉をひそめた。

 道すがら、”聖母教”を信仰しているために肩身が狭くなり、街を出る決心をしたのだとクロスから聞いた。

 しかし、今の言い方を考えるに、信仰心は二の次のように思えた。

「なるほど。では、我々も万全を期して臨まねばなるまい」

 静かに、しかし言葉に力を込めて言うクロスを、エリックはじっと見つめていた。



 そうして。


 リモンに轟く雄叫びの直前。


 クロスが正体を表したのである。



「クソが……!」

 たらりと腕から血が滴り落ちるのを感じつつ、エリックは背中のドアを強く意識した。

 しかし、そんな様子は毛ほども悟られないように、ぎらりとクロスをにらみつける。


「何が救済だよ、嘘つき野郎が!」

「少年、君は怒るのでなく、喜ぶべきだ」

「ああ……? イカれてんのか、てめえ!」

 いくつもの長椅子が横倒しに倒れ、その合間に大量の血を流して倒れているのが二人。”協力者”であるセシル夫妻だ。


 クロスは剣を振るって滴る血を払い、低い声でボソボソと続けた。

「この聖戦の贄となるのだ。むしろ羨ましいほど……」

 その口調といったら。おぞましいほどに嫉妬の念が入っていた。

 本気でそう思っているのだと解り、しかしエリックは首を振って突き放した。クロスの考えを理解してしまっては、自分まで気が狂ってしまいそうだったのだ。


「要は俺らをダシにして、大義名分がほしいってことだろ。ンな胸糞悪ぃ話聞いて、誰が感謝なんかするかよ! くそくらえ!」

 クロスは肩の力を抜き、大きなため息をついた。

「愚かなり……。神は、我らの魂をいつ何時も受け止めてくださるというのに。――そのありがたさを受け入れぬとは、万死に値する」

「まじで狂ってんな……!」

「狂信的と誹られようと。我らが神への背信は、決して赦されることではない――誰もが神へ忠誠を捧げる責務があるのだ!」


 クロスは盾と剣を構え、突進してきた。

 エリックも、右肩を這う痛みに顔を歪めつつ、剣を握った。

 逃げればよかったのかもしれない――教会は広くいくらでもやりようがある――クロスとの距離も十分だ。


 だが、そんな事を考えるよりも先に、体を動かした。

 胸の奥底でうずく恐怖心を抑え込み、クロスへ向かって一歩踏み出す。

 そうして振るった一撃は、しかし、ひどく固い手応えとともに盾に阻まれた。

「くそっ……!」

 体の芯にまでビリビリと響く衝撃に、エリックは奥歯を噛み締めた。


 刹那、不意に脳裏から蘇る記憶があった。

 闘技場にて、キラと戦ったときのこと。同じ身長で同じ体格で、年齢もそう変わらないであろう少年に、エリックは惨敗した。

 あのとき、あの瞬間。

 彼の技量を羨み、彼の才能を妬み、彼の強さを欲しがった。頭角を現し始めた幼馴染たちを意識したときとは、比べ物にならないほどの飢えがあった。

 彼ほど力があれば、何もかも迷いがなくなるのだと思ってしまったのだ

 セドリックとのことも、ドミニクとのことも、村とのことも――そして、今この瞬間に降りかかる危機のことも。


「くそがよ……ッ!」

「さあ、地獄へ堕ちろ」

 剣戟を防がれ、体勢を崩し。そもそも立ち向かえる力量もないエリックでは、クロスの次なる一撃を避ける手立てはなかった。


 ――だが。

「感心はせんな、”狂信者”よ」

 今に振り放たれようとしていた剣は、全く別から降りかかる攻撃により、中断を余儀なくされた。

 一瞬のうちに目の前で巻き起こった出来事に、エリックはぽかんとした。

 剣を振り上げていたクロスは、寸前で闖入者を察知して体勢を変え。しかし、その隙を突くかのようにして飛び込んできた魔法の火の玉に弾き飛ばされた。


 誰が放ったのかと目を向けてみると、そこに”古狼”ヴォルフがいたのである。

「弱者を一方的に攻め立てるとは。戦人の風上にも置けぬ」

「”古狼”……! 傭兵風情が神に認められし聖戦を邪魔するかッ」



 ――こうして。

 ヴォルフに完膚なきまでに追い詰められたクロスが、自らの瀬戸際を感じ取り、己の目的を同胞へと託したのである。


  ○   ○   ○


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