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~新世界の英雄譚~  作者: 宇良 やすまさ
第2章

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116.裏


  ○   ○   ○


 エヴァルトはカンテラを掲げて、真っ暗闇な地下通路を一人歩いていた。


「……思い通りにはいかへんもんやなあ」

 大きなため息とともに、呟いた言葉はゴツゴツとした壁や地面に跳ね返り、不気味に反響する。

 ビンビンと耳の奥で響く音に、誰も文句を言わない。

 なぜなら、本来ならば”追い立て組”として一緒なはずのクロスとエリックが、別行動をとってしまったのだ。


「人のことトラブルメーカーいうといて、これは……。今からでも戻るべきか?」

 こうしてエヴァルトがひとりごちることになったのは、クロスが原因だった。

 この洞窟のような地下通路への入り口を見つけたのはクロスだったのだが……独力で発見したものではなかったのである。


 彼が言う『協力者』に、”労働街”と”貴族街”の二つの地区をつなげる教会があるのだと教えてもらったという。その見返りとして、クロスは『協力者』一家のエマール脱出を約束したらしい。

 つまるところ、クロスは作戦中にも関わらず別行動を余儀なくされ……。


「役割は果たすと言うとったが……これやと俺が一人で”追い立て組”やっとんのと変わらんやないか」

 必然的に、エリックがクロスとともに行動するということに繋がった。

 第三段階目の作戦において、”追い立て組”はどの班よりも危険な役回りとなる。”労働街”へ押しかけようとする連中の度肝を抜き、さらには並み居る強者を押しのけてエマール本人に危機感を抱かせねばならないのだ。


 周りは全て敵だらけ。

 到底、キラに助けられなければピンチも打開できないエリックを、そんな状況へ引っ張り込むことは出来ない。

 実力者であろうクロスがともにいるからこそ、”追い立て組”での行動を許した面が大きいと言うのに……。


「最初からきな臭いとは思うとったが。クロス……なかなかのグレー具合やないか」

 問題は、クロスが『協力者』一家の件を黙っていたことである。

 一家の安全の確保を約束していたのならば、当然作戦中にも動かねばならないことは自明の理である。なんと言っても、一家がエマール領を脱出するならば、リモンでの戦いの騒動に紛れる他にはないのだ。

 故意にしろ失念していたにしろ、土壇場でのクロスの別行動は作戦を崩壊させるきっかけともなり得る。


 エヴァルトとしても、そんな突如とした話を持ちかけられた時点で、クロスを敵と断定しても良かったと思ってはいたのだが……。

「このタイミングでの裏切りはないやろ、普通……。もっとええ感じの瞬間があったはずや。エマール側の人間なら、それこそシェイクは邪魔なはずやし」


 傭兵クロスが反乱軍に協力すると知ったとき。

 エヴァルトはシスとともに、その真偽を確かめるべく、クロスと会った。

 結果としては、グレー寄りの白。

 傭兵という経歴に嘘偽りはなく、実力もちゃんと伴っている。


 唯一気がかりなのは、出身が”聖母教”総本山である”教国”ベルナンドということだ。彼の国の国民は、例外なく皆が”聖母教”を信仰している。

 つまりは、宗教騎士のような格好していることからも分かる通り、クロスも”聖母教”信者なのである。実際、彼もその事実を認め、更には”聖母教”の素晴らしさを語り始めた。

 エヴァルトもシスも、疑う点が特にないということで、クロスを拒絶はしなかったが……。


「仮に狙いがあったとして……なんで今やねん。目的がさっぱりや。前もって『協力者』一家のこと話されてれば、俺もこんなに勘ぐることなかったんに。……うっかりか? それとも、ホンマに偶然なんか?」

 ぶつぶつと呟く声が、地下通路の岩の壁で反響し、やがて消え入る。

「まあ……なるようにしかならんか。最悪、クロスが裏切り者でも、行き先は分かっとるしなんとかなるやろ」


 エヴァルトは、一旦深く息を吐いて、ひゅっと鋭く空気を吸い込んだ。

 それだけで、頭の中を覆っていたもやもやが一気に晴れていき、その爽快さにホッと一息つく。

「なにはともあれ、俺自身が目的見失わんようにせな。一歩踏み外せば真っ逆さま……そないなことはまっぴらごめんや」




 ”追い立て組”の侵入ルートは、二通りある。

 入り口は”労働街”にある教会ひとつなのだが、通路が途中で二手に別れているのである。一方は”貴族街”の教会へ続き、もう一方は”裏手”と呼ばれる貴族街の中でも最下層の地区へと繋がっている。

 エヴァルトが進んでいるのは”裏手”方面であり、出口までは一直線……という話だったのだが。


「……なんやねん、これ」

 エヴァルトは唖然と、思わず後ろを振り返った。

 カンテラを突き出してみても、そのぼんやりとした明るさでは来た道の数歩先も見えない。

 しかし、どこにも分かれ道はなく、迷いもせずにたどり着いたのは間違いなかった。

 夢でもなんでもないことを確認しつつ、もう一度エヴァルトは正面を向く。


「そういえば……”労働街”の教会はぼろぼろやったな。エグバート王国の国教は”聖母教”やっちゅうのに、その教会がぼろぼろなんは謎やったが……」

 そこは、聖堂だった。

 ゴツゴツとした通路が急に開けたかと思うと、等間隔に並べられた石柱や、つるつるときれいに整えられた天井が目に飛び込んできたのである。


 一歩足を踏み入れると、肌をまとう空気もガラリと変わる。

 どんよりとこもっていたものが、地下というのにどこか爽やかな空気が肌を撫でる。

 エヴァルトは、彫刻のような石柱には触れないよう離れて歩き……ふと、押しのけられるように立ち止まった。


「聖母像……。っちゅうことは、やっぱここは”聖母教”の隠し聖堂なんか……」

 正面突き当りの壁には、祭壇が設けられていた。

 中央には少しばかり粗雑な聖母像が据えられ、その身なりを少しでも整えようとするかのように、燭台やステンドグラスで飾り付けられている。


「いよいよもって謎やなあ。こんな地下に聖堂を作ったっちゅうことは、”聖母教”信者たちが隠れたかったからにほかならんわけで……そしたら、”聖母教”を迫害したもんらがおるっちゅうわけで。その不届きもんは、まあ、エマールにほかならんのやろうが……」

 聖母像を見つめ、エヴァルトは首を傾げた。

「国教がこないなところまで追い詰められるとはなあ。エマール領が特殊な環境下にあると言われれば、それまでやけど……あのまんまるなおっさんが、こないな事する力も度量もあるもんやろか。知られたら”教国”全部敵に回すで」


 その不可解さに首を傾げたエヴァルトは、祭壇のすぐ横に扉があるのに気づいた。もう一度、じっと手作りな聖母像を眺め……肩をすくめて足を向ける。

 もう何年も使っていないような取っ手を握り、慎重に引き開ける。

 扉の先は、隠し聖堂とは打って変わって、真っ暗闇中に狭い階段が続いていた。カンテラで照らしながら、慎重に上がっていく。

 階段を登りきると、またも行き止まりとなっていたが……。


「なるほどな。そら、隠した聖堂行くには、その入り口も隠さなあかんわな」

 カンテラをかざしてみれば、前方と左手の壁が石造りなのに対して、右手の壁は木製だった。

 ぼこりと凹んだ取っ手を見つけ、指を引っ掛ける。

 ぐっと力を込めるも、なかなか思うように動かなかった。ほんの僅かに隠し扉に隙間ができ、そこへ手を突っ込んで思いっきり力を込める。

 すると、扉はスライドするのではなく、前へばたりと倒れてしまった。


「なんや、本棚か……なにかにつっかえとったみたいやな」

 カンテラのぼんやりとした光を、部屋の中へ振り向ける。

 昼間だと言うのに、何もかもが黒く塗りつぶされていた。本棚や食器棚、クローゼットと言った調度品が、ありとあらゆる窓を潰し、外界からの干渉を断っている。

 隠し扉にも本棚が使われ、派手に倒れたせいで詰まっていた本が一斉に床へバラけてしまっていた。


「しかし埃っぽい……。聖堂が見つからんかったのはええが、隠れ信者たちは無事やなかったみたいなや。……っちゅうことは、『協力者』一家は最後の”聖母教”信者ってことになるな」

 そこでエヴァルトは、自分の言葉に疑問を覚え、首を傾げた。

「最後の……?」

 言葉が頭の中へ染み込んで忙しなく駆け回り……なにか強烈なひらめきが輝こうとした瞬間、突如とした轟音が耳を貫いた。

 ハッとして思考の海から浮かび上がり、目を鋭く尖らせる。

 そばだてた耳に届いたのは、おそらくは反乱軍とエマール軍の激しい衝突だった。 


「今の波動……ごっつい魔力やったな。ヨーク・ランカスター……とっととケリつけな、あっちゅう間に反乱軍が傾く」

 エヴァルトの視線は、すでに”聖母教”信者の隠れ家には向いていなかった。

 唯一塞がれていない扉に音もなく近寄り、慎重に取っ手を握る。錆びついた音が耳につくものの、ガタつくこともなくゆっくりと開く。

 扉の隙間から漏れ出る光の中で、ちらりと壁が見えた。


「”境界壁”の近くに出たんか……。もうちょい城寄りのほうが助かったが……贅沢はいってられんか」

 怒声や剣戟、時折交じる悲鳴が、左方面から聞こえてくる。距離はそれなりにあるらしく、風向きによってはふと静まり返ってしまう。

 反乱軍が戦場として選んだ”境界門”は、リモン”貴族街”の南部に位置する。そこから考えれば、”隠れ家”は少なくとも”貴族街”の南西部にあると予想できた。


「”追い立て組”としては、エマールに危機感を感じさせれば勝ち……。これを実現するには、エマール軍をまとめてぶっ飛ばすのが一番やが……あいにく、俺一人やとどうにもできん」

 エヴァルトは耳をそばだて、外に誰もいないのを確認してから、さっと扉を開け放った。

 ”身体強化の魔法”を宿して、”隠れ家”の壁を駆け上がり、屋根に膝をつく。


 三階建ての建物の頂上とだけあって、”貴族街”をよく見渡すことが出来た。地上の道を歩いているときにはわからない異様さが、くっきりと浮かび上がるのである。

 ”貴族街”ですら、エマール城を守る”壁”に過ぎないのだ。理路整然と並ぶ家々は、城を取り囲むかのように、何重にも円を描いている。

 ”貴族街”に住む者たちにとって、エマール城に近い位置であればあるほど、位が高いということになるのだ。


「ユニィっちゅう不思議馬なら、こっからでもエマール城まで飛んで破壊できるんやろうが……力の加減分かってなさそうやし、生け捕りは無理やろうなあ」

 ”貴族街”の”裏手”からは、エマール城は小高い丘に構えているように見える。

 屋根を飛び移りながら、城へ接近し、忍び込む……そんな方法も取れなくはないが、これは一か八かの賭けに近い。


 なぜなら……。

「にしても、エマールの息子の弟の方……マーカスはかなり厄介やな」

 エヴァルトの脳裏には、マーカスの強さが鮮明に焼き付いていた。

 闘技場での騒動において、一瞬とはいえ、キラを追い詰めたのだ。


 キラの剣の腕は言うまでもなくずば抜けているのだが、中でも際立っているのはピンチを覆してしまう対応力である。

 どれだけ追い詰められていても、気づいたときには逆転に持ち込んでいる。あのブラックでさえも、”神力”で優位に立ちながら仕留めきれなかった。

 それをマーカスは、ブラックの”神力”に助けられたところがあったとはいえ、終始キラを抑え込んでいた。


「ま、あん時はキラも怪我しとったし、一概には言えんが……それでも、マーカスを討ち取れば勝ったも同然。倒せるかは知らんが」

 方向性が決まったところで、エヴァルトは戦のただ中にあるであろう〝境界門〟の方へ顔を向けた。

「なんにせよ、迷ってる暇あらへん。――俺もこないなとこで死んどる場合やないからな」

 ふぅっ、と息を吐き、膝を曲げて跳躍しようとしたところ。

 どこからともなく。


「同胞よ、聞け!」


 声が轟いた。


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