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~新世界の英雄譚~  作者: 宇良 やすまさ
第2章

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115.渦巻く

 戦場は、まさしく生き物だった。

 隣り合わせになっていた戦いが、やがて合流して別のうねりを生み出す。そのうねりは、敵も味方も関係なく疲弊させ、さらなる戦いを呼び寄せる。

 誰かが誰かのために荒波へ飛び込み、その誰かも飲まれかけ……。

 そんな中でセドリックは、ドミニクと一緒になってもがいていた。


「今!」

「――”渦巻き、押さえつけよ”!」


 ドミニクの詠唱が終わる直前に、セドリックは鍔迫り合いをしていた傭兵から離れた。

 唸りを上げながらはじき出された突風に、傭兵はなすすべもなく弾き飛ばされる。その勢いは凄まじく、家屋の壁を突き破って姿を消してしまった。


「ナイス、ドミニク!」

 セドリックは恋人へ声をかけつつ、素早く道端へ駆け寄った。

 ”境界門通り”には、戦場という荒波にもまれ、動くこともままならなくなった反乱軍の戦士たちが多くいた。

 前線を押し上げているであろうオーウェンやベルのもとへ向かいたかったが、セドリックもドミニクも、傷つき呻く同志たちを無視できるほど、肝が座っていなかった。


「大丈夫っスか。動けますか」

「ああ……なんとか」

「ならそこの家の中へ。動ける人たちにもそう伝えてください」

 脇腹をやられたり、足を潰されたり……道にうずくまる戦士たちの負傷具合は様々である。重傷ながらも動きはできる人や、意識がない人も、中にはすでに事切れてしまった人もいる。


 出来ることならば、全員を安全な場所へと誘導したかった。しかし、セドリックもドミニクも、”支援組”という役割を担った戦士の一員であり、誰も彼もを手助けすることは不可能に近い。

 だが、だからこそ、”救護班”へのスムーズな橋渡し程度はこなしたかった。

 ”境界門通り”に面する家の中へ運び込みさえすれば、リモン”労働街”の有志が介抱してくれる手はずとなっている。

 彼らを頼れば少しでも助かる命がある。”隠された村”成立前まで死と隣合わせだったセドリックとドミニクにとっては、憔悴した仲間を放置することは考えもしないことだった。


「――ドミニク。この人、そこの家の中に運ぶぞ。足の方頼む」

「ん、わかった」

「ゆっくりな――いくぞ」


 戦場から聞こえる破裂音や幾重にも重なる怒号が気になりながらも、セドリックはドミニクとともに重傷者を手近な家屋の中へ運び込んだ。

 傭兵を複数人相手していたのか、至るところに傷を負っていた。着込んだ鎖帷子は見る陰もなく引き裂かれ、腕や脇腹や太ももからどくどくと血がたれている。

 自分にできるのは、傷を治すことではなく、安全確保まで……そうは分かっていても、徐々に命が削れていくさまに、セドリックは唇を噛み締めずには居られなかった。


 無力さを感じているのは、ドミニクも同じであり、

「俺達に出来ることはもうない……いくぞ、ドミニク」

 小さな恋人は、手を掴んで連れて行こうとしても、頑として動こうとしなかった。今にも息絶えそうな戦士を、じっとみつめたままでいる。


 すると、誰かがガタガタと家の中へ駆け込んできた。

 セドリックは反射的に恋人の身体を引き寄せて身構え……しかし、その人物は脇目も振らずに重傷の男のそばへ駆け寄った。

「ザビエル、ザビエル……!」

 その反乱軍戦士は、自身も傷だらけにも関わらず、仲間に声をかけ続けていた。

 セドリックは、今度こそ強引にでも連れて行こうとドミニクの手を引っ張り、すると彼女はすんなりと誘導に従ってくれた。


 震える小さな手をギュッと握ってやり、扉を開けてともに家を出ようとして……ふと、最後に二人の様子を振り返った。

 閉まりゆく扉の僅かな隙間から見えた光景に、セドリックは眉をひそめた。

「”治癒の魔法”……?」

 反乱軍戦士が、ザビエルという仲間の最期を看取る――そんな哀しい姿を思い描いていたが、まるきり逆だった。


 戦士が何やらザビエルの身体に触れると、途端に意識を取り戻したのである。

 反乱軍には”治癒の魔法”の使い手は居なかったはず――使える人がいれば皆もっと万全の状態で戦いに挑めた――それどころか、怪我人の出る戦場において活躍できたはず。

 ぐるりぐるりと思考が巡り……そうしているうちに、パタリとドアが閉じてしまった。


「セドリック?」

 ドミニクが不思議そうに首を傾げているのを見て、セドリックは肩の力を抜いた。

 ”治癒の魔法”の使い手であることを隠す理由も動機も見当たらない。裏切り者ならば、もっと早い段階で行動を起こせたはず。何より、仲間の命を危機にさらしてまで隠し通すようなことでもない。

 なにかの見間違いだったのだろうとセドリックは飲み込み、小柄な恋人へ向けて首を振った。


「いいや、なんでもない。それより、もう前線へ向かわなきゃだな」

「うん。戦況はどうなんだろう……かなり押し上げてるみたいだけど」

 セドリックはドミニクに合わせて小走りになりつつ、ブツブツと返した。

「多分、今相手にしてるのって、エマールが集めた傭兵だろ。シェイク市長は直属の騎士の方を警戒してたし……なんにしても気を引き締めていこう」


 反乱軍とエマール傭兵団の衝突は、”境界門通り”に爪痕を残していた。

 左右に不格好に立ち並ぶ家々には、一つとして無事なものはない。剣や斧や矢で傷つけられ、赤い飛沫が塗りたくられている。

 地面には息も絶え絶えな傭兵たちがうずくまり、あるいはピクリともせずに伏している。


「フランツ・サラエボだっけか……あんな強いやつと戦ってるニコラさんも気になるけど――」

「ニコラおじさんはきっと大丈夫。だから、私達は前線に」

「だな! ――うん?」

 自分を納得させるためにも力強く頷き――セドリックは、眉をひそめた。


 二人で一緒に目指す前線……ようやく見えてきた”境界門”近くで、何か異変が起きたような気がしたのだ。

 それは、目に見えない爆発のようであり――そう感じ取った途端に、前へ進む足が一気に重くなった。

「なあ、これってさ……!」

「うん……! ものすごい魔力……っ」


 魔法の才能に長けたドミニクは、爆発的な力の奔流に飲み込まれそうになっていた。顔が真っ青になり、歩くのは愚か、まともに立つことすらできなくなる。

 セドリックは慌てて恋人の脇を抱え……そこで、体中を縛り付ける”波動”がなくなったのを感じ取った。ドミニクも、いつになく深いため息をつく。


 だが、一旦落ち着いたかに思えた異変は、

「なんだったんだ――って、え!」

 まだ序の口に過ぎなかったらしい。

 ベルが、ものすごい勢いで飛んできたのだ。

 大きな剣を盾のようにして構え、苦悶の表情を浮かべている。かなりの衝撃を剣でまともに受けたのか、ザザッと着地するとともに握り落としてしまう。


「ベルさん、大丈夫っすか!」

「――来んじゃねえ!」


 その言葉の意味は、理解せずとも、解ってしまった。

 誰かが、高速の勢いでベルに猛追を仕掛けたのだ。瞬間移動の如く現れたのは、上半身裸の男だった。

 ベルに接近するやいなや、腕の筋肉を怒張させて、拳を振り向ける。


 ドミニクが小さな悲鳴を上げ――ベルの顔面に拳が迫り――そこで、ヒュンッ、と鋭い音が接近する。正確無比な射撃で放たれた矢が、傭兵の拳を射止めようと飛来していた。

 だが、傭兵は寸前でパッと後退し、矢は空を切って地面に突き刺さるに終わった。


「ベルくんには――!」

「手出しさせない……ッ!」

 今や”反乱軍”で一、二を争う弓の名手となったルイーズが、離れた家屋の屋根から狙いすましたのだ。

 そのライバルであるエミリーが続けて矢を放ち、傭兵もたまらず距離を取る。

 セドリックは安堵するのも忘れて、しゃにむに飛び出した。


「離れ、ろッ!」

 剣を抜き放ち、切っ先に体重すべてを乗っけて、叩きつける。

 傭兵は大きくとったバックステップの影響で、すぐには動けないでいる。避けるにしろ受けるにしろ簡単ではない――はずだった。

 しかしセドリックの渾身の一撃は、的外れにも傭兵の足元の地面へめり込んだ。


「――くそッ!」

 傾いでいく身体で、セドリックは何が起こったのかようやく理解した。

 足を引っ掛けられたのだ。傭兵の詠唱なしの魔法で地面が凹み、剣を振り切る直前に引っかかってしまったのである。

 片足を大きく踏み出して転ぶのは防いだが――体勢を立て直した傭兵が、拳をグッと腰にためていた。


「――ッ!」

 ふっとばされる。

 そう覚悟して歯を食いしばり――、

「こンの野郎――俺に興味はねえってか!」

 強烈な一撃が繰り出される寸前で、どこからともなく現れたオーウェンが傭兵へ襲いかかった。


 この奇襲にも、傭兵はきっちりと対応した。

 筋肉で盛り上がった身体つきには似合わないほど、スマートな身のこなしで長剣の横薙ぎを避ける。身軽なステップで、一旦距離を取る。


 そこへ、

「――”突き抜け、焼き焦がせ”!」

 ドミニクの炎の魔法が襲いかかる。

 が、これも防がれてしまった。あっという間に風の障壁を張り、渦巻きながら接近する火炎放射を上空へそらしてしまう。


「何なんだよ、あいつ……!」

 セドリックは傭兵の凄まじさに唖然としつつも、ベルのもとへ駆け寄った。遅れて、ドミニクもフォローに入る。

「大丈夫すか、ベルさん」

「ああ、まあな……! まだ痺れてっけど……戦える」

「良かったっす。それにしても……」


 臨戦態勢のルイーズにエミリー、オーウェン。セドリックもベルもドミニクも構え、遅れてメアリもやってきた。

 数にして七人。それだけを相手にしているというのに、傭兵は逃げることはなかった。

「あいつ、たぶん、エヴァルトの言ってたやつだ」

 ベルのつぶやきに、オーウェンが反応する。

「ヨーク・ランカスターだっけっか……。傭兵の試験で手合わせして、底が見えなかったっていう……通りで化け物じみた反応するわけだ」


 上半身裸の傭兵ランカスターは、見れば見るほどに異様だった。

 鎧でも着込んでいるのかと錯覚してしまうほど、全身が筋肉で覆われている。気のせいか、腕や胸周りの筋肉が一回り膨れ上がっている。


 太い首に乗っかる頭部も、セドリックにはどこか歪に見えた。

 というのも、健康的な肌を見せる上半身に対して、顔の殆どが毛で覆われていたのだ。顎も頬も、首元ですら金色のモジャモジャとした毛が伝い、密集している。


 ひどく恐ろしい顔つきをしていることはわかるものの、見える表情といったら目元しかない。しかし、その目付きの鋭いこと……。

 おとぎ話の狼男が飛び出してきたのだと言われても、不思議ではなかった。


「セドリック、ドミニク。気ィ引き締めろよ――こっからが本番だ」

 そうは言っても、相手は一人。どれだけ化け物じみた強さを持っていても、必ずどこかに隙が生まれる。

 皆の動きに合わせて、ドミニクとともにサポートをしていけば……。

 そう考えていたセドリックは、数秒後、自分の考えが甘いのだと思い知った。


「なんせ、エマール軍の本隊もおでましだ」


 ”境界門”の向こう側、”貴族街”からエマール家直属の騎士団が、波のように押し寄せてきたのである。


  ○   ○   ○

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