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~新世界の英雄譚~  作者: 宇良 やすまさ
第2章

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114.ユニーク

 ”追い立て組”がエマールを追い詰めやすくする。これが、”支援組”の役割となる。

 つまるところ、どれだけエマールに命の危険を感じさせるかが肝となるのである。

 そのためには、エマール側に『予期せぬ緊急事態』をもたらさねばならない。

 そこで”支援組”は、罠を仕掛けることにした。


「――つまり、今のこの待ち時間って、エマールが動くのを待ってるってことスか?」

 セドリックの問いに答えたのは、ニコラだった。

「うむ。”武装蜂起宣言”なるものを”境界門”の門番へ渡しにいってね。どんなタイミングで動き出すかはわからないが――門番も馬鹿じゃない。”境界門通り”に集まった我々”反乱軍”を見て、危険を感じないわけがない」

「だからエマールもなんとかせざるを得ない、ってことか……なるほど」

「”追い立て組”は今頃”貴族街”に侵入している頃だ。キラ殿もシス殿も、指定の位置で待機しているはず。あとは……」


「俺たち”支援組”が、どれだけ敵軍を引きつけられるか、ってことっすね」

「そのとおり。出来るならば、数で圧倒しているはずのエマール側に焦燥感を与えたい。そうすれば、”追い立て組”の不意打ちが効果的となる。俺たちの役割は、敵をどれだけ前のめりにさせるか――その一点のみだ。後は、彼らが足を払ってくれる」

 セドリックは頷きながらも、ニコラの方をまともに見返すことが出来なかった。


 見つめるのは、”貴族街”への唯一の入り口である”境界門”。”境界壁”よりも一回りほど大きな鉄の門は、断頭台のごとく降ろされたまま、固く閉ざされている。

 門の向こう側に街があるとは思えないほどに冷たい拒絶感があったが……それがいまに動きそうな気がして、目をそらせなかった。


 気づけば、皆が同じようにして”境界門”を注目している。

 もはや、持ち場を求めて駆け回る者はいない。家屋の陰に、あるいは屋根に、あるいは屋内に。身を潜めて、その時をじっと待っている。


「俺とドミニクは……どう動けばいいんスか?」

 セドリックは、そう問いかけた自分の言葉がカラカラに乾いていたことに気づいた。

 戦うことへの恐怖は、だいぶ薄れてはいる。だからこそ、敵と真っ先にぶつかるであろう”境界門通り”の最前列辺りにいた。

 ドミニクと一緒に並んで立っていれば、勇気すら湧いてくる。

 が、バクバクと心臓が唸る緊張は、また別物だった。目の前に立つオーウェンやベルや他の皆のサポートに徹すると決めたはいいが、何をすれば良いのかまったくもって想像がつかなかった。


「なんてことはねえよ。俺らが漏らした敵を討ってくれればな」

 そう応えたのはオーウェンだった。続けて、

「だからって、ションベン漏らすのは勘弁してくれよな!」

 その隣に立つベルが、周りをドン引きさせるほどの空気の読めない冗談を、笑いながら言ってのける。


「わかりましたけど……ベルさんって大人すか? ホントは見た目通り子どもなんじゃ……」

「おいおい、俺のユーモアセンスに嫉妬すんなって!」

「褒められた気分になるのがスゲえっす」

 「スゲえだろ!」と笑い飛ばすベルに、「違いないな!」と同じように豪快に笑うオーウェン。


 並ぶ二人の背中に、セドリックは口を緩めずには居られなかった。

 これまで村という小さな世界でしか生きたことのないセドリックにとって、ベルとオーウェンは最強のタッグだった。

 ”隠された村”が成立し、さらにリモン”労働街”を通じてミテリア・カンパニーの物資の恩恵を受け続けられたのも、ひとえに二人のおかげである。

 エマール領から派遣される乱暴な役人に加え、荒れた傭兵たちがのさばるようになっても、二人がとことん排除してくれたのだ。

 二人が前に立ってくれている安心感といったら。


 だが、だからこそ……。

「俺たちも頑張るぞ、ドミニク」

「うん」

 緊張で押しつぶされている場合ではないと。

 そんなことで二人を失ってはならないのだと、自分を奮い立たせることが出来た。




「来るぞ」


 誰がつぶやくように言ったかは分からなかったが、その真意は明白だった。

 それまで固く閉ざされていた”境界門”が、ゆっくりと首をもたげ始めたのだ。

「気を引き締めて!」

 鋭くふりかかる声はメアリのものだった。彼女はルイーズとエミリーを引き連れて、家の屋根の上に陣取っている。

 彼女の焦りが何を意味するのか、セドリックもすぐに察知した。


 ”境界壁”の上に、何人かの弓兵が姿を現したのだ。弓を構えて弦を引き、いまに矢を放とうとしている。

 恐ろしい矢の雨がふりかかる――セドリックが息を呑むと、一人の弓兵がぱたりと倒れた。また一人、もう一人と……鎧の隙間に矢が刺さり、倒れていく。

 ルイーズとエミリーが、持ち前の視力と弓の腕で見事射抜いていったのである。

「アタシのが一人多かった……!」

「私のほうが正確なんですぅ……!」


 屋根の上でそう言い争っていそうな二人に、セドリックは苦笑しつつも震えたった。

 剣を引き抜き、その重さがずしりと手に宿るのを感じて、ドミニクに声をかける。

「ドミニク、魔法、頼んだぞ」

「任せて」

 小柄な恋人が杖を取り出したのと同時に、ニコラの号令が駆け巡った。

「皆、目の前の敵にのみ集中せよ! 踏ん張りどころだ――ゆくぞ!」

 ”境界門”が開ききらずとも、戦の火蓋が切って落とされた。


 ガラリガラリと不気味な音が鳴り響く中、傭兵たちが一斉に”労働街”になだれ込んでくる。

 ”境界門通り”を中心として展開していた反乱軍も、正面から受けて立った。各々の武器を構えて、敵めがけて走り込む。


 真っ先に接敵したのは、オーウェンとベルだった。

 オーウェンは長剣を、ベルは身体に似つかわない巨大な剣を、それぞれ振り回す。

 長剣が盾に阻まれるや、大剣がその懐をぶっ叩き。ベルの小さな背中に迫る斧を、オーウェンが体格を生かしてタックルをかます。よろけたところで、ベルが強烈な一撃を放つ。

 二人の暴れっぷりに反乱軍の戦士たちも感化され、傭兵という荒波に突っ込む。

 剣と剣がかち合い、斧が唸りを上げて、槌で懐を叩き込む。


 地上で戦いの音で満たされる一方、上空では幾多の矢が行き交っていた。

 ルイーズとエミリーが率先して敵の弓兵を狙い、続けて反乱軍兵士も弦を引く。

 ヒュンッ、と鋭い音を引き連れる矢を放つのは、無論反乱軍だけではない。”境界壁”に登った弓兵からも、弧を描く鏃が迫りくる。

 その脅威を、メアリを含めた戦士たちが排除していく。持ち前の運動能力で屋根の上を駆け回り、驚くべき動体視力で矢を切り捨てていた。


「ドミニク、俺の後ろに!」

 セドリックは、オーウェンやメアリたちの状況を確認しつつ、サポートに徹底していた。

 現状、傭兵団と反乱軍は、互いに壁となってぶつかり合っている。家屋の隙間へ逃げ込んで奇襲を仕掛けようとする傭兵も居たが、反乱軍の伏兵によって仕留められる。

 この拮抗を保たねばならないと、セドリックは無意識に察知していた。

 横一線に並ぶような戦場が崩れてしまえば、敵も味方も入り乱れる乱戦となる。味方撃ちもありえてしまう状況となるのだ。


 徹底して戦場を乱す敵を狙っていく。

「――こっから先は行かせねえよ!」

 戦いと戦いの間を縫うようにしてすり抜ける一人の男に、セドリックは仕掛けた。

 自身の体格を利用して、剣に目いっぱいに体重を乗っける。

 それだけで大抵の傭兵は体勢を崩し、その隙にドミニクが魔法を打ち込む。この戦法は間違いない――はずだった。


「む、なかなかの逸材」


 亜麻色の髪の男は、体勢を崩すどころか、剣で受け止めてなお踏み込んできた。

 セドリックはたまらず体を横へそらし……しかし、そこへ強烈な蹴りを繰り出される。革の鎧のおかげで痛みはなかったが、その衝撃に耐えきれずふっとばされる。


「――! ”凍てつく冷気よ、其の足元へ絡みつけ”!」

 セドリックが地面を転がると同時に、ヒュルリと冷気が渦巻く。

 ドミニクが魔法を放ち傭兵の足止めをしたのだ。その隙に素早く立ち上がり、体勢を整えて次なる攻撃に備える。

 が、その傭兵は仕掛けることなく、身動きできなくなった状況に何やら感心していた。


「ほう……これはなかなか! キミもいい人材だ、魔法少女」

 ドミニクの魔法は男の足元を凍てつかせ、地面に張り付かせていた。足首にまでまとわりつく氷は、男がどれだけ前に踏み出そうとしても、びくともしない。


「やはり文献で読むのと、実際に体験するのとではまるで違うな……! 世の中には、ヴァンパイアでもエルフでもないのに、魔法の才が突き抜けた人間がいるという。君もまた、そんな”ユニークヒューマン”の一人らしいな、魔法少女!」

「お前、何言って……」

「あの小柄な剣士もそうだ! 見た目は子どもそのものなのに、あれほどの腕力と胆力。屋根の上の弓兵たちも素晴らしい視力を持っているらしい。――全く、これほどの人材の宝庫というのに、コッチ側についてしまった己の間抜けさを呪うよ!」


 男はそう毒突くや、いとも簡単に氷の拘束を解いてしまった。いつの間に詠唱を完成させたのか、魔法の炎を掌に宿し、無造作に足元へ放ったのだ。

 何もかもが訳がわからなかったが、目の前の敵は只者ではない。セドリックは心の底から湧き上がるなにかに総毛立ち、距離を取りつつ剣を構えた。

 すると。

 その動きを予想していたかのように。

 亜麻色の髪の毛を揺らめかせ、傭兵が一瞬にして詰めてきた。あえてそうしたかのように、剣をかち合わせる。


「君は”ユニーク”ではないが――その才能、もっと見せてくれ!」

「くそっ、なんだってんだよ……!」


 奇妙な男だった。

 傭兵というのに、その出で立ちはそこらを歩く村人と何ら変わらない。鎖帷子も革鎧も身にまとうことなく、普段着で剣を振り向けてくる。

 怪我も恐れず飛び込んでくるさまは、まさにキラのようで――セドリックはまた距離を取りつつ斬撃を剣で防いだ。


「ふっふ! 怯えているな、まだ経験が浅いか――しかしながらその動き、やはり私の目に狂いはないようだっ」

「さっきから――全然意味分かんねえっての!」


 薄気味悪さに突き動かされ、セドリックはぐいぐいと押し付けてくる男の剣を強引に払った。

 すると、それをわかっていたかのように、寸前のところでかわされる。突っ込むことそのものが引っ掛けであり、容易に側面へと回られた。

 セドリックはひやりとした感覚に舌打ちも出来ず。ドミニクの詠唱も、ほんの僅かに間に合わない。

 そこへ――。


「フランツ・サラエボ――悪いがその子はやらせないッ!」

 どこからともなく、ニコラが割って入った。

 セドリックの横腹に吸い込まれそうだった剣を弾き、さらに続けて体当たりで傭兵フランツを退かせる。


「セドリック、ドミニク! ここは引き受ける――君たちは他へ!」

 ニコラのサポートをすべきではないのかと、セドリックは一瞬迷った。

 しかし、フランツという名の男の実力を考えれば、素人に毛が生えた程度のサポートはかえって邪魔になる。

 セドリックは無意識に動こうとする身体を押さえて、ドミニクとアイコンタクトを交わした。彼女もまた、悔しそうにしながらも杖を下ろす。


「――気をつけて!」


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