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~新世界の英雄譚~  作者: 宇良 やすまさ
第2章

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107.発端

 父親の制止も振り切って出ていこうとしたエリックを先んじて止めたのは、セドリックだった。


「エリック、礼くらい言えないのかよ! これで二度目なんだぞ! お前の訳のわからない暴走を止めて助けてくれたのはッ」

「てめえも人のこと言えねえだろ、セド……! そこのバンダナ野郎が居なきゃ何も出来なかったくせに――ちやほやされて調子乗ってんじゃねえぞ!」


「はあっ? 何話そらして――」

「おんなじだ、全部、同じ話だ! てめえも、バンダナも、黒髪も……! わけのわからないだと――そりゃそうだろうな、糞がッ!」

「何勢いで押し切ろうとしてんだよ! 助けてもらったんだから礼を言えって話じゃないかッ! そんな事もできないのかよ、お前は!」


 お互いに、一気にヒートアップしていた。

 エリックの怒りにセドリックは苛立ちで返し、テントの中で両者の声がガンガンと響き渡る。

 おろおろとしていたドミニクが今に泣きそうになり、ニコラとエヴァルトが顔つきを鋭くして立ち上がったところ……エリックがテントを飛び出した。


 続けて、セドリックも苦虫を噛み潰したような顔でさっさと出ていき、ドミニクが慌ててその後を追う。

 あっという間の出来事に、キラが唖然としていると、


「おやおや、何か騒がしかったようですが、お取り込み中でしたか?」


 ひょっこりと、黒マントの男が入ってきた。大きめのフードを頭に被り、にこやかな笑みを口元に浮かべている。

 病的に白い肌を持つ彼の名を、キラは無意識に呟いていた。


「シス……?」

「ああ、キラさん。いらっしゃるかなとは思いましたが、これほどすぐに会えるとは思いませんでしたよ。かなり無茶をしましたね?」

「う……。いや、まあ、そんなでもないよ」

「ふふ。――しかし、またあのお二方は喧嘩をしているようですね。どれ、僕が少し様子を見てきて……」


 テントの扉をくぐってシスが出ようとしたところ、エヴァルトが想像だにしないスピードで立ち上がってその肩をひっつかんだ。

「あかんて! お前が行ったら、またややこしいことになるやろ! じっとしとけ!」

「またとは?」

「闘技場でのゴタゴタに巻き込まれたんは、ある意味お前のせいやろっ。こんトラブルメーカーが!」

「何やら心外な認識のされ方ですね……」


 シスは肩をすくめて言いながらも、エリックやセドリックの後を追うのを止めた。

 真っ黒なフードをかぶったまま、するりと音もなく移動する。

「しかし、まあ、不幸中の幸いというべきでしょうか。キラさんがこのタイミングで村にやってきてくれたのは。――おや、右腕を怪我されましたか」

「不幸中の……って?」

 ほぼ一瞬で右隣に座ったシスにぎょっとしつつ、キラは問いかけた。


「ざっくりいえば、”反乱作戦”成功がより確実に近づいたということです。良くも悪くも、これまで決定打に欠けましたからね。作戦の内容については?」

「いや、ほとんど、何も……。何でエヴァルトとシスがこの村にいるのかも、まだじつはよく分かってないくらいでさ」

「では、先にニコラさんに詳細をお聞きしたほうが良いでしょう。――キラさんの怪我、解放したのはエヴァルトさんですね? 彼には”治癒の魔法”が効かないんですから、もっと丁寧に巻いてあげねば」

 先程の意趣返しとでも言うかのように、シスがチクリと言う。


「ああ? どのみち”治癒”使えるもんおらんし、おんなじやろ。血が止まればそれで」

「どれだけ雑に生きてきたか伺えますね……」

「なんやとっ?」


 すぐ隣で勃発する他愛もない口喧嘩に苦笑いしていると、ニコラと目があった。彼は、どこかやりきれない気持ちをため息に変えつつ、頭を下げた。

「馬鹿な息子が、すまなかった。あれでも感謝はしていたようだが……。どうやら、素直になりきれない年頃らしい」

「はあ、まあ……それはなんとなく。でも、ちょっと気になるのが、セドリックの態度というか……。あんなにエリックを助けようとしてたのに、ちょっときつい当たり方でしたよね。エリックも、すごい言い方で返してましたし」


「どうということもない喧嘩、と思ってはいたいんだがね。色々と溜まったものが、このタイミングで爆発してしまったんだろう」

「というと……?」

「前も言ったかも知れないが、エリックはことごとく剣を振るうのに向いていない。あの前のめりな性格な上、体格にも恵まれてない。一人前の剣士と呼べるようになるのに、かなりの時間が必要となるだろう」

「そういえば……」


 キラはニコラの話を聞きながら、思い出すものがあった。

 闘技場でエリックと手合わせしたときのことだ。そのわがままな考え方にばかり気が行っていたが、少年はかなりの劣等感を抱えていた。

 剣の腕や他者を圧倒する力を、何よりも渇望していたのである。


「その一方で……。この”隠された村”の成立以降、セドリックとドミニクが『村のために戦えるように』と訓練を始めたんだ。セドリックは剣を選び、ドミニクは魔法を選んだ――二人とも、望む才能があったんだ」

 すると、それまでやんやとシスと言い合っていたエヴァルトが口を挟んだ。


「なるほどなあ。そら酷やわ。セドリックはまだまだ実戦経験が足りんとはいえ、あの体格を活かせることもあって出来ることの幅が広い」

 続けて、キラの右腕に包帯を巻き直しているシスも口を開いた。

「ドミニクさんのほうも、なかなかいい腕をしているかと。少ない言葉数で魔法をコントロールできますからね。勉学の機会の少ない農村出身で、そこまで魔法について深い理解を得られるのは、かなりの才能かと」


 そして、ニコラがやりきれないため息を付きながらうなずいた。

「ふたりとも幼馴染だから、息子もそれを悪くは思わなかっただろうが……不満やらやるせなさは募ったんだろう。多分、エマール領の傭兵になって領主の寝首をかこうとしたのも、そういうものが積み重なった結果だ」

「意外と根深いっちゅうことなんやな。そやけど、俺らは口出しできへんわ。上には上がいるなんてのは当たり前のことで、どうやってか自分で折り合いつけるしかない。セドリックとの喧嘩がその延長線上にあるんなら、なおさら見守るほかない。――やから!」


 エヴァルトがキッと睨んできて、キラは反射的に睨み返した。

「変なこと吹き込むんやないぞ、トラブルメーカー二人!」

「何で僕も? シスはリリィがそう言ってるからいいけど」

「ええ……それ傷つきますね……」

 背中を丸める黒フードのシスを捨て置き、エヴァルトは強い口調でまくし立てた。


「今回のことで俺も確信したわ。キラ、お前さん、どうせ見境なく戦いに突っ込んだんやろ。戦えるからって」

「それとこれがどう関係して……」

「例えば! ヴォルフを一撃でのめすとか。剣を斬って峰打ちで昏倒させるとか。そういう合理性を人に押し付けんなって話や。『出来るまでやれば出来る!』っちゅうわけにもいかんやろ、生き死にかかっとるんやから」

「べ、別に誰かにそこまで求める気はないよ。……いじけてる場合じゃないとは思うけど」

「それや! お前さんみたいに、誰もがずっと前見て走れると思うなってこと!」

「や、後ろ見ながらは走れない――」

「知っとるわアホ!」


 ツッコミをツッコミで封殺されてしまった。

 キラはむうっとしていじけていると、ニコラの方からくすりとした笑い声が聞こえた。

 彼の方を向くと、すでに表情を引き締めていたが……少しばかり口元が緩んでいるのを見る限り、気持ちは軽くなったようだった。


「さて、キラ殿。そろそろ本題に入ろうか。ただ、その前に……君は、何故ここにいるんだい?」

「なぜって……エマール領がどうなったのか気になって」

「それは、私達が助力を必要としていたら、君に頼っていいということかな?」

「もちろん。僕も、そのつもりで来ました」

 キラが即決したことに、ニコラは今度こそ微笑んだ。

「ありがとう。――ではまずはじめに、我々がどういった集まりであるかを話したほうが良さそうだな」


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