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~新世界の英雄譚~  作者: 宇良 やすまさ
第2章

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106.前兆


 ”結界”の一種であるという森に漂う薄気味悪い霧を行き、ある二本の木々の合間を通り抜ける。

 その先が、”隠された村”だった。

 真っ黒な空には鮮やかな花火が上がり。美しく彩られる夜空の下、子どもたちが走り回り、恋人たちがじゃれ合い、男たちがへべれけに酔ってだべっている……はずだった。

 目をつぶれば昨日のことのように思い出せる幻想的な光景は、しかし今はなかった。


 代わりに待ち受けていたのは……。

「ああ……! 良かった、キラ殿! 無事だったかっ」

 ”隠された村”の人々の熱烈な歓迎だった。お祭りのような熱気とは違う、緊張感から解放されたような盛り上がりを見せている。

 その先頭にいるのが、ニコラやオーウェンといった戦士たちだった。

 皆、どこかしら怪我を抱えながらも、自分のことは気にせずに一直線にキラを見つめていた。


「ほらほら、そないに大人数で詰められたらビビるやろ! ”反乱軍”らも、人のことよりまず自分! こないなことしよったら、勝てるもんも勝てんくなるぞ!」

 村に入るまで何やら考え込んで静かにしていたエヴァルトが、いつもの調子でがなり立てた。

 しかし、大人も子どもも関係なく、興奮冷めやらぬようで……結局、エヴァルトに先導してもらい、逃げるようにして一つのテントへ潜り込んだ。


 その合間にざわめく大人たちの会話が聞こえてきたため、何がそれほどに熱狂を生んでいるのかキラにもなんとなくつかめていた。

 どうやら、今現在、エマール領領主に対する”反乱作戦”を進めているらしい。

 そのために、”反乱軍”に参加した戦士たちが、エマール領に集った傭兵たちの頭数を減らしていき……今回の戦いで、名のある傭兵を相手にしたというのだ。


 ”古狼”のヴォルフに、”狂刃”のジャック。

 ガリア大陸での戦争で名を挙げた二人の実力者を封じ込められるかが、”反乱作戦”の大きな肝となり――突如乱入したキラが”隠された村”に姿を表したことで、盛り上がっていたのである。セドリックを持ち上げる声も、ちらほらと聞こえていた。


「――とまあ、ざっくり説明するとこんなところやな。……聞いとる、少年?」

「うん……まあね……」


 キラは並ぶ料理に手を付けながら、適当にうなずいた。

 ”反乱作戦”のために設けられたテントは、かなりの広さがあった。

 目の前にはニコニコとするミレーヌが座り、その右隣りにセドリックがいる。体格のいい茶髪の青年の怪我に治療を施しているのは、小柄で無口な少女ドミニク。

 ミレーヌの左側には、一人分の距離を開けて、精悍な青年オーウェンがいた。彼もまた全身ぼろぼろであり、嫁である褐色の美女メアリが介護にあたっている。

 それだけの人数が集まっても、まだ半分ほどの余裕があった。


「つまりは、さ。あー……頑張ってたってことだよね」

「聞いとらんに等しいやんけ、その解釈! 飯に夢中か!」

「おいしいもん! しょうがないじゃん!」


 扇状に並ぶ数々の皿には、色とりどりの料理が盛り付けられている。

 濃厚なソースをたっぷりとかけられたステーキが一つの皿に三枚も乗せられ、その隣の深めの更には具沢山のシチューがたっぷり。グラタンもあればピザもあり、焼きたてのパンもホクホクのじゃがいもも揃っている。

 戦いに出られないミレーヌが『せめて戦いの後はお腹いっぱいに』と、村の婦人たちと一緒になって用意したものだという。

 本来ならもう少し後で皆で食べるはずだったものを、優先的に分けてもらっているのである。


「まあ、まあ、エヴァルトさん。相当お腹へってたみたいですから、お許しになってあげては? 私達としても、こんなに美味しそうに食べてくれると嬉しいですし」

 ミレーヌが和やかに言い、続けてオーウェンとメアリが口を挟む。

「しかし、よくあの状況をほとんど無傷で切り抜けたもんだ。腹が減ってマトモに立てないくらいだったのに」

「そうそう。顔、真っ青だったわよ? あたし、毒でももられたのかと思ってびっくりしちゃって」


 キラはステーキにかじりつき、モゴモゴと咀嚼しながら応えた。

「まあ……あんまり自覚してなかったっていうか。気づいたら力が抜けちゃったと言うか……」

「ああ! あるある! 剣振ってるとさ、時間忘れちゃうんだよ〜。で、聞きたいんだけどよ、何であんなに強いんだよ」

「何でって言われても……」


 キラは二枚目のステーキに口をつけつつ、首を傾げた。

 どうにも答えにくい質問をどうそらしたものかと考えていると、オーウェンだけでなく、セドリックも見つめてきていることに気づいた。

 その様子に、キラは罪悪感を思い出した。


 ”隠された村”からエリックが居なくなったとき、セドリックは友を思うあまりに焦っていた。結局、決闘という形で諦めさせたのだが……その苦さが、今でも色褪せずに口の中に広がっていく。

 きっと、彼に多少なりとも力量があったのならば、リリィと一緒に同行を認めていた。

 セドリック自身も強く感じていたはずで……だからこそ、オーウェンの問いかけに応えなければならない気がして、キラはなんとか言葉をひねり出した。


「相手の動きをよく見てるから……かなあ?」

「へえ! じゃあさ。俺、あそこから離脱する時にさ、”古狼”が倒れたのを見たんだけどよ。どうやって持ち込んだんだ?」

「ええっと……。突き技が来るって分かったから手首を狙って、後ろに下がるって分かったから足を狙って……。そしたらコケた」

「そ、そんな『勝手に転んだ』みたいに……。いや、実際転んだは転んだんだろうけどよ」


 キラは食事をすすめる手を止めて、はてと首を傾げた。

「んー……でも大したことなかったけどなあ」

「嘘だろっ? ”古狼”っていやあ、負け無しの傭兵って聞くぜ? いろんな戦場渡り歩いては、勝ちをものにしてるって」

 信じられない、とばかりに言うオーウェンに、セドリックがうなずいて肯定する。

 キラは二人の勢いに押されながらも、自分の意見を変えることはなかった。


「ジャックはトリッキーでちょっと厄介だったけど。でも、ヴォルフって方は……捕らえられて消耗してたことを考えても、やっぱりそんなにだよ」

 釈然としない二人に対して続けたのは、キラではなくエヴァルトだった。

「俺も同意見や。名前負けしとったで、あれは。こっちも他の傭兵追っ払うのに手一杯やったのに、踏み込んでこんかった」

「拘束を破るだけの余裕はあったみたいだし。それも、不意をつくんじゃなくって、真っ先に僕を狙ってきた。……だから、エヴァルトがヴォルフの相手してれば、セドリックも無茶せずに済んだと思うけど」


 キラはちらりとセドリックを見て、チクチクと続けた。

「危ない橋わたらせたんでしょ。大したことないって言っても、セドリックは未熟なんだよ。それなりに手間取るのはわかるんじゃないの」

 エヴァルトは、キラの目の前に並ぶお皿の一つからじゃがいもを盗み食いしつつ、もそもそと返した。


「戦わん戦力がどこにおるねん」

「だからって……」

「それに。”反乱作戦”は、その名の通り、反乱やろ……自分の人生かけて、他人の人生ひっくり返そういうことや。戦わんで済むならそれでええって、んな生ぬるい状況やないねんぞ」

「それは、まあ……」

「おまえさん、大方飯も食わずに戦争を駆け抜けたんちゃうんか。初めて会ったときも、あのお嬢さん庇ってか死にかけとったし。――そうやって命かけとんのや、ここのもんらも。あんま半端な気持ちにさせたら、こいつら死ぬで」


 ピリピリとひりつくような空気にキラはムッとしながらも、言葉を返すことはなかった。

 村の門で出迎えてくれた人たちの中には、セドリックやオーウェンのように、傷を抱えた戦士が多くいた。

 ”治癒の魔法”を扱えるものが居ないのか、みな、どこかしら包帯を巻いていたのだ。


 彼らもまた、戦争に身を投じている。帝国の状況を憂い、命をなげうって改革を成し遂げようとしたバザロフやリヴォルたちと同じように……。

 そう強く意識してしまうと、何も言えなくなってしまった。




 空気の重さと気まずさを忘れるようにして、キラは一心不乱にミレーヌの用意してくれたごちそうを平らげた。

 お礼を言うと、彼女は嬉しそうにほほえみ、空っぽになった食器をまとめて魔法で浮かせて、いそいそとテントを出ていく。

 それに続くようにして、オーウェンもメアリも軽い挨拶とともに立ち去り……。


 神妙な顔をして佇むセドリックとドミニク、そんな彼らには気にもとめずにあくびをするエヴァルト、そして必死にゲップを抑えるキラが残っていた。

「意外とさ。エヴァルトって厳し目だよね」

「そら一応な。反乱に手を貸すってなった以上、なあなあにはできんやろ」

「それも驚きなんだけどね。だって、本来はエマール領の傭兵だったでしょ?」

「そのことかいな……。俺としては、別にそんなんどうでも良かったんやけどな」

「どうでも……?」

「ああ、まあ……実はな」


 エヴァルトはなにか言いかけたが、決意を押し止めるようにして口をつぐんだ。

 エリックを連れたニコラが、テントの中に入ってきたのだ。

「食事を終えたと聞いたんだが……何か取り込み中だったか? ミレーヌもオーウェンもメアリも、なにやら妙な顔つきになっていたが……」

「意思の再確認っちゅうところやな。俺としては、甘っちょろいこいつに説教垂れたつもりやったが」


 どんと横腹をつかれて、キラは今度はムッとして言葉を返した。

「説教される覚えはないけどね。別に間違ったことは言ってないし。一撃でのしちゃえばよかったんだよ、あのヴォルフって傭兵」

「無茶苦茶かっ。んなことできるわけ無いやろ!」

「いいや、できるね、頑張れば」

「そういうとこやぞ! 弱いもんに甘いくせに、それ以外には求め過ぎなんや! 人の加減を知れ!」


 クワッとしてキレるエヴァルトからぷいと顔を背け……キラは少しばかり唖然とした。

 ニコラの陰に立っていたエリックと、先程まで神妙にして居住まいを正していたセドリックが、睨み合っていたのだ。小柄なドミニクがその様子を察知し、はらはらとして両者を交互に見ている。


 セドリックは、傭兵になるといって姿を消したエリックをなんとか追いかけようとしていた。友達を放ってはおけないと、自分の危険も顧みなかったのだ。

 だというのに。

 それが記憶違いだったのかと思ってしまうほど、剣呑な雰囲気となっていた。


「キラ殿」

 渋く響く声にキラははっとして視線をもとに戻した。

 目の前に座したニコラが、エリックの腕を引っ張って座らせ、前へ突き出すところだった。

「君には何度助けられたか分からないな。息子を助けてくれてありがとう。――ほら、おまえも礼を」

 エリックと目があい……キラはひくりと頬を引くつかせた。

 面白くなさそうな感情を全面に出し、目が合うや、顔全体を背けた。つり上がった眉に細くなる目つき、尖った唇……父親のニコラとは違って、感謝のかけらもない。


「エリック! さっき散々話し合っただろう!」 

「はっ、俺も言っただろ。別にあんなの、どうにでも出来た。俺は一人でやれたし、助けられるまでもなかったんだよ」


 父に向かって噛み付くエリックを見て、キラは思い出した。

 闘技場で戦ったとき、少年は言っていたのだ。

 村に居場所はない、と。

 叱られながらも、ともに頭を下げてくれる父親がいるというのに。なにやら友達と仲違いしているものの、その友達との関係を心配してくれる友達がいるというのに。

 どこをどう見れば、居場所がないと思うのか。


 キラはふつふつと湧き上がる苛立ちを思い出し、ついぶっきらぼうに言っていた。

「闘技場でもそうだったけど。俺が俺がって、独りよがりにもほどがあるんじゃない?」

「んだと……?」

「だからあそこに一人残ってたんでしょ。あんなこと、ニコラさんが許すはずないし、エヴァルトだって見逃さない」

「けっ、だったら何だってんだよ……! 何も知らねえやつが口出しすんじゃねえよ!」

 父親の手を振りほどき、エリックは立ち上がって出ていこうとした。



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