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~新世界の英雄譚~  作者: 宇良 やすまさ
第2章

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105.戦いの後

「グ、ブッ……!」

 あまりの衝撃にジャックがうめいている間に、キラは素早く一歩退いた。”センゴの刀”を拾って納刀しつつ、ざっとあたりを見回す。

 背後ではすでに戦意喪失したヴォルフがうずくまり、更にその後ろでは各々馬にまたがるエヴァルトたちの姿が見える。


 幾重にも重なる馬蹄が遠ざかっていく一方で、別の群衆が近づく音がした。

 ユニィが感知した、ジャック以外の六人の傭兵だった。キラの前方で粗野な男たちが、馬上で何か喚き散らしながら近づいてきている。


 キラは、とっさに刀を引き抜こうとして、右腕の違和感に舌打ちをして、

「こん――チクショーが!」

 顔中を血だらけにしながらも立ち上がるジャックに、奥歯を噛み締めた。

 ふらついてはいるものの、背中を向けて逃げ切れるほど、その執念が甘くないのは明白だった。

 しかも、六人の増援が到着しつつある。

 立ち向かう他に、道はなかった。


「ほんと、厄介……!」

 キラは言葉を噛み締めつつ、次の手を打とうと身構えた。

 ナイフの傷口を塞ぐようにして、右腕に左手を添える。

「俺ァ、英雄になる男だァ……!」

 ふらりふらりと体を揺らすジャックから漏れ出る言葉が気になり、キラは思わず問いかけていた。


「英雄? ……君が?」

「戦場で人を殺せば一人前。大量に殺せば英雄。うまい話じゃねえか? 人殺してたらヒーローになれるんだから! こんな楽しいことはねえだろ、なァッ!」

 ゾッとするほどの狂気の理論を、理解している暇はなかった。

 やけどの残る血まみれの顔を不気味に歪ませ、ジャックが突っ込んでくる。馬から降りた傭兵たちも、こぞって獲物を手にして迫りくる。


 それらにたいしてキラは、さっとしゃがみこんで、右の掌で地面に触れ。

 体の奥深くで眠っている違和感を叩き起こし――”雷の神力”を解き放った。




 ――ハンッ、格闘術も心得があったとはなあ

「さあ、覚えてないから。でも、とりあえず体が動いたから」

 あたりがすっかり暗くなる中、キラはユニィの背中でだらりとうつ伏せになっていた。

 ナイフで裂かれた右腕が痛み、一睡もせずに王都からエマール領まで駆け抜けてきたからというのもあるが……単純に、腹が減ったのである。


 振り返ってみれば、ここ数日間、マトモに食事をしていない。

 それというのも、レオナルドの”隠れ家的ラボ”を出発してから帝都までは、海賊船やら小舟やら馬車やらと、乗り物につぐ乗り物。

 食べては酔って、酔っては吐いてを繰り返し。そうするうちに帝都での戦いへ突入したのである。

 王都に戻り、リリィやセレナから手厚い看護は受けたものの、身体に居座る疲れとダメージからスープくらいしか口にできず……今に至る。


「みんなは……? っていうか、ユニィ、”隠された村”の場所わかるの?」

 ――ハッ、舐めんじゃねえよ。この俺がついてながら怪我したなんてこたぁねえし、”神力”の波動なんざ見なくとも分からぁ

「波動ね……。今更だけど、波動って何?」

 ——あぁん? 波動は波動だろ

「……教え方はヘタなんだね」

 ――いまレオのくそじじいと比べたなッ! 肌感覚でしか分からねぇもんを、どうやって説明しろってんだ!


 すねてしまったのか、ユニィの幻聴はしばらく聞こえなくなった。

 耳に届くのは、夜のシンとした静けさの中で駆け抜ける風の音のみ。時折、キラの腹の虫も一緒になって騒ぎ出し……恥ずかしさのあまり、自分の声でかき消した。


「あ、あのさ。どうなってんだろうね?」

 ――ああ? その腹の虫か?

「違うよッ! エリックとかエヴァルトたちのことだって」

 ――どうもこうもねえだろ。ただの傭兵退治だ

「それにしては……なんというか、作戦的じゃなかった? エヴァルトたち、あのヴォルフって傭兵を捕らえてたし。あの狂ったジャックの現れ方も、なんだか意図的だった」

 ――なら作戦なんだろ。エマール領をひっくり返すだとかなんとか言ってたじゃねえか

「ああ、そうだった。……エリックのせいでおじゃんになったかとも思ったけど」

 ――まあ、どっちにしろ聞いたほうが早いだろうが……おまえ、あのガキのこと嫌ってんな? 掴み方も担ぎ方も雑だ、気をつけろ

「……わかったよ」


 釈然とはしなかったが、思い返してみると少しばかりヒヤリとした。ユニィが加減して走っていなければ、落としてもおかしくはなかった。

 鼻から息を抜きながら渋々返事をし……そこで、前方から何かが近づいているのに気がついた。

 真っ暗闇の中に浮かぶのは、炎だった。拳ほどの小さな火の玉が、栗毛と鹿毛の馬にまたがるエヴァルトとセドリックを鮮明に映し出している。


「なんや、急いで引き返したんが取り越し苦労やったな」

「取り越しで良かったってもんスよ! おおい、キラ――って、大丈夫かっ?」

 松明を掲げているセドリックが、慌てて馬に合図を出す。

 勢いの良い音が響くのと同時に、あたりを照らす炎がゆらゆらと危うく揺れ、焦ったキラはさっと体を起こした。


「だ、大丈夫だから。お腹へってるだけだから! 松明、松明!」

 ユニィの右隣に栗毛の馬を並ばせたセドリックは、ホッとしつつ笑って応えた。

「ははっ、平気だって! こういうの、慣れてるし」

 松明を慣れたように揺らす姿にチクリと忠告したのは、遅れて合流したエヴァルトだった。

「そうはいうけど、危なっかしかったで? 馬走らす瞬間、松明持ってんの忘れてたやろ」

「う……否定はしないっスけど。それでも落とさないってのは、慣れてるって証拠です」


 体格のいい茶髪の少年と、赤いバンダナを巻いた金髪の男。二人が普通に話し合っているのが不思議で、キラはつい口を挟んでいた。

「あのさ……。なんでエヴァルトが”隠された村”のみんなと一緒に? リモンの闘技場の崩落に巻き込まれたんじゃ……」

「ええっ、そうなんスかっ?」

 セドリックの驚きようしかり、エヴァルトの困惑気味の苦笑しかり。なにやら知らないところで知らないことが起きたのは確かのようだった。


「んまあ、ラッキーやったんや。それよか、少年こそなんでここにおんねん。王都に向かったんやろ? 戦争はどうしたん?」

「戦争が終わったら、セドリックたちの様子を見に来るつもりだったんだよ」

「おおっ、ありがとな! 正直、こんな早く会いに来てくれるとは思わなかった!」

 またも嬉しそうに松明を弄ぶセドリックだったが、エヴァルトは何やら納得できていない顔つきをしていた。

「ほいで、戦争は?」

「え? 終わったよ?」

「……そんな『買い物おわりましたで?』みたいな顔で言われても」


 よく分からない例えの仕方をされ、キラが首を傾げていると、セドリックが素っ頓狂な声を上げた。嬉々とした顔つきから、間の抜けた驚嘆な顔つきへ、表情をころりと変える。

「へっ? 終わった?」

「うん。今、お腹へって頭回らないから説明省くけど……。ここ最近、まともに何も食べれてないってことに気づいてさ」

「え……? ん……? キラって、戦争のために王都に行って……ん?」


 セドリックの向こう側に並ぶエヴァルトが、何一つ言葉を発しないのが気になっていたが……それよりも、茶髪の少年のくるくると目の回っていくさまが面白くなり、キラは思わず笑っていた。

「わ、笑うなって! いきなりこんなこと言われたら、誰でも混乱するだろっ。あとで何があったか、ちゃんと説明してくれよ!」

「ふふ……わかってるよ。で……セドリックたちは、なんであんなことに? 傭兵を縛ってたけど……」


 キラは疑問を口にしつつ、セドリックの様子に注目した。

 松明の明かりに照らされている少年は、明るく振る舞いながらも、かなり疲弊していることが分かった。

 筋肉で膨らんだ紺色のシャツは何箇所も斬られた跡があり、茶色いズボンに包まれた膝は破けて紫色のあざが丸見えになっている。

 よく見れば、顔も痛々しい傷が残っている。頬がすりむけ、額に土がつき、たらりと血が流れた跡があった。


「もしかして、あのヴォルフって傭兵、セドリックが?」

「ん……ま、まあ、エヴァルトさんが追い詰めてくれてたから。最後の最後で、なんとかな」

「なんでそんな危険なことを……ボロボロだし」

「いや、キラに言われたくないからな? 水汲みのとき、覚えてるぞ――ただでさえボロボロだってのに、一人だけ残って戦って!」

「だって、あれは……仕方ない」

「仕方ないじゃすまないって! 今回は怪我してないみたいだけど――って、何で怪我してないんだよっ」

「なに、情緒不安定じゃん」

「俺が変みたいな言い方やめろって。キラが滅茶苦茶なんだろ!」

「えぇ」

「えぇ、じゃない! エヴァルトさんからもなにか言ってやってくれよ!」


 キラがヌンっとして唇を尖らせていると、少し奇妙な間があいてから、エヴァルトの独特な訛りが聞こえてきた。

「ああ、まあ、アレやな。俺らが何しとるかっちゅうんは、村に戻ってからちゃんと説明したほうがええやろな」

「エヴァルトさんっ? そうじゃなくって、キラの滅茶苦茶さ加減、自覚させないと! 今にひどい目みますよっ」

「ああ、そっち……。そうやいうても、自分のことくらい分かっとるやろ。実際、ほぼ無傷で切り抜けとるわけやし」

「ん〜……! エヴァルトさんは水汲みのときの無茶を知らないから……! ――キラ! 助けてくれたのは礼を言うけど、ああいうのはもう御免だからな!」


 キラはつぐんでいた口を開けて、反論しようとした。

 それでも、そういう不条理はやってくるのだと。そんな時には、誰かが立ち向かわなければならないのだと。

 しかし、実際に声に出して言うことはできなかった。


 ふと、グリューンのことを思い出してしまったのである。

 あの小柄な少年と戦い、峰打ちで昏倒させたとき……彼は、明らかに手を抜いていた。一人にしてはおけないと呼びかけた声に、応えてくれたのだ。

「次無茶しようとしたら、何が何でも止めるからな!」

 セドリックは、意識して無意識にか、手を伸ばしてくれているのだ。

 その手を払ってはならないと、そう強く思ったのである。


「キラ? 聞いてんのかよっ」

「わかったよ……。今度は一緒に戦おう」

「そういうことじゃない! だいたいさ――」

 セドリックの小言を右から左へ聞き流しつつ、キラはぼんやりと思ったことを呟いていた。

「この次はグリューンを迎えに行かなきゃなあ……」


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