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~新世界の英雄譚~  作者: 宇良 やすまさ
第2章

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102.竜殺し

「では話を元に戻そうか。帝国皇帝ペトログラードが終戦宣言したのは、つい昨日のこと……リリィよ、この点について不可思議な点はあるか?」

「それは、キラが信頼に足る人物か、という話でしょうか?」


 そこには、竜ノ騎士団”元帥”リリィ・エルトリアがいた。

 困惑で動揺する姿はすでに幻と消え、ドレス姿ながらも、ぴしりとして背筋を伸ばす様子は威圧感があった。

 ”英雄の右腕”と称され、少し前まではエグバート王国の王の座で”ラザラス五世”と呼ばれていたその人に対し、どこか怒っているようでもある。


「ふっふ! そう気を荒立てんでくれ。ただの確認だ。ワシも人を見る目を持ってるつもりだ」

「……失礼しました。では、客観的に。――事実、といえるでしょう。公開処刑の場でブラックは急に姿を消しましたし、帝国軍にも動揺が広がっていました。あの状況での帝国軍の弱体化は、帝都が落ちたことを示し……その要因として、皇帝の終戦宣言があってもおかしくはないかと」

「うむ。ワシもそう思う。今日中には書簡を飛ばして確認をしておきたいのだが……帝国側にどうしても聞いておかねばならんことがあってな。いや……要請というべきか。立場を利用するような形になるが、こればっかりはなあ……」


 急に歯切れの悪くなるラザラスに、リリィはもちろん、ローラもクロエも首を傾げた。

「緊急事態ゆえとお招きいただいたのですが、実際には何が問題となり得るのでしょうか?」

 リリィはそう前置きして続けた。

「確かに、ミテリア・カンパニーという、言ってみれば部外者の介入があっての条約締結となれば、異例の事態とも言えますが……。少なくとも、キラから話を聞いた限りでは、彼らの思想は反感を買うものではありませんわ」

「うん? ああ、そっちはなんにも気にしとらん。なんせ、アレはワシが創った組織。今のボスのロジャーは、なかなかしたたかなやつでなあ……前にあったときには、まんまと一杯食わされたわ! まさか、興味ないふりしてすでに種を巻いてたとはな!」


 ローラだけがぽかんとしていたわけではなかった。リリィは目を点にして口を閉ざし、さらにはクロエまでもが口が半開きになっていた。

「うんッ? わっはっは! スマン、これ内緒だった! 忘れてくれ!」

「……クロエさんの苦労が分かった気がしますわ」

「……あまり分かっていただきたくなかったのが本音です」


 リリィとクロエが互いに目配せをし、ローラもこっそりとため息を付いた。

 実を言えば、父ラザラスが商会を立ち上げたことがあるという話は、数々の冒険譚を聞く中で耳にしたことがある。

 もともとは、海賊団だったという話も……。

 その事実を二人に伝えれば、一体どんな反応となるか。

 少し見たい気もしなくはなかったが、二人の心中を察して、いたずらごころをそっと胸の中へしまい込んだ。


「お父様、では、何が問題なのでしょう? 帝国と折り合いがつくかどうか、という話でしょうか?」

「ふむ……。――聞くが、あの少年がドラゴンを屠ったという話は、本当か?」

 その瞬間、ぴりりと空気が引きつった気がした。


 リリィだった。

 国内外で広く伝わる”竜殺し”の異名。これは、彼女が竜ノ騎士団元帥へと昇格した直後、暴れまわるドラゴンを焼き殺したことで有名となったのだが……実を言えば、この異名は彼女自身がつけたものである。

 ”人殺しならぬ竜殺し”と。

 その真意は未だ誰も知り得ぬところだ。だが一つ確かなのは、まるで英雄を称えるかのようにその名前で呼ばれると、ひどく機嫌が悪くなることである。


「やむを得ないことでした」

 リリィの美麗な声が、低く響く。

「ドラゴンは、”授かりし者”により操られていました。敵対するロキは、話し合いには応じないような人物だったと。わたくしも、キラと同じ意見です――あの場にいれば、わたくしが代わりに手を下していたでしょう」

「……噂通り、随分と感情的になるな? ドラゴンとは”堕ちた竜人族”……唯一空を飛ぶ魔獣。殺したとて心は痛まんだろうに。むしろ、排除して当然といえよう」


 ローラはヒヤヒヤした。

 父ラザラスは、当たり前のように無神経でデリカシーがない。人の嫌がる話題にも、ずけずけと踏み入ってしまう。

 あえて良く言い換えれば、ひたすらに親身になってくれるということなのだが……。

 リリィの雰囲気を見る限り、逆効果のようだった。少しすると、ポッ、と紅の炎が黄金色の髪の毛の先に宿る。


「そういう話ではないのです。ラザラス様のおっしゃるとおり、たしかに人ならざるものへと堕ちたのかもしれませんが、それでも元々は人間だったのです。その尊厳を踏みにじられ、挙げ句望まぬ破壊を行わせるなどもってのほか」

「ああ、そうか……なるほど」

 リリィの怒りを真正面から受けて、ラザラスは深くため息をついていた。

 組んだ腕をほぐし、片手でひげ混じりの頬を擦り、白い眉の間に深い溝をつくる。


「聞いたんだな。”声”を」

「え……?」

 そのたった一言で、リリィから怒気が抜けた。髪の毛全体に這おうとしていた”紅の炎”も、あっという間に消え去る。

 ローラも、そしてクロエもその言葉の真意を期待していたが、口を開いたラザラスはまるで全部を忘れたかのように話を進めていた。


「ま、なんだかんだ言って、ワシもドラゴンの死を看過できんのだがな。何があったにせよ、ヒトによって操られ、ヒトによって殺されたのは事実……こちら側にも事情があることなど、考慮もせんだろう。その立場にたてば、ワシも許さんからなあ」

「一体、何の話なのでしょうか」

 先の言葉の真意を知りたかったものの、父はおそらく話すことはないだろう。そう踏んだローラは、せめて本題についていこうと問いかけた。


 ラザラスは少しばかり唸って間を取り、考えながら話を進めた。

「帝国との戦争が終わり……エグバート王家としては、ようやく次のステップへ進めるという話だ」

「次のステップ……?」

「うむ。港町バルクを巡って小競り合いが勃発し、そこから大規模な戦争へと発展したわけだが……実を言えば、二十年ほど前にバルクが”非武装地帯”と指定されてから、軍事的な衝突は殆どないと言っていい。それこそ、”王都防衛戦”くらいのものだろう」

「家庭教師さんに習いましたよ。にらめっこで先に変顔したのが帝国だった、と」


 ローラはほとんど考える間もなくそう言い……口にしたその間抜けさにはたと気づいた。

 ラザラスもクロエもリリィも、ぽかんとしたのち、それぞれ笑いだしてしまう。

「う……だって、本当にそう習ったんです!」

「ふふ……良い家庭教師をお雇いになったようで、大いに安心しただけですわ」

「言いながら笑わないでください、リリィさんっ」

「いえいえ、本当のことですわよ? 片方だけに肩入れして学ぶことほど、実入りのないものはありませんもの。人を導く立場にある者ほど、双方向で多角的な視点を持たねばなりませんから」

「格好いいこと言って、私は騙されませんよ……!」


 幾分雰囲気の和らいだリリィは、くすくすと笑いながら、豪快な笑い声を上げるラザラスへ言葉を向けた。

「それで、ラザラス様。何も、今ここで歴史の勉強をするということではないのでしょう?」

「うむ、もちろん。あー、しかし笑った……どこまで話したか?」

 太い指で眦に浮かぶ涙を拭うラザラスに、クロエがいつもよりも楽しさで上ずった声で囁いた。


「帝国との戦争についてです。私の記憶が正しければ、帝国との戦争の歴史は、海戦の歴史といっても過言ではないかと」

「おお、そうだった。――そう、海戦だ。海上での戦い……海路だけは譲ってはならなかった。だから、戦争が今の今まで引き伸ばされたといっても過言ではない」

 父ラザラスの言い方に、ローラも引っかかった。

 だが、先程まで豪快に笑われた反感によって、疑問が喉の奥へと押し込められる。


 すると、ちらりと目のあったリリィがくすりとほほえみ、代わりにラザラスへ問いかけてくれる。

「戦争が引き伸ばされた、とは? あの海域を求めて何があるのでしょう? わたくしたちには”転移の魔法陣”がありますし、貿易の観点から見てもさして重要ではないかと存じますが」


 リリィがそういうのを聞いて、ローラは頭の中で地図を広げた。

 一つの大陸で、東に王国、西に帝国と隣接しているが……ちゃんと隣り合わせに並んでいるわけではない。

 大陸の形を考えれば、それも当然だった。

 斜めに傾いた瓢箪のような形をしているのだ。

 瓢箪でいうキュッとした”くびれ”の部分に件の港町が位置し……東にエグバート王国が、北西にリューリク帝国が、それぞれの土地に根付いている。

 この二百年間、海戦はこの”くびれ”のすぐ北側の海で幾度も勃発している。


 しかしこの海域は、リリィの言ったとおり、なんとしてでも守り抜かねばならないものではない。

 周知の通り、王国国内では”転移の魔法陣”にて物流の確保がなされている。竜ノ騎士団が各地方へ、あるいは地方からの物資の流通を担い、ここに海路が関わることはない。


 むしろ警戒すべきは、”くびれ”の南側の海域である。

 ”新大陸”に”ガリア大陸”、”オストマルク公国”など、王国として切ってはならない重要な海路がある。

 現に、”南の大国”ルイシースが”新大陸”へ接触しつつ、これら主要な三つの海路に横槍を入れている。それも今のところは、”船の墓場”と称される”クレーター海域”が天然の要塞となって、事なきを得ているが……。


 ともかく。

 ”くびれ”の北側の海域は、言ってみれば、帝国にくれてやってもいいくらい価値のないものである。少なくとも、ローラはそう習っていた。

「ふむ。まっこと、そのとおり。しかしワシは、先に”エグバート王家としては”と述べたぞ」

「ということは、つまり……?」

「国にとってどれだけの利益があろうが、どれだけ不利益であろうが……関係ない。言葉は悪くなってしまうがな」


 ラザラスの発言を受け止めたリリィは、伏し目がちに考えにふけった。テーブルを一直線に見つめるその横顔は、絵画に写し取ってしまいたいほどに美しい。

 そうして、絶世の美女ははたとして顔を上げた。

「もしや……”使命”を果たすためのなにかがある、と?」


 深くうなずき、ゆったりと椅子に身を預けるラザラスの姿は、かつて王であった頃の風格を思い出させた。

 リリィは息を呑んで居住まいを正し、クロエもことさら背筋を伸ばして直立する。ローラも、ベッドの端に座っていることに若干の罪悪感を感じつつ、独特の緊張感になるべく行儀よく座していた。


「あの海の向こう側には、竜人族たちの住む島があるのだ。我らエグバート家は、なんとしてでも彼らと”共闘関係”にならねばならん」

 ローラは、そこでようやく、父の抱えていた深刻さを身にしみて感じ取った。

 国が支配されても、民が蹂躙されても、”使命”のために生き延びねばならない。王位を継いだ夜、ラザラス五世が言ったのだ。

 『民のために』というのが口癖だったのに。


 それほどに大事な”使命”を果たすのには、竜人族たちとの関係が不可欠で……しかし今や、”ドラゴンが操られ殺された”という事実により頓挫しようとしている。


「いかがされるおつもりですか?」

 リリィが、深刻さを隠さずに聞いた。

「手がないことは、ない。が、これは奥の手……今は何より、事情を聞かねばなるまい。といっても、帝国の”軍部”連中が相手……うまくことが運ぶとは思えん。最悪、ワシが直接ロキと対峙せねばなるまい」

「では、その時になればわたくしも同行いたしますわ」

「ふっふ! それは頼もしい。だが心配ご無用――今のワシは、近衛騎士総隊長! ”遅咲きの国王”ならぬ”遅咲きの英雄”として名を馳せてみせよう!」

 リリィの心配をラザラスが豪快に笑い飛ばし。

「ラザラス様、不躾ながら申し上げますが――」

「お父様、もう少しご自分の身を――」

 クロエが一歩踏み出し、そしてローラもそれに続いて小言を言おうとしたところ。

 コン、コン、コン、と控えめなノックが扉から聞こえた。


 これにはリリィが素早く反応し、声をかけた。

「セレナ、入って大丈夫よ」

「失礼します」

 扉を開けたのは、いつもとは様子の違うセレナだった。

 サーベラス領で短い時間をともに過ごしたローラにとっても、紺色のドレス姿の彼女は新鮮だった。彼女の赤毛と整った顔つきが、ドレスによってより一層引き立てられている。

 しかしセレナにしてみれば、慣れない服装を気にしている場合ではないようだった。


 扉を幾分勢いをつけて開けるや、いつものように頭を下げることなく、つかつかとリリィのそばにまで歩み寄る。

 そうして主のもとに膝を付き、

「キラ様がいなくなりました」

 ぼそりと告げた彼女の声が、いやに部屋全体に響いた。


  ○   ○   ○


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