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~新世界の英雄譚~  作者: 宇良 やすまさ
第2章

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プロローグ

 くらりと、ブラックはふらついた。

「なるほど……。これが”軍部”の答えか」

 ボソリと低く呟いた言葉は、吹き荒れる吹雪によってかき消されていく。

 ブラックの視界は、白い吐息も見えなくなるほどに、真っ白になっていた。

 雪国であるリューリク帝国でもめったに経験することのない猛吹雪。それが、ブラックの視界も体力も気力も、削り取っていた。


「我ら”軍部”も、もう手段を選んでいる余裕はないのだ。”五傑”のロキが失踪してしまった今となっては……」

 銀白の景色に一人取り残されたブラックを憐れむかのように、奇妙な声が響いた。

 左から声をかけられているのか、はたまた右から怒鳴られているのか。あるいは背後に張り付いているのか、前方で囁いてくるのか。


 額から頬にかけて、たらりと血の混じった汗が伝うのを感じながら、ブラックは突き放すように言った。

「そんなもの、七年前からすでになかっただろう」

 役に立たない視界をまぶたで塞ぎ、ざっと体の状態を確認する。

 幸いにも、そして屈辱にも。あの奇妙な黒髪の剣士キラには、腕を傷つけられただけで敗北している。


 問題なのは、それより以前に受けたダメージの方だった。

 竜ノ騎士団”元帥”のセレナの魔法に、傭兵ガイアの”青い炎”。そして未だに引きずるのは、ふざけた話ではあるが、白馬の後ろ蹴りだった。

 触れてはならない”核”にヒビを入れられたかのように、身体も”闇の神力”も思うように動かすことができない。

 戦う相手は、”軍部”お抱えの暗殺者集団”幻術部隊”。

 皇帝の目をかいくぐって整えられたこの部隊に対しては、長期戦は禁物だった。


「俺が”軍部”に入る前だったか……。王国は戦力の半分を”新大陸”調査へ向かわせ……王都の守りは手薄になっていた。またとない機会だった」

 視界はもちろん、聴覚や触覚すらも、”闇”で覆い隠す。

 すると、吹雪く風の音もその冷たさも、さらにはそれまでに感じていた焦りまでもが遠のいた。


「だが結果はどうだ。王都を落とすどころか、”王国一の剣士”を屠ったのみ。軍を率いてそのざま――しかも、その直後、一人の女騎士に追い返されたという」

 ブラックはそう言いながらも、自分の言葉が自分に突き刺さるのを感じていた。

 言葉で揺さぶりをかけるなど、最も非効率で拙い手だった。剣士キラのような本当の強者に対しては意味を持たない――どれだけ貶されようとも、前へ進む足を止めはしない。

 だが、”軍部”も、その命令に付き従う”幻術部隊”も、それほどに強い人間の集まりではない。


「あのときには、すでに二百年にも続く因縁に決着がついていた。貴様らも分かっているだろう――今もなお戦争を続けようとしているのは、戦意を失うことを恐れた亡霊だ」

 強く、賢しく、呆れるほどの根性をもった強者の集まりだったならば……。

 ”奇才”レオナルドが見捨てるはずもなかった。


「――よそ者が、知った口を効くなッ!」

 そうして、見事に言葉責めにあぶり出される暗殺者。

 閉じた視界に、くぐもった聴覚に、風すら感じない触覚。


 だが、全てを遮断していたとしても、”闇”だけは確かに襲撃者の位置を教えてくれた。

 大胆にも、目の前から一人が特攻を仕掛けてきている。もうひとりがその突撃に追随し、三人目が背後から駆け込んできている。

 四人目、五人目、六人目……次々に位置を割り出していき、ブラックは”闇の神力”を開放した。


 ドンッ、と。

 地面が揺れると同時に、うめき声が重なり。

 引き裂くようだった寒さが消え去り、鬱陶しくふりつける吹雪もどこかへ消え去った。


「ふん……」

 目を開ければ、白銀の世界は消えている。雪も降っていなければ、足元に積もるのもわずかばかりの残雪。空はうっとりするほど暗闇で覆われていた。

 ブラックはその暗さが本物であることを肌で感じ、一度大きく白い息をはいた。


「”幻覚の魔法”……。俺の記憶が確かならば、それはレオナルドが研究していたものだ。なぜ貴様らが扱えている?」

 誰ひとり、何も答えなかった。

 それもそのはずで、”闇”で滅茶苦茶にされた地面には、”幻術部隊”の面々が力なく倒れていた。ある者は腹を貫かれて絶命し、ある者は首が落ちている。


 ブラックは鼻を鳴らし……そこで、呻きながらも立ち上がろうとする者に目をつけた。

 身体を引きずるようにして歩き、起き上がろうとする黒尽くめの背中を踏みつける。

「ハァ、ハァ……! おまえは……何なんだ……ッ」

 なんとか地面から這い上がろうとする男へ、”ペンドラゴンの剣”をつきつける。

 それでも男は、地面に手を突き立てて起き上がろうとしていた。


「あのロキも大概だが……おまえは……もっとたちが悪い。帝国を――俺達のことを……そんなふうに憐れんでいたのか……! 腹の中であざ笑ってたのかよ!」

「いいや。最初から、今この瞬間に至るまで――興味などなかった」

「な……?」

「だが、今になって後悔はしている。亡霊にとりつかれた国に引導を渡すのも、一つの思いやりだった。さっさと潰していれば、ヤツをみすみす取り逃がすこともなかった」

「ふざけるな……ッ!」

「悪いが、俺も同じことを思っている。”軍部”には散々貸しを作ったつもりが、このざま……。だとすれば――」


 ブラックは男の首筋に刃をあてがい、そして……。

「つくづく合理性に欠くというものだ」

 足の下でピクリともしなくなった男から視線をそらし、白い煙となって舞い上がっていく吐息を目で追った。


「次は……次こそベルゼだ。俺のすべてを、返してもらう」


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