鉄分摂取
「お姉さんはそこで何をしてるの?」
冬の公園、ピンクのコートに学校帰りなのか、ランドセルを背負った小さな女の子がそう言った。
「ふぇ? ふぁふぁひ?」
「何て言ったの?」
女の子に話しかけられた高校生くらいの少女は口の中に物を入れながらモゴモゴ話すため何を言っているのか上手く聞きとれない。
「ねえ、お姉さんは何で鉄棒を――食べてるの?」
公園にいた女子高生は少女の言うとおり、彼女が立って口元にくる丁度いい高さにある鉄棒を口に咥えているのだった。
――カポッ、とネットリと唾液をつけながら鉄棒から口を外す女子高生。
ゴシゴシと口元についた涎を制服の袖で拭い取った女子高生は話し掛けてきた少女に笑顔で
「えっと、それで私に何の用かしらお嬢ちゃん?」
と何も聞いてなかったように少女に問う。
「なんで鉄棒を食べてるのお姉さん?」
純粋な少女は何も思わず同じ質問を女子高生に向けて投げかける。
「別に食べてないよ? 硬くて食べれたものじゃないからね。ただ咥えてただけ」
「何で? おいしいの?」
「んーおいしくはないかなー。鉄臭いし、鉄棒だから当たり前なんだけど」
「じゃあ、どうして鉄棒を咥えてたの? 汚くないの?」
食べていたのか、咥えていたのかは差異であり、何故、鉄棒を口の中に入れているのかを少女は知りたかった。
「私、貧血なの。貧血って分かるかしら? まぁ、要するに鉄分が足りてないらしいの。汚いかもしれないけど、健康には代えられないでしょ?」
「ふーん?」
分かったような分からないような、そんな反応を少女は示す。
「難しかったかな?」
「私の友達にも「ひんけつ」? の子がいるけど、お姉さんみたいにしてないよ?」
「それは良い事ね。私ほど酷い症状――病気じゃないのよ」
「お姉さんは病気なんだ」
病気だと聞かされて少女は女子高生を心配そうな顔で見る。
「まあね。だから、さっきみたいに鉄を舐めてないと死んじゃうかもしれないの。ま、でも心配しなくても元気よ、ほらっ」
さっきまで舐めていた鉄棒でスカートにも関わらず逆上がりをした。残念ながらスカートの下には短パンを履いており、中は見えない。
「ね、元気でしょ?」
「本当に病気なの? 凄いんだねお姉さん。私は病気でもないのに逆上がりが出来ないのに……」
「こんなの大きくなったら、誰でも出来るようになるモノだよ、お嬢ちゃん。何なら教えて上げようか?」
「いいの?」
鉄棒を齧っていた事をもう忘れたかのように少女はその話に食いつく。
「いいよ、いいよー。お姉さん、お嬢ちゃんみたいな食べたいほど可愛い子、大好きだからさ」
「えへへ……」
可愛いと言われた事に喜んでいるが、聞く人が聞けば少し怪しく聞こえる発言のようにも思えた。
「んじゃ、まあ、まずコツはね――」
「うん」
ランドセルを邪魔にならないように降ろした少女は一生懸命な顔で女子高生の話を聞くのであった。
そのまま夕暮れまで練習したが、女の子が一向に逆上がりが出来なかった。
「んー基本は出来てるし運動神経も悪くないのになあ……まあ、後は筋力と身長だけの問題だと思うよ。お姉さんくらいになったらきっと出来るようになってると思うわ」
「ホントに?」
「ホントに本当よ。可愛いレディー。さ、もう暗くなるからお家に帰りなさい?」
「……うん、分かった」
渋々という感じに少女は頷く。
「またお姉さん、ここに来る? 鉄棒、舐めにくるの?」
「さあ、どうかなー。ハッキリした事は、お姉さん言えないんだよねー」
「そうなの?」
「そうなの、ほら、早く帰らないと危ないわ」
女子高生は急かすように少女を帰らせようとすると、少女は観念したようにランドセルを持ち上げる。しかし、担がずに中を開けるとゴソゴソと中から何かを取りだした。
「これ、お姉さんにあげる。「ひんけつ」の子がよく食べてたから……多分、お姉さんの病気にも効くはず」
と、取り出したのはミカンが幾つか入った袋であった。
「お婆ちゃんがくれたの。お姉さんはミカン好き?」
「好き、好き、大好き! でも、そんな優しいアナタはもっと好き!!」
と、少女を強く抱きしめた。
「い、痛いよ、お姉さん……」
苦笑いする少女。
少女の見えない所で笑っている、女子高生の口が開き、隠れていた長い牙が見える。
何も気付かない少女の首元にそっと口を近付いていく。
「――さてと、ミカンありがとね。家に帰っておいしく食べるわ。ほらほら、帰りなさい怖いお姉さんに食べられちゃうわよ?」
「うん? ……うん! またねお姉さん!」
笑顔で手を振って公園から出て行く少女に女子高生も大きく手を振り返す。
「…………」
自分の下から去って行った少女を見送る。
「はぁ……冬は夜が早くていけないなあ……」
そう喋る女子高生の口の中にあった牙はさらに長くなっていた。
「ホント、現代に生きる吸血鬼なんて大変な病気よね……。また人に見つからない公園探さないとなあ……でも、あの子にもまた会いたいな……」
――あの美味しそうな首筋。
と、ブルブルと首を振る。
「あー駄目だ。次こそ襲っちゃいそう……」
ガサッ――と、少女から貰ったミカンを見る。
「ま、しばらくこれで我慢しますかね」
フンフン、と鼻歌を歌いながら上機嫌で女子高生も公園から出て行くのだった。