いやいや、まだ聞きたいことがありますけど!?ーーどうやら彼は、人の話を聞かないようです…
「え?……はい?」
屋敷に置く…やしきに、おく…いや、何回反芻しても意味がわからない
いや、意味はわかるけど理解できないぞ?
「それ、得に、なるの?」
「うん、なるよ。僕ね、実家から逃げ出してるんだ」
はーーい!爆弾発言!!
え?確かに作中で家業を継ぎたくない的なことは話していたけど、こんなに小さい頃から思ってたの!?
闇は深くない!?
なんてことない顔して言ってるけど、問題しかなくない?大丈夫なのか?え?こんなもんなの?
「お父さまに、聞かないと…」
そう!私はまだ5歳!大きなことを決定する権利など存在しない!こういう時は伝家の宝刀“ママに聞いてからね〜(父バージョン)”である!
さあ、どうで
「構わないよ」
うっそーーん
笑顔でバッサリ切られてしまった。それはもう、思考ごと
構わないことないでしょう。大事なことだよ?子供の頃の親の言うことってかなりのものだよ?知らないの?それとも、貴族の世界では子供に権利があるの?えー?そんなことある?
「ねえ、“入っていい?”」
「え、はい?」
混乱してる横から話しかけられ、そのまま反射的に答えてしまう。社会人として取り敢えず返事をするというスキルが勝手に出てきてしまった
私が答えるや否や、ひょいっと軽い動きで部屋の中へとクラウスは入ってきた。あまりに軽やかで体重ないんじゃないかと思ったわ
私のすぐ横に立つクラウス。私が5歳なら彼は7歳のはず。歳の差のせいで頭一個分位の身長差がある
自然と見上げることになるのだが…
「どうかした?」
あーー!もうっ!!顔がいい!!なんだかキラキラして見えるよ!これが攻略キャラの実力ですか!!幼少期から既にビジュアルが完成されてるよ!麗しい!保護すべき美しさ!!
もう、顔を直視できないのに、何時間でも眺めてられる…そんな気分になってしまう
はぁ…
「かおがいい…」
「え?」
ひぎゃぁあああ!!声に出てしまったぁあああ!!
「え、いや…えーと…」
誤魔化せ!なんとしても誤魔化すのだ!と脳が命令してくるのに、気の利かない私の方は全然回らず、モゴモゴと動くばかり。5歳で異性に、しかも初対面に対して顔がいいはメンクイすぎる。将来が心配になるよ!私がね!まあ、将来も何も中身出来上がってしまってるんだけども!!
あー!?ファーストコンタクト失敗決定じゃん!!どうする!?原作にない展開だから巻き返しなるのか!?どうなんだぁ!?
「ふふっ」
「へ?」
気づけばクラウスが吹き出していたところだった
どういうことですか?
「あの…?」
「いや、百面相してるから…っ…折角の綺麗な顔が台無しだよ?その…膨らんだフグみたいで…ふふっ」
「はぁ!?」
この!超絶美少女なルーナの顔面に対して何を言うんだこの男は!この顔がフグになんてなるわけないだろ!例えフグでも国宝になるフグだわ!
「いやいや、本当に…ああ、でも自分では見れないから」
「ばかにしないで!」
ぷすぷす笑うクラウス、なんで失礼なんだ。中身はともかくルーナの見た目の良さがわからないのか
「わたし!かわいいから!」
左手を腰に右手を胸に当てながら、ばーん!と胸を張り大きな声で、ハッキリ区切りながら言ってやりました。ルーナは月の精とも言われる超絶美女になる悪役令嬢、中身がどうあれその容姿が笑われることはおかしなことである。私のせいではあるけど、棚に上げておきます
「ふんっ」
そのまま顔をクラウスから右へと勢いよくぷいっとそむけてやる。どうだ、子供っぽいが可愛いだろう。なんせこっちは国民的美幼女であるぞ。何をしても許される可愛さだ
「はいはい、ごめんね〜。大丈夫、フグでも可愛かったよ?」
よしよし、なんて効果音をつけながら頭を撫でられる。おい、年の差は2歳なんだけど!子供扱いしないでよ!
あ、子供でしたね。失礼しました
でも、これだと見た目はどうあれ大人の威厳の言うやつがなくなってしまう…
「もういいです!」
未だに頭の上にあるクラウスの手を自分の両手を頭上でパタパタさせることで追い払う
「それよりも!やしきにおいてほしい、というのはどういうことですか!?」
まったくもって、クラウスのペースである。振り回されてばかりの自覚があるだけに相手は7歳といえども舐めてはかからないと感じてしまう
「そのままさ。大丈夫だよ、君のおかげで“屋敷に入れた”から」
「……どういうこと、です?」
どうにも言葉に含みを感じる。言葉通りの意味だけには思えないような…意味深な笑みが付随しているせいか?
「えー?教えてほしいなら、それなりの態度ってものがあるんじゃない?」
なんだこいつ!クラウスってこんなに意地の悪い奴だったっけ?のらりくらりとした感じではあったけど、こんな意地悪ではなかったと思うんだけど!?まだ子供の頃だから性格が少し違ってるのか?
なんにせよ、公爵令嬢に対してこの態度は不敬だろう。いくら神官の家系といえどもあちらは伯爵でこちらは公爵、貴族としての立場というものがあるはずだ。それに、何を言ってもクラウスは不法侵入。そこをついてやれば困るのは向こうだろうに
「ああ、そうな顔しないで。意地悪してごめんごめん。感謝の気持ちとして教えてあげるよ」
また顔にでも出ていたのか楽しそうに口元を緩めたクラウスは軽い口調で説明を始める
「何を言ってもここは公爵家屋敷、敷地内には抜け道さえあれば入れるけど、屋敷内には許可のない人間は普通は入れないんだよ。このまではわかるかい?」
5歳児相手だからか、ゆっくりとした口調で話を続けるクラウス。優しいのか意地悪なのかわかりにくいぞ。キャラがブレると他のキャラとかぶるぞ
あと、お前元からそんなに焦らすかなかっただろ
まあ、確認をとられたので、こくりと頷いておく
「そう、入るには“許可”が必要。これは書類の話じゃない。何故なら、入らないように魔法が屋敷にかけられているから…あとはわかるかな?」
「!!、さっきの…!」
「ご名答!賢いね。その通りだよ」
つまり、私が思わず返してしまった彼の『入っていいか?』という問いへの答えが許可となり、屋敷内に彼が入ることを結果として許してしまった、ということだろう。なんてこった、屋敷の防犯システムがそんなふうになっていると知っていたら、迂闊に返事なんてしなかったのに!!
「で、でも…お父さまへの、せつめいは…」
「うん、心配ありがとう。でも、それよりも先に君は準備をすべきだよ」
屋敷に入ったことは説明できても、そもそも何故敷地内に居たのかとか、屋敷に置いてほしいとかまだまだ説明が必要なことが多いと思いますけど。更には、私を丸めこめてもお父様やお母様はどうするおつもりで!?という気持ちを込めた私の質問に、クラウスはサラリと流すことしかしなかった
それどころか、よくわからないことを言って私の脇へと腕を回した
そして、よいしょと持ち上げたのだった
「はい!?なにを…っ」
「じゃ、奇跡のご対面だ」
そのままくるりと身体の角度を私ごと変えると、私のことをこれまたくるりと回して部屋の入り口へと身体の正面を向けさせる
ぽんっと背中を押されたかと思うと勢いよく扉が開かれ、2人の男女が部屋へと雪崩れ込むように入ってきた