悪役令嬢に転生してました!?ーーありがちすぎて、笑えないよね?
「お嬢様…?お嬢様!!お目覚めになったのですね!!」
ガチャリと音を立てて扉が開かれたかと思うと、theメイドさんといった服装の若い女性が入ってきた
よく見るタイプの白と黒のメイド服、ただしスカートの丈は膝より少し下くらいで栗色の髪を首の後ろのところでお団子にしている
年にして二十代にならないくらいの彼女は私の姿を見るなにひどく驚いた様子でこちらに駆け寄ってきた
「ああ、よかった…三日三晩お目覚めにならなかった時はどうしようかと…っ」
今にも泣きそうになりながら私のそばに座り込む彼女
ごめんなさい、どちら様でしょうか…
そんなことを聞くと本当に泣かれてしまいそうだけど、聞かないわけにはいかない。私は彼女が誰なのかすら分からないのだから
「あの…あなたは、だあれ?あと、わたし、の名前は?」
身体を姿見から彼女の方へと向かい、出来るだけ刺激しないように恐る恐ると名前を尋ねる。もちろん、自分のことを聞くのも忘れない
彼女は私の質問に目を大きく見開いた後、悲しそうに顔を歪めながらも名前を教えてくれた
「私はエミリー・ローと申します。貴女の侍女をさせて頂いております。そして、貴女様は…」
エミリーは息を整えた
「貴女様は、ルーナ・ナハトヒンメルン公爵令嬢様です」
その名前を聞いた瞬間、繋がらなかったピースが繋がったような感覚がした
『ルーナ・ナハトヒンメルン公爵令嬢』
それはとある乙女ゲームに出ててくるライバルキャラである悪役令嬢の名前である
夜空に浮かぶ月をイメージして作られた彼女はさながら月の精のような美しさをもつ
月光のような淡い白銀の髪
星の輝く夜空のような深い青の瞳
その瞳は切れ長で三日月のよう
神秘的でありどこか触れられないような危うさを持ち合わせたその令嬢はライバルキャラではあったものの一定のファンもおり、彼女をメインにした外伝ストーリーも描かれていた
さて、ここで彼女の人生を振り返る前に、彼女の登場する乙女ゲームについて思い出していこう
題名は『七色恋物語〜甘くときめくあなただけのストーリーを〜』略してナナコイである
正直、題名だけ見ると面白くなさそうだし、手も出しづらいのだが、侮るなかれ。
“七色”という言葉は7人という意味ではない。“無数”という意味で使われている。そう、このゲームの最大の売りは攻略キャラの多さである
王道的な有能クールキャラから爽やか紳士、ツンデレやヤンデレ、純情に腹黒などなどエトセトラ
『こだわりが強いあなたでも!必ず大好きな彼が見つかるゲーム!』という売り出し文句で発売されたそれは幅広い年代からの支持を集めることになる
もちろん、私も買った。即買いした
元からメンクイであり、その手のゲームが好きだった私に買わないという選択肢はなかった。
そして、もれなくハマった。悔いはない
数々のイケメン、それを引き立てるグラフィックの良さ…また、選択肢が多く自由度が非常に高く様々な展開があるストーリー…のめり込まない方がどうかしているレベルのゲームだった
そのため、ゲーム原作であるがノベライズや漫画化、アニメ化に外伝ストーリーの販売やグッズ販売などその他の業界をたいへん潤わせた一大役者である。
私も貢いだ。外伝ストーリーもとてもよかった
それで、だ。このゲームもいくら自由度が高いといってもベースのストーリーは存在する
まず、この世界で魔法を使えるのは貴族階級以上の人間だけなのだが、平民の主人公が特異的な魔法の才能により、特別に魔法学園に入学。その学園で攻略キャラと出会い恋に落ちていくというものだ。ベタである。ベタ中のベタである。だが、それがいい
ある程度予想できるストーリーと全く想像もつかなかった展開とが織りなすバランスにプレイヤーは飲み込まれていくのだ
例えば、普通の学園生活で終わりかと思えば国同士の戦争が起きそうになりそれを止めたり、遠い国の王様に拐われて大冒険したり、別のキャラクターの偽の婚約者に抜擢されたりなど。もう、色んなゲームなんかの人気要素をぶち込んでいる
それが、キャラクターの数だけあると思うと大変お腹がいっぱいになる。そんなゲームだ
私もゲームの方はメインキャラはクリアしたものの、サブであるキャラクター全員はクリア出来ていない。数が多かったことや時間がなかったことが理由に挙げられる。今もなおプレイを続けていたところだったのだ
はい、ではここで彼女の話に戻そう
主人公に対してやはり恋のライバルというものは必要不可欠だろう。可愛く可憐で愛らしい、みんなから好かれる花なような主人公に対して存在するのが、悪役令嬢『ルーナ・ナハトヒンメルン』である
数多のストーリーの対応するように、彼女の立場もその時々でコロコロ変わる。基本的には攻略キャラの婚約者役として出てくるが、場合によっては従者の主人として、またある時は幼馴染みとしてと様々だ
そして、身分の合わない主人公に対して公衆の面前で嫌みを言う、影で嫌がらせ行為を行い、最後には攻略キャラと主人公たちから糾弾される運命を持つ
よくて国外追放。悪くて処刑ルートだ。場合によっては惨殺ルートなんてものもあった
いや、そんなところまでありがちにしてくれなくていいんだけど
そして、どうやら私はその『ルーナ・ナハトヒンメルン』に転生しているようだ
いや、どこの夢小説やねん
おっとと、まった関西弁が出てしまった。生まれも育ちも関東だけど
なんだ、それは。そんな話は夢小説でも昨今人気のファンタジー小説でも何万回も見てきた設定だぞ。
そんなこと、現実に起きるのか?夢?夢なの?夢小説だけに?…いや、なんも面白くないわ!!
まじかー…でも、夢にしてはリアルだし。ここまでリアルな夢を見るほど自分が二次元にのめり込んでいるという事実よりは有り得ない現実だと受け止めたい。事実は小説よりも奇なり、だ。うん、そう受け止めよう
まあ、私の過去を振り返るとこんな運命でもおかしくないか…
幼児期はパンのヒーロー をはじめとした国民的アニメを見て過ごし、学生時分は週刊少年漫画から漫画に手を出し始め、流れるように少女漫画へ移行。その後、夢小説なるものにハマり、付随するように乙女ゲームへ。働き出してからはお金を気にしなくなったせいでグッズやら小説、円盤に漫画と好きなものを買い漁る…そんな、立派なオタクな私
いや、でも、私みたいな人ってかなりいると思うんだよね!!27歳にもなってとか言われる時とかあったけど、アニメとかがあったから助けられたこととか多いから!私の人生そのものだから!!と何度心の中で叫んだものか…
学生時代の口癖は
「ああ、二次元への片道切符がほしい…」だったもんな
まさか本当に叶うなんて誰が思うだろうか
まあまあ、折角の夢のような状況だ
思うままに過ごすのも悪くはないだろう
うんうんと一人で思考にふけり、納得している私に遠慮がちに声がかけられた
「あの…お嬢様…?やはり、まだ具合がよろしくないのでは…?」
メイドさんのエミリーだ。見た目の通り優しい性格みたい
私の今の脳内会議の間、ぼんやりとしている様を心配してくれている
でもまぁ、それも仕方ないだろう
何故なら、私が本当にルーナ・ナハトヒンメルンであるのならば
私が三日三晩眠り続けていた理由は
毒を盛られたからだ