どんぐり池
動物たちの目の前にはすばらしい景色が広がっていました。
「ど、どんぐり池って……」
「こんなにきれいなのかよ」
どんぐり池に目を奪われた動物たちは、そのあまりの美しさにため息をつきました。
風は凪いでいて、池の表面には一つの波紋もありません。鏡のように空を映しだし、きらきらと光っていました。
さきほどまでくもっていたはずの空はいつのまにか晴れていて、太陽の光はまっすぐに池にさしこんでいます。輝いているように見える池はどこか神秘的で、不思議な美しさを醸しだしていました。
試すまでもない。
動物たちは池を見た瞬間に思いました。試さなくても、「願いが叶う」という話は真実に違いない。そう信じさせる何かが池にはあったのでした。
「さて、どんぐりを投げるのは誰にしようか」
りすが持っていたどんぐりを空にかかげます。
虹を取りもどすまで少し。あとは、願いごとをしながらどんぐりを池に投げ入れるだけです。
「りすさんでいいんじゃないですか? 一番の功労者ですし」
「そうね、賢者のりすさんがこの森の代表としてはふさわしいわ」
ほかの動物たちもりすがどんぐりを投げることに賛成なようで、小さくうなずいています。
「そうかい? じゃあ……ちょっとわがままを言って良いかな。僕がこの森の代表だというなら、僕に、このどんぐりを投げる人を決めさせてほしいんだ」
動物たちは驚きました。りすがどんぐりを投げる人を決める、ということはりす以外の人がどんぐりを投げるということに他なりません。
「俺はだれでもいいんじゃねぇかと思うけどな」
「そう言って、自分が投げられるんじゃないかと期待しているんでしょう?」
「ちげぇよ、うるさいな」
あいかわらず言い争うあらいぐまとこまどりですが、朝よりもいくらか和やかな雰囲気が二匹の間には流れています。
「誰が投げても効果は変わらないのなら、わたしはりすさんに賛成かな」
きつねがそう小さく言うと、
「俺が言いたかったのはそういうことだって」
とあらいぐまが便乗しました。
「誰が投げても大丈夫さ。それに、ここにいるみんなはちゃんと虹のお願いをしてくれるだろうしね」
「あっ……そういえば、自分の願いを言うこともできるんですね」
「そうさ。でも、みんなは虹を求めてここまで来たわけだから、信頼してるよ」
どんぐりを投げるのが誰なのか気になるようで、こまどりはそわそわとつばさを動かしています。
「それで、誰が投げるのかしら」
「ほら、そう焦らないで。みんなが納得する人だから」
もったいぶるりすに動物たちの期待は高まっていきます。なぜか一列に並んでいる動物たちの前を、りすは行ったり来たりしています。
りすはある動物の前で立ち止まりました。
「僕はくま君が適任だと思っていてね。だから、くま君。よろしく頼んだよ」
りすはまた、あのいたずらっぽい笑みを浮かべます。
「ぼ、ぼく!? そ、そんな大役、ぼくにはできないよ……」
くまは今日何度目かの叫びをあげました。どすん、とついた尻もちも今日すでに何度か経験しています。
「かんたんなことだから、君にはできるよ。ほら、このどんぐりを持って」
りすがさしだしたどんぐりを、くまがおずおずとつかみます。りすが持っていたときには大きく見えていたどんぐりが、くまの手におさまるとちっぽけなものに見えました。
ほかの動物たちは、りすの雰囲気にのまれてどんな音を発することもできませんでした。いつもはふざけているりすでしたが、今は真剣そのもの、といった表情を浮かべています。今までのどんなりすよりも「賢者」らしいりすに、動物たちは静かに見守ることしかできません。
りすはくまの手をつかみ、池の方へと近づいていきます。
「そう、それであとは投げるだけ。『この森の逆さ虹が戻ってきますように』って願いながらね」
くまは、自分の手のなかにあるどんぐりを見つめました。ゆっくりと息を吸います。
「こ、この森の、逆さ虹が戻ってきますように……」
くまの手から放たれたどんぐりは、うつくしい弧を描いて落ちていきます。
ぽちゃん。
池にどんぐりが投げ込まれました。
「これで、森に虹が戻るんだよな?」
「……その前に言うことがあるでしょう? あらいぐまさん」
「あぁ? 何を誰に言うってんだよ」
こまどりはあらいぐまに冷たい視線を送ります。
「くまさんにありがとうって言うのよ、分かっているんでしょう?」
「はぁ……おい、くま。ありがとうな」
なんで俺が言わなきゃならねぇんだよ、とあらいぐまは愚痴をこぼしましたが、その顔はいつもよりも明るく、どこかさわやかです。
「わたくしもお礼を言わなくてはね。今日は、くまさんにいろんなことをしてもらったから。ありがとう」
「う、ううん……こちらこそありがとう、こまどりさん」
動物たちからのお礼にくまは照れているのを隠せず、耳の付け根を搔き続けていました。
動物たちが巣穴に戻ったころには逆さ虹が森にかかりはじめていて、こうして虹を取りもどすことができました。こまどりは、虹を取りもどしたくまをたたえるような歌をつくり、よく歌うようになりました。
この小さな冒険を通して、西側と東側にわかれていた動物たちは交流をするようになりました。
すっかり日の暮れた森でりすが呟きます。
「まさか、あの願いがこんなことになるなんて思ってなかったよ。まぁ、万事上手くいってよかったなぁ」
––––さて、いったい誰が虹を消したのでしょうか。